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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第二十三章 カルシーク海海戦編
755/783

その7 帝国軍の会議室にて

◇◇◇◇◇◇◇◇


 時間は十日程遡る。


 ここはミュッリュニエミ帝国の首都、帝都バージャント。

 大陸でも有数の巨大都市。そのほぼ中央に位置する巨大な城、通称バージャント城。

 その一室で帝国将軍、コバルト・カルヴァーレを中心とした帝国軍による会議が開かれていた。


「それで小ゾルタ北方貴族領の状況は今、どうなっているのだ?」


 昨年末、ミロスラフ王国は、同盟関係にあるピスカロヴァー王国からの援軍要請に応じ、旧小ゾルタへと軍を進めた。

 ミロスラフ王国軍はヘルザーム伯爵領を陥落させると、そのまま勝利の勢いを駆って北上。小ゾルタ北方貴族領へと進軍を開始したのだった。


 カルヴァーレ将軍の問いかけに、情報部の将軍が報告書を読み上げた。


「はっ。先日、こちらから送った使者に対し、『ピスカロヴァー王国の安全を確保するために必要である』との一点張りで、交渉の余地すらなかったとの事です。使者の方も、小国とはいえ相手は国王本人なので、あまり強くは出られなかったものかと思われます」

「黒竜艦隊を差し向けた事が裏目に出てしまったか・・・」


 誰かが思わずこぼした呟きに、カルヴァーレ将軍は不愉快そうに顔を歪めた。


 ミロスラフ王国軍の進軍に対し、ヘルザーム伯爵家は付き合いの長い帝国に援軍を求めた。

 その要望に対して皇帝ヴラスチミルは二つ返事で快諾した。


 一年と少し前、皇帝ヴラスチミルたっての肝いりで行われたペニソラ半島征服作戦。

 その内容は、東の大国、チェルヌィフ王朝に向けられているウルバン将軍率いる東軍五万を密かに南に移動し、その圧倒的戦力差によって電撃的に半島の国々を陥落させるというものだった。

 この大胆かつダイナミックな作戦は、長年に渡り密かに計画され、入念に準備されて来たものだった。

 あの聖国が、帝国軍が国境を超えるまでその意図に全く気付かなかった所からも、いかに帝国軍がこの作戦に力を入れていたかが分かるだろう。

 実際、作戦は見事に功を奏し、開戦と共に小ゾルタは瞬く間に陥落した。

 国中は歓喜の声で沸き返り、皇帝ヴラスチミルの名声は揺るぎないものとなった。

 この時点で皇帝ヴラスチミルは、いや、帝国国民は、この戦いが早期のうちにこちらの勝利で終わると確信していた。

 しかし、調子良く進んでいたのはここまでだった。

 ヴラスチミルは予想外の報告に耳を疑う事になる。

 なんとウルバン将軍率いる南征軍が、ミロスラフ王国軍に敗北したというのである。

 結局、この敗戦が原因となって、帝国南征服軍は半島から撤退する事になるのであった。


 皇帝ヴラスチミルがヘルザーム伯爵家からの援軍要請を受け入れたのは、そういった過去の経緯、彼本人の個人的な感情が強く働いたせいである。

 こうして援軍の派遣は決定したのだが、軍の中核を担うカルヴァーレ将軍は内心ではあまり気乗りがしなかった。金がかかる割にはさして意味のない戦いだからである。

 とはいえ、皇帝直々の出撃命令をないがしろにするようなマネは出来ない。

 結局、彼は自分の子飼いの海軍黒竜艦隊を派遣する事に決めたのだった。

 そんな援軍だったが、結果はよもやの敗退。

 カルヴァーレ将軍は指揮官のハイネス艦長を切り捨てる事で(それと最近領地で見つかった大きな赤い宝石を皇帝に送る事で)、どうにか面目を保ち、敗戦の責任が及ぶのを免れたのである。




 カルヴァーレ将軍は未練がましく確認した。


「ミロスラフ王国は、ピスカロヴァー王国の安全を確保するために必要と言ったのだな? だが小ゾルタ北方貴族領には艦隊が寄港出来るような大きな港はないはずだが?」

「はい。黒竜艦隊が派遣された際にも、ヘルザーム伯爵領のミコラツカの港を使用しております。そこ以外にあの辺りには艦隊が立ち寄れるような大きさの港がなかったからです。それでも艦隊全てを受け入れるには足りなかったため、大型の船は沖合に停泊せざるを得なかったと聞いております」

「ならばヤツらが安全を理由に小ゾルタ北方貴族領を攻める理由にはなるまい」

「そうなのですが・・・黒竜艦隊がミコラツカに寄港した際、北方貴族領を治める三男爵が物資の補給を担当しておりましたので」


 小ゾルタ北方貴族領は名前にこそ旧小ゾルタの名が残っているものの、実際は一年前に帝国に併呑された土地である。

 帝国から、艦隊に補給物資を手配せよ、と命令されれば、嫌とは言えなかったのだ。


 つまり、ミロスラフ王国軍が小ゾルタ北方貴族領を攻撃して来たのは、黒竜艦隊の派遣が原因――ないしは呼び水になったという訳である。

 カルヴァーレ将軍が不満顔をしているのも納得というものだ。

 将軍の機嫌がみるみる悪くなっていくのを見て、別の将軍が慌てて口を挟んだ。


「そ、それでミロスラフ王国軍の戦力は? 現在どの辺りまで攻め込んでいるのだ?」

「ミロスラフ軍は約五千。ヘルザーム伯爵領から北に伸びる街道を進軍。現在はシルジールの地に築かれている砦を攻略中との事です」

「ヘルザーム伯爵領との領境にある砦か。それでその砦はどの程度持ちこたえられそうなのだ?」

「正確な所までは・・・しかし、かなり昔に作られた古い砦との事なので、それほど長くは耐えられないのではないでしょうか」


 実際、こうしている今にも砦が抜かれて、ミロスラフ王国軍は三男爵領に入っていてもおかしくはない。

 だが、その可能性があるにもかかわらず、この部屋の空気は未だに緊迫感に欠けていた。


「流石に捨て置く訳にはいかんか・・・」

「うむ・・・援軍くらいは出さねばならんだろうな」


 彼らの言葉からも分かるように、正直言って、三男爵領がいくら蹂躙されようが、帝国にとっては特に痛くも痒くもないのである。

 元々、三男爵領は代官も送られていないような重要度の低い僻地だし、併呑して一年程の土地なので、気分としては他国のような扱いという理由もあった。

 そもそも敵は格下の小国、ミロスラフ王国の軍。しかもそれが五千程度。

 カミルバルトが二度、帝国軍を撃退したと言っても所詮は寡兵。戦場から遠く離れた後方で指示を出している彼ら軍首脳部に危機感を持てと言う方がムリがあるのである。

 むしろ皇帝ヴラスチミルが一度の敗北ぐらいで撤退を命じていなければ、最終的には地力で勝る我が軍が勝っていたはず。口には出さないものの、それがこの場にいる者達の共通の認識であった。


 将軍達は援軍の指揮官を選出すると、諸々の手配を進めた。


「それにしてもチェルヌィフ軍を相手にするならともかく、ミロスラフ王国軍ではどうにも闘志が湧きませんな」

「そうだな。せめてランピーニ聖国くらい出て来ないと、我らにとっては役不足というものだ」


 更にはそんな軽口まで飛び出す始末である。

 ご存じの通り、チェルヌィフ軍とランピーニ聖国軍は今も密かに参戦の準備を進めているのだが、当然、彼らはそんな事を知るはずもなかった。

 いや、各国に潜ませた諜報員からそれを思わせる情報は上がっているものの、本部の人間の「それはない」という決めつけでその可能性を考慮していないだけなのか。

 もしもハヤテ辺りがこの話を聞けば、『あ~、いわゆる正常性バイアスてヤツか。人間の思い込みって怖いよね』とでも言ったかもしれない。




 そして十日後。現在。


 カルヴァーレ将軍は書類をまとめると、用意させておいた馬車に乗り込んだ。

 これから皇帝と皇后が住まう館、ヴラス=ベリオ館へと出兵の許可を貰いに向かうのである。

 今日まで援軍の件が後回しにされたのは、それだけ帝国において小ゾルタ北方貴族領の価値が低く見られているからに他ならない。

 こちらが動き出す前にミロスラフ王国軍が諦めて撤退してくれないだろうか? そういった淡い期待で延び延びになっていた面もなくはない。

 軍を動かすのはそれだけで物資と予算を消耗するのだ。しかも今回は防衛線。

 新しく手に入る土地も物資もないのでは、やる気がそがれてしまうのも仕方がないというものだろう。


 カルヴァーレ将軍としても、日々忙しい中、わざわざ遠い離宮まで許可を貰いに行くのは正直に言って面倒なのだが、彼はこの役目を他人に任せるつもりは一切なかった。

 皇帝との間に人を入れると、それだけその人間が敵対する勢力に目を付けられ、篭絡されてしまう恐れがある。

 敵対する勢力。一見、盤石に見えるカルヴァーレ将軍の権力体勢だが、その実、見た目ほど予断が許されるような状態にはない。

 王城に巣食う魑魅魍魎――宮廷貴族達は、表立って彼に敵対こそしていないものの、いつも隙あらばこの新参者を権力の座から追い落そうと、虎視眈々と狙っているのである。


 馬車の中で一人になったカルヴァーレ将軍は、小さく独り言ちた。


「この苦労もベリオールが皇帝の子を産むまでの間だが」


 自分が皇帝の祖父、皇帝の血縁者になれば、流石に宮廷貴族も逆らう事は出来なくなるだろう。(ちなみに皇后ベリオールはカルヴァーレ侯爵家の養女なので、純粋な意味では皇后の子供とカルヴァーレ将軍の間には血の繋がりはないのだが)


「ただ問題は、子供が成長するまで、あの皇帝が今の支配を続けて行ける能力があるかどうかなのだが」


 皇帝ヴラスチミルは元々暗愚な王だが、最近では特にダメな面が目立つようになっている。

 その直接的な原因は、カルヴァーレ将軍が皇帝を政務から切り離し、離宮に遠ざけているためなのだが、それにしても近頃の無能ぶりは目に余るものがあった。


「いずれは退いて貰わねばならないにしても、子供が成人するまでは、いや、最低でも子供の体が成長するまでは、このままの支配体制を保って貰わねば困るのだ」


 日本に伝わる伝統行事、七五三参り。

 昔の日本では、『七歳までは神の子』と言われる程に子供の死亡率が高かった事から、三歳、五歳、七歳という子供の成長の節目の際、無事にその年齢を迎えられた事を感謝し、氏神様に参拝したのが始まりだと言われている。

 それだけ医療技術が未熟だった時代には、子供の、特に乳児の死亡率が高かったのである。

 そしてそれはこの惑星リサールにおいても変わらない。

 未だ迷信と医療の区別も曖昧なこの世界では、例え皇帝の子であっても、死ぬ時には原因も分からないまま呆気なく死んでしまうのである。


 その時、ガタンと揺れて馬車が停まった。

 いつの間にか城の門まで来ていたようである。

 護衛の騎士が城門の兵士と一言二言、会話を交わしているのが聞こえる。

 やがて馬のいななきと共に馬車はゴトゴトと進み始めた。

 カルヴァーレ将軍が再び自分の考えに沈み込もうとしたその時だった。城の方から男の叫び声が聞こえた。


「そ、そこの馬車、お待ちを! 中にいらっしゃるのはカルヴァーレ将軍閣下でしょうか?! 大至急お伝えしなければならない事がございます! 止まって下さい!」


 周囲から戸惑いの気配が伝わって来る。

 カルヴァーレ将軍はため息をつくと御者に馬車を止めるように命じた。


「一体何事だ?」


 窓から背後を振り返ると、声の主はカルヴァーレ将軍も見覚えがある男だった。

 確かランピーニ聖国との交渉を担当していた文官だったか?

 文官は馬車に駆け寄るのももどかしげに叫んだ。


「た、大変です! ら、ランピーニ聖国が! ランピーニ聖国が我が国に対して宣戦布告を致しました!」

次回「船団出航」

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