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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第二十三章 カルシーク海海戦編
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その6 深夜の訪問者

 深夜。そろそろ日付が変わろうかという時刻。

 僕はふと、こちらに近付いて来る足音に気が付いた。

 誰だろう? ティトゥが訪ねて来るには遅すぎるし、警備の騎士ならついさっき巡回が済んだばかりだ。

 じっと耳を澄ませることしばらく。

 テントの入り口の垂れ幕が上がると、サッとランタンの光が入って来た。

 明りを掲げているのは、マントを羽織った若い男。顔には胡散臭い笑みを張り付かせている。


『ハヤテ様、ちぃーす』


 白い歯を見せて僕にフランクな挨拶をして来たのは、チェルヌィフ商人の青年シーロだった。




 シーロのマントは白く砂埃を被り、ブーツには乾いた泥がこびりついている。

 どうやら港町ホマレに到着するや否や、旅装も解かずに僕の所に直行したようだ。


『ゴキゲンヨウ。ドコニ、イッテタ?』

『今回は王都までですね。この国の王城に例の大災害について記した古文書か何かが残っていないか、ちょいと調べに行ってました』


 僕とティトゥがナカジマ家のみんなを集めて、作戦会議を開いた例の件の後。(第二十二章 対策会議編 その16 予想外の助っ人 より)

 後日になって、ナカジマ家のご意見番のユリウスさんから、『それならば当時、大災害を経験した人間が、何か記録を残しているのではないか』との意見が出た事で、シーロと土木学者のベンジャミンが、調べてくれることになったのだ。

 今日の昼間再会したベンジャミンは、ご存じの通り故郷のランピーニ聖国へ。シーロは何も告げずにフラリとどこかに。それぞれ調査に向かったのだが・・・どうやらシーロはこの国の王城の書庫? 資料室? まで、調べに行っていたらしい。


『オウジョウ、ダイジョウブ?』

『大丈夫? ああ、私のような他国の人間が、王城の書物庫なんかに入って大丈夫なのかと言っている訳ですね? ハヤテ様のご心配には及びませんよ。蛇の道は蛇と言いますか。どこにでも抜け道というものはあるものでして』


 シーロはいつものようにおどけてみせたが、僕は正直、彼が心配で気が気ではなかった。

 彼は一昨年の夏。船から落ちて海で漂流している所を僕とティトゥに助けられた。(正確には、僕達は近くの船を彼の所に案内しただけで、実際にシーロを救助したのはその船の船員達なんだけど)

 後日、シーロは律義にもその時の恩を返すため、わざわざナカジマ領までやって来た。

 こうして彼は僕達の代わりにあちこちの情報を集めて来てくれるようになったのだった。


 正直、僕達にとっても彼のような存在は非常にありがたい。

 ネットもなければテレビも新聞もないこの世界。情報は基本、人から人に伝わる噂話でしか知りようがない。

 しかし所詮、噂は噂。正確性はお察しである。

 その点、シーロは直接、現場に出向いて調べて来てくれるので、その質と正しさ、そして鮮度もバツグンである。

 そう聞くと良い事尽くしのようだが・・・彼は熱心に情報を集めるあまり、過度に危険な場所に足を踏み入れる傾向が強いのである。

 実際、少し前も、ミロスラフ王国軍と帝国海軍の戦いを(戦場から離れていたとはいえ)直接観戦していたという。

 確かにシーロが伝えてくれる情報はありがたい。命を救われた恩を返したい、という気持ちも分かる。だが、それでも僕は彼が危険な目に遭う事を――ましてや命を失うような事になるのを――決して望んではいないのである。


 無理はしなくていい。


 僕は何度かシーロにそう伝えたのだが、その度に彼はさっきのようにおどけた態度を取って誤魔化してしまうのである。


 僕がモヤモヤとした気持ちを抱えているうちに、シーロは報告を始めた。


『先に結論から言うと、大災害について記した古文書の類は何一つ見つけられませんでした』


 実はこれについては最初からあまり期待はしていなかった。

 なにせこの国の宰相だったユリウスさんが、『ワシは城の中でそんな古文書を見た記憶はない』と言っていたからである。

 とはいえ、まるっきり畑違いの情報だし、絶対に無かったとまでは言い切れないという話だったので、シーロは念のために調べて来てくれたようだ。

 ちなみにシーロが言うには、そもそも王城の書物庫には古文書自体がほとんど見当たらなかったんだそうだ。


『ミロスラフ王家はあまりこの土地の過去に興味がなかったみたいでして』


 とはシーロの言葉である。


 大ゾルタ帝国の力が弱まった時代。人類は大陸の各地に広がり、いくつもの国を造った。

 大抵の場合、自分達のご先祖が住んでいた土地に戻るケースが多かったのではないかと思うが、中には見ず知らずの土地に進出した者達もいただろう。

 ミロスラフ王家は後者の例だったのかもしれない。

 だとすれば、この国の王城に古文書が残っていないのも無理はない。

 なぜなら彼らにとってはここは全く見知らぬ土地。そこに過去住んでいた、自分達とは縁もゆかりもない誰かが残した遺跡や古文書を、この国の人達が大事に保管しておく理由はないからである。


「何だか世知辛い話だけど一応は理解は出来るかな。過去の遺跡資料よりも今の生活。人間、先ずは食べて行かないといけないからね」

『? 今回は空振りに終わりましたが、まあ、調査と言うのはそういうものですから』


 そうだね。ここには無いという事が分かった、というのも立派な調査結果なのだ。


『サヨウデゴザイマス』


 そもそも大災害自体が五百年も前の出来事なのである。

 日本で言えば戦国時代頃か。

 そんな大昔の物が現在まで残っている事の方がむしろ珍しいのだろう。

 あ~、これじゃベンジャミンが調べてくれている聖国の方も望み薄かもしれないね。

 まあ、元々、「あったらラッキー」程度の話だったし。何も見付からなくてもそれはそれ。あまり期待はせずに調査結果を待つ事にしようか。


『シーロ、ゴクロウサマ』

『いえいえ、今回はお役に立てずにサーセン。それでは私はこれで。ユリウス様から頼まれていた調査の報告もありますから』


 相変わらずユリウスさんはシーロを便利に使っているご様子で。

 あるいはシーロの方から喜んで使われているのか。

 こうしてシーロは頭を下げると僕のテントから出て行ったのだった。




 再び暗闇に包まれたテントの中。

 僕は一人、さっきの話をボンヤリと思い出していた。どのくらいたっただろうか? 誰かがこちらに走って来る足音が聞こえた。


 おや、シーロが何か忘れ物でもしたのかな?


 僕がそんな風に思っていると、足音はテントの入り口の辺りでピタリと止まった。

 そしてその場に立ち止まったまま。黙ったままでテントの垂れ幕を開こうともしない。


 あれ? なんで入って来ない訳? いや待った、これって――


 入って来ないんじゃない。

 この誰か知らない人物は、中にいる僕の様子にジッと聞き耳を立てているんだ。


 テントの生地を挟んで、互いが互いの様子を伺うという、ある種緊迫した時間。

 しかしこの異様な時間は不意に終了した。

 どうやら外にいる人間は、何も聞こえない事に諦めたようだ。

 ためらいながらゆっくりと後ずさるような音がしたと思ったら、足音は屋敷の方へと去って行ったのだった。


 僕は緊張を緩めると「ふう」と息を吐いた。


「・・・今のは一体誰だったんだろう」


 シーロではない。彼なら入って来ない理由はないし、隠れて僕の様子を伺う意味はないからだ。

 同じ理由で警備の騎士でもないだろう。


「そもそも、足音は軽かったし。武装した騎士なら、もっと重たい音がするはずだ」


 軽い足音。ならば子供かあるいは小柄な女性か。

 この屋敷の離れには家族で住んでいる使用人もいる。彼らの子供という可能性もなくはないが、深夜、一人で家を出て僕の所に走って来る子供なんているだろうか?

 だとすれば小柄な女性。メイドか?

 僕の頭の中にティトゥのメイド少女カーチャの姿が思い浮かんだ。


「ないない。カーチャなら絶対に僕に声を掛けるはずだし」


 そもそも何もせず、テントの外で中の様子に聞き耳を立てていただけというのも意味が分からない。

 そんな事をして謎の人物は一体何がしたかったのだろうか?


「・・・こんな事なら声をかけてみれば良かった」


 あの時はつい緊張してこちらも相手の様子を伺ってしまったが、声を掛けてでも相手の正体を確かめるべきだったのかもしれない。


「まあ、急な事だったし仕方がないか。もしもさっきの謎の人物が戻って来たら、今度こそ声を掛けて誰なのか確認してみよう」


 気にはなるが、僕は一先ずそう結論付ける事にした。

 こうして僕はテントの外から足音が聞こえて来るのを待ち続けたのだが・・・一晩中待っても例の人物が再び現れる事はなかったのだった。

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