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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第二十三章 カルシーク海海戦編
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その5 うらぶれた傭兵団

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ミュッリュニエミ帝国、帝都バージャント。

 かの大ゾルタ帝国の首都だった事もあるこの都市は、良く言えば歴史ある、悪く言えばゴチャゴチャとした古臭い街並みを特徴としている。

 通りは狭く、複雑に入り組んでねじ曲がり、改築を繰り返された家は、見る角度によってまるで違う建物であるかのような印象を与える。

 もしもハヤテがこの街並みを見れば、『これって絶対、日本なら建築基準法や消防法に違反しまくっているよね』と呆れ返ってしまう事だろう。

 実際にこの帝都では、年に何回かは起きる火災の際、逃げ場を失った住人が煙に巻かれて命を落とすという事故が多発しているという。




 そんな帝都の一角に、古びた建物が立ち並ぶ小道がある。

 どちらかと言えば、あまり治安が良いとは言えない、この寂れた通りを歩く三人の男達。

 傷だらけのいかつい顔に、伸ばし放題のむさくるしいヒゲ。長い髪は後ろで一つに束ねている。古びたマントの下には、使用感たっぷりの黒ずんだ皮鎧が覗く。腰の辺りが不自然に膨らんでいるのは、ベルトに大型のナイフを挿しているために違いない。

 正に絵に描いたような傭兵スタイル。

 実際に彼らは(いくさ)をならわいとする男達。半島の都市国家連合から、このミュッリュニエミ帝国まで流れて来た大規模傭兵団”戦斧団(バットラックス)”。

 その団長のディエゴと、二人の幹部達であった。


 ディエゴは背中を丸めて歩きながら、腹立たしげに舌打ちをした。


「クソ。これじゃ、”戦斧団(バットラックス)”の看板が泣くぜ」

「そうは言うけどよ、団長。ヘルザーム伯爵領を離れて帝国に行くって言い出したのは団長じゃねえか」


 律義にツッコミを入れる幹部の男の顔を、ディエゴはジロリと睨み付けた。


「うるせえ! お前達だって誰も文句を言わなかったじゃねえか! 大体、あんなしみったれたヤツらの下で働くなんて出来る訳がねえだろうが!」


 ミロスラフ王国軍に対抗するため、ヘルザーム伯爵家はあちこちから戦力をかき集めた。

 ディエゴ達戦斧団(バットラックス)は、丁度その頃、都市国家連合からミロスラフ王国に稼ぎ場所を移したばかりだったが、早速この噂を聞きつけると、急ぎヘルザーム伯爵領へと移動した。

 無事に伯爵軍にも雇われて、さてこれからひと稼ぎ。と思った矢先、帝国から黒竜艦隊が派遣された。

 黒竜艦隊に仕事を奪われた傭兵達は、昼間から酒場に入り浸り、飲んだくれる始末。

 業を煮やしたディエゴはヘルザーム伯爵軍に見切りを付けると、ミュッリュニエミ帝国に仕事場を移す事にしたのだった。(第二十一章 カルリア河口争奪戦編 その27 (とんび)に油揚げ より)


「まあ、俺達が去ったすぐ後に、帝国艦隊は例のドラゴンにやられて撤退したって話だが」

「ヘルザーム伯爵軍も当主が逃げ出したとかで、ミロスラフ王国軍に降参しちまったんだろ? はんっ! いい気味だぜ。俺達をバカにするから、そういう目に遭うんだよ」


 自分達を粗略に扱ったヘルザーム伯爵が、ミロスラフ王国軍に降伏したという話は、ディエゴ達の溜飲を下げた。

 しかし、そのすぐ後にもたらされた情報によって、再び彼らは歯噛みする事となった。


「しかしよ、ミロスラフ王国軍もミロスラフ王国軍だぜ。どうせ小ゾルタ北方貴族領に攻め込むなら、俺達が帝都にたどり着く前にしてくれりゃ良かったのによ」


 そう。ミロスラフ王国軍が小ゾルタ北方貴族領へ進軍したのである。

 これがひと月早ければ、タイミング的にディエゴ達戦斧団(バットラックス)は戦場で荒稼ぎが出来たはずである。

 しかし現実は非情だ。

 戦斧団(バットラックス)は三百人を超える大規模傭兵団。そんな大人数で、しかも長距離を移動して来た彼らは、帝都に着いた頃には、貯えをすっかり使い果たしていたのである。

 その上、帝都バージャントは、帝国最大の都市だけあって物価も高い。

 こうして彼らは、戦場に向かうどころか、早急に仕事を見つけなければ、明日からの生活すらままならなくなってしまったのであった。


「だからこうして俺がわざわざ町の人工(にんく)の顔役に頭を下げて、日雇いの仕事を貰ってるんじゃねえか。・・・チクショウめ。一体全体、俺達はどこでどう間違えちまったんだろうな」


 ディエゴは力無く肩を落とした。

 最近の自分達はツキがない。彼らはそう思い込んでいるようだが、実際はもし、あのままヘルザーム伯爵軍に残っていた場合、他の傭兵達共々、ミロスラフ王国軍の捕虜になっていた可能性が高いだろう。

 それをタッチの差で逃れる事が出来ただけでも、運は彼らに味方しているのだ。

 だが残念ながら、手の届かない儲け話に目を奪われているディエゴが、その事実に気づく日は来なさそうだった。




 町の日雇い労働者達の元締めは、古いがしっかりとした作りの屋敷に住んでいた。

 専門家が見ればひと目で歴史的価値を見出しそうなその建物を、ディエゴ達はチラリと一瞥しただけで何の興味も示さなかった。

 所詮は傭兵。彼らにとって大事なのは金になるかどうかであって、芸術や美術、ましてや学術的な評価などは全くの無価値だからである。

 屋敷に入って待たされる事数分。彼らは屋敷の主人に面会した。


「よう、ディエゴ。会いに来てくれて嬉しいぜ」


 日雇い労働者達の元締めは、人相の悪い大柄な中年男だった。

 『あの悪党ヅラに比べれば、俺の方がまだ可愛げがある』とはディエゴの言葉である。


「また仕事を回して欲しくて来たんだが。前のヤツ――家の建材の荷運びでも構わねえが、出来れば今度はもうちょっと割のいい仕事だと助かるぜ」

「はっ、勿論だとも。俺とお前の仲じゃねえか」


 戦斧団(バットラックス)は傭兵団という事もあって、力自慢の男達が揃っている。

 どうやら前回の仕事内容は、相当に元締めに気に入られたようだ。

 彼はいかつい顔に、子供が見たら恐怖で泣き出しそうな笑みを浮かべた。


「そいつはいいとして、ディエゴ。お前さん、商隊の護衛をやった経験はあるかい?」

「ん? まあ、こんな仕事をしてりゃ、一度や二度はな。今みたいに部下の人数が増えてからは、とんとご無沙汰しているが」

「そうかいそうかい、やっぱりやった事はあったか。そいつは丁度良かった。いやなに、あんたにならやった事がなくても、この仕事を紹介するつもりではいたんだがな」


 元締めは調子のいい事を言いながら、大きく手を鳴らした。

 奥の扉が開き、若い男が部屋に入って来た。


「お頭。ご用で?」

「おう、この客達をドルチェの宿まで案内して行ってくれ。そこにレオミールってぇ名前のチェルヌィフ商人が泊っているから、呼び出して彼らに紹介しろ。おうディエゴ。詳しい話はレオミール本人から直接聞いてくれや」

「お、おう」


 どうやらこの場は一度、話を聞かざるを得ない流れのようだ。

 ディエゴは「俺はそんな話をしに来たんじゃなかったんだけどよ」と、内心でボヤキつつも、敏感に儲け話の気配を感じ取っていた。


(あてが外れた感じだが、コイツがここまで乗り気になっているって事は、余程美味い話に違いねえ。こりゃあ当たり(・・・)を引いたのかもしれねえな。荷運びなんかしてる場合じゃねえか)


 単純に後ろめたい話――犯罪絡みの話という可能性も考えられるが、それならそれで別に構わない。

 なぜなら犯罪は大抵の場合、金になる。

 いざとなれば暴力に物を言わせて、逆に相手の持ち金を全て巻き上げてしまえばいいのである。


(その金があれば、帝都を出て小ゾルタ北方貴族領に行く事だって出来る。犯罪組織のヤツらも、まさか戦場までは追って来まい。稼ぎにもなるし追跡も振り切れる。いいね。一石二鳥ってヤツだぜ)


 ディエゴは心の中で「しめしめ」とほくそ笑むのであった。




「やあやあ、あなた方が商隊の護衛を引き受けてくれるのですな。初めまして。私はレオミール。ここより西、バルトネクトル公爵領で商売をしている者です」


 案内人から紹介された商人は、顔に胡散臭い笑顔を張り付けた、小太りの中年男性だった。


(コイツはハズレを掴まされちまったかな)


 ディエゴは、どう見ても堅気(かたぎ)にしか見えない男に、すっかり肩すかしを食ったような気持ちになっていた。


「ディエゴだ。傭兵団、戦斧団(バットラックス)の団長をやっている」

「傭兵団の戦斧団(バットラックス)ですか。強そうなお名前だ」


 商人は軽いお世辞を交えつつディエゴと握手を交わした。


「目的地は王都の北を馬車で三日進んだ先にあるカルヴァーレ侯爵領となります。荷物の中身はヴラス=ベリオ館にお納めする美術品です」

「はあ?! ヴラス=ベリオ館だと?! この国の皇帝が住んでる宮殿じゃねえか!」


 ディエゴはギョッと目を剥いた。

 ヴラス=ベリオ館は、まだこの国に来たばかりのディエゴ達でも知っている有名な建物である。

 皇帝ヴラスチミルが新皇后ベリオールのために建てた宮殿で、皇帝が自分達の名前を取って、直々にヴラス=ベリオと名付けたと言われている。


「皇帝の館に出入りするたぁ・・・あんた一体何者なんだ?」

「私はただの商人ですよ。たまたま巡り合わせに恵まれて、この度、皇帝陛下の館を飾るためのお手伝いをさせて頂くことになった次第でして」


 本当の所を言えば、今回の荷物は皇后ベリオールの台頭を望まない者達が――というよりも、皇后の外戚となったカルヴァーレ将軍がこれ以上の権力を持つのを望まない者達が――前皇后であるリベルダの復権を求めて、皇帝に送った献上品。

 つまりは賄賂であった。

 そんな大事な品の運搬を、レオミールのような外国の商人が任されたのは、以前にハヤテ達、竜 騎 士(ドラゴンライダー)がかの地の問題を解決した際(第九章 ティトゥの帝国外遊編 より)、彼が家令のボルドーから高い信頼を得たためである。


 ディエゴはレオミールの言葉を額面通りに受け取るような事はなかった。だが、こういった仕事に表には出せない事情があるのは当たり前の事でもある。


(なる程。コイツは元締めが鼻息を荒くする訳だ)


 上手くこの仕事に噛む事が出来れば――この商人から信用を得られれば――今後も色々とうまい汁を吸う事が出来そうだ。


(どうやらようやく俺達にも運が向いて来やがったようだぜ)


 ディエゴはがぜんやる気を出すと、商人との打ち合わせに身を乗り出すのだった。

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