その4 研究者倶楽部
今日は良く晴れた絶好の飛行日和。
僕は荘厳な白亜の城の上空を通過すると、90度旋回。場周経路へと入った。
滑走路、もとい、中庭の安全を横目で確認すると再び旋回。ファイナル・アプローチへと移る。
飛行中は胴体に格納していた降着装置を展開し、エンジンの回転数を絞ると、速度計の針がみるみるうちに下がっていく。
やがてドシン。振動と共にタイヤが地面に接地。
僕は土煙を上げながら、すっかりお馴染みとなった聖国王城の中庭に着陸したのだった。
プロペラの回転が止まると、待ちかねたようにラミラ王女がこちらに向かって走って来た。
『ティトゥお姉様、ごきげんよう! ファルコちゃんとハヤブサちゃんはどこにいますか?!』
ティトゥは風防を開いて立ち上がると、申し訳なさそうに眉を下げた。
『ごきげんよう、ラミラ殿下。申し訳ありませんが、二人は屋敷でお留守番をしていますわ』
『ええ~、そんなぁ~』
ガックリと肩を落とすラミラ王女。
いつもならファル子達リトルドラゴンズは、駄々をこねてでも僕達に付いて来るのだが、今日は目的地が聖国王城と聞いてイヤな予感がしたのだろう。珍しく自分達の方から留守番を言い出したのである。
『今日はマリエッタがいないから、ファルコちゃん達を独り占めできると思っていたのに・・・』
そういう事を考えてるから、バチが当たったんじゃない?
ちなみにマリエッタ王女は、今日は公用でどうしても外せなかったらしい。
ため息をつくラミラ王女の後ろから、人当りの良い笑みを浮かべた若いメイド、聖国メイドのモニカさんが現れた。
『ご当主様、ハヤテ様。本日はご苦労様です。早速ですがお願いした荷物はこちらの方に入っているのでしょうか?』
彼女の視線は僕の翼の下。二ヶ所のハードポイントに懸架された樽増槽を見つめていた。
『サヨウデゴザイマス』
『そうですか。ではお預かり致します。――みなさん、ドラゴンの翼から荷物を降ろして下さい』
『は、はい!』
王城の使用人達はおっかなびっくり、僕の翼の下に入り込むと樽増槽を抱え込んだ。
『準備出来ました、外して下さい! ――おっと、意外と重いぞ! 気を付けろよ!』
ガコンと音を立てて樽増槽が外れると、彼らは予想外の重さにあたふたしながら抱え込んだ。
こうして、えっちらおっちら。彼らは数人がかりで城の中まで樽増槽を運び入れたのだった。
ティトゥはモニカさんに確認をした。
『少々落としたくらいでは壊れたりしないとは思いますが、あまり乱暴に扱った場合、中身の保証は出来かねますわ』
『分かりました。注意して扱うよう、良く言っておきます』
さて、これで今日の用事は済んだ訳だ。
急ぎで伝えなければならない連絡事項もないし、後は真っ直ぐティトゥの屋敷に帰るだけかな。
と思った所で、僕達は意外な人物から声を掛けられた。
『ご当主様、調べ物の件で少し報告をしたいのですが、お時間を頂けますでしょうか?』
背の高い学者風の細身の青年。
ナカジマ家で雇っている聖国の土木学者、ベンジャミン・ベネドナジークだった。
ティトゥは操縦席から降りると、ベンジャミンに向き直った。
『マナ爆発について何か分かった事でもありましたの?』
叡智の苔の予想した大災害、マナ爆発。
実はマナ爆発は五百年程前。一度この惑星上で発生しているのだが、その時の衝撃で大陸は二つに割け、多数の生物が絶滅ないしは絶滅寸前まで大きく数を減らす事となった。
それは人類も例外ではなかった。
厳しい大災害を生き延び、僅かに残った人間達は安全な土地を探して身を寄せ合い、少ない食べ物を分け合い、やがて登場した偉大な指導者の下に一つの国家を築く事となった。
それが大ゾルタ帝国である。
ちなみに叡智の苔は、この星に残った痕跡や資料から以上の事を推測した訳だが、逆に言えばこれはあくまでも推測であって、実際に彼が見て来た事実という訳ではない。
なぜなら、叡智の苔の元となったスマホの音声認識アシスタント、VLACがこちらの世界、惑星リサールに転生したのは大ゾルタ帝国の建国よりも後の事。
帝国の力が斜陽を迎え、数を増やした人類が大陸各地に生活圏を広げようとしていた時期だったからである。
さて。この惑星にとっては、今回のマナ爆発は二度目となるが、我々にとっては(叡智の苔も含めて)初めての経験となる。
叡智の苔が発生現場の観測を熱望しているのも、本当の所どういう現象が起きるのか、彼自身にも正確な所は分かっていないためである。
だが待って欲しい。
分からないなら実際に経験した人に尋ねれば良いのではないだろうか?
そう。過去の人に尋ねる。――つまりは過去の記録を調べればいいのである。
ベンジャミンは気取った仕草で頷いた。
『誰もが知る通り、この大陸における大ゾルタ帝国以前の記録は全て失われています。それは大ゾルタ帝国による厳しい言語統一政策によるものです。しかし不思議な事に、帝国の臣民はこの行き過ぎた思想統制に対し、何ら反発を行いませんでした。逆に自ら進んで自分達の言語を捨てたようにすら感じられるのです。それは帝国の崩壊後も、自分達の言葉を復活させようという動きがみられなかった事からも明らかです。言語とはそれすなわち民族としてのアイデンティティー。彼らが自らの民族の誇りを捨て、それを取り戻そうとしなかった事は、長らくの間、歴史を研究する者達の間でも大きな謎となり、昔から数多くの議論を呼んで来ました』
『そういう前置きはいいから、さっさと要点に入って頂戴』
ティトゥはベンジャミンの長口上をバッサリ切り捨てた。
ベンジャミンは少しだけ悲しそうな顔をすると、『分かりました』と続けた。
『ええと、僕はハヤテ様から過去に起きた大災害の話を聞き、このランピーニ聖国に戻って来ました。全ては専門の学者から話を聞くため。現在は過去の言語が失われているとはいえ、その全てが地上から消し去られた訳ではありません。実際、この聖国においても、大昔の遺跡に掘られた文字などが現在まで失われずに残っています。そういった各地に残った古文を集め、研究している学者の相互団体がここには存在しているのです』
ベンジャミンの説明によると、聖国には各ジャンルの学者達による相互団体。いわば研究者倶楽部のような組織が存在するそうだ。
今回の場合は、さしずめ古文研究倶楽部といった所だろうか?
古文研究倶楽部では、各地の研究者達が発見した古い文字を持ち寄り、過去の言語を解読するかたわら、昔、この国で何があったのかを調べ、自分達の民族のルーツを解き明かそうとしているんだそうだ。
『その学者を見つける事は出来たんですのね?』
『はい。僕の研究とは全くの畑違いとはいえ、我々学者の世界は狭いですから』
ちなみにベンジャミンは土木関係の研究者倶楽部に所属しているとの事。自称・土木学者だからね。当然か。
『僕が会う事が出来た学者は二名。共にこの聖王都に住む者達でした。聖王都は古くから経済の発展と首都機能を優先させたがゆえに、残念な事に、学術的に貴重な遺跡の数々が都市開発の名のもとに取り壊されて来ました。聖王都に学者が二人しかいないのもそのためなのです。現在においては古文研究の中心はむしろ聖王都の外にあると言っても良いでしょう。具体的には発展の途上にある領地、ないしは古い――』
『だからそういう長ったらしい前置きはいいんですわ。それよりその学者から何か有用な話は聞けたんですの?』
再び脱線しかけるベンジャミンを、ティトゥは強引に引き戻した。
ていうか、ベンジャミンってこんなに説明好きな人間だったっけ? そりゃまあ、元々ウザキャラだった気はするけど。
どうやらベンジャミンは、久々に地元に戻ってクセの強い学者達と親交を深めているうちに、そっち方面の影響を色濃く受けてしまったようだ。
オタクって自分が詳しいジャンルの話になると、途端に早口で饒舌になるよね。
「わかりみがすぎるなあ」
『? ええと、はい。二人の学者に会うには会えましたが、残念ながらこちらが求めているような情報は何も得られませんでした。しかし、レンドン伯爵領にいる学者が過去にそれらしい話をしていたとの事なので、次はそちらに向かおうと考えています』
『もう。早くそう言えばいいんですわ。馬車で向かうよりもハヤテで行った方が早いですわね。送ってあげますからさっさと乗って頂戴。ハヤテ』
「了解。レンドン伯爵領に行けばいいんだね」
レンドンの港町なら少し前、聖国王城の新年式に参加した際に行った事があるから場所は分かっている。
ティトゥはなんだかんだと渋るベンジャミンを、無理やり僕の操縦席に押し込んだ。
『それじゃ出発ですわ! 前離れー! ですわ』
バババババ・・・
僕はエンジンをブースト。城の騎士達に見送られながら大空へと舞い上がったのだった。
『お待ちを! ナカジマ殿! 我がレンドン伯爵家が大恩を受けた方をこのまま歓迎もせずに帰す訳には参りません! 大至急、屋敷で晩餐会の用意を致しますので! 是非とも、是非とも私にお時間を下さいませ!』
『もう! だからそんな時間はないと言っているじゃありませんの!』
レンドンの港町に到着した僕達は、たまたま仕事で町に来ていたレンドン伯爵家当主、パトリチェフとバッタリ出くわしてしまった。
彼はここで会ったが百年目とばかりに、怒涛の勢いでティトゥに詰め寄った。
ていうか、前にも確かこんな光景を見たような気が。なんだかデジャヴュ。
ちなみにベンジャミンは、『あなた方、一体何をしたんですか?』とでも言いたげな目でこちらを見ている。
『私に恩を感じているなら、晩餐会なんかではなく、そこにいるベンジャミンの用事を手伝うという形で返して欲しいですわ!』
『勿論です! ですがそれはそれとして、我が家の歓迎は受けて頂きたいのです!』
パトリチェフが良い人なのは良く分かる。感謝の気持ちもヒシヒシと伝わって来るけど、残念ながらその気持ちは一方通行なんだよね。
ティトゥは貴族の社交場全般を苦手としているから。
彼女はようやくの思いでパトリチェフを振り切ると、僕の操縦席に逃げ込んだ。
『ハヤテ! 急いで飛んで頂戴! 早く!』
『ああっ! ナカジマ殿ーっ!』
「いいのかなぁ。前離れー」
僕がエンジンをかけると、さすがにパトリチェフは後ろに下がった。
しかし、それでもまだ諦め切れなかったのか、僕の姿が見えなくまでティトゥの名前を呼び続けていたのだった。