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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第二十三章 カルシーク海海戦編
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その3 新生・黒竜艦隊

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ミュッリュニエミ帝国の南西部に位置する港、トルランカ。

 波の静かな大きな入り江には、大小様々な船が所狭しとひしめき合っている。

 帝国軍の誇る最新鋭の外洋船艦隊。通称、黒竜艦隊である。


 黒竜艦隊は先日の戦いの中、突如戦場に現れたドラゴン・ハヤテによる襲撃を受けた。

 ハヤテは艦隊の虎の子の大型輸送船を二隻も沈めると、主力となる戦闘艦にも多くの被害を与えた。

 この報せを聞いた皇帝ヴラスチミルは、これ以上、自慢の新鋭艦隊が消耗するのを嫌った。

 こうして退却した黒竜艦隊だったが、指揮官のハイネス艦長は敗戦の責任を負わされ、艦隊から去らざるを得なくなったのであった。(第二十一章 カルリア河口争奪戦編 より)




 黒竜艦隊がトルランカの母港に帰り着いてから約一ヶ月。

 工員達の不休の努力と頑張りによって、各艦の損傷は癒えつつあった。

 副長は旗艦の艦橋に立つと周囲を見回した。


(ようやくここまで立て直す事が出来たか)


 艦隊(ハードウェア)の状況は、どうにか戦闘前の状態に戻りつつある。だが、船を動かす人員(ソフトウェア)の充実はまだ十分とはいえなかった。

 ミロスラフ王国軍との戦いで、黒竜艦隊は数多くの犠牲者を出した。

 中でも精鋭部隊である陸戦隊を失ったのは大きかった。

 陸戦隊は、上陸作戦の際、味方に先駆けて敵地に上陸。その場に橋頭堡を確保し、その地を守備する目的のために作られた部隊である。

 文字通り、背水の陣で戦う彼らは命知らずの勇者達。

 そんな艦隊きっての猛者達を失った事で、黒竜艦隊は大きな武器を一つ、失ってしまう事となったのである。


 人的被害は陸戦隊に留まらない。船員や兵士にも多くの戦死者とその数倍にも上る負傷者を出している。

 すでに海軍本部から補充の人員が送られて来てはいるものの、そう簡単にベテラン船員の抜けた穴は埋められるものではなかった。


(被害はそれだけでは済まない。我々は優れた指揮官までも失ってしまったのだ)


 黒竜艦隊総指揮官、ハイネス艦長の更迭。

 艦隊をここまで一から育て上げて来た最大の功労者の失脚は、艦隊全体に目には見えないダメージを残していた。

 精神的な支柱を失った部隊は以前よりも精彩を欠き、副長の目には、かつてのパワーが失われているように感じられた。


(だからと言って、今の所、新任の艦長に問題があるという訳ではないのだが・・・)


 ハイネス艦長の代わりとして新たに赴任して来たのは、ディビット・バルトルン艦長。

 年齢は三十代後半。前任のハイネス艦長とは親と子程の歳の開きがある。

 黒竜艦隊のような大規模な艦隊の指揮官を任されるにしては異例の若さと言えよう。

 それだけ周囲から将来を期待されている将官とも考えられるのだが・・・


(どうだろうな。中央はかなり腐敗していると聞いているし)


 現在、軍の中枢はカルヴァーレ将軍の一派によって掌握されている。

 昨年、将軍の養女が新たな皇后となった事により、その権力は更に盤石の物となった。

 そんな中央の政情を鑑みるに、バルトルン艦長が若くして指揮官に選ばれたのも、何かしらの後ろ盾があってのもの――明け透けに言えば、(カネ)とコネで決まった人事――と考えてもいいのではないだろうか。


(中央は国防を担うこの艦隊を、政治の道具、派閥の貴族に箔を付けさせるための派手な勲章程度にしか見ていないのか)


 これでは彼らの命令に従い、戦場で散って行った将兵達があまりにも浮かばれない。

 副長の胸にやりきれない苦い思いがこみ上げて来るのだった。




 いつの間にか考えに沈んでいたようだ。ふと気が付くと背後に人の気配があった。

 そう思った途端、その人物から声を掛けられて、副長は思わずビクリと体を震わせた。


「副長、捜したぞ。こんな所にいたのか」


 甲高い声にあわてて振り返ると、そこにはついさっきまで彼が考えていた(くだん)の人物の姿が。

 年齢は三十代後半。神経質そうな細面の顔に気取ったカイゼル髭。皺一つないパリッとした服の胸元には、きらびやかな勲章が誇らしげに並んでいる。

 黒竜艦隊の新任指揮官。バルトルン艦長である。

 副長の声は内心の動揺を反映してか、若干、不自然に上ずってしまった。


「か、艦長! お、お手数をおかけして申し訳ございませんでした! 私に何かご用でしょうか?!」

「そうしゃちほこばるな、副長。捜したとは言ったが別に急ぎの用という訳ではない」


 バルトルン艦長は副長の様子を気にする事もなく、窓際に立って周囲の船を見回した。


「船の修理はほぼ完了しているようだな」

「はい。現在は主に湾内での慣熟訓練中ですが、全ての艦艇の修理が済み次第、全艦による洋上訓練に移る計画となっております」


 船というのは全てが各地の造船所で作られる、いわば一品物である。

 同じ設計の船でも工事に移った時期、作られた造船所によって、最大速度に差も付けば、舵の利き方にも多少の癖が出てしまう。

 歴戦の船乗り達は、そういった船ごとの特徴を体で覚え、自分の手足のように操れるようになった上で、僚艦と連動して動けるように訓練する。

 こうする事で個性も特徴もバラバラな船が纏まり、指揮官が意図するまま、一糸乱れぬ艦隊運用を可能とするのである。


 バルトルン艦長は船の動きを見つめたままで呟いた。


「聖国海軍に動きがあった」


 副長はハッと息を呑んだ。


「各地の部隊から新しい艦型の船だけが引き抜かれ、一か所に集められているという事だ。どうやら聖国海軍騎士団は、速力と航続距離に優れた新たな艦隊を編成するつもりのようだ」

「新たな艦隊? それは、つまり――」

「ああ。この黒竜艦隊に備えての物と俺は見ている」


 空気が音を立てて引き締まった気がした。

 流石は聖国だ。侮れない。

 副長は苦々しい思いと共に、敵の素早い行動に舌を巻いていた。


 いかにベテランの船乗りであっても、船の性能を超えた速度は出せないし、積載限界を超えた物資や戦力は積み込めない。

 聖国海軍は黒竜艦隊とミロスラフ王国軍の戦いを見て、現在の艦隊編成ではこれに太刀打ち出来ないと判断。黒竜艦隊を仮想敵とした、高性能な船を集めた新艦隊を編成する事にしたのだろう。

 これは口で言うのは簡単だが、実際に行動に移すのは難しい。

 どこの部隊も、自分達の主力艦艇と選りすぐりの乗員達を引き抜かれて、いい気はしないからだ。

 それだけ聖国海軍が黒竜艦隊に対して本気で危機感を抱いている、とも言えるが、無茶な計画を実行に移せる聖国海軍の強固な組織力に、副長は底知れぬ恐ろしさを感じていた。


「聖国海軍がそれ程までに黒竜艦隊を強く警戒しているとは」

「警戒? 違うな。副長、それは違うぞ」


 思わず漏れた副長の言葉をバルトルン艦長は即座に否定した。


「それだとここまで強引に艦隊の編成を急いでいる理由に説明が付かない。それはそうと副長。お前はミロスラフ王国軍が小ゾルタ北方領へと攻め込んだのは知っているか?」

「? ええ、まあ。噂程度でならば」


 小ゾルタから遠く離れたこのトルランカの地にあっても、黒竜艦隊の指揮官達にとって、自分達を撃退したミロスラフ王国軍の動きは気になるものであった。(※実際は黒竜艦隊はミロスラフ王国軍ではなく、ドラゴン・ハヤテただ一人によって蹴散らされたのだが)

 そのため、ミロスラフ王国軍が小ゾルタ北方領に進軍したという報せは、いち早く副長達の耳にも入っていた。


「それを受けて陸軍の方では、現在、救援部隊の編成が計画されているとか」


 陸軍の反応が鈍いのは、軍の中枢が腐敗しているから――ではなく、誰しもが小ゾルタ北方領を帝国領と考えていないから、という理由の方が大きい。

 とはいえ、一応は自国の領土である以上、他国の軍に荒らされているのを黙って見ている訳にもいかない。

 陸軍は気乗りしないまま、渋々救援部隊の編成を開始したのであった。


「俺はこの進軍は、ミロスラフ王国が聖国からの要請を受けての物だと見ている。つまり敵は我が軍の目をペニソラ半島に引きつけておき、編成されたばかりの新艦隊の速力をもって、電撃的にこのトルランカを強襲するつもりなのではないか、と考えているのだ」

「そ、そんなまさか?!」


 副長は咄嗟にそう叫んでしまったが、次の瞬間、バルトルン艦長が海軍参謀本部の情報部からこの艦隊に赴任して来た事を思い出した。


(他ならぬ情報部に太いパイプを持つバルトルン艦長がそう判断したのだ。ならばおそらく、今の推論を裏付ける何か重要な情報を握っているに違いない)


 だとすれば大変な話である。

 聖国海軍は黒竜艦隊に備えるどころではない。戦うために、否、叩き潰すために新艦隊を編成しているというのだ。

 そしてミロスラフ王国軍が小ゾルタ北方領に攻め込んでいるという事は、既にそのための作戦は実行に移されていると考えるべきだろう。


 我々に残された時間は、多くはないのではないか?


 ゾクリ。

 その想像に副長は背中に氷柱を差し込まれた気がした。

 ふと気が付くと、バルトルン艦長が探るような目で彼を見つめていた。

 副長は気を引き締めると深く頷いた。


「了解しました。その考えを前提で艦隊訓練を急がせます」

「よろしく頼む。それと部隊長を集めて聖国艦隊の動きの予想と、それに対応する策の検討も行ってくれ」

「それを私がやるのでしょうか? 艦長が主導なされた方がよろしいのでは?」


 バルトルン艦長は小さくため息をついた。するといつもの神経質そうな印象が消え、親しみがあると言っても良い柔らかな雰囲気となった。

 この不意の変化に副長は思わず目を丸くした。


「俺はこの艦隊に着任したばかりの新参者だぞ。ここの部隊の者達から見れば、いわば余所者だ。そんな俺が部下達を作戦室に集めても、警戒するだけで誰も意見を出さないだろう。それに俺は前任のハイネス艦長が優れた指揮官であった事を良く知っている。そのハイネス艦長の信任厚い副長であれば、能力に疑いを挟む余地もない。安心して俺の代わりを任せられるというものだ」


 この人は――

 この瞬間、副長は自分の中でディビット・バルトルンという人物の印象が180度、ガラリと変化するのを感じていた。


 三十代という若さにして、艦隊の指揮官を任されるという異例の大出世。

 それを、(カネ)とコネで買い取ったイス。箔付けのためのうつろな人事。今まではそんな風に邪推していたのだが・・・


(どうやらこの人は、本当に実力を高く評価されて、この艦隊に派遣されて来たようだ)


 広く情報を集める組織力。多くの情報を元に秘められた思惑を導き出す推理力。部下の気持ちを汲み取る洞察力。

 そのどれもがディビット・バルトルンが非凡な能力を持つ事を証明している。


 聖国が全力を上げて黒竜艦隊を叩き潰しにかかって来ているという絶望的な状況。しかし、この指揮官の下でなら、そんなピンチを跳ね除ける事が出来るのではないだろうか?


 副長は己の血がジワリと熱く、熱を持つのを感じていた。

次回「研究者倶楽部」

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― 新着の感想 ―
素晴らしい人選!! これは聖国艦隊vs黒龍艦隊が楽しみに。
当たり前だけど敵もボンクラじゃないのがいい …誰かが絡まなければ違う運命だったキャラ多いですよね
正直わたしもカルヴァーレ将軍派閥の ダメダメな艦隊指揮官が着任するんだろうなと思ってたので驚きです
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