その22 あれは”双炎龍覇轟黒弾”
ここはランピーニ聖国、レブロン伯爵領レブロンの港町。
その港の一角で僕は少女達が帰ってくるのを一人寂しく待っているところだ。
僕の周囲には様々な野菜や魚が散らばっている。
僕の四式戦ボディは鼻が鈍いので気にならないが、この場はさぞかし魚の生臭い匂いに満ち溢れていることだろう。
やれやれこんなに散らかして。汚い港町だな。
散らかしたのは僕だけどね。
言い訳させてもらうけど、我ながらこれでもかなり上手く着陸した方だと思うよ。
ちなみに遠巻きに僕の様子を見守る町の人達の視線が心なしか痛い。
ふと気が付くと男の子が一人、建物から外に出て転がった野菜を拾っていた。
家に持って帰って食べるつもりかな? でも勝手に持って帰ったらいけないんじゃないかな?
などと考えていたら、ボコン。男の子の投げた野菜が僕の体にヒットした。
はあっ?
え~と、ちょっと待って、君、今何したのかな?
僕が混乱しているうちに男の子はさらに別の野菜を拾うと、えいや、とばかりに僕に投げつけた。
僕に当たって転がる野菜。
・・・・
男の子は僕が身じろぎもしないことで気が大きくなったのか、野菜を片手に僕に近付いて来た。
『お前ウスノロだな。この見掛け倒し』
よし、分かった。ケンカを売ってるんだな? いいだろう、買ってやろうじゃないか。喧嘩上等じゃい!
・・・などというわけにもいかないよね。さてどうしたものか。
突然の展開に僕が戸惑っている間に、男の子の行動を見て安心したのか、町の人達がぞろぞろと出てきて僕の周りに集まり始めた。
『デケエー! 本当にこんなデカブツが空を飛ぶのかよ』
『バカね、アンタだって自分の目で見たでしょうが。昼間から酔っぱらってんじゃないの?』
『なあなあ、さっきの貴族の娘達はお前さんの何なんだい?』
『目はどこに付いているんだい。これじゃ前も見えないだろうに』
みんなガヤガヤと好き勝手言っている。
どうすればいいんだコレ。
元引きこもりには難易度の高いミッションだ。
僕が内心いっぱいいっぱいになっていると、さっきの男の子が僕の主脚をペシペシと叩いた。
オウ、このガキ、汚い手で日頃ティトゥに磨いてもらってる玉のボディーに触ってんじゃねえぞ。
『なあお前、空を飛べるんだろ? アレをどうにか出来ないか?』
男の子が指さす先に見えるのは港の外の海にニョッキリ生えた木の棒。
海に沈んだ沈没船のマストだ。
『昨日の嵐で流された船なんだけど・・・』
男の子の要領を得ない話を僕なりに纏めるとこうだ。
あの船は昨日、嵐を避けて湾内に避難していたそうだが、嵐の中、隣に泊めた船とぶつかりその衝撃で錨が切れて漂流。
港の外に出たところで破損した個所から浸水したのか、とうとう沈没したのだそうだ。
ところが、丁度あの位置は船が港に出入りする際によく通る場所で、沈んだ船が閉塞船のような形になってしまい邪魔になって仕方がない。
片付けようにも今は嵐の後で、波が高くてうかつに近寄ると沈没船に船底をぶつけかねない。
そのため港は船の出入りの順番待ちのような状態になっていて、男の子の父親の乗る船も出るに出られずに困っているのだそうだ。
男の子の説明がじれったいのか、周囲のお節介な人間がいろいろと口を挟んできたことで余計に理解するのに時間がかかった。
でもおかげであの船が老朽船で、引き上げと修理をするだけ損で、新しい船を買った方が安くつく、ということも分かった。つまりは処分に困っているという訳だ。
ふむ・・・壊しても良いなら、僕にもなんとか出来るかもしれないな。
それにこの町の領主に恩を売っておけばティトゥ達の話がスムーズにいくかもしれない。
よし! やってみるか!
◇◇◇◇◇◇◇
「あの、叔母様。本当にハヤテさんに乗ってミロスラフ王国へ行くんですか?」
港に近い大手商会。その二階からレブロン伯爵夫人が二人の少女を従えて下りて来た。
マリエッタ王女の言葉に、一階で出されたお茶を飲んでいた代官の男が思わずお茶を吹き出しそうになった。
「ちょ、待ってください! なんでそんなことになってるんですか!」
「いけないか?」
「いけないに決まっているでしょうが! 外国ですよ! 貴方はこのレブロン領の伯爵夫人じゃないですか!」
伯爵夫人は立ち止まると顎に手を当てて考えた。
「故郷に里帰りするだけじゃないか」
「なに、町に出て働いている村娘が村にちょろっと里帰りするような感じで言っているんですか!」
「お前その例えはミロスラフ王国に対して失礼だろう」
「ものの例えですよ! 言葉尻を捕らえないで下さい!」
その時、外から大きなどよめきが聞こえた。
一瞬顔を見合わせると同時に商会を飛び出す夫人と代官。
慌てて二人を追う王女とティトゥ。
外に出た彼女達が見たモノとは・・・
「ハヤテ!」
どよめきは港の方から上がっていた。そして空には彼女のドラゴンの姿が。
「ドラゴンは一体どうしたのだ?」
伯爵夫人が近くにいた見物人の女性を捕まえて聞いた。
「え・・・ええとそれがですね」
女性がしどろもどろになりながら言うには、ドラゴンは男の子に頼まれて閉塞船の処理をしに向かったのだそうである。
「あれを何とかできるのか?!」
港で起こっている問題だ。当然代官の男は沈没船のことを知っている。
だが彼はあくまでも半信半疑といった顔だ。
老朽船とはいえかなり大型の船だし沈んだ場所も悪い。
撤去には大掛かりな作業が必要だ。そういう見積もりが調査した部下からすでに出されていたのである。
ティトゥはじっと目を凝らして空中のハヤテの姿を見つめた。彼女にだけ分かる違和感を何か感じたのである。
確かにハヤテのシルエットはいつもと違っている。
そのスラリとした体に二つの黒い塊を抱いていたのだ。
「あれは”双炎龍覇轟黒弾”!」
「何だそのカッコイイのは!」
ティトゥ渾身の命名、250kg爆弾のことである。
伯爵夫人は大喜びだ。どうやら夫人もティトゥ寄りのセンスの持ち主だったらしい。
ハヤテは高度を取ると町の周囲をグルリと回り込んだ。
どうやら町から海に向かって爆撃経路を取ることにしたらしい。
必中を期すためギリギリまで爆弾を抱いて急降下するつもりのようだ。
もし逆に海から町の方向に抜けた場合、高度が下がった状態で町に入ると高い建物にぶつかる恐れがある。ハヤテはそう判断したのだろう。
町の上空を突っ切るハヤテの姿に、港の騒動を知らない町の人間が騒ぎ出した。
ヴ――ン
中島飛行機の生み出したハー45発動機”誉”が2000馬力を叩き出す。
ティトゥ達の頭上をハヤテが唸りを上げて通り過ぎていく。
その直後、ハヤテは墜落するのではないかと思うほど機首を下げると、こちらに腹を見せながら海に突き出したマストに向かって急降下。
ティトゥ達の位置からは、その翼から二つの黒い塊が外れて海へと突き刺さるのが見えた。
ハヤテは機首を起こすと水平線の向こうへと去って行く。
すると海に二本の白い水の柱がニョキニョキと立った。
ド――ン!!
一拍遅れて腹に響く爆発音が辺りに轟いた。
野次馬達が声を揃えて「おおーっ!」という感嘆の声を上げた。
水の柱はしばらく形を保っていたがやがて水面に消えていった。
ティトゥはみんながハヤテを認めたことに気を良くして誇らしげに胸を張っている。
マリエッタ王女は目を丸くして水柱のあった位置を見ていた。その顔はわずかに青ざめていた。
彼女には今、何が起こったか具体的には分かっていない。しかし、あのすごい音と水柱とでとんでもないことが起こったということだけは分かったのだ。
自分が頼んだこととはいえ、半日とかからずミロスラフ王国からクリオーネ島まで飛んだ時点で、ハヤテの力はすでに彼女の想像の範疇を超えている。その上この桁外れの破壊力だ。一体ハヤテはどれほどの力を持っているのだろうか?
逆に伯爵夫人は恋する乙女のように頬を染め、目を輝かせながらハヤテの姿を見つめていた。
「スゴイ! なんてぶっ飛んだヤツなんだドラゴンは! これは何が何でも一度乗せてもらわないと収まらないぞ!!」
そんな伯爵夫人の熱い言葉に隣に立つ代官の男の目からは光が消え、表情は抜け落ちるのだった。
ちなみに後に調べて分かったことだが、この時のハヤテの爆撃は見事に沈没船の船体を捉え、木端微塵に破壊することに成功していた。
なお翌朝になると、港には爆撃の衝撃で死んだ魚が大量に打ち上げられる事になる。
一見無傷な魚の大量死は港の人達に大変気味悪がられたという。
次回「契約の乙女」