その31 会談の終わり
レフド叔父さん達を乗せた馬車が町の外の街道へと戻って来た。
待っていたのは大体一時間くらい? 馬車で往復していた時間を引けば、実際の話し合いの時間は三十分程しかかかっていないんじゃないだろうか?
『・・・私の時はあんなに苦労したのに』
ティトゥはムッと不満顔を見せた。
まあまあ。ここは話し合いが上手くいった事を素直に喜ぼうよ。
護衛の騎士達による物々しい警備体制が敷かれる中、馬車からはカミルバルト国王が。次いでレフド叔父さん。最後にエルヴィン王子が降り立った。
『それではお先に失礼します』
どうやら最初に僕が連れて帰る事になるのはエルヴィン王子のようだ。
だったらレフド叔父さんはなんで一緒に来た訳? 屋敷でゆっくりしてればいいのに。
と思ったら、これからカミルバルト国王の案内でミロスラフ王国軍の部隊を見て回るらしい。
レフド叔父さんからのたっての希望との事だ。待ち時間を持て余す事もなそうで何よりだね。
エルヴィン王子はカミルバルト国王に振り返った。
『こんな形で義弟に会う日が来るとは思ってもいませんでした。あれは(※パロマ王女のこと)我儘な妹ですが、よろしくお願いしますね』
『そう言えばミロスラフ国王は聖国の姫を妃に貰うんだったな。いっそハレトニェートからも誰か娶るか? 遠縁で良ければ、そちらと歳の近い娘がまだ残っていたと思うが』
『こ、光栄な話ですな』
ランピーニ聖国に続いて、チェルヌィフ王朝の六大部族とも親戚関係になるとか。小国の国王としては望外の栄誉というか、権力基盤は盤石になるかもだけど、この場合、どちらの奥さんを正妃に据える事になるんだろうね?
あちらを立てればこちらが立たず。選ばれなかった国のメンツを潰すような事がなければいいけど。
同じ事を考えたのだろう。カミルバルトは引きつった笑みを浮かべると、受けるとも受けないともいえない曖昧な返事を返すだけに留めたのだった。
といった訳で、僕はエルヴィン王子を乗せるとテイクオフ。
ティトゥの屋敷を目指したのだった。
その空の上で、僕達はエルヴィン王子から今日の話し合いの内容を聞かされた。
『――聖国とチェルヌィフの軍隊で、帝国に戦争を仕掛ける、ですの』
『ああうん。帝国皇帝ヴラスチミルに話を通すには、それが一番早い、というのが我々の考えだね』
ティトゥはためらうように僕の方をチラリと見た。
「・・・エルヴィン王子とレフド叔父さんがそうするのが一番いいと判断したのなら、それでいいんじゃない? 今回は時間も限られている訳だし」
『そう。そうですわね』
僕が同意を示すと、ティトゥはホッと安堵の表情を浮かべた。
『ナカジマ殿、どうかしたのかい?』
『な、何でもありませんわ』
ティトゥは僕が戦争を嫌っている事を知っている。
彼女は僕が、『みんなが団結して大災害に立ち向かわなければならない時に、また戦争の話をしている』と、不機嫌になったんじゃないかと気にしたのだろう。
まあ実際、そういう気持ちもなくはないけど、本来、こんな雲を掴むような話で国家が動く方がありえない。
というか、情報の出所がバラクでさえなければ、僕だって信じたかどうか怪しい所だ。
こんな話を信じて動いてくれるエルヴィン王子達の方が数少ない貴重な存在なのである。
『ええ、ええ。だったらいいんですわ』
『ナカジマ殿。さっきからハヤテは何と言っているんだい?』
ティトゥは僕の話をエルヴィン王子にかいつまんで説明した。
『私が貴重な存在、ね。王族とはいえ私も一人の人間。ドラゴンから見れば劣った生き物だ。その私をドラゴンであるハヤテがそう思ってくれているというのは光栄だね』
エルヴィン王子の言葉に、ティトゥは『この人分かってるぅ!』といった感じで鼻息を荒くした。
いやいや、僕はそんな偉い存在じゃないから。むしろ偉いのは一国の王子であるあなたの方ですから。
元の世界の僕だったら、テレビの画面越しにしか見る事が出来ないようなVIPですから。
というか、なんで僕は会った時からエルヴィン王子に振り回され気味なのか、その理由が分かった気がする。
この人、アレだ。ティトゥと同じ系だ。
僕の事をスゴいドラゴンだと信じて疑う事すらしていない。
この感じ。僕を全肯定しているというか、僕を尊敬しているというか、ただの一般人である僕にとっては、今までの人生で一度たりとも寄せられた事のなかった妙な信頼感。
この普通じゃあり得ない距離間の詰められ方が、僕にとっては異質な体験で、ついついティトゥのお願いを断り辛くなったり、彼女の期待に応えなきゃという気持ちにさせられてしまうのである。
「ということは、な、なんて事だ。今までティトゥ一人でも十分持て余し気味だったっていうのに、同じタイプの人間がこの世にもう一人増えるとか。これって僕にとっては悪夢でしかないんだけど。マジで勘弁して欲しいんだけど」
『ちょっとハヤテ、それってどういう意味なんですの』
『ナカジマ殿、ハヤテは何と言っているんだい?』
思わずこぼれた僕の言葉に、ティトゥはキリリと眉を吊り上げたのだった。
エルヴィン王子をティトゥ屋敷まで送り届けると、今度はレフド叔父さんの番である。
僕はヘルザーム伯爵領に取って返すと、レフド叔父さんに乗って貰った。
『次は戦場で会おう!』
レフド叔父さんは最後にカミルバルト国王にそう言ったが、まさかミロスラフ王国と戦争を始める話になってる訳じゃないよね?
大陸一の大国と戦争とか、冗談じゃないんだけど。
そんな訳で(どんな訳で?)空の上。ティトゥは上機嫌なレフド叔父さんにミロスラフ王国軍の感想を聞いた。
『うむ。兵士達の面構えは中々のモノだったぞ。こればかりは一度戦場を経験しないと身に付かない物だからな』
『そうなんですの。将軍達の方はどうでしたの?』
『将軍達か。ナカジマ殿から色々聞かされていたので事前に気構えはしていたが、予想外というか、意外というか、随分と大人しい印象だったな』
ティトゥはちょっと不機嫌そうに眉をひそめた。
『存外だらしない人達ですわね。私の時みたいにハレトニェート様にも偉そうに食って掛かればいいのに』
だらしないって、君ねえ。
いやまあ、気持ちは分からないではないけど、大国の大貴族の当主に食って掛かるとか、普通に考えてあり得ないから。
なんならあの【ネライの手余し者】ヤヒームだって、レフド叔父さんの前では借りて来た猫のように大人しくしてるに違いないから。
ティトゥの相変わらずの恨み節に、レフド叔父さんは苦笑を浮かべた。
『あヤツらなりに反省をしている様子も見られたし、そのくらいにしておいてやってはどうだ? 多くの部下の命を預かる指揮官には慎重さも重要な資質だ。立場上、軽々に他人の言葉に乗れないという気持ちは、この俺にも分からんではないからな』
『それは・・・ハレトニェート様がそうおっしゃるなら』
ティトゥも自分が少々、意固地になっているという自覚はあったのだろう。
それに当主として、他領の将軍達と険悪になって良い事なんて何もない。
ティトゥはレフド叔父さんにそうやんわりと諭されると、渋々不満顔を引っ込めるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「おや? ハヤテが帰って来たようだね」
ここはティトゥの屋敷。エルヴィン王子はハヤブサがジッと窓の外を見ているのを見てそう呟いた。
ちなみに彼は先程からファル子達リトルドラゴンズを相手に遊んであげている所だった。
ファル子達もエルヴィン王子の人好きのする緩い雰囲気に、すぐに警戒心を解き、まるで親戚のお兄さんに甘える子供達のように王子と無邪気に遊んでいた。
このように一見すると微笑ましい光景なのだが、なにせエルヴィンは他国の王族。
心から楽しんでいるのは本人達だけだった。
ナカジマ家の使用人達は(※特に代官のオットーは)、『何か失礼な事があっては一大事』と、ハラハラしながら彼らの様子を見守っていた。
「どれ、それじゃ一緒にナカジマ殿とハヤテの出迎えに行こうか」
「ギャウー! ギャウー!(出迎え! 出迎え!)」
エルヴィン王子達が屋敷の外に出ると、丁度ハヤテが降りて来る所だった。
エンジン音が止まり、プロペラの回転が収まると、操縦席からティトゥが姿を現した。
「ギャウ! ギャウ!(パパ! ママ!)」
「ちょっとファルコ。頭に飛び乗らないで頂戴。あなた達、今日はちゃんと良い子で留守番をしてたんですの?」
「ギャーウ(王子に遊んでもらってた)」
ハヤブサの言葉にティトゥは思わず絶句した。
慌ててエルヴィン王子に振り返ると、彼は笑顔で小さく手を振った。
「こ、子供達が失礼を致しましたわ」
「構わないよ。最近じゃ妹達も大きくなって、子供と遊ぶ機会もめっきりなくなってたからね」
この言葉にレフドが反応した。
「そういえば、エルヴィン殿下の所にはまだ子供は生まれていないのか? 結婚して何年目だ?」
「今年で四年になります。後に結婚した妹のセラフィナの方に先に子供が出来たのもあって、最近では周囲からの圧力が凄くて参りますよ」
「あー、分かる分かる。俺も息子が生まれるまで随分と肩身が狭かったからなあ。焦れば焦るほどアレが役に立たなくなって、一時は色々な薬を試したもんだ。サソリなんてもう何匹食ったか分からん」
「ああ、砂漠の方では精を付けるためにサソリを食べると聞きますね。私の方では海狗の陰茎ですか。あれを――」
「それなら狼の睾丸だな。焼いてから細かくすりつぶして――」
なぜか精力剤の話題で盛り上がり始める男二人。
代官のオットーは、そっと前に出るとそんな二人から主人を遠ざけるのだった。
次の話でこの章も終わりとなります。
次回「エピローグ ミロスラフ王国軍、北上」