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その30 同盟締結

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ヘルザーム伯爵領テツネの町の代官屋敷で、三国の首脳による話し合いは続いていた。


「するとこの(いくさ)は終わったも同然という訳だな?」


 大柄な異国の騎士。チェルヌィフ王朝六大部族、ハレトニェート家当主レフドは、ミロスラフ王国国王カミルバルトに確認を取った。


「はい。だがヘルザーム伯爵家の当主はまだ健在です。保守派貴族からの追手を逃れ、現在は強硬派貴族の下に匿われていると見られています」

「なる程。まだ残党狩りが残っておったのか。そいつは面倒だな。エルヴィン殿、貴国の力でどうにかする事は出来んのか?」


 過去に自分でも残党狩りの経験があるのだろう。レフドは憂鬱そうに顔を歪めると、長髪の華奢な貴公子、ランピーニ聖国王太子、エルヴィン第一王子に尋ねた。


「そうですね。直接手を出すのは難しいかもしれませんが、そちらの話を聞く限り、強硬派貴族達はかなり強引な手段で前当主を当主の座から引きずり下ろしたようです。その点を突くならばあるいは」

「具体的には?」

「現当主は当主の座を奪った簒奪者である。そのような相手を聖国は信用する事は出来ない。そう公表するというのはどうでしょうか?」


 カミルバルトは、ハッと息をのんだ。

 ミロスラフ王国のような小国において、ランピーニ聖国が与える経済的、文化的影響力はバカにならない。

 それは当然、ヘルザーム伯爵家においても同じである。

 それでなくても、現在、強硬派貴族は領都から追いやられていて旗色が悪い。この上聖国まで敵に回してしまえば本当の意味での終わり。詰みとなる。

 このまま滅びるよりはまだマシと、仲間を裏切り、降参を願い出る者達が多数出て来るのは間違いないだろう。

 そんなカミルバルトの内心を知ってか知らずか、レフドは「まあそれなら」といった表情で頷いた。


「聖国王家からの言葉となれば、その影響力も期待出来るか。だが、それでは聖国とヘルザーム伯爵家との関係が悪化するだろう。上手く国王を納得させられるのか?」

「おそらく問題はないでしょうね」


 エルヴィン王子は軽く請け負った。

 レフドにも、そして当然カミルバルトにも伝えていないが、王子は国王から今回の一件――ハヤテが持ち込んだ大陸規模の大災害について――が上手く収められた場合、その功績をもって王位の継承を行うつもりである、という意味の言葉を伝えられている。

 つまり、この件が終わった後は、エルヴィン王子は父王クレメンテの後を継ぎ、聖国国王、エルヴィン・クレメンテ・ランピーニになる事が内々に決定しているのである。

 今回の役目は、周囲にエルヴィン王子の能力を示すための実績作りでもあり、王位継承のためのきっかけ作りでもあったのだ。

 そのような重要な仕事でもあったため、単独でハヤテに乗り込むというようなムチャな要求ですらも受け入れられたのである。


(それに比べたら、ヘルザーム伯爵家に圧力をかける程度小さい小さい。姉上の旦那(※聖国宰相アレリャーノ)からは嫌味の一つも貰うかもしれないけど、所詮は半島のいち貴族家との関係。彼ともあろう男が、その程度の物のために正面切って王家に反発するとはとても思えないしね)


 エルヴィン王子が頷いた事で、レフドは一先ず納得した。


「ならば国王カミルバルトよ。今度こそ、この(いくさ)に終りのめどが立ったと考えても良いな?」

「も、勿論、そうして貰えれば」

「うむ。ならば半島の方はそれで良しとする。後は俺の方とエルヴィン殿の方だな」


 会談を始めるに当たって、最初に国王カミルバルトは、レフドとエルヴィン王子から大雑把な計画内容が伝えられていた。


「最も重要なのは、帝国皇帝ヴラスチミルに観測の許可を出させる事にある」


 大陸を襲う未曽有の大災害、マナ爆発の発生現場は帝国帝都の北、数十キロメートルの場所と推測されている。らしい。

 いくら観測のためとはいえ(※正確には観測するのはスマホこと小バラクなのだが)、そんな場所にハヤテが留まって、帝国軍が黙っているとは思えない。

 ハヤテの安全を確保するためにも、帝国の協力は必要不可欠だ。

 しかし、皇帝ヴラスチミルの人となりを考えた時、素直にこちらの言葉を聞き入れてもらえるとはとても思えなかった。


「そのため、先ずはこちらの言葉を受け入れざるを得ない状況にまで相手を追い込む。具体的には挟み撃ちの形で東からはチェルヌィフ王朝軍が、西からは聖国海軍を進軍させる。帝国軍を攻め滅ぼす必要はない。というよりも、こちらが一度でも勝てば、あの小心者のヴラスチミルの事だ。我が身可愛さのあまり帝都の守りを固めるために軍を呼び戻すに違いない」

「東西から同時に攻めるのは、帝国皇帝に対して心理的圧力をかける意図もある訳ですね」


 そうなればしめたものである。

 停戦の条件に調査への協力を約束させてもいいし、相手が徹底抗戦を選択した場合でも、そのまま軍を進め、こちらの軍で観測ポイントを確保してもいいのである。

 なにせ今回は期間限定作戦。具体的にはハヤテの観測が終わるまで。最長でも、マナ爆発が起きるまで。つまりは今年一杯もてばいいのだ。


「勝利を目指す必要がないならいくらでもやりようはあるさ」

「あの帝国軍を相手にそんな大言壮語を吐けるのはあなたくらいでしょうね」


 苦笑するエルヴィン王子に、カミルバルトも同意を示すように頷いた。


「それよりも作戦を開始するまでの期間。これをどれだけ縮められるかが問題だ」

「そうですね。出来れば万全を期したい所ですが、それで遅れるようなら本末転倒になりかねませんから」


 これも先程の作戦期間に関わって来る話だが、軍を出発させるのが遅れれば遅れる程、観測に使える時間は少なくなってしまう。


「そちらの準備はどのくらいかかりそうですか?」

「幸い、と言っていいかは分からないが、丁度ベネセ家との戦いが終わった所ではある。ある意味、それをそのまま国境へと持って行けばいいだけだからな。勿論、現実にはそう簡単にはいかんのだが、一から兵を集めて部隊を編成するよりは随分マシとも考えられるな」


 物資はともかく、人間には心がある。物のように右から左へ動かすという訳にはいかないのだろう。

 とはいえ、この内乱の最初期の頃、チェルヌィフ王朝は帝国軍に国境を脅かされた恨みがある(第十一章 王朝内乱編 その17 マムスの決断 より)。

 帝国のコチラの弱みに付け込んだ火事場泥棒のような行いに、強い不快感を覚えた者も数多い。

 その帝国に攻め込むというのであれば、意外と説得は難しくないのでは、とレフドは考えていた。


「国境に軍を進めるまで最短で半月程。遅くとも二ヶ月といったところか」

「なる程。それならこちらもその前提で準備を急がせます」


 軍の遠征。それも遠く離れた二国間で同時に進軍を開始するというのであれば、本来、こんなザックリとした打ち合わせで済まされる訳はない。

 何時何時までに軍の準備を整え、それが可能となった時初めて何時何時に出立する。そんな綿密な連絡のやり取りが必要となる話である。

 しかし、今回に限ってはレフドとエルヴィン王子はそんな面倒な手順は踏まない。それは今回の作戦限定でとある(・・・)便利な手段が利用できるからである。


「それにしてもハヤテは反則だな」

「バラクもですよ。そちらでは叡智の苔(バレク・バケシュ)と呼ばれているんでしたっけ?」


 そう。それはミロスラフ王国のドラゴン・ハヤテ。

 ハヤテが小バラクことスマホで、チェルヌィフのレフドと連絡を取り、その内容をランピーニ聖国に伝える(なんならこの時に直接電話で話をして貰う)事で、この世界ではあり得ない程高速に情報の伝達を行えるのである。

 レフドはカミルバルトに向き直った。


「ミロスラフ王国には可能な限りハヤテとナカジマ殿に便宜を図って貰いたい。何でもそちらにはハヤテにちょっかいを掛けようとする輩もいるようだしな」

「協力的なのが一番ですが、それが難しいのならばナカジマ殿の足を引っ張るような事がないだけでも十分です。カミルバルト陛下には配下の貴族達に良く目を光らせておいて頂きたいのです」


 カミルバルトはイスの上で小さく体を縮こまらせた。

 レフドが言う『ハヤテにちょっかいを掛けようとする輩』とは、ハヤテを自軍の戦力として狙っている将軍達の事だろう。

 実際、【ネライの手余し者】ヤヒームが起こした一件があるだけに、カミルバルトは何も言い訳する事が出来なかった。

 

「よし。それでは方針も決まったようだし、後はそれぞれで事を進めるという形で良いかな」

「ええ。今回は私も指揮官として艦隊を率いる事になると思います。次にお会いするのは帝国ですね」

「それは勇ましい事だ。まあその前にでんわ(・・・)による打ち合わせで顔を見る機会もありそうだが」


 レフドとエルヴィン王子はそう言うと互いに笑みを浮かべた。

 小さくなっていたカミルバルトだが、このまま黙っていては、主導権は聖国とチェルヌィフ王朝に奪われたまま。ミロスラフ王国は完全に蚊帳の外に置かれてしまう。

 ある意味では身から出た錆。最初にティトゥの話を取り合わなかった自分達のせいだし、そもそも小国ミロスラフとしては分相応の立場と言えるかもしれない。

 だが、カミルバルトは納得していなかった。

 確かに自分は初動を失敗してしまった。しかしまだ取り返せない段階ではない。ここからでも挽回は出来るはずだ。

 カミルバルトは頭の中で自分のアイデアを反芻(はんすう)した。

 大丈夫だ。リスクはあるが、これならば二人もこちらの意見を無視出来ないはずだ。


「お待ちを。その作戦であれば我が国も協力できると思います」


 カミルバルトは慎重に口を開くと、二人に声を掛けたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 後の世に大陸の強国に並び称される事になるミロスラフ王国。

 この頃はまだペニソラ半島のいち小国でしかなかったこの国が、大陸一の大国チェルヌィフ王朝、そして海洋国ランピーニ聖国と同盟を結んだこの時を、英雄王カミルバルトの覇道の始まり。野望の第一歩とする者も多い。

 実際、カミルバルトはこの二大国の後ろ盾を得た事で、大陸への足掛かりを掴んだ事になるのである。

 とはいえ、それはあくまでもミロスラフ王国視点の話。それも同国の歴史をマクロ視点で見た時の話。

 遠い将来の話どころか、明日の事すら分からない当事者達は、運命の流れに抗いながら懸命に生きていたに過ぎない。

 そしてそれは、ふとした運命のイタズラでこの世界に迷い込んだ異邦人。四式戦闘機・ハヤテにとっても同じだったのである。

この章も残り二話で終わります。

次回「会談の終わり」

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この会談で結ばれた同盟は後世の歴史家によってドラゴン同盟と呼ばれることになるのであった…
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