その27 お初にお目にかかります
翌日。
僕はティトゥ達と出発前の打ち合わせをしていた。
「ええと、今更ながら本当にいいんですかね? 勿論、僕達にとっては大助かりなんですけど」
『ん? ナカジマ殿。ハヤテは何て言ったんだね?』
やる気満々で僕を見上げているのは細面の貴公子。ランピーニ聖国の第一王子エルヴィンである。
ティトゥの屋敷で一泊したエルヴィン王子は、その流れでカミルバルト国王の説得にも協力してくれる事になった。
ちなみに聖国メイドのモニカさんは、こちらに戻って来る予定をキャンセルして、聖国王城で王子のいない状況をどうにかするそうである。
そんな事して大丈夫なの? 後で処罰されない? と思ったら、エルヴィン王子は今回の大災害の件に関して、国王陛下(王子のお父さんね)から、直々に全権を任されて来たらしい。
つまりは聖国国王承認の公務という形で僕らに協力してくれているという訳だ。
本人曰く、『その私がミロスラフ国王の協力が必要だと判断したのだから、例え国王といえども口出しは出来ない。全権委任とはそういうものさ』との事である。
といった訳で、これから僕はエルヴィン王子を乗せてミロスラフ王国軍の陣地に向かう事になっている。
護衛もなしでいきなり訪問して大丈夫なのかって? だって本人が行くって聞かないんだから仕方がないだろ。
『私もお止めしたのですわ』
『ハヤテもナカジマ殿も心配性だな。大丈夫。仮に私の身に何かあったとしても、その時は弟のカシウスが私の代わりに次の国王になるだけだから』
そして王位に即いた最初の仕事として、自分の兄を害したミロスラフ王国に攻め込む訳ですね。分かります。
それが分かっている以上、国王カミルバルトは万難を排し、エルヴィン王子の玉体にキズ一つ付けないように万全を期すだろう。
実際に王子の護衛の責任者を任されるのは、アダム特務官辺りになるだろうか?
僕は今にも死にそうな顔で王子の護衛の手配をするアダム特務官の姿を思い浮かべた。
何というか、お気の毒様です。
僕のイメージの中でアダム特務官が、『それが分かっていながら、何で聖国の王子なんて連れて来るんですか!』と泣きっ面で訴えている気がするけどそれはそれ。今回の件には大陸に生きる全ての命の命運がかかっているから。アダム特務官の犠牲くらいは仕方がないから。
ガッシリとした大柄な騎士、チェルヌィフ王朝の六大部族ハレトニェート家の当主ことレフド叔父さんが、エルヴィン王子に声を掛けた。
『エルヴィンよ、俺も直ぐに後に続くからな』
『先にあちらでお待ちしております』
予定ではエルヴィン王子をミロスラフ王国軍の陣地に送り届けた後、引き返して今度はレフド叔父さんを送り届ける事になっている。
二人を待たせるのも悪いし、出来れば一度で済ませたい所だが、まさか二人を胴体内補助席で相乗りさせる訳にはいかない。
だったらどちらかを操縦席に乗せればいいだろうって? そんなのティトゥがOKする訳がないだろ。自分も行くって決めてるんだから。
『もう、どうなっても知りませんわよ。前離れー、ですわ』
ティトゥはエルヴィン王子が安全バンドを締めるのを手伝うと、投げやりな感じで周囲に声掛けをした。
「ギャウ! ギャウ!(パパ! パパ!)」
『ファルコ様、落ち着いて下さい!』
エンジンがかかり、プロペラが回転を始めると、メイド少女カーチャに抱かれていたファル子がジタバタと暴れ始めた。
ファル子達を一緒に連れて行って、もし、道中でエルヴィン王子に何か失礼があってはいけない。そのため二人はお留守番である。
『メイドの少女よ。ファルコが暴れるようなら俺が抱きかかえていてやろう』
「ギャウー!(イヤー!)」
そしてレフド叔父さんが気を利かせてカーチャからファル子を受け取った。
ガッシリとしたレフド叔父の太い腕に抱きかかえられ、さしものファル子も諦めたようだ。
どうやらこれで一安心。
バババババ・・・
僕はエンジンをブースト。タイヤが地面を切ると大空へと舞い上がったのであった。
ティトゥは眼下の町を見下ろして呟いた。
『どうやらミロスラフ王国軍はあの町にいるみたいですわね』
町の通りのあちこちに兵士らしき男達が現れ、笑顔でこちらに手を振っている。
僕達がヘルザーム伯爵軍に歓迎される覚えは全くないので、ティトゥが言うようにあれはミロスラフ王国軍の兵士達なんだろう。
「やれやれ、ようやく見つかったか。ていうか、ヘルザーム伯爵家の屋敷のある町のすぐ近くとか。ミロスラフ王国軍は思っていたよりも順調に進軍していたみたいだね」
確か何とか砦とかいうのが厄介だとか、そういう話を聞いたはずなんだけど・・・。
どうやらミロスラフ王国軍はとっくにその何とか砦を攻略して、敵の本拠地のすぐ近くまで軍を進めていたようだ。
ティトゥは呆れ顔でため息をついた。
『こんな事ならトマスの所なんて寄らずに、最初から真っ直ぐヘルザーム伯爵領を目指しておけば良かったですわ』
「そうは言うけど、僕はヘルザーム伯爵家の屋敷がどこの町にあるかも知らなかったからね。大雑把にとはいえ、ヘルザーム伯爵領の事をトマスに教えて貰っていなかったら、この辺り一帯をしらみつぶしに飛び回る羽目になってたから」
国王カミルバルトの所に向かう。と決めたまでは良いものの、僕達はミロスラフ王国軍が現在、どの辺りにいるのか、全く知らなかった。
知らないなら知っていそうな人に聞くのが一番。
という訳で、僕達は山を挟んだお隣さん、オルサーク男爵家の屋敷に立ち寄る事にした。
オルサーク男爵家はお馴染みトマスとアネタの実家である。
僕達を快く出迎えてくれたオルサーク家御一同様だったが、ティトゥの後に続いて姿を現した見慣れない貴公子にハタとその動きを止める事となった。
『あの、ナカジマ様。そのお方は・・・って、聖国王家の紋章・・・ええっ? でも、そんなまさか・・・』
『お初にお目にかかります。私はエルヴィン・ランピーニ。ランピーニ聖国の王子と言った方が通じ易いかな?』
『『『『ええええええええっ!』』』』
思わず礼儀も忘れて大声を上げるオルサーク家御一同様。
当主のマクミランさんはあわあわとうろたえながらも、慌ててその場に跪いた。
『わっ! わ、私はオルサーク男爵家当主マクミランでございます! ででで殿下におかれましては、あのその、本日は一体どのようなご用向きで当家にいらっしゃったのでしょうか?!』
デデデ殿下ことエルヴィン王子は、小さく苦笑するとティトゥに頷いた。
『エルヴィン殿下の事は気にしないで頂戴。それよりトマスがここに居て助かりましたわ。ちょっと聞きたい事があるんですの』
『はっ?! 俺、わ、私でしょうか?!』
しゃちほこばるトマスにティトゥは簡単に事情を説明すると、現在、ミロスラフ王国軍がどの辺りにいるか尋ねた。
『ミロスラフ王国軍ですか? リーグ砦の攻略準備をしている所までは知っていますが――』
リーグ砦はヘルザーム伯爵領の守りの要。街道を見下ろす小高い丘に作られた堅牢な砦だそうだ。
トマスはピスカロヴァー伯爵? 国王? に命じられ、ミロスラフ王国軍の陣地まで補給物資を運んだが、その後どうなったかまでは知らないらしい。
『そう。その砦の場所を教えてくれません?』
「あ、ティトゥ。念のため、ヘルザーム伯爵領の主要な街道と町の位置も分かるならそれもお願い」
『ええ、それも聞いておくつもりでしたわ。トマス、それと――』
こうして僕達は無事に『ぜ、是非、当家の屋敷で休んで行って下さい!』――あ、うん。トマスのお父さん。必死になる気持ちは分かるけど、ちょっと黙ってて。聖国の王子を屋敷にお迎えしたとなれば、確かに箔が付くとは思うけど、申し訳ないけどそれは別の機会にお願い出来るかな。
『――と言っていますわ』
『それもそうだね。申し訳ない』
『別の機会?! 別の機会とはいつの事でしょうか?!』
『父上。もうお止め下さい。あまりしつこくお誘いしては失礼ですよ』
『そうですよ父上』
トマスのお父さん――ええと、確かオスベルトさんだったかな? は、息子達に肩を掴まれ、下がって行った。
うん、まあ、最後にちょっとドタバタしたけど、無事に知りたい事は分かったし、立ち寄った甲斐はあったという事で。
『ジャア イコウカ』
『? そうですわね』
こうして僕達はトマスとアネタの実家、オルサーク男爵家の屋敷をさっさと後にしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ハヤテの姿が空の彼方に小さくなると、オルサーク男爵家の面々はホッと肩の力を抜いた。
「エルヴィン殿下と言えば、王位継承権の第一位。今は亡きゾルタ国王ですら、直接お会いした事は一度もなかったであろうな」
「それにしてもまさか聖国の王子を連れ回すとは。ナカジマ殿はデタラメだと知ってはいたものの、今日のは極めつけだ」
緊張から緩和に。
緩んだ空気の中、オルサーク男爵家の者達は、「違いない」と頷き合った。
「あっ!」
「どうしたアネタ?」
その時、末の娘のアネタがハッと何かに気付いたように声を上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ヘルザーム伯爵領へと向かうフライトの最中、ティトゥは僕に尋ねた。
『さっきのハヤテは、なんだか妙に出発を急いでいた気がしますわね。今回に限って急いであそこを離れたい理由でもあったんですの?』
流石はティトゥ。鋭いね。
エルヴィン王子なんて、『おや、そうだったかな?』とか言っているのに。
「いやね、今回は思い付きで急遽トマスの実家に寄ったもんだから、いつものアレを持って来ていない事を忘れちゃってて」
『いつものアレ?』
そう言われても何も思いつかなかったのだろう。ティトゥは僕の返事を聞いてキョトンとした。
「アレと言ったらアレだよアレ。ベアータ謹製ナカジマ銘菓」
『あ~』
ティトゥは納得したような呆れたような微妙な表情を浮かべた。
あのね。君はお母さんズの相手をした事がないから分からないと思うけど、オルサーク男爵家の女性達の甘いお菓子にかける気持ちはかなりエグイから。
ぶっちゃけ、身の危険を感じる程のレベルだから。
『ハヤテは大袈裟なんですわ』
「いやいや、僕にとってはマジで死活問題なんだよ。あの人達がエルヴィン王子に意識を取られててホント助かったよ」
『? ナカジマ殿、あなたとハヤテはさっきから何を喋っているんだい?』
エルヴィン王子はティトゥから説明を受けると、腹を抱えて大笑いしたのだった。
次回「国王カミルバルトの後悔」