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その22 高貴な客~その2~

 僕は聖国王城の上空を旋回しながら高度を上げた。


「荷物を運んだ後で、もう一度モニカさんを迎えに来なきゃいけなくなったから、いつもよりちょっとだけ高く飛ぶよ。寒く感じるようなら我慢しないで言ってね」

『りょーかい、ですわ』


 僕は日頃はティトゥの体を気遣って、大体千メートルくらいまでしか上げないが、今回は急ぎとあって三千メートル程度の高度を飛ぶ事にした。

 知っての通り、高度が高くなるごとに、空気は次第に薄くなっていく。

 高速で飛行する場合、この空気抵抗の差というものがバカにならない。

 そして気圧が下がると気温も下がる。

 圧力と温度は比例する。いわゆるボイル=シャルルの法則というヤツである。


「三千メートルと言えば、確か日本では南アルプスの尾根がそれくらいだったかな? 詳しくは覚えていないけど、山頂での酸素濃度は平地の七割くらいとか。登山と違って僕に乗ってるだけだから大丈夫とは思うけど、息苦しく感じたら直ぐに教えてね」

『もう。今日のハヤテは心配性ですわね。このくらいの高さなら、今まで何度も飛んでいるじゃないですの』


 ティトゥは困った顔をした。

 確かに、山脈を越える時は、何度か四千メートル以上の高度を飛んでいる。

 その時も声掛けはしたはずだが、今回に限って気にしているのにはちょっとした理由があった。


「この間、カーチャから言われたんだよ。カルーラがやけに飛行機に酔うようになったのは、僕の操縦が荒くなったのが原因なんじゃないかって。だから普段から気にしておこうと思ってさ」


 小叡智(エル・バレク)の少女カルーラは、去年と今年、二度に渡って僕に乗ってチェルヌィフまで飛んでいる。

 昨年も乗り物酔いをしている様子はあったが、今年は更に辛そうにしていた。

 メイド少女カーチャによると、原因は僕の荒くなった操縦によるものではないか、との事であった。


『別に荒くは感じませんわよ?』

「慣れなんじゃない? 君はしょっちゅう僕に乗ってるし。けど、このままじゃ、カルーラみたいにたまに乗る人や、初めて乗る人に悪いだろ? だから改善して行こうと思ったんだよ」


 ティトゥは釈然としない顔をしていたが、この件に関しては譲る気はない。

 僕は人に優しい戦闘機を目指しているのだ。

 ティトゥとそんな話をしていると、不意に操縦席の中にくぐもった男の声が響いた。


『ふう。そろそろいいかな』

『! だ、誰ですの?!』


 ティトゥはビクリと跳ね上がると、血相を変えて背後を振り返った。

 男の声は彼女の後ろ。僕の胴体の中からしたのである。


『ダレダ!』

『今のはハヤテの声だね。二人共そんなに警戒しないでくれ。今、顔を見せるから』


 すると胴体内補助席に固定された大きな荷物がモゾモゾと動き出した。

 モニカさんが積み込んだ、例の『貴重な物』である。

 荷物は不意に動きを止めると、戸惑うような声を上げた。


『あ、あれ? 体が縛られていて動かないぞ。こ、これは困ったな。ハヤテかナカジマ殿。どちらでもいいからちょっと手を貸してくれないか?』

『ど、どなたですの?』


 今となっては僕もティトゥも、荷物の中身が人間である事は分かっている。

 ティトゥは警戒しながら相手の正体を問いただした。


『エルヴィンだよ。君達には聖国王子と言った方が分かり易いかな?』

『え、エルヴィン殿下ですって?!』

「ちょ、エルヴィンって、第一王子の?! えっ?! 何でそんな人が?!」


 予想外の名前を聞かされて、僕達は驚きの声を上げるのだった。




『ほ、本当にエルヴィン殿下ですわ・・・』

『やあありがとう。出来れば拘束も解いて貰えると助かるかな』


 ティトゥがグルグル巻きにされた布の端をほどくと、中から品の良い顔立ちの青年が現れた。

 間違いない。新年式に参加した時に見た、聖国第一王子エルヴィンだ。

 エルヴィンはティトゥに安全バンドを外して貰うと、後は自分で布から出て来た。固く巻かれているように見えたが、実は中からほどけるようになっていたようだ。

 エルヴィン王子は早速、風防に顔を寄せると、『おおっ! これが空の上の景色か!』と目を輝かせた。


『あ、あの。どうしてエルヴィン殿下がこんな所に? しかもどうして荷物としてハヤテの中に乗り込んだんですの?』


 事ここに至っては、流石に僕達にもモニカさんの仕業だという事は分かっている。

 なる程。どうりで迎えに行く約束を忘れていた僕達を怒らなかった訳だ。

 なにせ自分もこんな企みに加担していたのだ。どっちもどっちと言うか、後ろめたいのは向こうも同じだったという事か。

 エルヴィン王子は風防に額を押し付けたまま、バツが悪そうにチラリとティトゥを見た。


『この件については済まなかった。なにせ姉上が――ああ、姉上というのは宰相夫人の事だよ。あの人は私がハヤテに近付くのを嫌っていてね。話を聞くにはこんな手を使うしかなかったんだよ。それに空の上なら誰の邪魔も入らないからね』


 宰相夫人のカサンドラさんは聖国の元第一王女。エルヴィン王子にとっては腹違いの姉に当たる。

 燃えるような赤髪で、ハリウッド女優のような派手な美人だが、僕の中では激情家のイメージの方が強い。

 なにせ、いきなりモニカさんの胸倉に掴みかかった事もあるからね。あの時の衝撃は今でも忘れられない。ティトゥもマジでびびってたくらいだから。


『話を聞くには、とは?』


 ティトゥの問いかけに、エルヴィン王子はようやく風防から顔を離すと――それでも名残惜しそうに何度も外をチラ見しながらだが――こちらに向き直った。


『勿論、ハヤテが伝えたという大災害についてさ。マナ爆発だっけ? エドの妹(※モニカさんの事。エドは王子の補佐官エドムンドの略称)の話だけじゃどうにも要領を得なくて。というか、どうも収まりが悪い気がするんだよね。外側だけで中身が見えて来ないと言うか。ひょっとして君達、こちらに何か隠してやしないかい?』


 それは何気なく口にした、ふと心に浮かんだ疑問のようにも感じられた。

 あるいはエルヴィン王子本人も、疑問未満の小さな違和感としか感じていなかったのかもしれない。

 しかし、その的を得た指摘に、ティトゥは思わず横目で僕の計器盤を見た。

 正確に言えば、計器盤の上に乗っている小さな板を――叡智の苔バラクの子機、スマホの小バラクを――なんだが。


『ハヤテ』

「・・・ここで下手に誤魔化すのは良くないと思う。この人、流石は聖国の王子だけあって結構鋭い。幸い、なぜか僕達に好意的な感じに見えるし、出来ればこのまま味方になって欲しい所だ。だったらこんな事でウソをついて彼の反感を買うのは勿体ないよ」

『今の言葉は聖龍真言語だね。さっきナカジマ殿とハヤテが話をしていたのを聞いていたよ。ナカジマ殿は本当にドラゴンの喋る言葉が理解出来るんだね』


 エルヴィン王子は、僕とティトゥの会話にうんうんと頷いている。

 のん気というかなんというか。この様子だけ見ていると、苦労知らずに育った貴族の道楽息子みたいなんだけど・・・仮にも相手は一国の王位継承者。そんな甘い人間であるはずはない。

 そんな人間を相手に、僕やティトゥが腹芸で太刀打ち出来るだろうか?

 生兵法は大怪我のもと。生半可な気持ちで挑めば取り返しのつかない失敗をするだけだろう。

 僕はティトゥにエルヴィン王子の予定を聞いて貰った。


『――あの、その前に、エルヴィン殿下はこれからすぐに王城に戻られなければならないのでしょうか?』

『うん? エドとエドの妹が上手くやってくれているはずだから、それ程急ぎじゃないかな。それに僕も折角こうしてハヤテに乗る事が出来たんだ。もっと空の上を堪能したいからね』


 よし。案外時間に余裕はありそうだ。

 僕は急いでティトゥと打ち合わせをした。


『それでしたら、是非、会って頂きたい方がいるのですが、いかがでしょうか? 私の屋敷に泊まっておられるお客様で――』


 そう。困った時は他人頼り。自分達で判断が出来ない時は、判断出来る相手に任せてしまえばいいのである。

 レフド叔父さんはチェルヌィフ王朝六大部族の当主。当然、叡智の苔(バレク・バケシュ)の事も知っているし、今回の情報の出所が叡智の苔(バレク・バケシュ)である事も伝えてある。

 ならば聖国の王子に叡智の苔(バレク・バケシュ)の事を正直に教えるか、あるいはどうにかして誤魔化すか。チェルヌィフ王朝の代表者としてレフド叔父さんにその判断をして貰おうと思う。


『ボソリ(ハレトニェート様には食べた分くらいは働いて貰いますわ)』


 ティトゥはエルヴィン王子に聞こえない声で、レフド叔父さんに対してちょっと辛辣な事を言う。

 エルヴィン王子は喜んで僕達の提案を受け入れてくれた。


『ナカジマ領。つまりはミロスラフ王国か。いいね。他の国に行くのは初めてだ』

『良かったですわ。――ハヤテ』


 オーケー分かってる。王子様の気が変わらないうちに急がないとね。

 僕はエンジンをブースト。爆音を轟かせながら一路、ナカジマ領を目指したのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ティトゥがハヤテと共に聖国に向けて飛び立った後、レフド・ハレトニェートの相手はホストのティトゥに代わって代官のオットーが行っていた。


「ナカジマ家の騎士団は精強だな。良く鍛えられておる」

「恐縮です!」


 上機嫌なレフドの前で直立不動になっているのは、屋敷の護衛のナカジマ騎士団達。

 彼らは先程まで裏庭で模擬戦をおこなっていたのだった。


「無理を言って済まなかったな。とはいえ、折角こうしてミロスラフ王国まで来たのだ。一度、この国の騎士団の力を見てみたいと思ってな」

「いえ。お気に召して頂けたのであれば良かったです」


 大陸一の大国、チェルヌィフ王朝を実質的に支配する六大部族。

 その当主がやって来ると聞かされて、この一週間、屋敷の中は常に緊張に包まれていた。

 なにせ相手は雲上人中の雲上人。半島の小国のそのまた辺境の領地になど訪れるはずもない大物中の大物。

 気分を損ねるなどもっての外。どんな僅かな粗相があってもいけない。

 使用人達は全員ピリピリと神経をとがらせ、ハヤテ達がその客を連れて戻って来る日――来るべきXデーに対して備えていた。

 こうしてやって来たハレトニェート家当主だったが、その客は良い意味で彼らの想像を裏切る人物だった。

 護衛の隊長を相手に取っ組み合いをして泥だらけになり。食事が美味いと言っては何杯もお代わりをして、料理人に直接礼を告げる。

 六大部族の当主はおおらかで豪快な、実に人間味に溢れる人物だったのである。


 この人なら、無体な事はなされないだろう。


 使用人達は(※そしてオットーも)ホッと安堵した。そしてこの好ましい他国の客が自分達の国で何不自由なく過ごせるように、誠意をもって彼の世話を行っていたのだった。

 しかし、禍福は糾える縄の如し。幸と不幸は一枚のコインの表と裏。

 彼らは迂闊にも失念していた。

 分を超えた客に脳のキャパシティーが一杯になり、それ以外の事が想像出来なくなっていた。

 自分達の主人、ナカジマの当主、ティトゥ・ナカジマは竜 騎 士(ドラゴンライダー)


 そう。竜 騎 士(ドラゴンライダー)は普通じゃない。


 そんな当たり前のルールを忘れてしまっていたのである。


 ヴーン・・・


 お馴染みの唸り声が響いて来ると、空に大きな翼が姿を現した。

 オットーも使用人達も騎士団も知らない。

 ハヤテの操縦席に乗っている高貴な客(その2)の事を。

 そして今から数分後、自分達の心の平穏が特大の大波の到来によって大きくかき乱されてしまうという事も。

次回「レフドとエルヴィン」

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