その21 謎の荷物
翌朝。
いつものように僕のテントにティトゥがやって来た。
朝の散歩から帰って僕の所で遊んでいたファル子達が、元気にティトゥに突撃する。
「ギャウ! ギャウ!(ママ! ママ!)」
『あなた達はいつも元気一杯ですわね。おはようハヤテ』
「おはよう。君の方はいつもよりテンションが低いみたいだけど、どうしたの?」
ティトゥはファル子達の相手をしながら、『少し胸やけがしているだけですわ』と答えた。
『ハレトニェート様が沢山食べられるから』
ハレトニェート様ことレフド叔父さんは、ベアータの作る料理がやたらとお気に召したらしい。
今朝もお代わりに次ぐお代わりを連発。
朝から目の前でドカ食いを見せられ、ティトゥは少々気分が悪くなってしまったそうだ。
『折角お客さんが喜んでくれているのに、もう食べないで下さい、とは言えないし、かと言ってホストが先に席を立つ訳にはいかないしで、本当に参りましたわ』
まあ、ティトゥの実家は女兄弟ばかりだし、弟のミロシュ君も日本で言えばまだ小学生。ティトゥパパも見るからに食が太い方ではないだろうから、ガツガツ食べる男性と一緒に食事をした経験があまりないんだろうね。
レフド叔父さんは料理に感動するあまり、料理長のベアータ呼んでもらい、直接、彼女にお礼を言ったんだそうだ。
その際、自分の母国の料理、チェルヌィフの料理の話も出たらしい。
ベアータはプロとして、自分の知らない外国の料理に強く興味を惹かれたそうだ。
彼女はチェルヌィフ料理をヒントに新しいレシピを生み出せないかと、厨房に籠っているという事だ。
『ハレトニェート様もベアータに付き合って厨房に行っていますわ。信じられます? さっきあれだけお代わりをしたのに、まだ食べようとしているんですのよ? あの方は一体どれだけ食べるおつもりなんですの』
ティトゥは同意を求めて僕を見上げた。
ああうん。確かにティトゥが胸やけを起こす気持ちも分からないではないかな。
「それはさておき、今日の予定はどうなってるの? レフド叔父さんをカミルバルト国王の所に連れて行くにしても、先に約束を取っておいた方がいいんじゃないかと思うんだけど」
お前はいつもアポなし突撃をしてるじゃないかって? 何を今更、社会人ぶっているんだって?
うるさいよ。
いつもは結果的にそうなっているだけだから。決して僕に一般常識が欠けてる訳じゃないから。
『約束なんて必要なんですの?』
ホラホラ、ティトゥがこれだから、一緒にいる僕まで同じに見られるんだよ。分かる?
「それはいるだろ。僕達だけなら、例え相手に会えなくても、『ではそちらの都合の良い時間はいつになりますか?』と、都合を聞いて帰る事も出来るけど、それにお客さんを付き合わせちゃあダメだろ」
『ハヤテ。あなたは何を言っているんですの?』
ティトゥは心底不思議そうに僕を見上げた。
『ハレトニェート様はチェルヌィフ王朝の六大部族の当主ですわよ。例え国王陛下といえども、そんな相手を門前払いをするなんて出来る訳がないじゃないですの』
そうだった!
ていうか、それが分かってて突然訪問するとか、相当にタチが悪いな!
「じゃあ直接行こうか」
『それがいいですわね』
あっさりと前言撤回する僕。
一般常識はどこに行ったんだって? だって考えてもみてよ。レフド叔父さんは六大部族の当主なんだよ?
そんな大物をいつまでもこの国に留めている方が、どう考えたってヤバイだろ。
実は今回は話の尺の都合上、あっさりレフド叔父さんを連れて帰ったみたいな感じに言っていたが、向こうでも相当揉めたのだ。
それはそうだろう。叔父さん本人は『俺がいなくても左程問題ない』などと自虐してたが、普通に考えればそんな訳はないのだ。
例え今は謹慎中みたいな立場だったにしても、大貴族のトップが国を離れるとなると、それだけでバッチリ政治が絡んで来る。
しかも護衛も連れずにたった一人で、それもドラゴンとかいう謎生物に乗って行くとか、いくら本人が『問題無い』と言い張った所で、周りが納得するはずもない。
結局、僕達は叔父さんを連れて、夜逃げ同然に国を飛び出す事になったのだった。
ホントにこれ、帰る時はどうすりゃいい訳。
一日でも早く国王の説得を終えて送り届けないと、この国がチェルヌィフ王朝と戦争になっちゃうんじゃない?
なんだか、一つの問題を解決するために、別の問題を呼び込んでしまったような気もするけどそれはそれ。毒を以て毒を制すとも言うし。
僕は自分の精神の安定を重視して、この件はこれ以上考えない事にした。
「じゃあ早速、レフド叔父さんを呼んで来て――」
『あ、あの』
ここでメイド少女カーチャ声を上げた。
『その事なんですが、今日はこれからハレトニェート様と国王陛下の所に行かれるんですよね? 予定だと、ハレトニェート様が国王陛下を説得された後は、直ぐに国にお戻りになると聞いてますが』
『ええ。それがどうかしたんですの?』
『それだとモニカさんを迎えに行く時間がないんじゃないでしょうか?』
モニカさん? あっ!
・・・しまった、忘れてた。
『・・・そう言えば、モニカさんの事を忘れていましたわね』
『あの・・・実は私もなんです』
気まずさに顔を伏せるティトゥ達。
聖国からの押しかけメイドモニカさん。
彼女は大災害の話を母国の王城に持ち帰り、その対応を促すために、現在、聖国に里帰りしている。
一週間経ったら迎えに行くという約束をしていたのだが・・・
『一週間なんてとっくに過ぎてしまいましたわね』
そうだね。
これって絶対マズイよね。チェルヌィフもマズイがモニカさんもマズイ。
どちらも甲乙付け難いが、モニカさんを怒らせる方が僕達にとっては断然怖い。
『かなり遅くはなってしまいましたが、私は今からでも迎えに行った方がいいと思います』
「そう、だね。平謝りするのは当然にしても、その前に少しでもこちらの誠意は示しておいた方がいいと思う」
『・・・仕方がありませんわね』
こうして僕達は予定を変更。超特急で聖国までモニカさんを迎えに行く事にしたのであった。
という訳でランピーニ聖国の王城に到着。
今日はお急ぎ便なのでファル子達も連れて来ていない。
僕は慌ただしく城の中庭に着陸した。
ドキドキしながら待つ事数分。今日はやけにモニカさんが来るのが遅く感じる・・・ていうか、いつもなら僕の姿が見えたら、先に中庭に出て待っていてくれるのに。
後ろめたい気持ちのせいか、こんな所にもモニカさんの怒りを感じる気がして仕方がない。
気分はまるで刑の執行を待つ死刑囚。僕達はハラハラしながらモニカさんが現れるのを待つのだった。
『お待たせしました』
モニカさんはいつもの人好きのする笑顔を浮かべながら現れた。
怒ってる? 怒ってない? ダメだ、僕には分からないや。
ティトゥ、お願いします。
『なっ! ハヤテあなた! ま、待ったなんて、こちらこそ、約束をしていたのに遅くなってしまって申し訳ありませんわ』
『マコトニ モウシワケゴザイマセン』
『『『しゃ、喋った!』』』
まだ僕と面識がなかったらしい城の騎士が数名、僕の謝罪の言葉に驚きの声を上げた。
『それでしたらご心配には及びません。こちらも色々と準備がありましたので、むしろ遅れてくれて助かったくらいです』
えっ? ホントに? 怒ってないの?
モニカさんの返事に、ティトゥは安堵のあまりへたり込みそうになった。
『ハヤテだって、さっきからずっと計器の針がブルブル震えていましたわよ』
あっ、ホントだ。マズいな、後で調整しとかないと。
どうやら僕も相当プレッシャーにやられていた模様。
『それにしても、随分と大きな荷物ですわね』
安心して心に余裕が出来たからだろう。ティトゥは使用人が二人がかりで運んでいる荷物に目を向けた。
縦長の荷物で、高さは大体二メートルくらい? 見るからに高額そうな布でグルグル巻きにされている。
『樽増槽に入るかしら?』
『あ、いえ。貴重な物なので、増槽ではなく、ハヤテ様の中に乗せたいのですが』
折りたためば入らなくもなさそうだが、多分、それでは困るのだろう。
とはいえ、それだとモニカさんが乗るスペースが無くなってしまうんだけど?
モニカさんは申し訳なさそうに眉を落とした。
『すみませんが、先にこれを運んだ後、私を迎えにもう一度来て頂けないでしょうか?』
えっ。でも午後からはレフド叔父さんと一緒に、カミルバルト国王の所に行く予定が――
『分かりましたわ!』
間髪入れずに答えるティトゥ。
そうだね。ティトゥの判断は正しい。今は地雷原から無事に生還する事こそが先決だ。
僕はパートナーの判断を支持するよ。
『どうもありがとうございます』
モニカさんはホッと安堵の表情を浮かべた。
僕が胴体横の扉を開けてあげると、彼女は運び込まれた荷物を胴体内補助席に安全バンドで固定した。
本当に大切な荷物なんだな。何だか気になるかも。
『これで大丈夫ですね。ではよろしくお願いします』
『りょーかい、ですわ』
『マタ アトデネ』
僕はエンジンをかけるとテイクオフ。
謎の荷物を積んで、一旦ナカジマ領に向かって飛ぶのだった。
次回「高貴な客~その2~」