その19 高貴な客
という訳で戻って来ましたナカジマ領。
往復でざっと一週間といった所か。
もう戻って来たのかって?
まあね。
チェルヌィフへのフライトも今回で三度目だし。真っ直ぐ飛んで、あちらの王城でレフド叔父さんを拾ってそのまま帰って来ただけだから、特に何の問題も無かったかな。
せいぜい、退屈したファル子が最近ストレスを溜め込んでいるくらい? 今回はカルーラが乗っていなかった事もあって、前回よりも休憩が少な目になったからね。
『ほうほう。これが話に聞いていたペツカ湿原地帯か。なる程。ザトマ砂漠とは違った意味での見渡す限りの荒地なのだな』
胴体内補助席から身を乗り出して、興味深そうに眼下の光景を見下ろしているのはイケボの騎士。ハレトニェート家当主のレフド叔父さんである。
乱暴に脇に押しやられたファル子が彼に文句を言った。
「ギャウギャウ!(痛い! それにジャマ!)」
『おっと、スマンスマン。そら、抱きかかえてやろう』
「ギャウー!(イヤー!)」
元々、大柄なレフド叔父さんだが、今日は立派な鎧を着ている事もあって、圧迫感がハンパない。
『予定では今日中にそちらの領地に到着するのだろう? ハレトニェート家の当主としては、見苦しい恰好を見せる訳にはいかんからな』とはレフド叔父さんの言葉である。
つまりはTPOをわきまえた服装という訳だ。
他国の王城だろうが貴族の屋敷だろうが、どこでも飛行服でコンニチワする、どこぞの当主様にも是非見習って欲しい所である。
レフド叔父さんも、初日は妙に緊張した様子だった。
あるいは過去に僕に撃墜された時のイヤな記憶が脳裏に浮かんでいたのかもしれない。(第十章 砂漠の四式戦闘機編 その7 ドキドキ絶叫ツアーへようこそ より)
しかし、三日目ともなれば流石に慣れたものである。
今ではすっかりリラックスして、滅多に経験出来ない高所からの景色を楽しんでいる様子だ。
そして現役の軍の指揮官という事もあり、体力も十分。連日の移動も全く苦にはなっていないようだ。
意外と子供好きなのか、こうやってファル子やハヤブサ達の相手もしてくれたりと、僕達としても随分助かっている。
ティトゥはジタバタと暴れるファル子を抱いたままのレフド叔父さんに振り返った。
『もうすぐ町が見えてきますわよ』
『そうか。確か港町ホマレだったか。楽しみだな』
そう言って屈託のない笑みを浮かべるレフド叔父さん。
なんだろう。声がいいってだけではなくて、この人って独特のムードを感じさせるんだよね。
似た方向性としては、この国のカミルバルト国王や、彼のお姉さんのラダ叔母さんなどが思い当たる。
意図せずして周囲の目を集めるタイプというか、居るだけでナチュラルにその場の中心になる人物というか。
あるいはこれが持って生まれたカリスマ性というものなのかもしれない。
僕のような何も持たない凡人としては羨ましい限りだ。
『ハヤテ?』
「何でもない。そろそろ屋敷に到着するから、レフド叔父さんに安全バンドを締めて貰っといて」
『りょーかい、ですわ』
そんなこんなで僕はティトゥの屋敷に到着。
海軍式三点着陸で裏庭に着陸したのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ハヤテの姿が見えた途端、ナカジマ家の屋敷の使用人達は全員、裏庭に集められていた。
代官のオットーの指示で横一列に並び、居住まいを正す。
えも言われぬピリピリとした緊張感が辺りに漂う。
なにせこれからやって来る客は、大陸一の大国、チェルヌィフ王朝の実質的な支配者。六大部族の当主なのだ。
この国の人間にとっては雲上人中の雲上人。
元宰相のユリウス老人が緊張の面持ちでいる事からも、相手がどれだけの大物なのか察するに余りあるだろう。
ヴーン・・・ゴオオオオ・・・・
ハヤテはいつものごとく海軍式三点着陸。
三点着陸とは英語ではストール・ランディング。着陸時に主輪と尾輪を同時に接地させる方法である。
逆に主輪だけで接地する方法は接線着陸――ホイール・ランディングと呼ばれ、技術的には三点着陸よりも簡単だが、その分、着陸後の制動距離が長くなってしまうのが欠点と言われている。
ちなみにハヤテは、主に『カッコいいから』という理由だけで三点着陸を行っている。
しかし、説明の通り、三点着陸は限られた空間に着陸するのには有効な方式なので、彼は期せずして最適な方法を選択している形となっていた。
耳をつんざくエンジン音が止み、プロペラの回転が止まると、機体上部の風防が開かれ、二匹のドラゴンが顔を出した。
「あっ! ファルコ様、ハヤブサ様! 待って下さい!」
操縦席の中からメイド少女カーチャの慌てた声が聞こえる。
しかしファル子とハヤブサは窮屈な操縦席から解き放たれた喜びか、彼女の言葉を無視。文字通り羽根を伸ばすと、屋敷の裏の林へと飛び去ってしまったのだった。
「全くあの子達ったら! カーチャ、急いで二人を捕まえて来て頂戴!」
「は、はい!」
「誰かカーチャに手を貸してやれ。急げ」
「はっ!」
操縦席からカーチャが。そしてオットーの命令で使用人の列から中年のメイドが二人、慌ててファル子達を追って屋敷の裏の林に駆け込んで行った。
呆れ顔のティトゥが立ち上がると、乗客が降りるのに手を貸した。
「最後にちょっとお恥ずかしい所を見せてしまいましたが、港町ホマレにようこそ」
「なに、元気でいいではないか。・・・ほう、これはこれは。なんという立派な屋敷だ」
そう言って建物を見上げたのは、歳の頃三十過ぎの大柄な騎士。
六大部族ハレトニェート家の当主、レフド・ハレトニェートである。
「お気に召して頂けたのでしたら光栄ですわ」
ティトゥは謙遜の言葉を述べたが、実際、この屋敷は聖国の人気建築家がデザインしたものという事もあって、こんな僻地には勿体ない程、小洒落た作りをしている。
レフドが褒めたのも一概に社交辞令だけとは言えなかった。
「代官のオットーです。この者達に部屋まで案内させますので、どうぞごゆっくりおくつろぎ下さい」
「うむ。ハレトニェート家の当主、レフド・ハレトニェートだ。ご覧の通り、従者も連れず己の身一つでこの国に来たため、色々と世話をかける事になる。スマンが滞在中はよろしく頼むぞ」
深々と頭を下げたオットーとナカジマ家の使用人達に、レフドは男らしい笑みを返したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
とまあ、そういった流れで、レフド叔父さんはティトゥの屋敷のお客さんになった。
今頃は屋敷の客間でお茶でも飲んでゆっくりしている事だろう。
ちなみにファル子達はあの後直ぐに捕まっていた。
解放感でテンションが上がってしまっただけで、元から脱走するつもりはなかったようだ。
今頃、屋敷の中でベアータ特製の激硬おこしを貰って、ガリガリゴリゴリ齧っているのではないだろうか。
僕は自分のテントで翼を休めている。
機体の方は疲れ知らずのチートボディーでも、宿っている精神は極普通の一般人。
慣れない土地へのフライトは何かと気疲れも多いのである。いやホント。
明日からはまた国王カミルバルトとのタフな交渉が待っている。
今のうちにゆっくり休んでリフレッシュしておかないとね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ハヤテが久しぶりに自分のテントを堪能している一方その頃。ナカジマ家の屋敷の客となったレフド・ハレトニェートは、オットーから自分に付けられた従者の紹介を受けていた。
「――以上の三名となります。彼らは隣の間に控えていますので、何か御用がございましたら遠慮なくお申しつけ下さい」
「うむ。よろしく頼む」
「それと――」
と言ってオットーは背後の騎士に振り返った。
鋭利な印象の四十代の騎士だ、
若手が多いナカジマ騎士団の中では珍しいベテランの部類の騎士である。
「ボルゾイ・ザイラーグでございます。ハレトニェート様の護衛隊長を仰せつかっております」
「ほう・・・ザイラーグ隊長ね」
レフドは軽く目をすがめた。
「ナカジマ家の騎士団は屈強な若者揃いのようだが、中でもザイラーグ隊長はひとかどの人物と見受けられる。さぞや戦場で武勇を鳴らしたのであろうな」
「多少は」
「ザイラーグ隊長は、昔、隣国との戦で活躍したと聞いております。最近でも騎士団同士のいざこざが起きた時、誰一人ケガ人を出さずに止めてみせた事もありましたし、その技量は信用して頂いても問題無いと思われます」
言葉短いザイラーグ隊長の返事に、慌ててオットーがフォローを入れた。
「ほほう。騎士団同士の争いをね。ケガ人を出さずにとは一体どうやったのだ?」
得意の軍事分野の話題だからだろうか。レフドは思わぬ食い付きをみせた。
「騎士や兵士というのは血の気が多い者達が多いからな。口論からケンカ、果ては刃傷沙汰に至る事すらもある。取り押さえるのに有効な方法があるのならば是非知りたい所だ」
「そ、それは・・・」
オットーは困り顔でザイラーグ隊長に振り返った。
ザイラーグ隊長は「仕方がない」といった顔で小さく頷いた。
「大した技術ではありませんが、それでも良ければ」
「おお! では早速見せてくれ! そこの若いの(と言ってレフドはザイラーグ隊長の部下を指差した)、俺の相手を頼む。場所はさっきの裏庭でいいか」
「えっ?! まさかご自身で受けられるのですか?!」
驚きにギョッと目を見張るオットーに、レフドはさも当然であるかのように言い放った。
「勿論だ。こういう事は自分で経験してみなければ分からんからな」
この方がチェルヌィフ王朝六大部族の当主とは・・・。
オットーはレフドの予想外の破天荒ぶりに、つい天を仰ぎそうになるのだった。
次回「ご当地グルメ」