その18 チェルヌィフへ
ハレトニェート家当主、レフド叔父さんからの提案を受け入れ、僕達はチェルヌィフに向かう事になった。
チェルヌィフから戻って一週間ちょっとでのとんぼ返りである。
リトルドラゴンのファル子とハヤブサは、また旅行に行けるとあって上機嫌だった。
「ギャウギャウ! ギャウギャウ!(※興奮してる)」
「二人共、遊びに行くんじゃないからね。今回はレフド叔父さんを迎えに行くだけだから。どこにも寄らずに真っ直ぐ帰るからね。その事を忘れないでね」
「ギャウー(分かってる)」
どうだか。ハヤブサの方はともかく、鳥頭のファル子は怪しいもんだ。
さっきも言ったが今回は行って帰って来るだけの直行便。出来る事ならファル子達には家で留守番をしていて欲しい所なんだけど・・・大人しく聞いてくれるような子じゃないからなあ。
といった訳でファル子達と、そして二人のお世話係としてメイド少女カーチャの同行が決定した。
つまりは、いつものメンバーで出発する事となったという訳だ。
ティトゥも行くのかって? 彼女こそ言って大人しく聞いてくれるような子じゃないだろ?
僕達が送り迎えをする関係上、レフド叔父さんはこの国ではティトゥのお客さん。つまりはこの屋敷に宿泊して貰う事になる。
チェルヌィフの六大部族の当主を迎えるとあって、昨日から屋敷の中は騒がしい。
ティトゥはすっかり浮足立っている周囲の様子に呆れ顔を見せた。
『ハレトニェート様は格式にこだわらないざっくばらんな方ですわよ。そんな風に神経質にならなくても大丈夫だと言ったのに』
『そう言われましても。六大部族の当主と言えば、大国チェルヌィフ王朝の実質上の支配者です。そのご当主様に泊まって頂くのに、何か粗相があってはいけませんので』
代官のオットーはしゃちほこばった顔で生真面目に答えた。
『全く・・・ハヤテからもオットーに何か言ってやって頂戴』
「そうだね。レフド叔父さんは元々、騎士団の団長をやってたような人だから、ティトゥが言うようにあまり礼儀作法にうるさくはないと思うよ?」
騎士団は脳筋。僕の知る限り、どこの国でも大抵それは変わらなかった。
大体、ナカジマ家はコノ村に住んでいた頃、漁村の小さな小屋に聖国のパロマ王女を泊めた事だってあるのだ。(第六章 帝国南征編 より)
あの時に比べたら、ちゃんとした屋敷に泊まって貰える分だけ、随分マシと言えるんじゃないだろうか?
『それって帝国と戦争をした時の話ですわね。懐かしいですわ』
当時の思い出に耽るティトゥ。
逆にオットーは、当時のバタバタした状況を思い出したのか、途端に渋い顔になった。
そして何人かの使用人達が驚きに目を見開き、信じられない物を見る目でこちらを見ている。
何かな?
『聖国のパロマ王女?! まさか国王陛下の婚約者がこの屋敷に宿泊されたのですか?!』
『いや待て。ハヤテ様はコノ村に泊まって頂いたと言っていたぞ。つまりはこの屋敷が出来る前の話じゃないか?』
どうやら彼らはここ一年程で雇われた新規の使用人達のようだ。つまりはパロマ王女を泊めた時にはまだいなかった人達という事になる。
彼らもまさか自分達の雇い主が、聖国の王女様を屋敷(※いやまあ漁村の掘っ立て小屋だったんだけど)にお招きした経験がある人物とは知らなかったらしい。
彼らは驚愕と尊敬の入り混じった目でティトゥ達を見つめた。
『すみません! お待たせしました!』
大きな荷物を抱えた中学生くらいのメイド服の少女が屋敷の中から現れた。ティトゥのメイド少女カーチャである。
カーチャは僕が翼下に懸架している樽増槽に旅行荷物を詰め込んだ。
『これで全部積み終わりました。いつでも出発できますよ』
『じゃあ出発ですわ』
即決かよ。打てば響くような、とはこの事か。
ティトゥはカーチャの言葉に間髪入れずに出発を宣言した。
ファル子とハヤブサが翼をはためかせて操縦席に飛び込んで来る。
「ギャウ! ギャウ!(しゅっぱつ! しゅっぱつ!)」
『お気を付けて。カーチャ、ご当主様達の事を頼んだぞ』
『は、はい!』
『いいからカーチャはさっさと乗って頂戴。大体、オットーは大袈裟なんですわ。ハヤテが付いていれば何の心配もないというのに』
「いや、そんなに手放しで信頼されても困るんだけど。普通に僕じゃどうしようもない事だってあるからね」
『ハイハイ。ハヤテは慎重ですわね。前離れー! ですわ』
「「ギャウー(はなれー)」」
僕はティトゥ達が安全バンドを締めているのを確認するとエンジンを始動。
ババババババ
オイルの焼ける匂いと共に、機首のプロペラブレードが回転を開始。空気を切り割いた。
グオオオオオオ
僕はエンジンをブースト。タイヤが地面を切ると、フワリ。宙へと浮き上がる。
そのまま大きく旋回しながら高度を上げると、僕はチェルヌィフ王朝に向けて飛び立ったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ハヤテ達がチェルヌィフ王朝に向けて旅立った丁度その頃。
ミロスラフ王国の北西。カルシーク海を渡った先に浮かぶ大きな島、クリオーネ島。
この島のほぼ全てを支配する大国、ランピーニ聖国。
その王城の奥。落ち着いた雰囲気を持つ十畳程の広さの小部屋。ここは王城内に無数に存在する面会用の控え室である。
その控え室のイスに座って黄昏ているメイドの姿があった。
ナカジマ家の押しかけメイド、モニカである。
「はあ・・・今回は流石に参ったわ。アレリャーノ宰相はまだしも、まさかカサンドラ様にすら話が通じないなんて」
モニカはハヤテ達からマナ爆発の話を聞くと、急ぎ本国に戻っていた。
大陸を揺るがす大災害。その情報を聖国王城と共有するためである。
しかし、宰相夫妻はモニカの話を聞いてくれなかった。
いや、正確に言えば違う。
話は聞いたが取り合ってくれなかったのだ。
「それだけあの方達にとっても現実味に欠ける話だったという訳ね。失敗したわ。ハヤテ様の口から直接説明して貰うべきだったかも」
宰相夫人カサンドラは、幼い頃から秀才として知られていた。
その才能は周囲の大人達が揃って舌を巻く程で、「もしもこの子が男に生まれていたら、聖国百年の栄華の礎を築くか、逆に将来国を滅ぼしていただろう」などと噂されていた程である。
そんな彼女をもってしても、今回の話はにわかには受け入れがたいものだったようである。
「というか、あの方はなまじ人よりも頭が切れる分だけ、自分の予想を超える事態に対してはイマイチ弱いのよね。ハヤテ様をやたらと警戒しているのも、その辺りに理由があるんでしょうけど」
カサンドラは才能に溢れているがゆえに、これまでに自分の器を超えた事態に遭遇する事が滅多になかった。
そんな彼女にとって、何をしでかすか全く分からない――そしてまた周囲に与える影響力がやたらと大きい――竜 騎 士は、正に天敵と言っても良い存在であった。
もっとも、モニカに言わせれば、『そこがいいのに』といった所なのだが。
モニカからの報告を聞いたカサンドラは、大災害の話は一先ず棚上げした上で、彼女の話にあった他の情報――チェルヌィフの内乱が終了した点についての調査を開始した。
大国チェルヌィフ王朝の六大部族を二つに割っての内乱の結果は、聖国にとっても重要案件なのだが、この辺りもモニカとしては『そうなんだけど今はそれじゃない』といった所であった。
「というか、今回は珍しく。ほんっっとぉ~に珍しく、竜 騎 士のお二人が行動を起こす前に噛める機会を得たというのに、それをみすみす逃すなんて。カサンドラ様も随分と焼きが回ってしまったものね」
この国の元第一王女、宰相夫人に対して、なかなか辛辣な言葉を言い放つモニカ。
竜 騎 士はその場の思い付きで行動を起こし、時には本人達ですら予想だにしない結果を招いてしまう。
そのスピード感たるや、普段ナカジマ領で二人の側にいながら、少し目を離しただけで何度も置いて行かれた経験のあるモニカが一番良く知っている。
それだけ竜 騎 士相手には、付いて行くのが大変なのである。
しかも今回の件は、過去にティトゥとハヤテ、竜 騎 士の二人が関わった事件の中でも最大規模の物。
その案件に最初から加われるチャンスを与えられながら、みすみすそれを棒に振るなど考えられない。
モニカにしてみれば、チェルヌィフの内乱の結末なんてどうでもいい。是非、こちらの案件の方にこそ本腰を入れて欲しい所であった。
「はあ・・・」
モニカは今日、何度目かになるため息をついた。
彼女がこれ程落ち込む姿を見せるのは珍しい。
それだけ意気込んで国に帰って来たという証拠であり、思うようにいかない状況に焦燥感を覚えているという証拠でもあった。
さて。そんな彼女がなぜ、こんな場所で黄昏ているのかというと・・・
コンコンコン
ノックの音と共にドアが開いた。
現れたのは一部の隙もない礼服に身を固めた、鋭利な印象のある細身の青年。
青年はモニカの顔を見ると、整った顔をホッと安堵で緩めた。
「変わりないようで何よりだ、モニカ。国に戻って来た時くらい実家に顔を出したらどうだ? 父さんも心配していたぞ」
「エドムンド兄さん。そんな話をするために、わざわざ私を呼び出したの?」
青年の名はエドムンド・カシーヤス。王城に出仕しているモニカの兄である。
「そんな話とは何だ! みんなお前の事を心配していたんだぞ?! 急に城を飛び出してミロスラフ王国なんかに行くものだから!」
「その事なら手紙で伝えたはずよ。城を飛び出した訳じゃなく、これはカサンドラ様から頼まれた仕事なんだって。話がそれだけならもう行くわよ。今日はこれから行かなきゃいけない所があるから」
宰相夫妻がこのままあてにならないようなら、他に根回しをしなければならない。
モニカは最近、部下に加えたメイドの少女、従男爵家ヒッツバーク家の子女ズラタの手引きで、聖王都のレンドン伯爵家の屋敷の家令に面会する約束を取り付けていた。
レンドン伯爵家は聖国に名高い三伯の一家。
当主ミルドラドは先日、嫡男のパトリチェフに家督を譲り、現在は王都の屋敷に居を移していた。
ミルドラドは長年に渡り、聖国第二の港町レンドンを治めて来た傑物で、この国の第一王子エルヴィンの叔父に当たる。
王城にも極めて強い影響力を持つ人物だが、モニカが彼を選んだ理由はそれだけではなかった。
先程も言ったが、あの宰相夫人カサンドラでさえも、大災害の話は信用して貰えかった。
これが普通の相手なら鼻で笑われて終わる所だろう。
だが、レンドン伯爵家の当主の代替わりには、ハヤテ達竜 騎 士が深く関わっている。(第二十章 聖国の三伯編 その15 三伯の二 レンドン伯爵家 より)
ならばレンドン伯爵家は竜 騎 士に恩を感じているはずだし、当然、ハヤテが情報の出所となるこの話も聞いて貰えるに違いない。そういう思惑があっての事だった。
話を切り上げて立ち上がったモニカを、兄エドムンドは「まあ待て」と呼び止めた。
「今のは俺の個人的な話だ。今日、お前を呼んだのは俺じゃない」
「・・・じゃあ誰? エルヴィン殿下に仕えているエドムンド兄さんを使って私を呼び出すなんて普通じゃあり得ない――まさか?」
エドムンドは「そうだ」と小さく頷いた。
「急ごう。一応周囲の人払いはしてあるがここは聖国王城。どこに目があり耳があるかは分からないからな」
「そうね」
モニカは先程までのすげない態度から一転。素直に兄の言葉に頷いた。
もし、相手が彼女の考えている通りの人物であるのなら、これ以上彼を待たせる訳にはいかない。
カシーヤス兄妹は辺りの様子を伺いながら、足早に控え室を後にするのだった。
次回「高貴な客」