その17 恩返し
小叡智カルーラが見つけてくれた協力者。
それはチェルヌィフ王朝六大部族の当主、レフド叔父さんことレフド・ハレトニェートだった。
『あの時は世話になった。おかげでアンバーディブの者達も無用な血を流さずに済んだ』
レフド叔父さんは挨拶もそこそこに僕にお礼の言葉を告げた。
アンバーディブはベネセ家の領都。高い城壁に囲まれた堅固な城塞都市だ。
少し前、僕達はレフド叔父さんに頼まれて、ベネセ家の当主、マムス・ベネセに降伏勧告の書状を送り届けた。
マムスはその書状を受諾。自ら命を絶って降伏の証としたのであった。(『第二十一章 カルリア河口争奪戦編 その26 一抱え程の壺』より)
正直、僕とティトゥにとっては苦い記憶となる。書状を持って行っただけとはいえ、結果として僕達はマムスと彼の家族が自害するきっかけを作ってしまったのだ。
「お礼なんて。マムスの死が無駄にならないようにしてくれたのなら、それで十分だよ」
『――と言ってる』
『無論だ。この俺の目が黒い内は、誰にもあいつの覚悟を辱めるようなマネをさせはせん』
レフド叔父さんは良く通るイケボで、そう断言してくれたのだった。
レフド叔父さんからの電話があってからしばらく後。いつものようにティトゥ達が僕のテントにやって来た。
『そんな事があったんですのね』
ティトゥは僕の説明に目を丸くして驚いた。
「ギャウ! ギャウ!(ママ! 遊んで! 遊んで!)」
『はいはい。カーチャ、ファルコの体を拭いてあげて頂戴。あなたまた散歩の最中に藪の中に入ったわね。体中草の種まみれですわよ』
『ファルコ様、大人しくしていて下さいね』
ファル子は、大人しくしていて下さいね、と言われて大人しくしてくれるような大人しい子じゃない。なんだかややこしいな。
メイド少女カーチャは慣れた手つきでファル子を押さえつけると、お腹や手足に付いた汚れを拭っていった。
「ギャウー!(イヤー!)」
『それでハヤテはどう返事をしたんですの?』
「流石に僕だけで決められる事じゃないからね。ティトゥと相談して折り返し電話を入れると言っておいたよ」
僕の返事にカーチャは微妙な表情を浮かべた。
『ナニ? カーチャ』
『あ、いえ。小バラクがあればすぐに連絡が取れるというのは分かりますが、普通はこうはいかないなと思いまして』
ああ、そういう事か。何でも人力のこの世界。人と話をしようと思ったら、先ずは相手にお伺いの使者を立てて、その返事を貰ってから相手の家に出かけるか、あるいはこちらの家に相手を招くかしかない。
現代人のように、『後でかけ直します』とはいかないという訳だ。
「それでティトゥ、どうする? 確かにリスクは大きいけど、僕らにとっては本当に願ってもない話だし、あちらに問題が無いようなら受けてもいいと思うんだけど」
『・・・そうですわね。オットー達にも相談してみますわ』
レフド叔父さんからの提案を振り返る前に、チェルヌィフの現状から、順を追って説明して行こう。
僕達は降伏の書状の返事として、当主マムスの首が入った壺と共に、王家の御旗を預かっていた。
それは、この旗を掲げた軍が見えたら門を開いて迎え入れる――つまりはレフド叔父さんになら降伏する――という約束の品だったのである。
レフド叔父さんは僕達から旗を受け取ると、急ぎ軍を進めた。
ベネセ家憎しのサルート軍から横やりが入る前に、城塞都市アンバーディブにたどり着くためである。
実際、突然進軍を始めたハレトニェート軍の動きに対し、サルート軍は敏感に反応した。
カルーラが『最近王城内がバタバタしていて、誰にも相談に乗って貰えない』と言っていたのは、そういった理由によるものだったのである。
結局、レフド叔父さんことハレトニェート軍は彼らに先駆けて城塞都市アンバーディブに入る事に成功。何事もなく無事にベネセ軍の武装解除を行ったのだった。
ちなみに、後数日遅れていたら、サルート軍が到着していた所だったそうだ。
そうなれば放火や略奪、虐殺が行われていたのは間違いない。
実は結構、際どいタイミング。タッチの差だったのである。
最初にレフド叔父さんが『おかげでアンバーディブの者達も無用な血を流さずに済んだ』と言っていたのは、誇張でもなければ僕に気を使った言葉でもなかったのだ。
さて、こうして城塞都市アンバーディブを無血開城させたレフド叔父さんだったが、サルート軍の指揮官達からは随分と恨みを買ってしまう事になった。
それはそうだ。彼らからしてみれば完全にレフド叔父さんの独断専行。最後の最後に一番いい所を持っていかれてしまった形になったからである。
面白くないなんてもんじゃない。完全に面目丸つぶれである。
レフド叔父さんも、その点は覚悟の上での行動だった。そもそも彼は手柄が欲しかった訳ではない。これ以上、内乱による犠牲者を出したくなかっただけなのである。
結局、レフド叔父さんは全ての手柄を放棄。領地から奥さんの部下を呼び寄せる事にした。
そして彼らに軍の引き継ぎを行い、自分は僅かな供回りだけを連れて王城に戻ったのであった。
『そこでカルーラ達の様子を見に行きがてら、私達の話でも聞こうとした所で、大災害の話を聞かされた訳ですわね。それはさぞかし驚かれたでしょうね』
「驚くというよりも呆れ返ったって言ってたね。俺達が人間同士で争っている間になんて事をしているんだ、って言われたよ」
『そんなもの勝手に争っている人達の方が悪いんですわ』
まあね。とはいえ、そこは男気のあるレフド叔父さん。その場で快く協力を申し出てくれたんだそうだ。
「受けた恩は返さなきゃだってさ」
『義理堅い人ですわね。この国の将軍達も少しは見習って欲しいですわ』
相変わらずティトゥの将軍達への当たりが厳しい件。
まあ、彼女としては一週間丸ごと無駄骨を折らされた事になる訳だし、多少は恨みに思っても仕方がないかな。
とまあ、ここまでが前置き。
レフド叔父さんはカルーラから僕達の事情(という名のティトゥの愚痴)も聞いていたらしい。
叔父さんは若干の同情の表情を浮かべながら僕に確認を取った。
『つまり、叡智の苔とお前達は、災害の発生源の調査を行いたいんだな? だが、国からの協力が思うように取り付けられずに難儀をしていると』
「そうなんだよね。後、これはカルーラも知らない事だけど、あまりの聞き分けの悪さに、昨日、とうとうティトゥがキレちゃってさ」
『――と言ってる』
『ふむ。なる程』
レフド叔父さんは腕組みをして少しだけ考え込んだ。
『ならば分かった。お前達の国王に俺の方から話をつけてやろう』
えっ? いいの?
当主が他国の王家に意見をする、なんて聞くと、そんなバカなと思うよね? 傲岸不遜も甚だしいとか思うよね?
しかし待って欲しい。チェルヌィフ王朝とミロスラフ王国ではその国力は比べ物にもならないのだ。
ましてや六大部族ともなれば、そこらの国よりも広大な土地と数多の領民を従えていたりする。
要は六大部族は単独でミロスラフ王家の何倍もの力を持っているのである。
そんなレフド叔父さんの感覚では、ミロスラフ王家はせいぜい半島の地方領主に毛が生えた程度なのだろう。
「そうしてくれるなら本当に助かるけど・・・しまったな。後一日早ければ良かったのに」
『ん? どうした? 冴えない声音だが』
実はタイミングが悪い事に、丁度、昨日からヘルザーム伯爵との戦闘が再開しているのである。
流石に戦場に飛び込むのは・・・って、帝国艦隊相手にやっちゃったんだっけ。いやまあ、あの時はつい勢いで。
でも、そう何度も介入するのは流石に控えたい。これ以上、将軍達からの勧誘が加熱するのもどうかと思うし、ネライの手余し者ヤヒームのような暴走する人間が出て来ても困るし。
後一日。レフド叔父さんと連絡が付くのが早ければ、カミルバルト国王を説得して貰えたのに。
「・・・でも、折角の申し出だし、頑張ってみるよ。なるべく早く連絡するからその時にお願いしてもいいかな?」
『――と言ってる』
『お前は何を言っているんだ?』
レフド叔父さんは、キョトンとした。
そして信じられない言葉を言い放った。
『俺の方から話をつけてやると言っただろう。ハヤテに乗って行けば、三日かそこらでそちらに着くのだろう? ならば俺を連れて行けばいいだろうが』
なんとレフド叔父さんは――六大部族のハレトニェート家の当主は――僕に乗って一人でこの国に来ると言い出したのだ。
僕は慌ててレフド叔父さんの言葉を否定した。
「いやいや、流石にそれはムリでしょ! 外国だよ?!」
『――と言ってる』
『そうか? ナカジマ殿も俺と同じく貴族家の当主だ。それなのにお前はナカジマ殿を乗せてこの国まで来ていたではないか』
全然違うし。同じ貴族家当主でもティトゥとレフド叔父さんとでは、責任の重さも地位の高さも全く違うし。
片や大国チェルヌィフ王朝の六大部族の当主。片や小国ミロスラフ王国の新興当主。しかもティトゥの方は領地の大半が湿地帯で、二つしか町がないような辺境の当主と来ている。こんなの、メジャーリーガーと草野球のエースを比較するようなものでしょ。
確かに、この国に来て、直接、国王に会ってくれるならこの上なく申し分ない。
なにせアメリカの大企業の重役が、チャーター便を飛ばして日本の会社に出向いて来るようなものなのだ。
それはもう、下にも置かない丁重な扱いを受ける光景が余裕で想像出来る。
僕やティトゥが面会を希望するのとでは雲泥の差だ。
「でも、六大部族の当主が領地を離れても大丈夫な訳? それにそっちは内乱が終わったばかりだし、そんな時期に国を離れるとか、留守の間に何かあったら困るんじゃない?」
『――と言ってる』
『それなら左程問題あるまい』
レフド叔父さんは妙に自信ありげに頷いた。
『どうせ俺はお飾りの当主だからな。少しの間なら国を離れても大丈夫だ』
そんな悲しい事を自信満々に言わなくても。
レフド叔父さんは、六大部族サルート家の側室の子。つまりは庶子だった。
その武勇に惚れこんだ当時のハレトニェート家の当主が、熱心に彼を口説き落とし、娘婿として自分の跡を継がせたのである。要は入り婿というヤツだ。
そういった経緯もあって、日頃から領地の運営や政治的な判断は、彼の奥さんとその部下達が中心になって行っているそうである。
ちなみに奥さんとの仲は非常に良好らしい。『そもそも俺は軍事の事しか知らんからな』とはレフド叔父さんの言葉である。
『その軍事の事も、ハヤテ達のおかげでケリが付いた。今後は政治的な話になって行くが、そうなれば俺の出る幕は益々なくなるだろう。大体、今は謹慎中のようなものだし、むしろしゃしゃり出られた方が周りにとって迷惑になるんじゃないか?』
なんだろう。結構、情けない話をしているはずなのに、叔父さんの男らしいイケボのせいか、全然そうには聞こえない。
イケボって得だな。
それはさておき、こんな重要な話を僕の一存だけで決めていい訳がない。
僕はティトゥ達に相談する事にして、一旦、レフド叔父さんとの通話を切ったのであった。
てなわけで現在。
ティトゥは僕から聞いた話を、オットー達と協議。
その上でレフド叔父さんと連絡を取る事にした。
時間は大体午後三時。いつもカルーラに電話を掛けている時間だ。
カルーラも待ってくれていたらしく、数回のコールで電話が通じた。
スマホこと小バラクの画面に映ったのは、いつも通りのカルーラの姿。それとレフド叔父さんの姿だった。
どうやらレフド叔父さんもカルーラから話を聞いて待機してくれていたようだ。
『お久しぶりですわ、ハレトニェート様。その節は大変お世話になりました』
『そちらも変わりがない様子で何よりだ。しかし、遠く離れた外国にいる相手と、王城に居ながらにして話が出来るとはな。何とも不思議な感覚ではないか』
レフド叔父さんはそう言うと興味深そうに身を乗り出した。ちょ、近い。レンズに近付き過ぎだって。
『近過ぎですわ』
『いやあ、スマンスマン。今朝はハヤテと話をしたが、誰もいないイスと話をしているみたいで味気なかったものでな。こうやって相手の顔を見ながら話が出来るのが面白くて仕方がないのだ』
レフド叔父さんそう言うと、まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように顔をほころばせた。
まあ小バラクは計器盤の上に固定されているからね。僕を見ながら話をするのはちょっと無理かな。
ティトゥはコホンと咳ばらいをすると真面目な顔になった。
『お話はハヤテから聞きました。私共としては願ってもないお話ですが・・・本当にそちらはよろしいのでしょうか?』
『ああ、構わん』
レフド叔父さんは今朝、僕が尋ねた時と同様にキッパリと言い切った。
『そちらがマムスの件をどう思っているかはハヤテから聞かされた。だが、それでもアンバーディブの者達は――ベネセ領の者達が、お前達の働きで命を救われたのは純然たる事実だ。受けた恩は返さねばならない。そもそも、大陸規模の大災害が帝国で発生するのなら、このチェルヌィフも無関係ではいられんからな。自分達にとっても利になる事に協力するのを恩返しと言えるかは微妙だが』
『いいえ、助かりますわ』
『そうか。それでそちらの返答は?』
ティトゥは大きく頷いた。
『勿論、よろしくお願い致しますわ。明日、そちらに向けて出発致します』
次回「チェルヌィフへ」