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その14 小さな命を守るために

 ティトゥファミリーが案内して来た貴族家一家、アンデルス家ファミリー。

 人数は六人。

 大人が三人に子供が三人。

 上から中年の夫婦。アンデルス家当主とその夫人。

 二十代前半の若い女性。ティトゥのお姉さんのエヴァナさん。

 三人の子供達は彼女の子供。ティトゥの両親、そしてアンデルス家当主夫妻にとっては孫に当たる。

 子供達の父親、エヴァナさんの旦那さんはこの場にはいない。

 昨年末から兵を率いて寄り親のヴラーベル軍に参加。隣国ゾルタのヘルザーム伯爵領攻略に加わっているそうである。

 ひょっとしてカルリアのミロスラフ王国軍陣地で、彼の事も見かけていたのかもしれないね。


『そうでしたの。先にその話を聞いていたら、こちらはみんな元気にしていると伝えて貰った所でしたのに』

『ゴメンネ』

『いえいえ、そんなに申し訳なさそうにして頂かなくても構いませんわ。それにしてもこうして話しているとハヤテがドラゴンという事を忘れそうになりますわね』

『サヨウデゴザイマスカ』

『エヴァナ! ハヤテも! なんで二人共そんなに打ち解け合っているんですの?!』


 僕とエヴァナさんの会話にふくれっ面のティトゥが割って入った。


「そりゃあ君のお姉さんなんだから、普通に世間話くらいはするだろ」

『ティトゥ。今ハヤテは聖何とか語で何と言ったの?』

『聖・龍・真・言・語・ですわ。私は今、ハヤテと話をしているんですの。エヴァナは黙ってて頂戴』


 いや、僕が話しているのはただの日本語だから。聖何とか語じゃないから。

 ていうか、言葉が伝わるようになってからこっち。これまで何度も説明しているのに、何で未だに君は頑なに自分の作ったその造語を使い続ける訳?

 ちなみにエヴァナさんは、今年の頭に無事に長女ティトゥナちゃんを出産。

 長引く夫の出兵に気分が沈みがちになっていたのを当主夫婦が心配し、両親への出産の報告も兼ねて今回の里帰りとなったんだそうだ。

 そんな主役の赤ちゃんは、お爺ちゃんお婆ちゃん達にとりかこまれてチヤホヤされている最中である。


『だったら子供だけ置いてエヴァナはもう帰ったらいいんですわ』

「そんなのムチャだろ。何言ってるの君?」

『ティトゥ・・・あなたは。はあ・・・』


 呆れる僕と、ため息をつくエヴァナさん。


『この子は昔からこんな子でしたわね。社交界に出た時、本人が恥をかかないようにと、私とミラダ(※屋敷のメイド長)の二人で教育していたというのに、こちらの言う事を全く聞こうとしないわ、少し目を離したら屋敷を脱走するわで本当に・・・。少しは下の妹の聞き分けの良さを見習って欲しかったですわ』

『アア、ウン。サヨウデゴザイマスカ』


 やっぱりファル子は子供の頃のティトゥに似たんだな。

 以前、僕がメイド少女カーチャに、「いつもファル子が手間を掛けさせてゴメンね」と謝った時、『ティトゥ様のお世話で慣れていますから』と言われたけど、あれはそういう意味だったんだ。うん。超納得。

 ティトゥがジト目で僕を見上げた。


『――ハヤテ。あなたまた妙な事を考えているんじゃないですの?』


 妙な事って何だよ妙な事って。しかもまた(・・)とか。それだと僕がいつも見当はずれな事を考えているみたいに聞こえるじゃないか。


『キミ シッケイダナ』

『失礼なのはハヤテの方ですわ』


 何を根拠にそんな事を。まあ、女子相手にウチのファル子と一緒とか、悪口と思われても仕方がないのかもしれないけど。

 エヴァナさんは僕とティトゥの口げんかに、なぜかホッとしたような安堵の笑みを浮かべた。


『お爺ちゃん達に聞いてはいたけど、あなたは本当に昔のように元気になったのね。むしろ元気になり過ぎているくらい』

『はあ? それって私にケンカを売っているんですの?』

『これもハヤテのおかげね。本当にありがとう』


 ティトゥは『ケンカならいつでも買ったるぞ』とばかりにメンチを切ったが、エヴァナさんの柔らかい笑みを見て、毒気を抜かれたような顔になった。

 この微妙な空気を吹き飛ばしたのは、幼い男の子の声だった。


『お母様! お婆様が屋敷でお茶にしましょうって!』


 エヴァナさんの上の息子、確かイルジーク君だったかな?

 彼の背後ではみんながぞろぞろと屋敷の中に入って行くのが見えた。


『ええ。じゃあ行きましょうか。ティトゥ、あなたも行きましょう』

『・・・分かりましたわ』


 流石にティトゥも子供の前で母親とギスギスするのは気が引けたのだろう。釈然としない顔をしつつも、この場は姉の言葉に従った。


『ではハヤテ。また』

『ゴキゲンヨウ』


 エヴァナさんは、僕の返事にキャーキャー喜ぶ息子の手を引きながら、屋敷の中に入って行ったのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ティトゥは憮然とした表情で、姉の後ろを歩いていた。

 子供の頃から彼女が最も苦手とする存在。いつか絶対にぎゃふんと言わせてやると、何度心に誓ったか分からない存在。

 その姉を前に彼女の心は千々に乱れていた。


(こんなの全然エヴァナらしくないですわ)


 姉がアンデルス家に嫁いだのは、ティトゥがまだ十三歳の時。

 厳しい鬼教官がいなくなり、彼女はせいせいすると共に、あんな姉と結婚しなければならないアンデルス家の長男は、なんて可哀想だと同情したものである。

 あの日から今日まで。ティトゥは一度も姉と顔を合わせていなかった。

 顔を見たいとも思わなかったし、会えば絶対にケンカになる相手。終生の敵だと思っていた。


(大体、エヴァナは物凄い堅物で、笑顔なんて見せた事のない、氷のような女だったはずですわ)


 ティトゥにとって姉は貴族令嬢の規範となる存在。一部の隙も見せない完璧人間。いつも自分を叱りつけるイヤな存在。

 そんな人間だったはずである。


(それが何? 昔と違って、私が何を言っても怒鳴り返して来ないし、私の事でハヤテにお礼を言ったり、その上あんな笑顔まで。これじゃまるで私一人が空回りしているみたいじゃないですの)


 もしも今の心の声をハヤテが聞いたら、「自分で自覚あったんだ」と驚いたかもしれない。


 ティトゥは力なく視線を彷徨わせた。

 その時不意に、彼女の視線の先、息子の手を引いて歩く姉の姿が、弟のミロシュの手を引いて歩く母親の姿と重なった。

 その瞬間。彼女の中で何かがストンと胸に落ちた気がした。


(そうか・・・エヴァナはもう私の姉じゃないんだわ)


 正確に言えば違う。エヴァナは今でもティトゥの姉である。だが、マチェイ家の長女。手のかかる妹を持つ姉だったエヴァナは、アンデルス家に嫁いだ事により、夫を持つ妻であり、三人の子供を持つ母親となった。

 そして彼女の視野、ないしは価値観が広がった事で、相対的に彼女の中に占める妹の割合が小さくなり、その結果、ティトゥに対して昔よりも引いた立ち位置で接する事が出来るようになったのだ。

 だからと言って、エヴァナにとってティトゥがどうでも良い存在になったという訳ではない。

 しかし、かつては姉という立場でしか、姉というチャンネルでしか接する事が出来なかった相手に対し、エヴァナはそれにプラスしてアンデルス家の者として、三人の子供を持つ母親として接する事が出来るようになった。

 その違いが、昔と同様に姉としてだけ接しているティトゥの感覚にズレを引き起こし、このような違和感を生じさせる原因になっていたのである。


(エヴァナは昔のように私の姉、マチェイ家の娘というだけではない。アンデルス家の次期当主夫人であり、アンデルス家の跡継ぎの母親になったんですわ)


 所属している集団が変われば、本人の立場も変わる。

 それは当たり前の事だ。

 しかしティトゥにとって、姉は非の打ち所のない貴族令嬢であり厳しい鬼教官。その印象があまりにも強烈すぎて、それ以外の彼女を想像する事すら困難になっていたのである。

 これに関してはティトゥだけに責任がある訳ではない。エヴァナも良くなかった。

 昔の彼女は優等生であろうとし過ぎた。特にやんちゃな妹の前では彼女の手本になるべく、一部の隙もない完璧な令嬢を演じていた。そして妹の将来を心配するあまり、彼女にもそれを押し付けてしまった。

 今になればエヴァナも自分がまだ子供だった事が分かっている。

 あの時はあれで良いと思っていた。妹のためになると思っていた。

 しかし、それは狭い価値観に過ぎなかった。良かれと思った善意の押し付けで、結局、妹からは嫌われ、彼女を大の社交界嫌いにしてしまったのである。

 誰の目から見ても優等生な姉と、反骨精神の強い妹の不幸なすれ違い。

 ハヤテ辺りが聞けば、「真面目過ぎる人ってのも周りにとっては迷惑な存在なのかもね」などと言ったかもしれない。


 ――以上の事をティトゥは理路整然と理解した訳ではない。

 だが、彼女なりの肌感覚で、何となく昔の自分と姉の関係が歪だった事。互いに子供だった事。気持ちにすれ違いがあった事を理解した。

 そしてそれが分かったティトゥは――


「だからと言って、納得は出来ませんわ」


 そう呟いて廊下で立ち止まったのだった。


「どうしたのティトゥ?」

「エヴァナ。私はやっぱりあなたの事が嫌いですわ」


 薄々気付いていた事とはいえ、家族から面と向かって嫌いと言われ、流石にエヴァナの表情が曇った。

 息子のイルジークは、母親の悲しそうな顔を見て驚き、問い詰めるような目で美しい叔母を睨んだ。

 ティトゥは少年の厳しい視線を真っ向から受け止めると、逆に彼に向かって手を差し伸べた。

 イルジークは一瞬、戸惑いの表情を浮かべたが、目でティトゥに促され、おずおずとその手を握った。


「だからこれはあなたのためではありませんわ。勿論、いつまでも人間同士の争いを止めない欲深い人達のためでもないし、ハヤテを狙う聞き分けのない将軍達のためでもありませんわ。私とハヤテが動くのは、この小さな手を守るため。小さな命を守るために、私達は敢然と大災害に立ち向かうんですわ」

「大災害? ハヤテを狙う将軍達? ティトゥ、あなた一体何の話をしているの?」


 ティトゥは自分の甥となる少年の手を引いて歩き出した。


「今からみんなにその話をしますわ! エヴァナ、覚悟しておいて頂戴。大陸の命運がかかった一大事。あなたも次期当主の妻なら立ち向かう勇気を持たなければなりませんわよ」


 エヴァナはティトゥとハヤテが、世間では竜 騎 士(ドラゴンライダー)と呼ばれている事を知っている。

 しかし、それでは二人を分かった事にはならない。理解した事にはならない。

 二人を理解する上で最も大事なもの。それはただ一つの認識。


 竜 騎 士(ドラゴンライダー)は普通じゃない。


 二人を知る多くの者達が共通して口にするこの言葉を、この後、彼女は知ることになるのだった。

次回「転がり出したボール」

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― 新着の感想 ―
[良い点] この姉妹いつも末の妹にわからされてるな…(ぉ しかしドラゴンライダーは普通じゃないってフレーズがこんなに多用されることになるとは(笑)
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