その13 空回りのティトゥ
マチェイ家の裏庭に一人ポツンと佇むことしばらく。
何だか人の声が近付いて来るな、と思ったら、着飾った人達がぞろぞろと姿を現した。
どうやら僕も来客に挨拶をしないといけなくなったようだ。
先頭を歩くのはお馴染みティトゥファミリー。
ティトゥとティトゥパパ、ティトゥママとティトゥの弟ミロシュ君だ。
その後ろに続いているのは、ティトゥパパと同世代の中年夫婦。
旦那さんの方は幼稚園児くらいの男の子の手を引き、奥さんの方は三歳児くらいの男の子を抱きかかえている。
初めて見る人達(だよね?)だし、さっき話題に出ていたアンデルス家の当主夫婦と思って間違いないだろう。
という事は――
僕は彼らの後ろにいる赤ん坊を抱いた若い女性を見つめた。
年齢は二十代前半。ブロンド味がかった赤毛は左右にキッチリ分けられ、うなじの所でまとめられている。
ちょっとキツ目の顔立ちにスリムなボディー。隙のない佇まいは、例えて言うならば、やり手のキャリアウーマン、といった感じだ。
なる程、いかにもティトゥが苦手にしそうな相手だ。
この人がティトゥのお姉さんのエヴァナさんなんだろう。
『おお、あれがナカジマ家のドラゴン・・・』
アンデルス家の当主(仮)が驚きの声を上げて立ち止まった。
『何という大きさだ。それにあの異形。この世の物とは思えん』
『お、お爺様・・・』
幼稚園児くらいの男の子が、怯えた表情でアンデルス家の当主(仮)ことお爺様を見上げた。
ティトゥパパが『心配いりませんよ。ハヤテは大人しいドラゴンですから』と、彼らを手招きした。
『だ、だが、檻に入れるどころか、鎖で繋がれてすらいないではないか。もしあの巨体が暴れたらどうするのだ』
しかし、僕を警戒して近付けないアンデルス家の当主(仮)ことお爺様。
まあ、体長十メートル超えの謎生物なんて、普通、怖くて近寄れないよね。
最近、兵士達からやたらと熱のこもった眼差しで見つめられたり、将軍達から欲望にギラついた視線を向けられたりしていたから、こういう真っ当な反応が逆に新鮮に感じられる。
普通っていいよね。
するとティトゥのお姉さん(仮)が赤ん坊を抱いたまま、無造作に僕に近付いて来た。
『こ、これ、エヴァナ!』
『エヴァナさん! 危ないわよ!』
『お母様!』
アンデルス家ファミリーは、慌ててティトゥのお姉さん(仮)を呼び止める。
ていうか、彼らがエヴァナって呼んでるし、(仮)はもう付けなくていいいか。
そして二人の男の子は彼女のお子さんだった模様。そう言えば、子供を二人産んでいて三人目を妊娠中とか言ってたっけ。じゃあこの赤ちゃんが産まれたばかりの三人目の子供って事か。
エヴァナさんは僕を見上げた。
『あなたがハヤテですわね。ようやく会えましたわ。ドラゴンは人間の言葉が分かると聞いているけど本当かしら?』
『サヨウデゴザイマス』
『『『しゃ、喋った!』』』
僕の言葉にギョッと目を剥くアンデルス家ファミリー。
『――驚いたわ。お芝居のドラゴンの話は本当でしたのね。あなたには一度会って、直接お礼を言いたいと思っていましたの』
エヴァナさんはそう言うと頭を下げた。
『ティトゥを――妹を、ネライ卿から解放してくれてありがとうございます。あなたのおかげで妹は救われましたわ』
これが僕とティトゥのお姉さん、エヴァナさんが最初に交わした会話になるのだった。
『ちょっとエヴァナ! 何なんですのそれは!』
ティトゥは何故か声を荒げながら、僕とエヴァナさんの間に割って入った。
『あなた絶対、ハヤテの事とか認めないキャラだったじゃないですの! 私が妖精やドラゴンの話をしても、「いつまで馬鹿みたいな事を言っているザマス!」って、罰として刺繍の課題を増やすようなキャラだったじゃないですの!』
『キャラって何? それにザマスとかそんな言葉、私は一度も使った事はないんだけど。というか、あなたの中で私ってどういう人間になっている訳?』
エヴァナさんはティトゥの大声で赤ん坊が泣き出さないよう、あやしながら答えた。
ティトゥも赤ん坊に罪はないと思ったのだろう。声のトーンを落として話を続けた。
『キャラっていうのは、アレですわ。人間性とかそういった意味ですわ。あなた昔は絶対に現実以外認めないマンだったじゃないですの。それなのにいきなりハヤテに頭を下げるとか。いつの間に宗旨替えでもしたんですの?』
『あなたのように夢見がちじゃなかっただけよ。現実以外は認めないと言うなら、ドラゴンはこの通り、現実にいるんだから、それを認めない方がおかしな話じゃない』
『なっ・・・よくもいけしゃあしゃあと。今の言葉を昔のあなたに聞かせてやりたいですわ。ドラゴンなんて馬鹿馬鹿しい。そんな巨大な体で空を飛べる訳がないし、口から火を吐く生き物なんているはずがない。あなた、そう言って私の言葉を否定してましたわよね』
『そ、それは・・・』
エヴァナさんは言葉に詰まると、申し訳なさそうに僕を見つめた。
『その件については謝罪するわ。まさかドラゴンが本当にいるなんて思わなかったから』
『ホラみなさい! ホラホラ! いい気味ですわ!』
まるで鬼の首を取ったかのように勝ち誇るティトゥ。
なんという小物ムーブ。僕はパートナーのそんな姿を見ているのがいたたまれないよ。
突然のティトゥの大声に、とうとう赤ちゃんが泣き出してしまった。
『びええええええっ』
『よしよし。ビックリしちゃったのね。大丈夫だからね』
ティトゥは気まずそうに顔を逸らした。
アンデルス家当主夫人がエヴァナさんの側に駆け寄った。僕に対しての恐怖よりも、泣いている赤ちゃんを心配する気持ちの方が勝ったようだ。ドラゴン、赤ちゃんに負けるの巻。
アンデルス家当主もおっかなびっくり、夫人に釣られてこちらにやって来た。
『それにしても、ドラゴンというのは随分と大人しい生き物なのだな。シモン殿、俺が触ってみても大丈夫だろうか?』
『ヨロシクッテヨ』
『うおっ! び、ビックリした!』
『本人もこう言っていますし、勿論、構いませんよ』
『そ、そうか。それにしても、なぜドラゴンは男の声をしているのに、女の言葉で喋るんだ? いや、ドラゴンとはそういう生き物なのかもしれないが・・・』
アンデルス家当主は小声でブツブツ呟きながら僕の機体を軽く撫でた。
『冷たい・・・それに硬い。まるで金属のようだ』
『お爺様! 僕はあの大きな翼を触ってみたいです!』
『じゃあ私が抱えて上げようか。ホラ届くかい』
『ありがとうございます!』
『お兄様だけズルい。僕も僕も』
『おうおう、ならばクルストは俺が肩車をしてやろう。よいしょっと』
『わあ、スゴイ! ドラゴンってどこもピカピカだ!』
ピカピカなのはティトゥにブラッシングして貰っているからかな。あ、風防はあまり見ないで。さっきティトゥが叩いた事でちょっと曇ってるかもしれないから。
女性達は赤ちゃんに集まり、残った男性達はドラゴンに夢中になっている。
女性陣の中でも唯一、ティトゥだけはこちらに混ざりたそうな顔で見ているが、自分が赤ちゃんを泣かせてしまった手前、その場を離れ辛いようだ。自業自得なんで諦めよう。
それにしても、ティトゥがあれだけお姉さんの事を毛嫌いしていたから、一体どんな人なのかと思ったら、堅物そうだけど割といい人じゃないか。
最初に僕に対して、妹を助けてくれたお礼を言うって事は、ちゃんとティトゥを心配してくれてたって訳だし。
同じ姉妹でも、妹のクリミラからは一言もそんな話は出なかったからね。
僕の想像の中でクリミラが『あの時はヨナターン家のお屋敷だったし、外の騒ぎもあったからうっかりしていただけだし! ちゃんとハヤテには感謝しているから!』などと訴えている気もするけどそれはさておき。
どうやら中二で貴族然とした相手を嫌うティトゥが、真面目で貴族令嬢として優等生な姉を苦手としていただけだったようだ。
いやまあ、罰として刺繍の課題を増やされた、みたいな事も言っていたから、過去のエヴァナさんにも問題があったのかもしれないけど。
『ティトゥナちゃんの黒い髪は、お父様に似たのかしら』
『あの子の髪は黒というよりグレーだから、ティトゥナはお爺ちゃんに似たんじゃないかしら』
それはそうと、さっきから聞こえるティトゥナという名前が気になって仕方がない。
多分、赤ちゃんの名前なんだろうけど・・・
僕はようやく女性陣から抜け出して、こちらにやって来たティトゥに尋ねた。
「ねえティトゥ。赤ちゃんの名前のティトゥナってひょっとして――」
『・・・ええ。エヴァナが私の名前から付けたと言っていましたわ』
ああ、やっぱりね。
ティトゥは僕の生暖かい視線を察したのだろう。全力で否定を開始した。
『ハヤテは何か勘違いしているみたいですけど、これは別にエヴァナが私の事を意識してどうこうという話じゃないんですわ。エヴァナに関係なく、最近では生まれて来た女の子に私の名前を付ける親が多いそうなんですわ。きっとその人達は、娘がドラゴンに縁がありますように、ドラゴンに気に入られますようにと、そんな思いを込めて私の名前を付けているんですわ。だからこれは私ではなくハヤテの人気にあやかって付けられた名前、ハヤテの人気の現われとも言いかえるべきなんですわ。エヴァナも初めての娘という事で、世間の風潮に合わせたというか、単に流行に乗っただけなんでしょう。だから別に私の名前を付けたという意識はなかったんですわ。きっとそうに決まっていますわ』
ティトゥはここまでほぼ息継ぎなしに一気に喋り切った。
ふむふむなる程。君が言いたい事は良く分かった。
整理しようか。世間では娘に君の名前を付けるのが流行していると。
それは君がこの僕、ドラゴンとパートナーになっているから。
両親としては、将来この子がドラゴンに見初められるような娘に育って欲しい。そんな思いを込めて、娘にティトゥという名を付けている、と。
まあ、君の言いたい事は分かるよ。日本でも自分の子供に有名人の名前を付けるとか良く聞くからね。僕のパチンカスの先輩も、自分の息子に『星矢』って名前を付けてたし。
だから事情は分かる。事情は分かるけど――
「それだとティトゥナにはならないよね。これってティトゥの名前に自分の名前、エヴァナを組み合わせた名前なんじゃない?」
『いやあああああ! それだけは考えないようにしていたのにいいいいいい!』
僕の指摘にティトゥは絶望の悲鳴を上げたのであった。
次回「小さな命を守るために」