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その11 父と母

 ミロスラフ王国軍の陣地を後にした僕達は、港町ホマレへと向かう空の下にいた。


『・・・・・・』


 ティトゥはこの一週間の間、ずっと溜め込んでいた感情を爆発させた反動だろう。顔を伏せたままで黙り込んでいる。

 そして僕は、そんな彼女をどう慰めればいいか分からず、気まずい時間を過ごしていた。

 ええい、ままよ。

 僕は意を決して彼女に声をかけた。


「あのさ、ティトゥ。今日はまだ時間もあるし、もし良かったらだけど、帰りにマチェイの君の実家に寄っていかない?」


 これぞ必殺、僕でダメなら彼女の両親にお願いしようの策である。

 ただの他力本願だって? 分かってるっての。

 彼女の故郷、マチェイという言葉に、ティトゥの肩がピクリと動いた。

 僕は急いで言葉を続けた。


「いやその、ホラ、君も最近忙しくて両親に会っていない訳だし、大災害の事も家族に伝えておいた方がいいんじゃないかと思ってさ」

『・・・そうですわね。もし私達が災害を防げなかったら、二度と生きて家族に会えないかもしれない訳ですものね』


 うっ。た、確かに。あ、いや、僕は決してそんなつもりで言った訳じゃ・・・これってやってしまったか? 里帰りを勧めるには最悪のタイミングだったかもしれない。

 焦る僕に、ティトゥは顔を上げると苦笑した。


『今の言い方は意地悪でしたわね。ごめんなさいね、ハヤテ。私もマチェイに行くのは賛成ですわ。あの様子だと、国に協力して貰うのは難しそうですし、こちらで出来る事は自分達でやっておくべきですわね』


 ティトゥはそう言うと小さくため息をついた。


『・・・さっきのは私もやり過ぎでしたわ。あの人達の身勝手な要求に、ついカッとなってしまいましたの』

「いやいや。ティトゥはこの一週間、良く頑張ってくれたよ。僕こそ、君が大変な思いをしているのを知っていながら、今まで無理をさせてごめんね」


 僕は彼女を慰める言葉が意外とすんなり口から出た事に、内心密かにホッとしていた。

 ティトゥは僕の言葉に少しだけ表情を和らげた。

 どうやら気まずい思いをしていたのは僕だけではなかったようだ。

 ティトゥも自分のしでかした事で――国王との交渉をご破算にしてしまった事で――僕に失望されてしまったのではないかと思い、顔向けができずにいたらしい。

 そんな心配しなくてもいいのに。


『私の方こそごめんなさい』

「いや、僕の方こそ、君にばかり負担をかけちゃって」

『いいえ、私の方こそいつもハヤテに頼ってばかりで』


 僕達はしばしの間、いやいやこちらの方が、いえいえ私の方がと、互いに謝り合った。


『あ~っと、そんな事よりマチェイに行くならここらで進路を変えないと。いいんだよね? ティトゥ」

『りょーかい、ですわ。マチェイも久しぶりですわね』


 こうして僕は少しだけ軽くなった翼で、ティトゥの実家、マチェイの屋敷を目指したのだった。




 ティトゥの実家、マチェイは、王都から馬車で三日ほど南に下った先にある豊かな田園地帯である。

 春を迎え、辺りは見渡す限り小麦が茎立ち(※春になって茎がはえ出たり、伸びたりする事)している。

 僕の姿を見つけた農家の人達が、作業の手を止め、こちらを見あげて目を丸くする。

 僕は追いかけて来る子供達に翼を振って応えながら、のどかな田園風景を横切った。

 そんなこんなで、のどかな田園風景を飛ぶ事少々。やがてティトゥは前方を指差した。


『あっ! ホラあそこ! 屋敷の屋根が見えましたわ!』


 思わぬ里帰りとあって、ティトゥの声も弾んでいる。

 そして僕も彼女に釣られて、すっかり楽しい気分になっている。

 お前チョロ過ぎだろうって? 別にいいだろ。誰かに迷惑をかけてる訳でもないんだし。

 屋敷の上空に到着すると、使用人達がこちらを見あげ、手を振っているのが見えた。

 その時屋敷の中から、一組の夫婦が姿を現した。

 ティトゥパパとティトゥママ。シモン・マチェイとエミーリエ・マチェイの夫婦である。


『ミロシュもいますわ! あの子に会うのも随分久しぶりですわね!』


 あ、ホントだ。ティトゥの弟、マチェイ家の長男、ミロシュ君の姿も見える。

 ミロシュ君は大はしゃぎで、こちらに向かって大きく両手を振っていた。


『屋敷の使用人達を見るのも久しぶりですわね。ミラダ(※屋敷のメイド長)はまだ元気なのかしら?』

「着陸するよティトゥ。安全バンドを締めて」


 ティトゥは僕に返事をするのももどかしく、安全バンドで体を固定した。

 僕は翼を翻すと、マチェイ家の屋敷の裏庭に着陸したのであった。


『・・・ここは全然変わりませんわね』


 ティトゥは風防を開けて立ち上がると、感慨深そうな顔で大きく息を吸った。

 僕達が最後にこの屋敷に戻って来たのは、帝国との戦争が終わった直後。昨年の新年以来となる。

 屋敷も家族も使用人達も、その時と何一つ変わっていない。

 目覚ましく成長を続ける港町ホマレに慣れ切った僕達には、まるで時が止まったかのようなマチェイの屋敷は逆に新鮮に感じられ、心が休まる気がした。


『ティトゥ、お帰り。ハヤテも久しぶり』

『ティトゥ、お帰りなさい』

『――ティトゥ姉さん、お久しぶりです』

『みんな元気そうで何よりですわ』


 ミロシュ君が一瞬、怪訝な表情を浮かべたのはなぜ? って、あ~、ティトゥ(お姉ちゃん)の着ている飛行服が気になったのか。

 まあティトゥ以外、誰も着ているのを見た事が無い服だからね。

 そういや、ティトゥはどこでこのデザインを知ったんだろう?

 いつかどこかのタイミングで聞こうと思ってたのに、すっかり忘れてたな。


 どうやら屋敷の使用人達は、全員、僕達の出迎えのために中庭に集まっているようだ。

 ティトゥは懐かしそうな顔で彼らを見回していたが、ふと何かに気付いた様子でティトゥパパに振り返った。


『ルジェック(※マチェイ家の代官)の姿が見当たりませんわね。用事で村にでも行っているのかしら?』

『彼なら我が家の兵を率いてヴラーベル軍に参加しているよ。出発したのは去年の末だったな』


 ルジェックは大人しい青年で、オットーがまだこの屋敷で代官をしていた時は彼の右腕だった男である。

 彼が兵を率いて参戦したヴラーベル家は、この辺りの土地を治める上士位の貴族家で、マチェイ家の寄り親でもある。

 どうやらルジェックは、ティトゥパパの代わりに兵士を率いて、寄り親の軍に参加。昨年末から国王カミルバルトの指揮の下、隣国ゾルタまで出兵しているようである。

 ひょっとしたら、あの陣地のどこかにいたのかもしれない。

 ティトゥも僕と同じ事を考えたのだろう。何とも言えない微妙な表情を浮かべた。


『どうかしたのかい? まさかルジェックが参加した陛下の軍に何かあったとか?』

『そうなの? ティトゥ。あなた何か知っているの?』

『知っているという程の事は何も。そういえば、帝国の艦隊なら既に国に引き上げたそうですわ』

『はあ?! 帝国の艦隊?! 小ゾルタのピスカロヴァー国王から依頼されて、ヘルザーム伯爵の討伐に向かうと聞かされていたんだが?!』


 ミュッリュニエミ帝国の遠征軍がこの国を脅かしたのは、まだ人々の記憶に新しい。

 なんなら僕とティトゥを題材にしたお芝居がリピートをかける事で、あの時の記憶の風化を防いでいるとも言える。

 そんな帝国軍の名前が出た事で、屋敷の者達はざわめいた。

 ティトゥパパは探るような目で娘と、そして僕を見上げた。


『まさか、また戦場に行ったんじゃないだろうね? ナカジマ家にはまだ参戦の義務はなかったはずだが?』


 出来たばかりのナカジマ家には、五年間、納税と労役、そして兵役の義務が免除されている。

 要は国に納めるはずのお金と労力を使って、五年の間に領地を安定させなさい。という新領主に課せられたタスクなのだ。

 ちなみにナカジマ家は、昨年の夏、内乱を収めるのに協力した功績で、更に五年間、免除の期間が延長されている。

 だからティトゥは、後十年間(既に一年過ぎているから、残り九年間)は、戦争に参加しなくても良い事になっているのである。


『その事なんですが・・・今日は大事な話があって来たんですわ』


 僕が帝国艦隊を追い払った話をするならば、なぜ僕達が戦場に向かったのか、その説明からする必要がある。

 ティトゥは平和なマチェイに住む家族に、大災害の話をしなければならない事を思い出し、少しだけ表情を曇らせたのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ティトゥは久しぶりに実家の屋敷に足を踏み入れていた。

 娘の深刻な顔を見た母エミーリエが、「込み入った話をするなら、こんな庭での立ち話ではなく、屋敷の中でゆっくりしましょう」と提案したからである。

 ティトゥはハヤテから離れるのを渋ったが、当のハヤテから『せっかく実家に帰って来たんだから、家族水入らずで話して来なよ』と言われ、仕方なく母親の言葉に従ったのであった。

 応接間に入ったティトゥは、昔のようにテーブルの下座に座ろうとした所で、父親のシモンに呼び止められた。


「そこはミロシュが座る。お前はこちらの上座に座りなさい」

「でもそこは当主のお父様が座る場所ですわ」

「お前は自分も貴族家の当主という事を忘れていないかい。そして私は下士の当主で、お前は小上士の当主だ。確かにここには家族しかいないが、こういった事は日頃から心掛けるようにしておかないといけないよ。どこかで無意識に出て恥をかいてからでは遅いからね」


 父親にそう諭され、ティトゥは落ち着かない気持ちで上座に腰を下ろした。

 さて、どこから話したものか。

 ティトゥは言葉を探して黙り込んだ。

 家族は彼女が話し始めるのをジッと待っている。

 そこでふとティトゥは家族がいつもより着飾っている事に気が付いた。


「それはそうと、今日はこれからどこかに出かける予定でもあったんですの? いつも着ている服ではないみたいだけど」


 それは何の気なしに尋ねた言葉だった。

 用事があるなら長話をするのも悪い。

 その程度の軽い気遣いから出た質問だった。

 しかし、彼女の親切心は最悪の返事で裏切られる事になった。

 ティトゥの弟、ミロシュは、嬉しくてたまらないといった感じで姉の問いかけに答えた。


「いいえ。ウチにアンデルス様がお泊りに来られるので、これはそのための準備です。それにしても今日は素晴らしい日ですね。上の姉さんに会えるだけでも嬉しいのに、ティトゥ姉さんにまで訪ねて来てくれるなんて」

「上の姉さん?! まさかエヴァナが帰って来るんですの?!」


 ティトゥはギョッと目を剥くと、イスを蹴倒す勢いで立ち上がった。

 アンデルス家はマチェイ家と同じくヴラーベル家の寄子。ティトゥの上の姉、マチェイ家の長女エヴァナの嫁ぎ先でもあった。


「冗談じゃないですわ!」


 ティトゥは顔色を変えると、すわっ一大事と慌てて部屋から飛び出したのだった。

次回「マチェイ家の長女」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「あー、心身ともに疲労のひどいティトゥを休息させる為に実家にね…なるほどなるほど」と思ったら長女フラグが立って驚きました いつか出るとは思っていましたが
[一言] よかった ずっと気になってた長女がとうとう登場♪ このまま出ないのかとヒヤヒヤしてましたwww 個人的にミロシュにはファル子とハヤブサと会って欲しかったかなw
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