その9 女性の長電話
数秒の呼び出し音の後、ビデオ通話モードで相手とつながった。
小バラクことスマホの画面に映っているのは、グレーの髪色の少女と少年。
小叡智の姉弟、カルーラとキルリアである。
「あ、もしもしハヤテだけど。今大丈夫?」
『ん。問題無い。というか、なんでいつも最初に名前を言うの?』
カルーラは軽く小首を傾げた。
なんでって言われても、電話を掛ける時のクセ、かな?
これが僕達専用の直通回線なのは分かっているんだけど、喋り慣れた定型文から入らないと話し辛いというか。これって僕だけ?
『そっちは・・・あまり大丈夫じゃない感じ?』
カルーラの言葉に、沈んだ顔をしていた僕のパートナーは大きなため息をついた。
『はあ~。私なら心配いりませんわ。ただちょっと、こちらの話し合いが上手くいっていないだけ――って、コラ、ファルコ! 大人しくなさい!』
「ギャウー!(イヤー!)」
ティトゥは退屈してむずがるファル子を抱きかかえた。
『ああもう。カーチャ、この子をお願い!』
『わ、分かりました。ファルコ様、庭に散歩に行きましょうか』
「ギャウギャウ(ハヤブサ、あんたも付いて来なさい)」
「ギャーウー(え~、まあいいよ)」
ファル子とハヤブサのリトルドラゴンズは、メイド少女カーチャに連れられて僕のテントを出て行った。
二人がいなくなった事で、画面の向こうのカルーラが露骨にガッカリした顔になった。
『・・・それで今日も私達はティトゥの愚痴を長々と聞かされるの?』
『ちょ、カルーラ姉さん、いくらなんでも失礼じゃない?!』
『ええ、ええ、聞いて頂戴。ホントになんであの人達はこうも話が通じないのかしら』
ぶっちゃけるカルーラに慌てるキルリア。ティトゥは二人の事を気にする事もなく、国王カミルバルト傘下の将軍達に対しての不満をぶちまけ始めた。
触らぬ神に祟りなし。
僕は彼女の気持ちが落ち着くまで好きに話させる事にしたのだった。
ネライの手余し者こと、ヤヒーム・ネライの襲撃を受けた翌日。
僕とティトゥは前日と同じ時間に、カルリアの地のミロスラフ王国軍陣地へとやって来た。
相変わらず帝国艦隊の姿は見えない。後で聞いた話だと、あの日から艦隊どころか船一隻、姿を見せていないそうだ。
昨日の今日という事もあり、僕はちょっとだけビクビクしながら、指示された場所に着陸した。
ティトゥは用心深く辺りを見回した。
『・・・一応、大丈夫そうですわね。ワンチャン、昨日の事で兵士達に逮捕されるんじゃないかと警戒していたけど、この様子だと問題なさそうですわ』
「ちょ、ティトゥ! 逮捕とか怖い事を言わないでよ!」
それと『ワンチャン』の使い方が違うから。それだとまるで逮捕されるのを期待していたみたいに聞こえるから。
アダム特務官が神妙な面持ちでティトゥの前に立った。
『ナカジマ殿。今日の案内は部下にさせますがどうかご容赦下さい。昨日のような事は絶対に起きないよう、私自らが全身全霊を持ってハヤテ様を護衛致します』
『イタガキ特務官になら安心してお任せ出来ますわ』
ティトゥは納得顔で頷いた。あ、イタガキはアダム特務官の名字ね。
まあ、アダム特務官の信用度はともかく、単純に護衛の騎士の数が昨日の倍以上に増えているからね。ティトゥもそれを見て安心したのだろう。
こうしてティトゥは、アダム特務官の部下の案内で国王カミルバルトの待つ本部へと向かったのだった。
彼女の姿がテントの向こうに消えると、アダム特務官は昨日の事件のその後について説明してくれた。
ヤヒームと彼の部下の二人の騎士は、僕が予想していた通り、死体となって川から発見されたそうだ。
分かっていた事とはいえ、僕は少し憂鬱な気分になった。
『陛下はこの件を事故として処理したいとのお考えです。ハヤテ殿にも思う所はあるでしょうが、我々やナカジマ殿の立場を汲んで、どうか納得して頂けないでしょうか?』
事故として処理、か。
思う所があるかないかで言えば、当然、なくはない。
とはいえ、あの事件は完全にヤヒームの独断で、ネライ家は全く関与していないそうだ。
だったら、既に当事者がこの世からいなくなっている以上、ネライ家に責任を追及しても仕方がないのかな?
僕の方にも(いくらそのつもりは無かったとはいえ)ヤヒームとネライ家の騎士二人の命を奪ってしまったという負い目があるし。
・・・まあ、ネライ家が関わっていないというのは、あくまでもアダム特務官がそう言ったというだけで、真実かどうかは定かではないんだけど。
けどまあ、あのヤヒームなら独断専行とかやらかしそうだし、まるっきりのウソとも思えない。周りからもネライの手余し者(※迷惑者や厄介者という意味)とか呼ばれていたらしいし。
ここはお互いに痛み分け、犬に噛まれたとでも思って我慢するのが吉だろう。
幸い、こちらには何の被害も無かった訳だし。
『ヨロシクッテヨ』
『! そうですか?! 助かります! これで後はナカジマ殿が納得してくれれば問題ありませんな!』
あ~、その問題があったか。ティトゥは僕が傷付けられた事に、大分怒っていたからなあ。
ちなみに翼に空いた穴は、一晩で粗方塞がっている。
補助翼の破損については、一応、不完全ながらも動かせるようになった感じ。明日か明後日辺りには、ほぼ元通りになっているんじゃないだろうか?
我ながら頼もしい回復力である。
そんなこんなで、アダム特務官と話をしながら待つ事しばらく。
ティトゥが憮然とした顔でこちらに戻って来た。
「お帰り。昨日の事ならアダム特務官から聞いたよ。事故として処理する事になったんだってね」
『そうみたいですわね』
ティトゥは不機嫌な表情のまま、操縦席に乗り込んだ。
事件の処理について怒っているんじゃないの?
『不機嫌にも悪くなりますわ。みんな私の話なんてすっかり忘れていたんですわよ』
国王カミルバルトを始めとした将軍達は、みんな昨日ティトゥが話した事を――大災害に対しての警告について――忘れていたんだそうだ。
ティトゥがその話を切り出した途端、『ああ、そういえば』みたいな顔をしたらしい。
どうやら重要度の低い話として記憶の底に沈んでいたようだ。
それだけヤヒームの件のインパクトが大き過ぎたのだろう。
『あれだけ説明したのに、一体何なんですの? 国王陛下も国王陛下ですわ。昨日は唯一、私の言葉に理解を示して下さったと思っていたのに』
ティトゥの文句が止まらない。
こんな人目がある所で軍の首脳陣の批判とか、もし誰かの耳にでも入ったらナカジマ家が取り潰されてしまうんじゃないだろうか?
僕は慌てて風防を閉めると、ティトゥの声をかき消すようにエンジンをかけた。
「とりあえず今日の所はもう話し合いは終わったんだね? 屋敷に帰ってもいいんだね?」
『ええ、これから軍議があるから忙しいそうですわ。全く、大陸の危機というのに軍議の方が大事なんですの? わざわざ教えに来てあげたというのに――』
『マエ ハナレー!』
余程、将軍達の反応が腹に据えかねたのだろう。
ブツブツと文句の止まないティトゥに、僕はエンジンをブースト。
慌ただしくミロスラフ王国軍の陣地を後にしたのだった。
というような事があってから数日。
僕達は連日、同じ時間になるとミロスラフ王国軍の陣地を訪ねていた。
今の所、手応えは全くない。
だからと言って、何もしないと後回しにされた挙句に忘れられそうだし、そうなったら困るのは僕達だ。まあ、最終的には、大陸の人達全員が大災害の被害に遭ってしまう事になる訳だが。
幸い、初日に僕が帝国艦隊を追い払った事で、帝国艦隊に対しての切り札として見込まれているらしく、毎日訪ねに行っても嫌がられるような事はなかった。
とはいえそれも良し悪しで、ヤヒームのような極端な行動に出る者こそいなかったものの、どうやら水面下で僕を勧誘しようとする動きはあるらしい。
僕を護衛してくれるアダム特務官は、緊張感に張り詰めた空気を漂わせていた。
そうそう。そう言えば、この間聖国メイドのモニカさんが、『ここで聞いた大災害の話を本国に伝えたい』『手紙では正確に伝わらないと思うので、自分で直接説明したい』と言っていたので、彼女を聖国王城に送り届けてあげたんだった。
大陸規模の災害ともなれば、いかに海を隔てたランピーニ聖国といえども無関係ではいられない。
少しでも多くの人に話を伝えて、大災害に備えて欲しいものである・・・とは思うものの、ミロスラフ王国軍の将軍達の話を聞いている限り、難易度は高いかもしれない。
ちなみにカルーラ達もチェルヌィフの王城に働きかけているそうだが、こちらも反応は芳しくないようだ。
『ちょっとタイミングが悪かった』
『ええ。今はベネセ家の本領の城塞都市アンバーディブが陥落した直後という事もあって、王城内も人の出入りが多いんです。もう少し時間が過ぎれば落ち着きを取り戻すと思うのですが』
一年間続いた内乱が終結した直後とあって、チェルヌィフの王城はかなりごたついているようだ。
成り行きとはいえ、ベネセ家の降伏に一役買ってしまった僕達としては、自分達の行動が巡り巡って自分の足を引っ張った形となる。
僕とティトゥは毎日、ミロスラフ王国軍の陣地を訪ねては国王に面会し、屋敷に戻った後はカルーラに長電話をして愚痴を聞いてもらう、という生活を続けていた。
今の所、ティトゥは辛抱強く国王達の説得を続けてくれている。
僕も事前に相談に乗る事くらいは出来るが、プレゼン自体は全て彼女に任せざるを得ない。
彼女の苦労を考えれば、せめて愚痴を聞かされるのを我慢するくらいはすべきだろう。
こうして何の進展もなく一週間が過ぎた。
そして遂にミロスラフ王国軍の本陣に待望の情報がもたらされた。
帝国艦隊がヘルザーム伯爵ミコラツカの港を抜錨。帝国本土に撤退したというのだ。
カルリア河口を巡る戦いはミロスラフ王国軍の勝利に終わったのである。
次回「帝国艦隊の撤退」