その7 失意の帰宅
僕は動力移動でゆっくりとティトゥの下へと向かった。
辺りにネライ騎士は見当たらない。というか、国王カミルバルトがこの場にいる時点で、いたとしてもさっきのような勝手なマネは出来ないのだが。
「ゴメンねティトゥ。勝手に飛んでって。ちょっとゴタゴタがあったから」
『ええ、ええ。無事で良かったですわ』
どうやらティトゥは王都騎士団の騎士から――あるいはここで様子を見ていた兵士達から――大まかな事情は聞かされていたようだ。
心配そうな顔で僕を見上げた。
良く見ると、国王カミルバルトの後ろには、立派な鎧を着た騎士達が立ち並んでいる。
年齢といい、貫禄のある姿といい、この軍の首脳陣。カミルバルト旗下の将軍達といった所か。
騒ぎを聞きつけて、全員ここに集まったようだ。
『ハヤテ殿』
立派な髭の騎士、アダム特務官が僕に声を掛けた。
『ハヤテ殿の背中には誰も乗っておられないようですが、ネライ軍の指揮官はどうなったのでしょうか? 騒ぎを起こしたネライ家騎士団の者達から聞いた話では、指揮官はハヤテ殿に乗ったまま飛び去った、との事でしたが』
ネライ家騎士団の指揮官――ヤヒームの事か。
僕は彼の最後を思い出し、石を呑んだような重い気分になった。
『・・・カワニ オチタ』
『川に?! どの辺りに落ちたか、詳しい場所は分かりますか?』
僕は思い出せる限り正確な場所を彼に告げた。
『ミズバシラ ミテルヘイシ イルカモ』
『なる程。それは場所の目安になりそうですね。分かりました、周辺の兵に聞いてみます。では失礼』
アダム特務官がこの場を去ると、国王カミルバルトが前に進み出た。
『ハヤテよ、事情は聞いた。災難だったな』
『災難?! 災難の一言で片付けるんですの?! その人はハヤテを自分の物にしょうとしたんですのよ?!』
ちょ、ティトゥ。
自分の国の国王に食って掛かる彼女に、僕の方が慌ててしまった。
『いくら相手がネライ家の貴族といえども、そんな身勝手は許せませんわ! 断固、ネライ家に抗議致しますわ!』
断固抗議って、もう当事者のヤヒームはこの世にいないんだけど・・・。
いやまあ、実際に彼の死体を見たわけじゃないけど、状況的に助かったとは思えないと言うか。
その辺は、いずれアダム特務官が戻って来た時にハッキリするだろう。
カミルバルトは困った顔をすると声を潜めた。
『――スマンがネライ家を訴えるのは思いとどまってくれ。俺もハヤテを襲ったヤヒームには、何度か手を焼かされた覚えがあるが、そもそもアレは家柄で指揮官に据えられているだけで、本来、騎士団を動かす権限は与えられていないのだ。それはネライ軍の将軍――実質的なネライ軍の指揮官にも確認している。今回の件は完全にヤツ個人の独断によるもの。ハヤテの力に目がくらんだヤツの暴走なのだ』
どうやらヤヒームは僕の見立て通りにお飾りの指揮官だった模様。やたらとピカピカの鎧だったし、一度も戦場に出たことは無かったのだろう。
ヤヒームは地元では『ネライの手余し者』と呼ばれ、煙たがられていたんだそうだ。
『テマワシモノ?』
『厄介者とか迷惑者、嫌われ者といったような意味の言葉だな』
ああ、なる程。僕はヤヒームの人の言葉を聞かない尊大な態度を思い出して納得した。
『ネライ家の騎士団も、ハヤテと同じくヤヒームの暴走に巻き込まれた被害者と言える。悪いのはヤヒームだ』
「ティトゥ、君が心配してくれたのは嬉しいけど、僕はこうして無事だったんだし、これ以上カミルバルト国王に噛みつくのは止めておこうよ。君の立場が悪くなるだけだよ」
『・・・ハヤテがそう言うのなら、仕方がありませんわね。ならば、せめてそのヤヒームという人には罰を与えて頂けますわよね?』
カミルバルトは『無論だ』と頷いた。
いやだから、罰も何もヤヒームはもう死んでいるんだって・・・って、まだ説明してなかったんだっけか。
僕が口を開くより先に、ティトゥはヒラリと翼の上に飛び乗った。
『では今日の所は帰りますわ。ハヤテ、飛べますわよね?』
「え? ああ、勿論だけど、このまま帰っていい訳?」
取り調べとか受けるんじゃないかと思っていたんだけど。
どうやら僕が空を飛んでいる間に、二人の間で話がついていたらしい。
今日の所は帰って、また明日、出直して来る事になったようだ。
まあ一応、こちらは被害者になる訳だしね。
『これは・・・酷いですわ』
ティトゥは翼に空いた穴を見つけて目を見開いた。
ネライ騎士がナイフを突き立てた穴だ。
ていうか、いくら戦車のように装甲されていないとはいえ、四式戦闘機の外板は金属板だ。
つまりナイフで鍋に穴を空けるようなものなのだ。これって結構スゴくない?
機体に付いたキズを見ているうちに、襲撃者に対しての怒りがぶり返したのだろう。ティトゥは奥歯をギュッと噛みしめた。
『・・・ヤヒームにはちゃんと償って貰わなければなりませんわね。――前離れー! ですわ!』
ティトゥは操縦席に乗り込むと、苛立ちをぶつけるように叫んだ。
バババババ・・・
プロペラが回り出すと、集まっていた兵士達が慌てて距離を取った。
ゴオオオオオオ・・・
フラップの調子が悪いせいか、いつもより揚力が足りない気がする。――いやまあ、気のせいなんだろうけど。
どうやら僕も神経質になっているようだ。
『ハヤテ?』
「なんでもない」
タイヤが地面を切ると、僕は大空へと舞い上がったのであった。
ティトゥは下を見下ろそうとして、風防に付けられたキズに気が付いた。
彼女は細い指でそっとなぞると、『こんな所まで傷付けられて』と小さく呟いた。
「そう言えば、さっきの騒ぎで忘れていたけど、君の方はどうだったんだい?」
『? 私の事ですの?』
ティトゥは怪訝な表情で僕に振り返った。
「いや、僕達の目的はマナ爆発についての警告をする事だったよね。国王に話しは出来たんだよね?」
『そう言えばそうでしたわね』
本気で忘れてた訳?
いやまあ、それだけ僕の事を心配してくれていたんだろうけど。
『その事なんですけど・・・』
ティトゥは途端に沈んだ表情になった。
・・・・・・(※ティトゥ説明中)
・・・・・・(※説明終了)
「・・・はあ。そうなんだ」
『ち、ちゃんと説明はしたんですのよ! 実際、陛下は事態を重く受け止めてくれた――ような気がしましたわ! こんな感じで考え込んでいたし、多分、あれは分かってくれていた反応でしたわ!』
いや、別に君に文句を言ってる訳じゃないから。だからそんなに焦って言い訳をしなくていいから。
しかし、そうか。みんなには理解して貰えなかったのか。
ティトゥはポツリと呟いた。
『結局、今日の事は無駄手間だったんですわね』
「そうなる、のかな。残念ながら」
ティトゥの話は将軍達の心を掴む事が出来ず、僕は僕でヤヒーム率いるネライ騎士団の襲撃を受けてしまった。
これでは目的を果たすどころか、散々な結果、失敗だったと言ってもいいだろう。
ティトゥはカミルバルトから、明日もまた同じ時間に来るように言われたらしいが・・・
「その時までには少しは将軍達も落ち着いて、事態を重く捉えていてくれたらいいんだけど」
『あの様子だと期待は出来そうにありませんわ』
余程、今日のプレゼンに手ごたえを感じられなかったのだろう。ティトゥは諦め顔で小さくため息をついた。
だが、僕達だけで出来る事などたかが知れている。
なにせ大陸中の命が危険に晒されているのだ。一度や二度失敗したからと言って、そこで諦める訳にはいかない。
――とは分かってはいるんだけど、流石に今日の出来事は堪えたよ・・・。
こうして僕とティトゥは沈んだ気持ちのまま、港町ホマレのティトゥの屋敷に戻ったのであった。
次回「周囲の目」