表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
721/784

その7 失意の帰宅

 僕は動力移動(タキシング)でゆっくりとティトゥの下へと向かった。

 辺りにネライ騎士は見当たらない。というか、国王カミルバルトがこの場にいる時点で、いたとしてもさっきのような勝手なマネは出来ないのだが。


「ゴメンねティトゥ。勝手に飛んでって。ちょっとゴタゴタがあったから」

『ええ、ええ。無事で良かったですわ』


 どうやらティトゥは王都騎士団の騎士から――あるいはここで様子を見ていた兵士達から――大まかな事情は聞かされていたようだ。

 心配そうな顔で僕を見上げた。

 良く見ると、国王カミルバルトの後ろには、立派な鎧を着た騎士達が立ち並んでいる。

 年齢といい、貫禄のある姿といい、この軍の首脳陣。カミルバルト旗下の将軍達といった所か。

 騒ぎを聞きつけて、全員ここに集まったようだ。


『ハヤテ殿』


 立派な髭の騎士、アダム特務官が僕に声を掛けた。


『ハヤテ殿の背中には誰も乗っておられないようですが、ネライ軍の指揮官はどうなったのでしょうか? 騒ぎを起こしたネライ家騎士団の者達から聞いた話では、指揮官はハヤテ殿に乗ったまま飛び去った、との事でしたが』


 ネライ家騎士団の指揮官――ヤヒームの事か。

 僕は彼の最後を思い出し、石を呑んだような重い気分になった。


『・・・カワニ オチタ』

『川に?! どの辺りに落ちたか、詳しい場所は分かりますか?』


 僕は思い出せる限り正確な場所を彼に告げた。


『ミズバシラ ミテルヘイシ イルカモ』

『なる程。それは場所の目安になりそうですね。分かりました、周辺の兵に聞いてみます。では失礼』


 アダム特務官がこの場を去ると、国王カミルバルトが前に進み出た。


『ハヤテよ、事情は聞いた。災難だったな』

『災難?! 災難の一言で片付けるんですの?! その人はハヤテを自分の物にしょうとしたんですのよ?!』


 ちょ、ティトゥ。

 自分の国の国王に食って掛かる彼女に、僕の方が慌ててしまった。


『いくら相手がネライ家の貴族といえども、そんな身勝手は許せませんわ! 断固、ネライ家に抗議致しますわ!』


 断固抗議って、もう当事者のヤヒームはこの世にいないんだけど・・・。

 いやまあ、実際に彼の死体を見たわけじゃないけど、状況的に助かったとは思えないと言うか。

 その辺は、いずれアダム特務官が戻って来た時にハッキリするだろう。

 カミルバルトは困った顔をすると声を潜めた。


『――スマンがネライ家を訴えるのは思いとどまってくれ。俺もハヤテを襲ったヤヒームには、何度か手を焼かされた覚えがあるが、そもそもアレは家柄で指揮官に据えられているだけで、本来、騎士団を動かす権限は与えられていないのだ。それはネライ軍の将軍――実質的なネライ軍の指揮官にも確認している。今回の件は完全にヤツ個人の独断によるもの。ハヤテの力に目がくらんだヤツの暴走なのだ』


 どうやらヤヒームは僕の見立て通りにお飾りの指揮官だった模様。やたらとピカピカの鎧だったし、一度も戦場に出たことは無かったのだろう。

 ヤヒームは地元では『ネライの手余し者』と呼ばれ、煙たがられていたんだそうだ。


『テマワシモノ?』

『厄介者とか迷惑者、嫌われ者といったような意味の言葉だな』


 ああ、なる程。僕はヤヒームの人の言葉を聞かない尊大な態度を思い出して納得した。


『ネライ家の騎士団も、ハヤテと同じくヤヒームの暴走に巻き込まれた被害者と言える。悪いのはヤヒームだ』

「ティトゥ、君が心配してくれたのは嬉しいけど、僕はこうして無事だったんだし、これ以上カミルバルト国王に噛みつくのは止めておこうよ。君の立場が悪くなるだけだよ」

『・・・ハヤテがそう言うのなら、仕方がありませんわね。ならば、せめてそのヤヒームという人には罰を与えて頂けますわよね?』


 カミルバルトは『無論だ』と頷いた。

 いやだから、罰も何もヤヒームはもう死んでいるんだって・・・って、まだ説明してなかったんだっけか。

 僕が口を開くより先に、ティトゥはヒラリと翼の上に飛び乗った。


『では今日の所は帰りますわ。ハヤテ、飛べますわよね?』

「え? ああ、勿論だけど、このまま帰っていい訳?」


 取り調べとか受けるんじゃないかと思っていたんだけど。

 どうやら僕が空を飛んでいる間に、二人の間で話がついていたらしい。

 今日の所は帰って、また明日、出直して来る事になったようだ。

 まあ一応、こちらは被害者になる訳だしね。


『これは・・・酷いですわ』


 ティトゥは翼に空いた穴を見つけて目を見開いた。

 ネライ騎士がナイフを突き立てた穴だ。

 ていうか、いくら戦車のように装甲されていないとはいえ、四式戦闘機の外板は金属板だ。

 つまりナイフで鍋に穴を空けるようなものなのだ。これって結構スゴくない?

 機体に付いたキズを見ているうちに、襲撃者に対しての怒りがぶり返したのだろう。ティトゥは奥歯をギュッと噛みしめた。


『・・・ヤヒームにはちゃんと償って貰わなければなりませんわね。――前離れー! ですわ!』


 ティトゥは操縦席に乗り込むと、苛立ちをぶつけるように叫んだ。


 バババババ・・・


 プロペラが回り出すと、集まっていた兵士達が慌てて距離を取った。


 ゴオオオオオオ・・・


 フラップの調子が悪いせいか、いつもより揚力が足りない気がする。――いやまあ、気のせいなんだろうけど。

 どうやら僕も神経質になっているようだ。


『ハヤテ?』

「なんでもない」


 タイヤが地面を切ると、僕は大空へと舞い上がったのであった。




 ティトゥは下を見下ろそうとして、風防に付けられたキズに気が付いた。

 彼女は細い指でそっとなぞると、『こんな所まで傷付けられて』と小さく呟いた。


「そう言えば、さっきの騒ぎで忘れていたけど、君の方はどうだったんだい?」

『? 私の事ですの?』


 ティトゥは怪訝な表情で僕に振り返った。


「いや、僕達の目的はマナ爆発についての警告をする事だったよね。国王に話しは出来たんだよね?」

『そう言えばそうでしたわね』


 本気で忘れてた訳?

 いやまあ、それだけ僕の事を心配してくれていたんだろうけど。


『その事なんですけど・・・』


 ティトゥは途端に沈んだ表情になった。


 ・・・・・・(※ティトゥ説明中)

 ・・・・・・(※説明終了)


「・・・はあ。そうなんだ」

『ち、ちゃんと説明はしたんですのよ! 実際、陛下は事態を重く受け止めてくれた――ような気がしましたわ! こんな感じで考え込んでいたし、多分、あれは分かってくれていた反応でしたわ!』


 いや、別に君に文句を言ってる訳じゃないから。だからそんなに焦って言い訳をしなくていいから。

 しかし、そうか。みんなには理解して貰えなかったのか。

 ティトゥはポツリと呟いた。


『結局、今日の事は無駄手間だったんですわね』

「そうなる、のかな。残念ながら」


 ティトゥの話は将軍達の心を掴む事が出来ず、僕は僕でヤヒーム率いるネライ騎士団の襲撃を受けてしまった。

 これでは目的を果たすどころか、散々な結果、失敗だったと言ってもいいだろう。

 ティトゥはカミルバルトから、明日もまた同じ時間に来るように言われたらしいが・・・


「その時までには少しは将軍達も落ち着いて、事態を重く捉えていてくれたらいいんだけど」

『あの様子だと期待は出来そうにありませんわ』


 余程、今日のプレゼンに手ごたえを感じられなかったのだろう。ティトゥは諦め顔で小さくため息をついた。

 だが、僕達だけで出来る事などたかが知れている。

 なにせ大陸中の命が危険に晒されているのだ。一度や二度失敗したからと言って、そこで諦める訳にはいかない。

 ――とは分かってはいるんだけど、流石に今日の出来事は堪えたよ・・・。

 こうして僕とティトゥは沈んだ気持ちのまま、港町ホマレのティトゥの屋敷に戻ったのであった。

次回「周囲の目」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、やっぱり具体性が全く無くてハヤテ達すら何がどうなるかって雲をつかむような話で協力を取り付けようってのは無理な話だな、ドラゴンが言う事だからってナカジマ領のメンツも止められなかったんだろ…
[気になる点] まぁ、なんやかわやでヤヒーム個人のせいで終わりそうだけど、ネライ家当主のロマオは気が気でないだろうね。 山を崩す現場見ているし。化け物じみたハヤテを怒らせたらいけないと身を以て感じ知っ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ