その5 ネライの手余し者
僕はアダム特務官の案内で、国王カミルバルトの下に向かうティトゥの背中を見送った。
後は彼女が上手く説得してくれるのを信じて待つだけである。
(・・・退屈だな)
四式戦闘機に転生してからこちら。
こうやって待たされる場面は幾度となくあったし、なんならいい加減、一人で待たされるのにも慣れていたつもりだった。
(スマホ依存症かも)
僕は計器盤の上に鎮座ましましているスマホこと、小バラクを見つめた。
僕も転生前は現代人だった事もあり、時間が空けばスマホをいじっていた気がする。
転生してからはそんな事もなくなったが(というか、この世界にはスマホが無かったせいだが)、つい先日、僕はバラクから彼の子機、小バラクを預かってしまった。
そんなせいか、この何もしていない時間がどうにも手持ち無沙汰で仕方がない。
僕は周囲を取り囲む兵士達を見回した。
(こっそり小バラクと話をしていたらダメだろうか? ダメだろうな)
きっと彼らの目には、自分達の知らない言葉でブツブツと呟き続ける奇妙な生物に映るに違いない。
それでも別に構わない。と割り切るには、前世の両親から受け継いだ世界屈指の空気読み人種、日本人のDNAが濃すぎるようだ。
(仕方がない。昨日の夜、小バラクから聞いた海防艦の歴史でも振り返っていようかな)
海防艦って僕は存在くらいしか知らなかったから、結構、興味深かったんだよね。
今思えばプラモデルとか作っておけば良かった。
そんな事を考えていると、野次馬をしていた兵士達の間にざわめきが広がった。
『どけ! 平民共が邪魔をするな! こちらにいらっしゃるのはネライ家のヤヒーム様だぞ! 道を空けろ!』
兵士達が慌てて場所を空けると、揃いの鎧に身を固めた二十人程の騎士の姿が現れた。
彼らに囲まれている、ピカピカの鎧の騎士が、そのヤヒーム様とやらなのだろうか?
ネライ家のヤヒーム。聞いた事のない名前だ。
ヤヒーム(仮)は僕を見上げた。
『へえ。これがナカジマ家のドラゴンか。コイツを手に入れれば、本家もこの俺を見直さざるを得ないだろうよ』
ああ、うん。なんかダメそうなヤツだコレ。
ヤヒーム(仮)は二十代後半。あるいは若作りなだけで三十歳を越えているのかもしれない。
ブルドッグのような顔は、日焼け止め効果を狙ってだろうか、白粉? ドーラン? が塗られていて真っ白だ。
顔が映り込みそうな程ピカピカに磨かれた鎧を見ていると、ここが戦場である事を忘れそうになる。
実際、一人でこんな所に現れた所から見ても、彼は陣地にはいても戦闘には参加していなかったんだろう。
部隊の指揮を任されているのは他の将軍。
彼はお飾りの指揮官、という訳だ。
アダム特務官から僕の護衛を任されていた騎士が、慌ててヤヒーム(仮)の前に立ちはだかった。
『お待ち下さい! ドラゴンには誰も近付けさせないよう、命じられております!』
『何っ! 貴様、ヤヒーム様に逆らうのか!』
『我々がネライ家騎士団という事が分からぬか! この無礼者! ヤヒーム様がそのドラゴンをお求めになっておられるのだ! 邪魔をするでない!』
『なっ?!』
ネライ家騎士団の言葉に、護衛の騎士達は驚きに目を見開いた。
『我々は王都騎士団ぞ! その我々の言葉が聞けんというのか!』
『我々が従うのは七列侯筆頭ネライ家のみ! 王都の衛兵ごときに指図されるいわれはない!』
ネライ家騎士団と護衛の騎士――王都騎士団員達は一触即発。距離を空けてにらみ合った。
かかわりを恐れた兵士達が、慌ててこの場から逃げて行く。
ちなみに列侯とは建国に功のあった七家の貴族家の事で、正確に言えば、昨年ティトゥのナカジマ家も列侯の称号を賜っているから、今は七列侯ではなく八列侯と言うべきである。
そしてネライ家はナカジマ家のお隣さんで、”西のネライ、東のメルトルナ”と呼ばれる、この国の二大貴族の片割れ・・・だったが、東のメルトルナは昨年夏の反乱の首謀者としてかつての力を失っているため、今ではこの国でナンバーワンの貴族家と言ってもいいだろう。
そういった意味では、ネライ家の騎士団におごりがあるのも無理はない。
だからといって、王都騎士団の事を衛兵扱いするのは、やり過ぎなんじゃないかと思うけど。
王都騎士団の騎士が、ヤヒーム(仮)に訴えた。
『ヤヒーム様! 今ならまだ取り返しが付きますぞ! このような事をすればどうなるか!』
『どうなるか、だと?』
ヤヒーム様と呼ばれてヤヒーム(仮)が答えたという事は、どうやらヤヒーム(仮)はヤヒームで正しかったようだ。
ヤヒームは下らなさそうに鼻を鳴らした。
『ナカジマ家ごときが何を言って来ようが関係あるか。ペツカ地方は湿地帯と小さな村しかない僻地でしかない。ネライ家と王家の援助金がなければやっていけないくせに、ネライ家に文句など言えるはずがないだろうが』
どうやらヤヒームの中では、ペツカ地方の情報は二年前――まだネライ家の領地の一部だった頃から、一切アップデートされていないらしい。
港町ホマレが発展している事も、そのホマレにネライ領から領民が流れている事も、彼の耳には届いていないようだ。
あるいは届いてはいるものの、興味のない情報は右から左にスルーしているのかもしれない。
聞き分けのないヤヒーム。そして高圧的で一歩も引く気のないネライ騎士団に、王都騎士団の騎士達は焦りの表情を浮かべた。
ていうか、マズイな。
ネライ騎士団の人数は二十人と少々。十四五人の王都騎士団員とでは十人近い戦力の開きがある。
力押しで来られたら単純に止めようがない。
安全のためには、一旦、空に退避しておいた方がいいのかもしれないけど・・・
僕はティトゥが去って行った方角を見つめた。
今ここで逃げ出すと、ティトゥを置いて行く事になってしまう。
僕がためらったのは僅かな時間だった。しかし、そのほんの十秒程の時間で事態は悪化してしまった。
ヤヒームは苛立ちも露わに騎士達を怒鳴り付けた。
『ええい、いつまでそうしているつもりだ! ドラゴンさえこちらで押さえてしまえば後はどうとでもなる! 早く行かんか!』
『ははっ!』
『来るぞ! ここを通すな!』
わああああああああっ!
ネライ家騎士団と王都騎士団がついに激突した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ネライの手余し者。
ヤヒームは領地ではそう呼ばれていた。
手余し者とは、迷惑者、厄介者、嫌われ者といった意味である。
ヤヒームが周囲から疎まれている理由。それは彼の母が卑しい身分の者である事。そのくせヤヒーム本人の性格が尊大で短慮である事、等、並べて行けばきりがない。
彼が三十歳にもなって、ロクな仕事も任されずにいるのは、そういった理由によるものであった。
そんなヤヒームに、今回、ネライ家から出兵される軍の指揮官として白羽の矢が立ったのは、ネライ当主が妥協に妥協を重ねた結果である。
本来であれば分家の有力な貴族家から――ネライ領を代表する都市、ルーベント、ベチェルカ、オシドルを治める家から――指揮官を出す所だが、この三都市は昨年夏、メルトルナ家当主ブローリーにそそのかされて、国王カミルバルト討伐のための軍を動かしてしまった。
彼らが声明を出す直前、当主ロマオがハヤテに乗って帰還したため、辛うじて事態は収まったものの、一度王家に叛意を示しかけた者達を軍の指揮官に据えるのは躊躇われた。
かと言って今は自分も領地を離れられる状況ではないし、優秀な者達をいつ戻って来られるか分からない遠征に送り出すような余裕もない。
こういった様々な検討を重ねた結果、仕方なくヤヒームが指揮官として選ばれたのである。
完全なお飾りとしてなら、誰が上に立っても間違いはない。出発前、当主ロマオはヤヒームに「軍の事は全て将軍に任せてお前は何もするな」と厳しく念を押していた。
「わああああああああっ!」
ガツーンと大きな音を立てて、鎧の騎士達がぶつかり合う。
流石に味方に対して武器を使う者はいないが、そこらにいる兵士程度なら、この騒ぎに巻き込まれただけで体中の骨を砕かれそうな勢いである。
王都騎士団は良く耐えたが、流石に人数の差はいかんともしがたい。
ネライ騎士団の中から数名、彼らの手を掻い潜ってドラゴン・ハヤテへと殺到した。
『や、やばっ!』
グオン! バババババ・・・
ハヤテが慌ててエンジンをかけると、不完全燃焼を起こした生ガスがアフターファイヤーを起こした。
しかし、時すでに遅し。
ネライ騎士は機体を舐める炎に怯むことなくハヤテの翼に飛び乗った。
ガンッ! ガンッ!
鎧が四式戦闘機の機体に当たって重い金属音を立てる。
そしてヤヒームも翼の縁に手を掛けると体を引き上げたのだった。
次回「悪あがき」