その4 常識の壁
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ミロスラフ王国軍の天幕。
ティトゥの説明に理解を示したのは、唯一、国王カミルバルトただ一人(それでも半信半疑だったが)。
各貴族家から集まった将軍達は、まるでホラ話を聞かされたような顔で、揃って白けたムードを漂わせていたのだった。
カミルバルトが考え込むと、将軍達は戸惑いの表情を見合わせた。
彼らはティトゥの説明を――これから発生する大陸規模の大爆発の話を――信じられずにいた。
いや、違う。信じる信じない以前の話。
彼らはティトゥがなぜ、この場所でこんな話をしているのか、それすらもまともに理解出来なかったのである。
「それでナカジマ殿は、陛下の軍に協力してくれるのだろうか?」
仕方なく彼らは自分達にも通じる話をする事にした。
一人がためらいながらも口火を切ると、他の将軍達もその男に追随した。
「ドラゴンの力は我々もこの目で見せて貰った。にわかには信じ難い光景だったがな」
「帝国艦隊がまさかドラゴン一匹に翻弄されるとは・・・。時々ドラゴンから小さな光が飛んでいるように見えたが、あれはどういう攻撃だったのだ?」
「攻撃と言うならば、最初に帝国の大型船を沈めた攻撃の方だろう。この陣地にいても聞こえる程の大きな音がしていたな」
「ああ、あれは凄まじかった」
「ちょ、ちょっと皆さん、待って頂けませんこと?」
ティトゥは慌てて両手を振った。
(今まで全く無関心だったのに、ハヤテの話になった途端、急に目の色が変わりましたわ)
ティトゥがここに来たのは、大陸の危機を知らせるためであって、昨日の戦いの話をするためではない。
そもそも、帝国艦隊を撃退したこと自体、戦争を終わらせ、話を聞いてもらうためだったのである。
だが、将軍達が求めていたのは――本当にティトゥに聞きたかったのは、そんな雲を掴むような話ではなかった。
「ドラゴンの力があれば、帝国艦隊も恐れるに足らず」
「いや、帝国艦隊だけではないぞ。この小ゾルタの征服も容易いのではないか?」
「ナカジマ殿はあのドラゴンをどこで手に入れたのだ? ドラゴンは他に何匹いるのだ? ひょっとして我がモノグル領にもいるのだろうか?」
「ナカジマ領の港では、聖国との貿易が盛んに行われていると聞く。あれは聖国から手に入れたものではないのか?」
そう。彼ら軍の指揮官が知りたかったのは、ナカジマ家の所有する戦力、ドラゴン・ハヤテの情報。
ドラゴンという強力な生物兵器に関しての情報であった。
そしてティトゥは、自分の言葉が全く彼らに届いていなかったという事実を強く思い知らされたのであった。
ティトゥは途方に暮れて立ち尽くしていた。
自分の話は、ここにいる将軍達には全く届いていなかった。
その事実を思い知らされたからである。
しかし、将軍達の立場に立ってみれば仕方がない事かもしれない。
彼らも当然、ナカジマ家のドラゴンの事は知っていた。よく人々の噂にも上るし、人気の芝居の題材にもなっている。中には昨年の夏、王都でハヤテの姿を見た者もいるかもしれない。
あれ程の大きな体を持つドラゴンだ。実際に戦ったら芝居のように活躍するのかもしれない。そう考えても不思議ではなかった。
しかし、昨日。ハヤテの戦いを目にした彼らは、あまりの衝撃に震えが止まらなかった。
ドラゴンの力は彼らの想像を遥かに超えていたのである。
自分達が死に物狂いで戦闘を繰り広げ、苦戦していたはずの帝国艦隊が、ハヤテによって容易く追い散らかされていく。
にわかには信じ難い光景。
しかし、実際に自分の目で見て、経験してしまった以上、この現実を受け入れざるを得ない。
ハヤテ・ショック。
そんな衝撃もまだ冷めやらない翌日、彼らの前に再びティトゥが現れた。
こうして彼女の口から語られる、五百年前の大災害とその再来。
だが、その言葉が将軍達の心に響くことはなかった。
彼らがギリギリ受け入れられたのは、ハヤテという超兵器の存在まで。
それ以上の事は、彼らが平静を保てる許容量を超えていたのである。
ティトゥは消えそうになる気力を奮い起こすと、再び将軍達に訴えた。
「今はそんな話をしている時ではありませんわ! この大陸が大変な事になってしまうのですわよ!」
「そうは言っても、それは帝国の話なのだろう? 我々に関係があるとは思えんが」
「た、確かに爆発の起きる場所は帝国かもしれませんが、その影響は大陸全体に及ぶのですわ! このペニソラ半島も例外じゃありませんわ!」
「ふぅむ。ひょっとしてナカジマ殿は帝国の大きさを知らんのではないか? かの国は先々代の皇帝の頃、複数の国を併呑して膨れ上がっておる。ミロスラフ王国とは比べ物にならない程の大国なのだぞ」
「なっ・・・」
ティトゥは思わず絶句した。
この国で、いや、この世界で、ティトゥ程大陸中を飛び回り、様々な場所を直接見て来た人間は存在しない。
その自分を相手に、帝国の大きさを語るとは・・・。
どこかでそばかすのメイド少女が、「あの、私も一緒にいましたけど」と訴えている気もするが、今は置いておく。
ティトゥは彼らを見誤っていた。
いや、違う。
彼ら一般人との間に立ちはだかる、常識の壁の高さを見誤っていたのである。
(私は・・・ここまでハヤテの言葉を当たり前のように受け入れていたんですわね)
それは彼女にとってある意味では喜び。こんな時でなければ誇らしい事実に違いないのだが、今回の場合、足を引っ張る原因にもなっていた。
ティトゥは、「自分達の未来にも関わる事なのだから、ちゃんと説明すれば理解してくれる人もいるはず」と考えていた。
しかし、それには彼女のように、「ハヤテの言葉を信じられる者」という大前提が必要になっていたのである。
「本当にそんな災害が起きるのなら、むしろ帝国が半島を攻めるどころではなくなって好都合なのではないか?」
「実際、一昨年の侵攻で小ゾルタは今もこのように荒れている訳だからな」
「まあ、本当に災害が起きると仮定するのなら、だがな」
将軍達の言葉からは危機感が感じられない。彼らには当事者意識が欠けている。
彼らはハヤテという存在を勝手に自分達の枠に当てはめ、過小評価した結果、本当のハヤテの力を目の当たりにして強いショックを受けている。
その直後にもかかわらず、今度はティトゥの話を自分達の枠に当てはめ、過小評価しようとしている。
彼らは気が付かないうちに再び同じ失敗を繰り返そうとしているのだ。
人間とは、常識の壁とは、これ程厄介で救いがたい物なのだろうか。
ティトゥが言葉を失う中、ずっと黙り込んでいた国王カミルバルトがようやく顔を上げた。
将軍達が口を閉じ、国王の言葉を聞くために振り返ったその時だった。
「わああああああああっ!」
バババババ・・・
突然、天幕の外から何者かが争う喧噪。そしてけたたましいエンジン音が響いた。
すわ、敵襲か?! 将軍達が緊張の面持ちでイスから立ち上がる。
「何事だ!」
カミルバルトの声に応え、一人の兵士が慌てて天幕の前で膝をついた。
「申し上げます! ネライ家の騎士が約二十名! 騎士団ともみ合いになりましてございます! 彼らの発言から、目的はドラゴンを自分達の物にしようとするものかと思われます!」
「なっ! バカなマネを!」
カミルバルトは表情をこわばらせるとティトゥに振り返った。
「は、ハヤテ!」
「待つんだ、ナカジマ殿!」
ティトゥはカミルバルトの制止の声を振り切ると、天幕の外へと駆け出したのだった。
次回「ネライの手余し者」