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その2 予言の壁画

 ミロスラフ王国軍陣地のあるカルリアの地は、隣国ゾルタの西の海岸沿いに位置している。

 馬車で向かえば、何日もかかってしまう場所だが、四式戦闘機(ぼく)が巡航速度で飛べば二時間もかからない。

 なんなら港町ホマレから真っ直ぐ北上すればいいだけなので、隣国の王都(バチークジンカとかいう名前だったっけ?)に向かうよりも近かったりする。

 そんな旅の空、僕は今からティトゥがカミルバルト国王に対して行うプレゼンの――大陸の危機を知らせるための打ち合わせの――確認を行っていた。


「う~ん。小バラクを持って行って、彼から説明して貰うという案はボツになったのか。それが出来れば少しはティトゥが楽を出来ると思ったんだけど」

『ええ。オットーが言うには、小バラクの言葉を信じて貰うためには、そもそも叡智の苔(バレク・バケシュ)がどういった存在なのか、その説明から始めなければいけなくなると言ってましたわ。信じて貰えるかどうかも難しい上に、叡智の苔(バレク・バケシュ)はチェルヌィフ王朝にとって秘密の存在だから、勝手に話を広めるのは良くないのではないか? との事ですわ』


 確かに。

 僕にとってバラクは僕と同じ転生者括り。なんなら、今は小バラクをスマホとして使っているのもあって忘れがちだが、チェルヌィフ王朝の六大部族にとっては、王家に代々秘匿されて来た神聖な存在なのだ。

 今ではネドマの探知にしか使っていないとはいえ、自分達の知らない所で勝手に公表されたら、あまりいい気分がしないのも当然だ。

 それは僕達を信じ、小バラクを預けてくれたバラク本人の信頼を裏切る行為にもなりかねない。


『バラクはハヤテと同じ魔法生物? なんですわよね。もしかして良からぬ事を考える者達に狙われる危険もあるから、ハヤテから離すのは極力止めておいた方がいい、とも言われましたわ』


 あ~、そっちの心配もあったか。

 バラクと僕はこの世界でたった二人の魔法生物(部分的でも良ければ、ファル子とハヤブサの二人も含まれるけど)である。

 小バラクの希少さ、それに内包された異世界の知識に目がくらむ者が出て来てもなんら不思議ではない。

 なんなら国王カミルバルト本人ですら手に入れたがるかもしれない。

 そうなれば所有者である(と思われている)ティトゥにも、危険が及ぶおそれがあるだろう。


「なら、出来る限り小バラクの存在を秘密にしていく方針で行くしかないよね。その分、国王に説明する際、説得力を出すのが難しくなるかもしれないけど、そこはどうにか工夫して乗り切るしかないか。先ず最初に、僕達がどうやってマナ爆発の事を知ったのかという所からだけど・・・」


 考え込む僕に、ティトゥは『賢い私は考えました』とばかりに手を打った。


『チェルヌィフ王朝に向かった時に、偶然見つけた山奥の古代遺跡に描かれていた予言の壁画で知った、というのはどうかしら?』


 いや、遺跡どこから出て来たし。

 呆気にとられる僕に、ティトゥはフンスと鼻息も荒く話を続けた。


『実はその遺跡は五百年前の大災害を経験したドラゴン族が作った物で、壁画は自分達の子孫に向けたメッセージだったんですわ。五百年後に再び大災害が訪れる事を知った彼らは、ドラゴンにだけ分かるように彼らの言葉、聖龍真言語でそれを記していた。それを読み取ったハヤテが、人類の代表として私にその事を教えてくれたんですわ。――これなら筋は通りますわよね』

「いやいや、絶対それ今、適当に思い付いたんだよね? もうちょっと真面目に考えてよ」

『真面目に考えてますわ。バラクが教えてくれた事を隠すのなら、ハヤテが教えてくれた事にするしかないじゃないですの』


 そう・・・なのか?

 ていうか、ここで自分の中二趣味をブッ込むとかあり得ないだろ。


「まあ僕が教えたというのはいいとしよう。けど、古代の遺跡とか、予言の壁画とか、そんなギミック明らかにいらないだろ。もし向こうで確認するとかそういう話になったらどうするんだよ」

『遺跡は説得力を増すための方便ですわ。それに帝国の山の中、ピエルカ山脈の山奥にあったとでも言っておけば、誰も発見する事は出来ませんわ』


 ピエルカ山脈って、確か帝国とチェルヌィフの国境になってる四千メートル級の大山脈だったっけ?

 僕達が巨大虫ネドマを探して飛び回ったあそこなら、確かに、そう簡単には確認しに行けないだろうけど。

 ていうか、ずっと一緒に大陸中を飛び回った結果、ティトゥが余計な知識を付けている気が。

 このやる気と才能を中二趣味ではなく、領地のみんなのために(主に代官のオットーの仕事を減らすために)使ってくれればいいのに。どうしてこの子はそれが出来ないんだか。


「百歩譲って説明のために遺跡の存在が必要だとしても、それは人間が作った物にしようね」

『え~』

「ダメったらダメ。ドラゴン族とか、勝手に僕の怪しい設定を増やすのは、ホント止めてよね。ていうか、君、僕の知らない所で、今回みたいに色々作ってるんじゃない? ちょっとこっちを見て『そんな事はありません』と言ってみようか」

『・・・ハヤテがそこまでイヤがるなら仕方がないですわね』


 僕の疑いの眼差しに顔を逸らすティトゥ。これは明らかにやってますわ。

 更に余罪を追及しようとすると、ティトゥは急に気遣うような目でこちらを見つめた。


『ハヤテ。あなたちょっと焦っているんじゃないですの?』

「そりゃあ焦るよ。もうじきカルリアに到着するってのに、どう見ても君は説明のプランを立てているようには見えないんだからさ」


 ティトゥは小さくかぶりを振った。


『そういう事じゃありませんわ。ここ最近のハヤテは、まるで帝国軍と戦争をしていたあの時みたい。一人で全部背負ってふさぎ込んでいるみたいに感じますわ』

「僕がふさぎ込んでいる? そんな事は――」


 そんな事はない。


 僕は咄嗟にティトゥの言葉を否定しようとして出来なかった。

 そう。確かに彼女の言う通り。僕は焦りを感じている。

 こうして誰かと一緒にいる時や、誰かと話している時――僕にとっての日常を感じている時は、比較的いつもの精神でいられる。

 だが、ふとしたタイミングで一人になった時。例えば夜、テントの中で一人になった時などは、途端に破滅の時が刻一刻と近付いて来ているという現実を思い出し、心臓が締め付けられるような不安を感じるのだ。

 昨夜も一晩中、小バラクと話をしていたのもそうだ。一種の逃避。誰かと喋っていないと気が休まらない。黙っていると悪い想像ばかりが膨れ上がる。

 子供が夜、寝る時に怖がって灯りを付けて欲しがるのと同じで、闇の中、一人でいるのに耐えられないのだ。

 この異世界に四式戦闘機の機体(からだ)に転生してから丸二年。

 今やこの世界は、僕にとって第二の故郷とも言える、かけがえのない存在となっている。

 ティトゥにカーチャ。ファル子とハヤブサ。オットー達ナカジマ領の人達。それに聖国やチェルヌィフの人達・・・。

 もし、マナ爆発の規模が最大なものだった場合、いや、仮に予想される中で最小規模だった場合でも、彼らのうちの何十人、何百人もが犠牲となってしまう。

 そして運よく生き残った者達も、大災害の爪痕の残る過酷な世界で、今より厳しい生活を強いられることになるだろう。

 そんな未来を前に、僕のような時代遅れの古い戦闘機に――そして中身は平凡な人間である僕に――一体何が出来るのだろうか?


『ハヤテに出来なければ、この世界の誰にも出来はしないですわ。それに今のハヤテにはバラクがいますわ。叡智の苔の知識に、ハヤテの力が合わされば百人力ですわ』


 『それに』とティトゥは続けた。


『それに私とミロスラフ王国の人間もハヤテに協力しますわ。みんなで一丸となって当たれば、きっと大災害だって乗り切れるに違いないですわ』


 ティトゥ・・・。

 自分だって不安だろうに、彼女はこうして僕の心まで気遣ってくれている。

 僕は眩しい物を見る目で頼もしいパートナーを見つめた。


「・・・そう、だね。うん。自分でやると決めたはずなのにゴメンね。事が大き過ぎてちょっとナーバスになってたみたいだ」

『ハヤテが全てを背負い込む必要はないんですわ。大災害はこの大陸全ての人間に関わる問題なんですもの』


 その通りだ。だからこそ、カミルバルト国王に対しての説明は、大災害と戦うための最初の一歩。絶対に失敗できないプレゼンなのである。


『――やっぱり予言の壁画が必要ですわね』

「ああうん。君がどうしても必要だって言うなら、もう止めない。だけどドラゴン族の設定だけは断固拒否するから」


 だからなんでここでその話を蒸し返すかな。色々台無しだよ。




 てな事を話している間に、僕達はカルリアの上空に到着した。

 僕の懸命な説得により、どうにか遺跡の設定だけは諦めて貰う事が出来た。

 ていうか、国王を前に堂々と俺設定をぶち上げるつもりだったとか、ホントに一体どんな神経をしてんだか。

 僕が味方陣地の上を横切ると、兵士達がこちらを見上げて一斉に手を振る姿が見えた。


『帝国艦隊はまだ来ていないみたいですわね』


 確かに。

 青い海原を見渡してみても、艦隊どころか漁船一隻浮かんでいない。

 平和な光景そのものである。


「一応、近くにいないかだけでも偵察しておこうか。話し合いの最中に攻撃を仕掛けられたら怖いし」

『そうですわね』


 僕は海上に出ると、軽く周囲を飛び回った。


『遠くに小さな島がいくつかあるだけで、他には何も見えませんわね』

「そうだね。島も大型船を隠せるような感じじゃないし、今日は敵の攻撃は休みなのかもしれないね」


 戦争と言っても、両軍が毎日切れ目なく戦っている訳ではない。それは、この世界の軍隊においても変わらないのだろう。


『昨日ハヤテに船をやられたから、もう帝国に逃げ帰ってしまったんじゃありませんの?』

「そうかな? だったらいいんだけど。沈めたのは特に大きな二隻だけで、他の船にはちょっと被害を与えただけだったからなあ。あれで帝国艦隊が撤退したと考えるのは、ちょっと希望的観測が過ぎるんじゃないかな」


 とはいえ、どちらにしても船影が無いのは事実である。

 いつまでもいない敵の事を不安に思っていても仕方がない。

 僕は翼を翻すと、ミロスラフ王国の陣地へと引き返したのだった。


 河口に戻って来ると、陣地の外れに兵士が列を作っているのが見えた。

 さっきはうっかり見落としていたが、多分、あそこに降りろという意味なんだろう。

 ヒゲの騎士がこちらを見上げてホッとしているのが見える。王城のナカジマ家担当者、アダム特務官である。

 約束の時間に待っていたにもかかわらず、僕達がスルーして海の向こうまで飛んで行ってしまった事で、随分と気を揉ませてしまったようだ。

 いや、ホントに申し訳ない。


「どうやら待たせちゃったみたいだし、直ぐに降りるよ。大丈夫?」

『りょーかい。ですわ』


 こうして僕達は、兵士達の歓声を受けながら陣地の外れに着陸したのであった。

次回「大きな溝」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 神代文字とか、仮名文字が漢字由来じゃないみたいな主張を信じる日本の人くらいには信じてる人が居そうですね。 [一言] ま、相撲とかレスリングって世界中にあるので。 日本の骨法なんか、永井豪や…
[良い点] 預言の壁画っていうと韓国の万能壁画を思い出してしまうわw
[一言] 超巨大ネドマの様に差し迫った目に見える危機じゃ無いと危機感を持てって言われても難しいだろうなぁ~科学が進んでいて、科学的に過去の地層で大規模な災害が起きているのを理論的に検証できるなら違うん…
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