エピローグ ダリミル皇太子の呪い
今回で第二十一章は終わりとなります。
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ミュッリュニエミ帝国の帝都、バージャント。
大陸でも有数なこの巨大都市のほぼ中央に位置する巨大な城。正式名はクロウドルファー・ドル・ミュッリュニエミ。
小さな町が一つ収まる程の敷地面積を持つこの城は、一般には帝都の名を冠してバージャント城と呼ばれている。
そのバージャント城の最奥にそびえ立つ巨大な楼閣。
帝都を睥睨するその建物の中で、帝国将軍、コバルト・カルヴァーレは直属の部下からの報告を受けていた。
「ミロスラフ王国ごときを相手に、よもや我が軍の誇る新鋭艦――それもたった四隻しかない大型輸送船を二隻も沈められてしまうとはな。その無能な指揮官は一体何をやっていたのだ」
カルヴァーレ将軍は指先でイライラとテーブルを叩いた。
部下の男はすかさず上司の言葉に追従した。
「誠にもってその通りでございます。黒竜艦隊の指揮官は家柄の低い現場上がりの艦長と聞いております。所詮は下賤の者。帝国軍人であるプライドを持ち合わせていなかったのでしょう。自分の失敗が陛下から預かった艦隊を損う事になるだけではなく、指揮官に取り立てて下さった閣下のお気持ちまでも裏切る事になる。そんな事すらも分かっていないから、ミロスラフ王国ごときに後れを取る事になるのです」
部下の男は偉そうに語ったが、ふくよかでだらしない体と、酒焼けした鼻と頬を見るまでもなく、彼が一度も戦場に出た事がないのは一目瞭然である。
この見え見えのお追従にカルヴァーレ将軍の機嫌はいくらか持ち直したようだ。
彼は神経質にテーブルを叩くのを止めると、大きく息を吐いた。
「ふうっ。それで黒竜艦隊の指揮官はどうなった?」
「はっ。敗戦の責任を取り、辞任する形で手配いたしました。後任の指揮官の候補者はこちらに」
「分かった。艦隊の方はどうなっている?」
「ほとんどの船が、ドラゴンの攻撃によって何らかの損傷を受けていたらしく、現在はトルランカの船渠で破損個所を修理中との事です」
「・・・ミロスラフ王国のドラゴン、か」
カルヴァーレ将軍は眉間に皺を寄せると、その忌まわしい名前を口にした。
一昨年、ウルバン将軍の半島南征軍が、ミロスラフ王国のドラゴンの前に敗退した件はまだ記憶に新しい。
五万の軍隊がたった一匹のケダモノごときに何をやっているんだ。
カルヴァーレ将軍はライバルの失敗を喜びつつも、内心ではそう呆れ返っていた。
だが、まさかこうして自分までドラゴンという存在に足を引っ張られる事になろうとは。
将軍は苦々しい思いを隠す事が出来なかった。
「――ドラゴンに関しての情報を集めろ。それ程の力があるのであれば、ミロスラフ王国から奪う事も考える」
「はっ。情報部に指示しておきます」
部下の男は頷くと、頭の中で、情報部でこちらと付き合いのある派閥は誰と誰だったかな、などと記憶を探った。
「し、失礼致します」
報告を終えた男が下がると、別の男が現れた。
今度はいかにも文官然とした男だ。カルヴァーレ将軍の事を恐れているのか、腰が引けた様子で落ち着きがない。
「何の用だ?」
「か、閣下に申し上げます。陛下の側近の者達から陳情が来ております」
文官の男は、死にそうな顔になりながら説明を始めた。
現在、皇帝ヴラスチミルはこのバージャント城にはいない。
この冬の間、新しく作らせた離宮で、政務も行わずにずっと若い皇后と遊び耽っていたのだ。
ちなみに離宮の場所はこの帝都バージャントから北に数十キロ。カルヴァーレ将軍の領地の中にあった。
「陛下が離宮に住まわれるのは、陛下ご自身がお決めになった事だ。俺に文句を言われる筋合いはないと思うが?」
「い、いえ、文句なんてとんでもない! ・・・ただ、その、かの地では最近、地震が頻発していると聞いております。陛下の御身に何かあってはと、不安に思う者達がおりまして」
「地震か・・・」
カルヴァーレ将軍は苦々しげに顔を歪めた。
文官は不機嫌さを増した将軍に怯え、今にも逃げ出したそうにしている。
この数か月、自身の領地で地震が頻発しているという話は、カルヴァーレ将軍も領地の家臣や出入りの商人達から聞いていた。
幸い、揺れはどれも小さく、被害と呼べるような物は出ていないらしい。
しかし、次第にその頻度が増してきている事から、「いずれ大きな揺れが来るのでは?」あるいは「何かの天変地異の前触れなのでは?」などと怯える者達が出始めているようだ。
更には――
(ダリミル皇太子の呪いだと? ふん! 下らん!)
そう。皇帝が領内の離宮に住むようになった時期と重なる事から、「これはダリミル皇太子の呪いではないか?」という噂がまことしやかに流れるようになったのだ。
ダリミル皇太子は皇帝ヴラスチミルの長子。名君との誉れも高い先代皇帝の若い頃を彷彿とさせる、優れた人格を持った聡明な青年だった。
国中の誰もが将来を期待するこの皇太子を、しかし、父親であるヴラスチミルだけは激しく毛嫌いしていた。
ヴラスチミルは息子を呼び出すと、反逆を企んでいるとして処断。ダリミル皇太子は自分の行いを恥じ、獄中で自らの命を絶った――とされているが、そんな発表を信じる者は誰もいなかった。
なぜならその直後にヴラスチミルは皇后を離縁。新たに若く美しい娘を新皇后へ迎えていたからである。
どう見ても、皇帝は新皇后の子に跡を継がせるために、ダリミル皇太子の存在が邪魔になったとしか思えない。国民達はそう噂した。
そんな彼らがカルヴァーレ将軍領で頻発する地震を、ダリミル皇太子の呪いと呼び、恐れたのも無理はないだろう。
カルヴァーレ将軍は胡乱な目で文官の男をねめつけた。
「まさか貴様も地震は呪いが原因だとか、下らん戯言を言い出したりはしないだろうな?」
「とんでもない! 閣下の領民が地震に苦しめられているというのに、そんな不謹慎な事を言うはずがないではないですか! 我々はただ陛下の御身を案じているだけでございます!」
どうだか。
カルヴァーレ将軍は不快感も露わに男を睨みつけたが、それ以上は口にする事はなかった。
実はヴラスチミル本人からも、頻発する地震に女官達が怯えていると不満を言われていたからである。
(くそっ。なぜこう何もかもが俺の思うようにいかん。ベリオール(※新皇后)が子を産みさえすれば、ヴラスチミルなど即座に追い落としてやるものを)
若き皇后ベリオールは、カルヴァーレ将軍の養女である。
皇后が皇帝ヴラスチミルとの間に男児をもうければ、その子を新皇帝とし、自分は皇帝の祖父としてこの国の権力をほしいがままにする事が出来る。
そうなればヴラスチミルは用なしだ。カルヴァーレ将軍は、様々な失政の責任を負わせた上でヴラスチミル皇帝を処罰してしまうつもりでいた。
(早く男児を産め、ベリオール! 何のためにお前のような色気にしか取り柄のないアバズレを養女にしたと思っているんだ!)
カルヴァーレ将軍は苛立ちに歯噛みしたが、将来はともかく、今は自分の権威を維持するため、皇帝ヴラスチミルの存在は絶対に必要である。
彼は皇帝の不満を宥めるため、そして今回の戦いに関する報告をするために、自ら離宮へと足を運ぶ事にしたのであった。
「おおっ! これは何と見事な宝石だ! こんな素晴らしい宝石は見た事がない!」
皇帝ヴラスチミルは、カルヴァーレ将軍が持参した手土産に相好を崩した。
ヴラスチミルが喜ぶのも無理はない。彼の目の前にあるのは、小屋程の大きさの巨大な宝石の原石だったのである。
一体、いかほどの価値があるのだろうか?
カルヴァーレ将軍は自分の贈り物が、ヴラスチミルの心を掴んだ手ごたえを感じると、口の端をニヤリと上げた。
「実は先日、我が領地の中で、地震で山の一部が崩れた場所がございまして。これはそこで見付かった宝石なのです。地震は厄介な物ですが、このように人に益をもたらす事もあるのですな」
「そうかそうか。地震も悪い事ばかりではないのだな」
ヴラスチミルはすっかり宝石に夢中になっているようである。
矯めつ眇めつ眺めながら、「ほうほう」「ふむふむ」とため息をついている。
カルヴァーレ将軍はここでダメ押しをする事にした。
「それにしても、これ程の宝石を手に入れたのは、歴代皇帝の中でも陛下が初めてでしょうなあ」
「ワシが・・・ワシが最初の皇帝」
承認欲求の強いヴラスチミルは、『初めての』や、『唯一の』といった肩書に非常に弱い。
それを良く知っているカルヴァーレ将軍は、巧みな言葉で彼の自尊心を刺激したのである。
「うむ! 気に入った! 気に入ったぞ! この宝石は広間の中央に飾らせよう! 後で運んでおくが良い!」
「ははっ!」
カルヴァーレ将軍は慇懃に頭を下げる事で、堪えきれない笑みを隠した。
(宝石は惜しいが、これで新鋭艦を失った件をとがめられずに済みそうだ。それに宝石もいずれベリオールの子が皇帝になれば俺の元に戻って来るんだからな)
そう考えれば、今はヴラスチミルに預けているだけ。離宮に保管しているだけとも言えるだろう。
皇帝ヴラスチミルは、真っ赤な宝石を見上げた。
「そう言えばこれは何という宝石なのか聞いていなかったな。ワシの知っている宝石の中に思い当たる物はないのだが」
「それは・・・実は出入りの商人で宝飾品に詳しい者に聞いた所、その者も分からないと言っておりました。あるいは今までこの大陸では見付かっていない新種の宝石ではないかとの話です。何でもその大きさに対して非常に軽く、その点も普通の鉱石では考えられない特徴だとか。それと、軽く表面に触れて頂けますか?」
「ムッ。これは・・・振動しているのか?」
そう。この赤い宝石は、まるで生きているかのように小さく脈打っていたのである。
「地震で崩れた崖から見つかったせいかもしれません。地震の振動が宝石の中に封じられて残っているのかも」
「ふぅむ、不思議な事もあるものだ。いや、新種の宝石ならそういう事もあるのかもしれんな。なんにせよ素晴らしい宝石だ」
皇帝ヴラスチミルは満足そうに頷いた。
帝都の北で頻発する地震。
もし、この話をハヤテかバラクが聞いていたら、予想されているマナ爆発と結び付けて考えたに違いない。
そして巨大な赤い宝石。
大きさこそ違うものの、ハヤテはこれとよく似た色合いの宝石を知っている。
ファル子達リトルドラゴンを生み出した二つの赤い宝石。
魔法生物の種の欠片が、丁度こんな色をしていたのである。
帝国に不穏な空気が流れ出した所で、第二十一章は終わりとなります。
楽しんで頂けたでしょうか?
この続きは、他作品の執筆(多分、『メス豚転生』になると思います)がひと区切りつき次第、開始しますので、それまで気長にお待ちいただくか、私の他作品を読みながら待っていて頂ければと思います。
最後になりますが、いつもこの小説を読んで頂きありがとうございます。
まだブックマークと評価をされていない方がいましたら、是非よろしくお願いします。
いや、ホントに。総合評価を上げてもっともっと多くの人に読んでもらいたいので。
皆様からの感想もお待ちしております。