その34 理不尽な怒り
チェルヌィフ王城で、叡智の苔バラクと再会した僕達は、彼が複製したスマホ、小バラクを託されてチェルヌィフを後にしたのだった。
その旅の空の上で、僕達は今後の方針を話し合っていた。
『それでハヤテ。私達はどうやって大災害を防ぐんですの?』
「う~ん。それなんだけど、バラクもまだ具体的には決めかねているようなんだよね」
バラク的には、いくつか思い付く手段はあるらしいが、情報の少ない現時点では何とも言えないらしい。
それでも以前までなら、直接リンクで彼の考えている事が伝わったんだろうけど、今はそれも使えないし。
使えなくなって分かるけど、あれって結構な便利機能だったよなあ。
「詳しい話は、実際に現場で観測データを取ってみないと分からないってさ」
『観測データ、ねえ。バラク。それってどのくらいかかるものなんですの?』
「不明です。より正確なデータを求めるのであれば、マナの発生が始まるまで観測する必要があります」
『それって爆発するまでかかるって事じゃないですの! それじゃ何の役にも立ちませんわ!』
バラクの素っ気ない返事(AIだからね)に、ティトゥが声を荒げた。
「まあまあ。今は不明ってだけで、実際に計ってみたら数日程度で何とかなるかもしれないよ?」
『けど、帝国の王都の近くですわよ。そんな場所で何日も計測なんて出来るんですの?』
問題はそこなんだよな。
バラクの予想したマナの発生地点は、ミュッリュニエミ帝国の帝都バージャントから北北東に数十キロメートル進んだ場所。
つまり敵国のド真ん中なのである。
そんな場所で何日も――下手をすれば何か月も?――泊まり込みで観測を続けるのは難しいんじゃないだろうか。
『難しいどころかムリゲーだと思いますわ』
また君は無理ゲーとか、僕の喋るしょうもない言葉ばかりを覚えて・・・って、まあそれはいいや。
実際の所、長期の観測となれば、現地の協力が必要不可欠になるが、僕達にとって帝国こそがこの世界で一番それが期待出来そうにない場所なのだ。
「隠れてコッソリ・・・なんて訳にもいかないよね?」
『隠れてって、ハヤテはそんな大きな体をしていて何を言ってるんですの。それに帝国人だって、戦争の時にハヤテにやられた事は忘れてないですわ』
ですよねー。
それでも言い訳をさせて貰うと、あれはそういう作戦だから。敵軍に僕に対しての恐怖心を植え付け、撤退に追い込むという作戦だったから。
「けどまあ、それが巡り巡って、今回、足を引っ張られる原因になってるんだよね~。世の中って何がどこでどう関わって来るか分からないもんだねえ」
メイド少女カーチャが胴体内補助席からティトゥに声を掛けた。
『ハヤテ様がこんなに悩んでいるなんて珍しいですね』
『相手が帝国だから仕方がないですわ。これで被害が帝国国内だけで収まるのなら、私達がこんな苦労をする必要もないですのに』
薄情なようだけど、ティトゥの気持ちも少しは分かるかな。
その場合、帝国に住んでる人達には気の毒な事になる訳だが、そこは皇帝ヴラスチミルに頑張って貰うという事で。
『でも、大陸全体が危ないんですよね?』
「あくまでも最悪の場合、っていう話だけどね。まあ、それも小バラクが実際に現地で観測をしてみないと何とも言えない訳だけど」
『――と言ってますわ。そこが一番の問題ですわね』
こうして僕達の相談は、結論が出ないまま振り出しに戻ってしまうのだった。
そんなこんなで旅は続き、オルサーク男爵領に到着。
ここはトマスとアネタの兄妹の実家の屋敷である。
何で僕達がここに立ち寄ったのかと言うと――
『あっ。トマス達ですわ。丁度屋敷にいたんですわね』
「ギャウ! ギャウ!(アネタ! ママ、アネタがいるよ!)」
おっと、トマスとアネタもいたのか。ファル子達は久しぶりに見るアネタの姿に興奮している。二人はアネタがコノ村にいた時にはいつも遊んでもらっていたからね。
ティトゥが風防を開けて立ち上がると、真面目そうな好青年、当主のマクミランさんが挨拶をした。
『お久しぶりですナカジマ様。今日はどういったご用向きで来られたのでしょうか?』
『ごきげんよう、オルサーク様。早速で申し訳ないのですが、この国に来ているミロスラフ王国軍が、今、どこにいるかご存じありませんの?』
そう。僕達がトマス達の実家に寄った理由。それはこの国に進軍しているミロスラフ王国軍の居場所を知るためだったのである。
まあ、本当に知りたいのは、指揮官の国王カミルバルトが今、どこにいるかなんだけど。
考えれば考える程、僕達の力だけで解決するのは難しそうだ。そう考えた僕は、国王に相談する事を提案した。
ティトゥは少しだけ不満そうにしていたが、この件には大陸に住む全ての生き物の命がかかっている。
彼女もそれは良く分かっているので、国王カミルバルトに話を持って行くのに賛成してくれたのだった。
さて。国王に相談すると決めたのはいいが、現在、彼は王城にはいない。
「ええと、確かピスカロヴァー伯爵? 国王? からの要請で、軍を率いてヘルザーム伯爵の討伐に行っているんだよね? それって今、どの辺にいるのかな?」
『さあ? 私が知っている訳がありませんわ』
この世界は現代地球と違って、ネットもなければニュースもない。だから僕達のような部外者が、軍隊の移動を知る事は非常に難しいのである。(いやまあ、現代地球でも、作戦行動中の軍隊の動きは可能な限り秘匿されているはずだけど)
『ハヤテ様が空から見つけられないんですか?』
「いざとなったらそうするしかないけど、出来ればどの辺にいるかくらいの当たりは付けておきたいんだよなあ」
『バラクには分からないんですの?』
「質問が良く分かりませんでした。もう一度お願いします」
『・・・バラクって、返事に困ったらいつもそう答えますわよね』
『なんだかハヤテ様みたいです』
ちょっとカーチャ。それってどういう意味?
何? お前は返事に困ったら、とりあえず『サヨウデゴザイマスカ』と言ってるだろうって?
ごもっとも。サーセン。
『それでしたらトマスが知っております』
『トマスが?』
おっと、いけない。ティトゥ達の話が続いてた。
マクミランさんに声をかけられて、トマスが説明を始めた。
『――という訳で、ミロスラフ王国軍は、まだアレークシ川の河口で帝国海軍と戦っているはずです』
「・・・なんだよそれ」
『ハヤテ?』
ティトゥが思わず驚いて振り返る程、僕の声は冷たく乾いていた。
だってそうだろう? 帝国は自分達の首都のすぐ近くで、未曽有の大災害が起きようとしているんだぞ? 今は他国の戦いになんて手を出している場合じゃないだろうに。
僕の心には数日前の光景が――ベネセ家当主、マムス・ベネセが、ティトゥの話を聞きながら楽しそうにお酒を飲んでいる光景が――浮かんでいた。
そして彼の頭の入った壺を渡された時の光景が。彼の後を追って次々と塔から身を投げた彼の家族の姿が。感情を押し殺して黙とうを捧げるレフド叔父さんの姿が、次々に浮かんでは消えて行った。
『ナカジマ様。ハヤテ様は一体どうされたのですか?』
『ハヤテ。ハヤテ、落ち着いて頂戴』
トマスの不安そうな声も、ティトゥの心配そうな声も、僕の心に浮かんだ感情を鎮める事は出来なかった。
僕は誰に伝えるでもなく喋った。そうせずにはいられなかった。
「帝国だけじゃない。チェルヌィフ王朝だって、ミロスラフ王国軍だってそうだ。みんな何をやっているんだよ。今は全員が力を合わせて大災害に立ち向かわないといけない時じゃないか。それなのに、こんな風にあちこちで人間同士で争って、殺し合って。こんな事に何の意味があるって言うんだ。敵に勝ったって、相手の土地を奪ったって、そんなのこの大陸が吹き飛んでしまったらそれまでなんだぞ。全て無意味な事じゃないか」
分かっている。そう。僕にだって分かってはいるのだ。
マナ爆発の事を知っているのは、僕を含め、この世界にはまだ数人しかいない。
その中には当然、帝国皇帝ヴラスチミルは入っていない。彼は自分の国が今、どれほど危険な状況にあるのか知らないのだ。
だから僕はこれが自分勝手な感情である事は分かっている。八つ当たりのような理不尽な怒りである事は分かっている。けど、それでも僕はどうしても荒ぶる感情を抑える事が出来なかった。
「ティトゥ」
僕はティトゥに呼びかけた。
「ティトゥ。僕達でこの戦いを終わらせよう。帝国軍を追い払い、一刻も早く国王カミルバルトにマナ爆発の事を伝えるんだ」
『ハヤテ――』
ティトゥは大きく頷いた。
『そうですわ。やりましょう。陛下ならきっと私達の言葉を信じてくれますわ』
ティトゥはそう言うとヒラリと僕の操縦席に飛び乗った。
戻って来たティトゥに、リトルドラゴン・ファル子は不満声を上げた。
「ギャウギャウ(ママ、もう帰るの? アネタと遊びたい)」
『我慢して頂戴。あなた達のパパはこれから帝国軍と戦いに行くのですわ』
このティトゥの言葉に、トマスとマクミランさんがギョッと目を剥いた。
『ナカジマ様?! それって一体?!』
『ナカジマ様、ハヤテ様は何と言ったのですか?!』
『前離れー! ですわ! ハヤテ!』
「了解。おっと、その前に――」
戦場に行くなら武器が必要だ。僕はエンジンをかける前に翼の下に250キロ爆弾を懸架した。
「それとティトゥ。僕は戦いに行く訳じゃないからね。あくまでも無駄な戦いを止めに行くだけだから。そこの所は間違えないでね」
『ええ、分かってますわ。さっきのは言葉のあやですわ』
そう。分かっているならいいんだ。
ババババババ・・・
エンジンが唸りを上げると同時に、プロペラが勢い良く回転を始める。
僕はオルサーク家の屋敷から飛び立つと、一路、戦場となっているカルリアの地を目指すのだった。
次回「目を疑うような光景」