その32 この大陸に住む命を守るため
さて。無事にバラクの子機であるスマホの固定も終わったし、後はミロスラフ王国に帰るだけ――っと、その前に。
僕は人知れず、取り外されたばかりの百式射撃照準器をしまおうとしているパートナーの少女に声を掛けた。
「ティトゥ。それは僕の大事な計器だからね。別に要らなくなった訳じゃないからね。だから勝手に自分の物にしないでくれないかな?」
『(ギクッ!)そ、そんな事は考えていませんわ。こ、これは、ファルコ達が誤って壊したりしないように、あの子達が触れない所に保管しておこうと思っただけですわ』
どうだか。
今の反応だけでも十分、有罪判定出来そうな気もするけど・・・まあいいや。実際、僕もファル子ならやりかねないと思うし。
ご存じの通り、僕の機体は四式戦闘機だが、普通、飛行機に限らず車でも船でも、こんな風に整備もせずに何年も使い続けられる物ではない。
それが出来ているのは僕が魔法生物だから――機械の体でありながらも、生物の体の特徴も持っているから――である。
つまり、機械ならパーツが劣化したり、疲労で金属がヘタる所を、生物が体の傷を自然に治すように、自己修復しているのである。
とはいえ、このルールがどこまで適用されるのか、正確な所までは分かっていない。
取り外された部品が壊れた時、それが治るのかどうかは全くの未知数なのである。
「分かったよ。それじゃ、照準器の管理は君に任せるね。大事に保管しておいてくれると僕も助かるし」
『ええ、ええ! 任せておいて頂戴!』
ティトゥはその豊かな胸を大きく張って頷いた。
「それじゃそろそろ出発するよ。カーチャ達を呼んでくれない?」
『分かりましたわ。カルーラ、ハヤブサを連れて来て頂戴。それとカーチャにファル子を捕まえて来るように伝えて頂戴』
『分かった』
「ギャーウ(分かった、ママ)」
ティトゥがスマホに声をかけると、画面の向こうの小叡智、カルーラが頷いた。
うっかりしていたが、さっき試しにバラクの本体と通話をして以降、ずっと通話中になっていたようだ。
僕は一瞬、ヒヤリとした。
あれ? これっていつから通話中だったっけ? 通話プランとかはどうなってる訳? 下手をすれば月末の通話料金が大変な事に――って、バラクは電話会社と契約している訳じゃないから別にいいのか。
危ない危ない。とはいえ、流石に用事もないのにずっと通話しているのもどうだろう。
「バラク。通話を終えて貰っていいかな」
「分かりました、ハヤテ」
『あっ! もう。カルーラ達の姿が消えてしまいましたわ』
ティトゥが残念そうに肩を落とした。
どうやら彼女は、この短い間にすっかり電話にハマってしまったようだ。
「いや、すぐそこに本人がいるんだから、スマホの画面越しじゃなくて、直接話をすればいいんじゃない?」
『この小さな画面で話をするのが、不思議な感じがして面白いんですわ』
などとティトゥと話しているうちに、カルーラとカーチャがリトルドラゴンズを抱いてやって来た。
『そろそろ出発しますわ』
『分かりました。あっ、ファルコ様! 暴れないで下さい!』
『ううっ。名残惜しい(スリスリ)』
「ギャーウ(※困ったような声)」
ファル子はカーチャの腕から逃れると、勢いよく操縦席に飛び込んだ。
カルーラはしばらくの間、愛おしそうにハヤブサにほおずりをしていたが、諦めを付けると翼の上に乗せた。
『――仕方がない。キルリアで我慢する』
『ちょ、カルーラ姉さん?! 弟離れしたんじゃなかったの?!』
キルリアは急に姉に抱きしめられて驚きの声を上げた。
『カルーラ姉さん! そんな事をしてないで、皆さんを見送らないと!』
『そう。バイバイ、ティトゥ。ハヤテ様も。カーチャにハヤブサ、ファルコも元気で』
「「ギャーウー(バイバーイ)」」
「うん。カルーラとキルリアも、おたっしゃで」
『お、お世話になりました』
ファル子達が元気よく、僕は心を込めて、カーチャはおずおずと、カルーラ達に別れの挨拶をした。
そしてティトゥは力強く二人に宣言した。
『きっと私達でこの大陸に住む命を守ってみせますわ!』
いや、だからまた君はそんな事をだね。相変わらず君の期待が僕には重い――と、流石に今回ばかりはそんな事を言ってもいられないか。
なにせ僕達がやらなければ、この大陸に住む多くの人達の命が失われてしまうのだ。
出来る、出来ないではない。やらなきゃいけないんだ。
幸い、僕達にはここチェルヌィフで頼りになる仲間が増えた。
僕一人ではティトゥの期待に応えられなくても、バラクの協力があれば話は別だ。
この世界でたった二人の魔法生物がタッグを組むんだ。僕の四式戦闘機の力と、バラクの知識があれば、この未曽有の大災害だって、きっとなんとか出来るに違いない。いや、絶対に何とかして見せる。
『ハヤテ?』
「何でもない。――カルーラ、キルリア。エンジンをかけるから、プロペラの回転に巻き込まれないようにもう少し下がっておいて」
『分かった』
『か、カルーラ姉さん、一人で歩けるから。だからもう離れて欲しいんだけど』
カルーラは心の中に生まれたハヤブサ・ロスを、弟を可愛がる事で埋めようとしているらしい。
さっきからキルリアを抱きしめたままで離さない。
キルリアは歩き辛そうにしながら後ろに下がった。
僕はゆっくりと動力移動。洞窟の外に出ると、改めて大きくエンジンをふかした。
ババババババ・・・
静まり返った聖域に、ハ45誉のエンジン音が響き渡る。
『しゅっぱーつ! ですわ!』
「「ギャーウー!(しゅっぱーつ!)」
『・・・(※小声で)しゅっぱーつ』
元気いっぱいのティトゥとリトルドラゴンズ。そしてなぜか小声のカーチャ。
僕はエンジンをブースト。タイヤが地面を切ると、青い大空へと舞い上がったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
青い空にハヤテの姿が小さくなって消えて行く。
カルーラは弟を抱きしめたまま、ほう、とため息をついた。
「・・・行っちゃった」
「だからカルーラ姉さん。そろそろ離して・・・まあいいか」
キルリアは困り顔で姉に振り返ったが、姉の寂しそうな顔を見て仕方が無さそうに言葉を飲み込んだ。
その代わりに彼は姉に尋ねた。
「それより姉さん。ハヤテ様達は大災害をどうにか出来ると思う? ナカジマ様は自信満々の様子だったけど」
「――さあ? ティトゥは大体あんな感じだし」
ティトゥは普通の娘だが、ハヤテが絡むとやけに強気というか自信満々になる傾向にある。
それだけハヤテの事を心から信頼しているのだろうが、その揺るぎない姿はカルーラにとって眩しく映った。
キルリアは少しだけ申し訳なさそうな顔になった。
「・・・そう。実は僕、今回の話は、今一つピンと来ていなかったりするんだ。勿論、叡智の苔様のお言葉を信じていない訳じゃないんだけど、後一年以内に大陸を吹き飛ばす程の大爆発が起きると言われても、あまり想像が出来ないというか。こんな話を聞かされて、本気で理解して驚いている様子のナカジマ様とハヤテ様を見て、逆に僕の方がちょっと驚いたぐらいだよ」
カルーラはキルリアの言葉にハッと目を見開いた。
彼女は弟は自分よりも叡智の苔の言葉を理解していると思っていたのだが・・・どうやら弟の方も自分とそれほど大きな違いはなかったらしい。
いや、それが普通の反応だろう。後一年以内に自分達の住む世界が破滅すると聞かされて、本気で心配する事の出来る人間の方がどうかしているのだ。
やっぱり竜 騎 士は普通じゃない。
カルーラは改めてティトゥ達の特異性を思い知り、だからこそ、叡智の苔は彼らに助けを求めたのだろうと納得もしていた。
「カルーラ姉さん。それでもし、世界が叡智の苔様の言った通りに――」
キルリアの言葉は不意に鳴り出した電子音によって遮られた。
二人が音の発生源である洞窟の奥、叡智の苔の本体に振り返ると、そこにはいつものVLACのアイコンはなく、【着信】という文字の下に、さっき連絡先を登録したばかりの【ハヤテ】の名前が表示されていた。
カルーラが慌てて駆け寄り、受話器マークをスワイプすると――
「あっ、カルーラ! ミロスラフ王国に戻る前に、お土産を買って帰ろうと思ったんだけど、あなたのおススメはありません?」
『さっき別れたばかりなのに、ゴメンねカルーラ。ええと、ティトゥが急にオットー達にお土産を買って帰るって言い出しちゃって。一応、水運商ギルド本部に寄る予定だから、そこで手に入りそうな物で何かあれば聞いておこうと思って』
「ギャウ! ギャウギャウ!(ママ! カルーラ! カルーラがいるよ!)」
ティトゥにハヤテ、そしてファル子が一斉に話し出したため、何がなんだか訳が分からない事になっている。
これがついさっき、『この大陸に住む命を守る』と凛々しく宣言していた人達だろうか?
やっぱり竜 騎 士は普通じゃない。
カルーラは、若干の呆れ顔になりつつ、今度は別の意味で自分の考えを確信するのだった。
次回「黒竜艦隊陸戦隊」