その31 スマホデビュー
宇宙には、我々を構成する物質以外の”質量”が存在している。
それらはダークマターと呼ばれている。
ダークマターは僕達人類の知る物質には干渉しない。光にすら反応しない不干渉の物質である。
そのダークマターの中に、エネルギーを吸収する事で、別の形に変位する性質を持つものがあった。
その変位した元素こそが、今回、問題となっている魔法元素”マナ”なのである。
変位したばかりのマナは励起状態――すなわち高エネルギー状態にあるため、非常に周囲の物質と反応しやすい。
そんな元素が、しかも大量に、惑星上という物質が満ち溢れた場所に発生したらどうなるのか?
それこそが五百年前に起きた大爆発、その原因だったのである。
「観測によると、マナの発生地点は、高確率で大陸の中央よりやや北。現在のミュッリュニエミ帝国の帝都より北北東に数十キロメートルの地点の上空であると予想されます」
最悪だ。
考え得る限り、これ以上無い程に最悪の情報だ。
この中で唯一、バラクの言葉(※日本語)の分からないカーチャが、不安そうにティトゥに振り返った。
『ティトゥ様、叡智の苔様は何て言ったんですか?』
『マナが発生する場所は、帝国の首都、帝都の少し北と予想されるそうですわ。ハヤテ、これってひょっとして――』
「そうだね。かつてこの惑星に存在する最大の大陸を二つに引き裂いたマナ爆発。その大爆発がこの大陸のほぼド真ん中で起きるって事になるね」
爆発による被害、なんてもんじゃない。
下手をすれば、大陸が丸ごと消し飛ぶかもしれないのだ。
ここで簡単に地理の説明をしよう。
ティトゥ達の住むこの大陸。これは五百年前に起きたマナ爆発。それによって引き裂かれた大陸(旧大陸?)の片割れとなっている。
片割れ、と言うからには、別の大陸も残っている訳だが、そちらは今は魔境と呼ばれ、人類未踏の暗黒大陸となっている。
話を戻して、この大陸の東はこの国、チェルヌィフ王朝が、中央はミュッリュニエミ帝国が、西は複数の国家による西方諸国が、それぞれ治めている。
ちなみにティトゥ達の住むミロスラフ王国は、中央から南に伸びた半島の半ばに位置している。
ミュッリュニエミ帝国の首都は帝都バージャント。
僕も過去に一度だけ行った事があるが(第七章 新年戦争編 その1 帝都襲撃 より)、この世界でも指折りの大都市だったのを覚えている。
「最悪、帝国は丸ごと消し飛んで国ごと消滅。大陸は周辺に僅かな陸地を残しただけで、みんな海に沈んでしまうかもしれないね」
『――と言っていますわ』
『そんな・・・』
想像を超えたあまりの被害に絶句するカーチャ。小叡智キルリア少年が、僕の言葉に頷いた。
『流石はハヤテ様。叡智の苔様も同じ事をおっしゃっておられました』
『キルリア、何であなたはそんなにのんびりしてるの。大変な事じゃない』
弟の態度が気に障ったのだろう。姉のカルーラがキルリア少年に食って掛かった。
というか、カルーラは今の話に妙にショックを受けているようだけど、事前にバレクから聞かされていなかったんだろうか? 彼女も小叡智のはずなんだけど。
『いえ、ハヤテ様。カルーラ姉さんも僕と同じ話を聞かされていますが』
「じゃあなんで? まるで初めて知ったみたいな反応をしてるけど」
『・・・ええと、姉さんも話は聞いていたものの、あまりピンと来ていなかったんじゃないでしょうか? 皆さんの反応を見て、ようやく大変な事が起きていると実感出来たとか』
ああ、そういうパターンね。他人が慌てているのを見てパニックになる人って割といるよね。日本でもニュースや口コミが原因の買い占め騒動とかたまにあったし。
カルーラは急にバツが悪くなったのだろう。慌てて僕達の会話に割り込んで来た。
『そんな事よりも、ええと、そう、あれ! 叡智の苔様が増えた理由! そのちゃんとしたわけをまだ聞いてないし!』
カルーラはキルリアの手の中のスマホを指差した。
そう言えば、その話をしていた途中だったっけ。
その後の話のインパクトが強すぎて忘れてたけど、確か僕達に連れて行って欲しくて、同型の複製を作ったとかなんとか。
「ねえバラク。僕達と一緒に来たいってどういう事? まさか急に外の世界が見たくなったから、なんて理由じゃないよね?」
バラクは彼(彼女?)にしては珍しく、少し言葉を探していた様子だったが、直ぐに僕の問いかけに答えてくれた。
「私は魔法元素による災害を防ぐためのお手伝いがしたいのです。それにはハヤテ、あなた方と行動を共にするのが最適であると判断しました。どうか私にこの国の人達を――いえ、この大陸に住む全ての人達を救うための手助けをさせて下さい」
「手助け? それって、僕達にもまだ何か出来る事があるって事? それをバラクが手伝ってくれると、君はそう言っている訳?」
「そうです、ハヤテ」
バラクはここでハッキリと言った。
「魔法元素マナから生み出された私とハヤテならば、今回の現象を極限まで抑えられる。私はそう考えています」
「うん、そこそこ。そこのネジを外して。って、ああ、道具が無いからムリか。ちょっと待って、僕の方で何とか出来ないか試してみるから」
ええと・・・あ、どうやらいけそうな感じ。案外やってみるもんだな。流石は魔法生物。我ながら随分ムチャな体の作りをしているもんだ。
さて、僕が何をしているかというと、バラクの複製――小バラクとでも言おうかな? 小バラクを僕の操縦席に固定するための場所を確保しているのである。
その候補として僕が思い付いたのが、計器盤の上に鎮座している百式射撃照準器。日頃使っていない(僕は射撃も爆撃も、基本、直感でやっているからね)これを取り外して、その場所に小バラクを乗せるというものであった。
「ああっ! ちょっとティトゥ、そんなに乱暴に引っ張らないで! まだ配線が繋がったままだから! 痛い痛い! いたたたたた! キルリア! キルリア、助けて! ティトゥと代わって! お願い!」
『あの、ナカジマ様、ハヤテ様がそう言ってますので』
『もう! 分かりましたわ』
やれやれ、ティトゥは大雑把だから困るよ。機械は繊細なんだから、もっと優しく丁寧に扱って貰わないと。
ああ、うん。キルリア、その調子。そこのコネクターの部分で外れるから、よろしくね。
『何が『よろしくね』ですの。すまほ? はこんなに小さいんだから、私が持っておけばいいじゃないですの』
うんまあ、本来のスマホの用途としては、そっちの方が正しい気もするけど、それはそれ。
ティトゥに渡しておくと、仕事をそっちのけでスマホにハマってしまいそうだから。
いや、決してスマホにティトゥを取られたくないからとか、そんな理由じゃないからね。
それに――
「それならさっきバラクが説明してただろ? スマホは電気で動いているから、僕やバラクと違って充電してあげなきゃいけないんだって」
そう。小バラクはバラクの本体と違って、マナではなく、普通のスマホと同じように電気で動いているのである。
この世界にはコンセントも無いのにどうやってバッテリーに充電するのかと言うと、小バラクは、バラク本体や僕のような魔法生物にくっつく事で、内部に組み込まれた受信コイルがマナに反応。コイルに電気が流れる事で、マナの流れを電力に変換する仕組みになっているんだそうだ。
つまりはアレだ電磁誘導。電マナ誘導? 僕は小バラクにとってのワイヤレス充電器という訳だ。
『さっぱり意味が分かりませんわ』
ティトゥはお手上げ、といった感じで両掌を上に向けた。
いくらティトゥに僕の喋る日本語が通じるようになったと言っても、彼女が現代人になったという訳ではない。
だからマナを用いた電磁誘導、とか、ワイヤレス充電とか言われても、理解する事が出来ないのだ。
などという話をしているうちに、射撃照準器の取り外しが終わったようだ。
キルリアが空いたスペースにスマホをあてがうと、スマホは勝手にその場に固定された。
『えっ?! 僕は何も動かしてないのに?!』
『けど、横向きになってますわよ? 大丈夫なんですの?』
横向き? ああ、そういう事ね。
「いいんだよティトゥ。スマホとしてはむしろこっちが縦向き。バラクの本体の方が横向きなんだから」
そう。バラクは画面が横に長い、いわゆる横置きの状態で岩に埋め込まれている。
なぜそんな形になったのかは分からないが、ご存じの通りスマホ自体は縦でも横でも使えるように作られている。最初の使用者がたまたま最初に横向きに手に取って、ずっとそのままで使っていたのかもしれない。
「そんな事より本体と通話出来るかどうか試してみようよ。キルリア、お願い」
『つうわ、ですか? それは一体どのようにすればよろしいのでしょう?』
ありゃ? キルリアはスマホの使い方が分からないのか。って、今までこの世界にはスマホはバラクの本体だけしかなかったんだから、元々通話は死に機能だった訳か。
「じゃあ僕が試しに――って、流石に自分の体じゃないから動かせないか。小バラク、そっちで出来る? 本体と通話したいんだけど?」
「分かりましたハヤテ。――呼び出し中」
「ギャウ?! ギャウギャウ!(なに?! コイツ急に変な声で鳴き出したんだけど!)」
さっきから飽きることなくバラクの体を眺めていたファル子が、突然鳴り響いた呼び出し音に驚きの声を上げた。
僕はファル子達の相手をしていたメイド少女カーチャを呼んだ。
『カーチャ! カーチャ ジュシン!』
『ええっ?! は、ハヤテ様?! じゅ、じゅしんですか?! それってどうすれば?!』
カーチャはオロオロするばかりでどうにも出来ない。
というか、カーチャにバラクを触るように頼むのはムリか。
僕はカルーラに、バラクの画面を指でスワイプしてくれるように伝えた。
呼び出し音が消えると、画面にカルーラの姿が現れた。
小バラクはビデオコールで通話を繋げたようだ。
『あっ! カルーラ! カルーラとハヤブサが映りましたわ!』
『カルーラ姉さん?!』
『うえっ?! なんで?! なんで叡智の苔様の中に、キルリアとティトゥがいるの?!』
「ギャウ?!(ママ?! ママがいる!)」
ティトゥ達は画面に映った互いの姿に大興奮。『ええっ?! どういう事?!』と、夢中になって画面を見つめている。
騒ぎを聞きつけたファル子が、仲間に入れて貰おうとカルーラの足に縋り付いた。
「ギャウ! ギャウギャウ!(私も! 私も見たい!)」
『ふぁ、ファルコ様、皆さんの邪魔をしては――ええっ! な、何ですかコレ! ティトゥ様がいます!』
「ギャウ! ギャウ!(カーチャ姉だけズルい! 私も、私も!)」
いやもう大騒ぎだね。
こうしてティトゥ達のスマホデビューは、彼女達にかなりのインパクトを残したのであった。
次回「この大陸に住む命を守るため」