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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第二十一章 カルリア河口争奪戦編
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その25 ささやかな宴

 戦いは終わった。

 いや、まだ四部族連合軍はこの町を取り囲んだままだし、公式には戦闘はまだ継続中なのだが、指揮官であるマムスがレフド叔父さんの降伏勧告を受け入れる事を決めた以上、実質的にこの内乱は終焉を迎えたも同然だろう。

 流石にティトゥもこれには驚いたようだ。目を丸くしてマムスを見つめた。


『それは構いませんが、本当に降伏――』

『おっと、それより席についてくれ。そろそろ料理が運ばれてくるころだ』


 マムスはやや大きな声でティトゥの言葉を遮った。これは――

 僕は慌ててティトゥに声を掛けた。


「待って、ティトゥ。この話はここまでにしておこう。周りにいる兵士達は、レフド叔父さんの手紙が降伏を勧めた物だという事を知らないんだ。きっとマムスは自分の決断をまだ周囲に知られたくないんじゃないかな」


 先程、マムスが降伏という直接的な表現を避けた事からも、おそらく僕の予想に間違いはないだろう。

 敵に降伏するとなると大きな混乱が予想される。どうしても敗北を受け入れられない者だって出て来るだろう。

 多分マムスは、みんなのショックを少しでも和らげるために、僕達が去った後に最初は腹心の部下達に、そして彼らの口から彼らの部下達に、最後に兵士や一般市民へと、段階を段階を踏んでこの事実を伝えるつもりなのではないだろうか?


『ハヤテ・・・そうですわね、分かりましたわ』


 ティトゥも事情を察したようだ。納得した顔で引き下がった。

 彼女はマムスに向き直った


『お話は分かりましたわ。ご子息のオトマル様の事は私とハヤテにお任せ下さい。責任を持ってハレトニェート様の所まで送り届けてみせますわ』

『ヨロシクッテヨ』

『ドラゴンに約束して貰えるのは心強いぜ。良かったな、オトマル。お前ドラゴンに乗る事が出来るぜ』


 多分、オトマル少年は人質だ。

 最初に現れた時、随分と緊張していた様子だったのは、おそらく、事前に養父からそれを聞かされていたからだろう。

 しかし、今は人質となる不安よりも、大きなドラゴンに乗って空を飛べる事にワクワクしているようだ。

 マムスはオトマルの子供らしさ溢れる無邪気な反応に小さな笑みを浮かべた。


『料理が来たみたいだな。今は戦いの最中だ。大したモンは出せねえが、せいぜい楽しんでいってくれ。そうそう。そっちのドラゴンは何を食うんだ? 言ってくれれば肉でも何でも用意させるぜ』

『ハヤテは空気中に含まれている”まな”を食べているので、食事はいりませんの』


 ティトゥの説明にマムスはちょっと大袈裟に驚いた。


『なんだそりゃ? それじゃドラゴンは息をしてるだけで、俺達がメシを食ってるのと同じって事になるのか? ドラゴンってのはデタラメな生き物だな。それじゃ酒はどうだ? メシはともかく、酒くらいは飲むんだろう?』

『結構です!』


 マムスの言葉をティトゥはキッパリと断った。

 あ~うん。僕もお酒はいいかな。これからティトゥとオトマル少年を乗せて飛ばないといけないし。飲酒運転は危ないからね。

 この頃になると、兵士達も食事の支度を終えていた。

 どうやらいつもより豪華な献立らしく、みんな嬉しそうに笑顔を見せている。

 指揮官らしい騎士の中には、『今は敵に囲まれて厳しい状況なのに、こんな贅沢を』と渋い顔をしている人もいるが、当主のマムス直々の命令には逆らえないようだ。ブツブツ呟きながら料理の前に座っている。

 ここで町の人達が大きな樽を運んで来た。

 ひと目でそれと分かるお酒の樽だ。

 次々に運ばれて来る大量の酒樽に、兵士達のテンションはアゲアゲになった。

 マムスは席を立つと、兵士達の前に進んだ。


『まだ今日の戦いが終わった訳じゃねえから一人一杯ずつだが、コイツを飲んで英気を養ってくれ! おい、お前! 何をしている!』


 マムスは並べたカップに柄杓で酒を注いでいた男を呼び止めた。

 彼は驚く男から柄杓を奪うと、カップから溢れるほどに酒を継ぎ足した。


『一杯っつったらこうだろうが。ケチ臭え事をしてんじゃねえよ』


 これには兵士達も大盛り上がりだ。先程渋い顔をしていた指揮官も、お酒の魅力には勝てないのか、顔をほころばせている。

 マムスは酒の入ったカップを掲げた。


『堅苦しい挨拶は抜きだ! 好きに飲み食いしてくれ!』

『『『『『おおおおおおっ!』』』』』


 兵士達の大歓声は、まるで(とき)の声のように周囲に響き渡り、町の外の連合軍の間に『すわっ! 敵の奇襲攻撃か?!』と緊張が走ったという。




 マムスの鶴の一声で始まった、ティトゥのもてなしという名の宴会。

 宴会、と言うには、お酒も一人一杯だけだし、ささやかなものではあったのだが、今が戦いの最中と考えると仕方がないだろう。

 マムスは降伏を決めた事で重圧から解放されたのか、妙に上機嫌な様子でティトゥに話しかけた。


『そういや、さっき俺の小刀(※ペーパーナイフ)を返して貰った事で思い出したが、お前達がネドマの発生を調べに行った件ってのは、あれから結局どうなったんだ?』


 どうやらマムスは僕達が巨大ネドマを退治した事を知らないらしい。

 まあ、巨大オウムガイネドマが出たのは、この国の東の端、今、彼らが戦っているサルート家の港町だったし、巨大虫型ネドマに至っては、山脈を挟んだ外国、帝国に出現していた訳だからね。

 周囲を敵に回して孤立無援だったベネセ家に、情報が入って来ていないのも仕方がないかもしれない。

 マムスとしては、ちょっとした好奇心、酒の肴の感覚で尋ねたつもりなのかもしれないが、いかんせん、この手の話題はティトゥの大好物だった。


『いいでしょう。詳しくお話しますわ』

『お、おう。頼まあ』


 鼻息も荒く身を乗り出したティトゥに、マムスは思わず気圧されるのだった。


 さて、そこからはティトゥの独壇場だった。

 最初のうちは僕も、「ティトゥがまた盛大に話を盛るんじゃないかな」と警戒していたのだが、今回に限ってはどうやらその心配はなかったようだ。

 一応まあ、ティトゥの方でもマムスに報告しているという自覚はあったらしい。

 多少の誇張や大袈裟な表現はあったけど、それも許容範囲内。そのくらいはみんなのために頑張った彼女へのご褒美? として大目に見てあげてもいいんじゃないかな。


 港の海底に潜み、上を通る船を沈め、人を食べる巨大なオウムガイの怪物の話には、流石のマムスも驚きを隠せなかったようだ。

 彼もサルート家の海軍の精強さは知っているようだが、そんな海軍ですら怪物相手にはまるで歯が立たない。

 港を荒らす怪物に対して、僕達は町の人達の協力を得て立ち向かった。


『それがハヤテの考え出した、”蒼穹逆落とし作戦”だったのですわ!』


 いや、違うから。僕が考えた作戦は「釣り作戦」だから。それはティトゥが勝手に言ってる作戦名だから。だからみんな、そんな熱い目で僕を見ないでくれないかな。

 そう。いつの間にか宴会ムードは収まり、みんなティトゥの話を聞こうと、僕の前に集まっていたのである。

 何と言うか、ティトゥの独演会? 今や広場はそんな謎の熱気に包まれていた。


『それで? それでどうなったんですか?』


 オトマル少年が目をキラキラと輝かせながら、ティトゥに話の続きを促した。


 町の人達の力によって、怪物は浅瀬へと引っ張り上げられた。

 僕とティトゥは動きが取れなくなった怪物に急降下。必殺の250kg爆弾を――『双炎龍覇轟黒弾を命中させたのですわ!』――ああうん、その何とか弾ね。その何とか弾を命中させたのだった。

 しかし、爆弾の爆発で倒したと思っていた怪物は、実はまだ死んでいなかったのである。

 息を吹き返した怪物は、満ち潮で動けるようになると海へと逃げ出した。

 そんな怪物の動きを止めたのは、引退していた元騎士団員で、今回の騒ぎで原隊復帰していた老兵、ローヴ老人であった。

 ローヴ老人は自らの身を挺し、怪物のずきんから魔力の源とも言える赤い石を引き剥がした。


『魔力の源――そう言えばネドマには”魔核”とかいう、小さな石があるんだったか』


 マムスは納得している様子だけど、あの赤い石は違うから。あれは僕の欠片の片割れだから。

 まあ、ちゃんと説明しようとするとややこしいし、そもそもティトゥも正確に理解している訳じゃないっぽいけど。


『こうして動きを止めた怪物にハヤテが止めを刺したのですわ。しかし、その日の夜にローヴ老人は亡くなられたですの』


 生まれ故郷である港町を怪物から守り、死んだと思っていた孫が帰って来た事で、老人の中の張り詰めていた気持ちが切れたのだろう。彼は眠りの中でその息を引き取ったという。

 勇敢な老兵の最後に、周囲にしんみりとした空気が流れた。

 マムスは気持ちを切り替えるようにティトゥに尋ねた。


『一匹目の怪物の話はそれで分かった。だが、お前達が調べに行ったのはもう一か所あったはずだ。確かそっちはバルム領の帝国との国境の山脈という話だったが』

『ええ。正確には山脈を越えた帝国側ですわね。そちらに出たのは細長いムカデに似た巨大怪物でしたわ』


 巨大な怪物がもう一匹出たという話に、兵士達がギョッと目を剥いた。

 虫型の怪物は、麓の町を襲っている最中だった。

 兵士達は『そっちも人を食うのかよ』とか『帝国に出たのか。ヤツらにはいい気味だ』などとざわめいた。


『町の外に逃げようと門に集まっていた人達に怪物が襲い掛かっていた所を、ハヤテが双炎龍覇轟黒弾でやっつけたんですわ』


 今度の決着は随分とアッサリ気味だが、実際、出会い頭の一撃で倒したんだから仕方がない。

 兵士達もちょっと物足りなさそうな顔をしていたが、現場が他国という事もあってか、不満の言葉がこぼれる事はなかった。

 ぶっちゃけ、港町デンプション――つまりは自分達の良く知っている場所に現れた時程は、興味が惹かれなかったのだろう。

 ていうか、僕達は実際に現場で見ている訳だけど、みんな良くティトゥの話だけでそんな怪物の存在を信じてくれるよね。普通ならもっと疑ってかかりそうなものだけど。


『いやあ、俺達が知らない間にまさかこんな大変な事があったとはな』

『ああ。この世にそんな巨大な怪物がいるなんて、ちょっと想像出来ないが、実際、目の前にドラゴンがいる訳だしな』

『そうだな。このドラゴンでなければ倒せないような怪物となれば、そりゃあ、さぞかしスゴイ化け物だったんだろうと思うぜ』


 ああ、なる程。どうやら僕の存在が話に説得力を与えていた模様。

 あちこちでティトゥの盛りに盛った話が受け入れられているのも、案外、この辺りに原因があるのかもしれない。


『それにしても、流石はドラゴンだ。そんなバカデカイ怪物を相手に一歩も引かない大立ち回りを演じるとはな。出来れば俺もその場にいて見てみたかったぜ』


 マムスはそう言うと、カップに残った酒を気持ちよさそうにあおった。


『実に心地良い、痛快な気分だ。ナカジマ殿、いい話を聞かせてくれた事、感謝する』

『どういたしまして。こちらこそ調査の時にはベネセ様からお借りした小刀に随分と助けられましたわ』


 ティトゥも僕達の活躍を最後まで語り切った事で、達成感的なものを覚えていたのだろう。機嫌よくそう答えた。

 こうしてマムスの開いたささやかな宴会は、かなりの盛り上がりを見せたまま幕を閉じた。

 僕はご機嫌な兵士達に見送られながら、ティトゥとオトマル少年を乗せて城塞都市アンバーディブを後にしたのだった。


 ちなみにその後、水運商ギルド本部へと戻った僕達は、レフド叔父さん達から『まさかもう戻って来たというのか?!』と、驚愕される事となった。

 ティトゥはちゃんと手紙を渡したと伝えたのだが、叔父さん達は半信半疑、理解が追いつかない様子だった。

 もし、オトマル少年が一緒にいなければ、全く信用して貰えなかったかもしれない。

 いやはや、危ない所だった。

次回「一抱え程の壺」

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― 新着の感想 ―
[一言] 話の流れから言って一抱え程の壺ってのが不穏な空気を漂わせてるな、吹っ切れた敗軍の将が気掛かりを託したら後はけじめを付けるとなると
[良い点] ハヤテに酒を飲ませたらせっかくの和平の場が惨劇になっちゃう(笑)
[一言] ティトゥがさらっとマナについて話しましたけど、モニカさんも認識済でしたけ…
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