その4 エアクラフト ミーツ ガールズ
『お嬢・・・ティトゥ様! もうお屋敷にもどりませんと!』
そう言って木の陰から飛び出してきたのは、メイド服姿のちょっと小動物系の女の子。
年齢は中学生くらいだろうか?
服や頭のあちこちに葉っぱをくっつけながら、息を荒くしている。
どうやらあまり森歩きに慣れていないみたいだ。
っていうかリアルでメイド服って初めて見た。
大学生のころ、学祭で女子が着てるのを見た事ならあるけど、アレはもっとヒラヒラしたザ・コスプレって感じだったし。
この子のは、いかにも仕事着といった少し野暮ったい服で、こんな小さな女の子が着るにはあまり似つかわしく無い感じだ。
僕の感覚が日本人的だからそう感じるのだろうか?
声をかけられた2.5次元美少女がメイド少女に振り返った。
2.5次元美少女を・・・いや、折角名前が判明した事だし今後はティトゥと呼ぼう。
ティトゥをお嬢様と言いかけたということは、メイド少女はティトゥの使用人なんだろう。
ティトゥはいいとこのお嬢様なんだな。
森の中で出会ったとは思えないほど品の良い美少女だから、おかしいと思っていたんだよね。納得、納得。
『あら、カーチャ』
ふむふむメイド少女の名前はカーチャね。
以降、メイド少女改めカーチャで。
『旦那様に一人で森に入らないように言われているじゃありませんか!』
あ、今ティトゥ、カーチャに聞こえないように小さく舌打ちした。
『舌打ち禁止です。子供じゃないんですから、淑女としての行動を常に心がけてください』
バッチリ聞こえていたようだ。
『いつもそれでは息が詰まるわ。どうせ今は森の中で他人の目など届かないのだから気にしなくても良いわ。』
『他人の目が無くてもダメです。日頃の行いが正式な場でもつい出てしまうんですよ』
『なら今日は淑女はお休みの日にしますわ』
『淑女にお休みの日はありません!』
『明日、いつもの倍心がければ、今日の分と合わせて丁度になりますわ』
コレはあれだ、ダメな姉としっかり者の妹的な関係だ。
『大体なんで急にお屋敷を飛び出したりしたんですか? 森に行くなら今朝のうちに言っておいて頂けたら・・・』
そこで初めてカーチャが僕の存在に気が付いたようだ。
こんなに大きなわがままボディーに、今の今まで気が付かなかったとは。しっかり者のようで案外うっかりさんな少女だね。
カーチャは途中で言葉を飲み込み、パッチリとした大きな目を極限まで見開いた。目玉がこぼれ落ちそうだね。余計な心配か。
『ぎゃあああああ!!! ド・・・ドラゴン?!!』
カーチャさんや。キミも僕を見てそう言うのかね?
取り敢えずやはりこの世界にはドラゴンがいるっぽい。
『お・・・お嬢様!!! ド・・・ド・・・ドラゴンが!!!』
『カーチャ、今度私を”お嬢様”って呼んだら、あのドラゴンに丸かじりさせることにするわ』
『何言ってるんですかお嬢様!! そんなコトよりドラゴンが!』
あ、ティトゥの額に青筋が浮かんだ。
おおう、そのまま腰を落とすとカーチャ背後に素早く回り込み羽交い締めにしたぞ。
なんだろう、アマレスの女王という言葉が浮かんだ。
そのままティトゥが身体を反らすと、小柄なカーチャはつま先立ちになった。
カーチャの動きを封じたティトゥはカーチャを盾にジリジリとこちらににじり寄ってくる。
『さあ、ガブっとやっちゃって頂戴』
『いやああああああ!!!』
哀れな生贄は半狂乱だ。
辛うじて動く腕を振り回して暴れるが、彼女を捉えた無慈悲な主には届かない。
わずかに地面に届くつま先を精一杯突っ張って抵抗するのみ。
愛嬌のある可愛い系の顔立ちも、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになって台無しだ。
愛らしい少女の変わり果てた姿に流石に心が痛む。
いくら対人恐怖症気味の引きこもりとはいえ、このまま何もしないのは人としてどうだろう。
あ、今の僕は人じゃなくて飛行機だった。いや、そういうのいいから。
え~と、あ~、あ~。
「あ~・・・っていうか君ら何? どこかのお嬢様とそのメイドでいいのかな?」
彼女たちの動きが止まった。
空気まで凍り付いたようだった。
あまりの出来事に僕も固まっていた。
いや、この体で喋れたことも発見だけど、そんなことより・・・
今、僕が喋ったのって日本語だよね?
『『喋った?!』』
そう、突然の展開に慌てていたので、うかつにも気が付いていなかったが、彼女たちの喋っている言葉は僕が聞いたこともないような言語だったのだ。
『謎の言葉を喋りましたよ?!』
『そ・・・そうよね?! 今の言葉だったわよね?! とても驚いたわ! 何て言ったのかしら?』
『ドラゴン語で話しかけてきたんでしょうか?』
『ドラゴン語?! きっとそうだわ。聞いたこともない言葉だったんですもの』
少女達は大興奮だ。
美少女と可愛い少女の主従が手を握り合ってはしゃぐ姿は尊い。
いつまでもその姿を愛でていたいところだが、今のうちにこちらは急いで現状の把握に努めよう。そうしよう。
まず大前提として彼女たちが話している言葉は日本語ではない。
僕が聞いたこともない言語である。
だから当然僕はその言葉を喋れないし、当然自分が喋れるのは日本語である。
――前世は日本人なんだから当たり前だ。
しかしながら、僕はなぜか彼女たちの会話を理解できているのだ。
当たり前じゃないな。
どうなってんだ?
もう少し踏み込んで考えよう。
僕は彼女たちの言葉を、日本語として聞いているわけではない。
ということは、言い換えれば”謎言語を謎言語のまま聞き取っている”わけだ。
にもかかわらず、会話の内容自体はバッチリ理解できている。
なぜ分かるのかって? そこは、実際分かるんだから仕方ない、としよう。
さて、この飛行機の身体だが、普通に音を聞き取っているのか怪しいのだ。耳とかどこにも付いてないし。
これは、目が無い身体で目で見るように捉えることができているように、音も聞こえてないのに聞こえているかのように捉えることができている、と考えるべきではないだろうか?
つまり僕は会話を耳で聞いているんじゃなくて、実は伝えようとしている内容だけを直接テレパシー的な何かで受け取っている。だから会話の内容は分かるが自分がその言語で話すことはできない。
そう考えれば案外筋は通るんじゃなかろうか?
まあ、地球で死んだ人間が飛行機に生まれ変わるようなファンタジーな世界なのだ。こうやって理詰めで考えることに意味があるのか分からないが。
案外、魔法とか言語関係のスキルとか、そういうのが普通に存在する世界なのかもしれないし・・・
! それだ!
「ステータスオープン!!」
突然叫んだ僕に少女二人がビクっとする。
正直スマンかった。
そして僕の予想は外れ、何も起こらない。
微妙な空気が流れる。
ああああああああっ!! やっってもおおおたああああ!!
いやね、僕の読んでた異世界転生モノのWeb小説だと、ステータス画面表示は定番中の定番、ド定番のお約束なんだよ。
少女達に僕の言葉が分からなかったのがせめてもの救いだわ。
そうでなきゃ、もう一度転生しかねないほどの心のダメージを負ってたわ。
何? 大げさに言うなだって?
だったらお前、電車の中で一人で突然「ステータスオープン!」って叫んでみろよ!
死にたくなるに違いないから!
・・・いや、本当にやるなよ?
ふと気が付くと、ティトゥがカーチャを従えて僕の前に立ってた
どうやら、僕がかかなくてもよい恥じをかいて勝手に悶え苦しんでいる間に、二人で話しをして何かしらの結論を出したらしい。
その瞳に真っすぐに見つめられ、僕は彼女から目が離せなくなった。
なんだろう? 今までのどこかバタついた空気がピンと張りつめたように感じる。
なるほど、これが本物のお嬢様というものか。この若さでも人の上に立つ人間というのは僕ら庶民とは違うんだな。
僕がティトゥのことを見直していると、彼女は拳を力強く握りしめるとハッキリと僕に宣言した。
『今ここにあなたの言葉を”聖龍真言語”と名付けますわ!!』
心底どうでも良い宣言だった。
そして彼女は中二病であることも分かった。
これもまたどうでも良い情報だった。
次回「一難去って」