その23 降伏勧告
ベネセ家の本拠地となる町は、町の周囲を城壁と堀でグルリと囲った堅牢な城塞都市であった。
この世界で似たような作りの町で例えれば、小ゾルタの王都バチークジンカ。
あそこをもう少し無骨にして実用本位にしたような感じ――と言って伝わるだろうか?
チェルヌィフの六大部族が治めているだけあって、かなりの大きさの町だ。
僕は何度か町の上空を往復したが、とにかく多すぎる情報量に脳の処理が追いつかず、目が滑って仕方がなかった。
「どうするティトゥ。僕はさっき上を通った大きな庭園? 屋敷の庭? 辺りに落とすのがいいんじゃないかと思ったけど」
『どうかしら? 広すぎて逆に見つけてもらえなかったりするんじゃありません?』
それは――確かにそれはあるかもしれない。
『ちゃんと見つけて貰うなら、やっぱり人が多く集まっている場所に落とすのがいいんじゃないかしら?』
「となると、城壁の近くに集まった兵士達の所か。う~ん。ヘタに気を使うよりも、ストレートにそっちの方がいいか。けど、ここの城壁って結構高いから、あまり高度を下げられないんだよなあ」
さっきからティトゥと何の相談をしているのかって?
レフド叔父さんから預かって来た書簡。降伏勧告の書かれた書簡の落とし場所を探しているんだよ。
ベネセ家との戦いが続いているにもかかわらず、四部族連合軍の総指揮官であるレフド叔父さんが、後方にいる理由。
それはベネセ家に対して執拗に報復を求めるサルート家との確執によるものであった。
『いや、サルート家の者達全てがそれを望んでいる訳ではないのだ。既にベネセ家は相応の報いを受けた。これ以降は話し合いで解決するべきだ。そのように考えている者達も大勢いる。だが、少数とはいえ過激な者達がいてな』
あ~、そういう事。
大勢としては、ベネセ家はもう十分に痛い目に遭った。これ以上、互いの血を流すよりも、後は賠償金なりなんなりで済ませたい。そういう流れになっているようだ。
しかし、少数ながらあくまでも復讐を諦めない者達もいる、と。
そして世の中というのは困った事に、そういう過激な人達程、またやたらと声が大きかったりするのだ。
この辺りの事情は地球だろうが異世界だろうが変わらないらしい。世界は違っても同じ人間社会という訳だ。
『ですがハレトニェート様(レフド叔父さんの家名。叔父さんはここの当主なのだ)はこれ以上の戦いは望んでいないのですわよね?』
『当たり前だ。ベネセ家の力が落ちれば喜ぶのは帝国だ。なぜ我々チェルヌィフの者が帝国のためなんぞに血を流してやらなければならん』
ティトゥの言葉に、レフド叔父さんは憮然とした表情で答えた。
周りで僕達の会話に聞き耳を立てていた護衛の騎士達も、したり顔でウンウンと頷いている。
この国の、というか、ハレトニェート家の帝国嫌いは、かなりの筋金入りのようだ。
レフド叔父さんは眉間に皺を寄せると、辛そうな顔になった。
『ベネセの者達のためにも、良い落としどころを見つけてやらねば。そう思って手を尽くしていたのだが、力及ばずこの体たらくだ。情けない事だよ。そんな時、ナカジマ殿とハヤテが王城に参内を希望しているとの知らせを受けた』
王城に参内? 僕達は叡智の苔に会いたいだけで、王城に上りたい訳じゃ・・・って、そうか。叡智の苔の存在を知る者はチェルヌィフの中でも限られている。だから対外的には参内って事にしている訳か。
『だから恥を忍んでこうしてやって来たという訳だ。頼むハヤテ。俺のためとは言わん。今も苦しんでいるベネセの者達のために、どうか力を貸してくれないか』
レフド叔父さんはそう言うと僕に頭を下げたのだった。
レフド叔父さんに続いて、護衛の騎士達も僕に頭を下げた。
『頼みますドラゴン殿』
『どうかご当主様にお力をお貸し下さい』
ティトゥも彼らに同情しているようだ。縋るような目で僕を見上げた。
『みんな困っているのですわ。ハヤテ、力になってあげましょう』
いやいや、ちょっと待って。先ずは頭を上げて欲しいんだけど。
力になるも何も、僕にどうして欲しいのかをまず話してくれないと、どうする事も出来ないから。
「僕の力でどうにか出来るなら、手助けするのはそりゃあ構わないよ。ぶっちゃけ僕も帝国は――帝国皇帝ヴラスチミルは嫌いだからね。この国の人達が苦しんだ結果、ヴラスチミルだけが喜ぶ事になるなんて最悪だと思うし」
『きっとハヤテならそう言うと思ってましたわ!』
ティトゥはパッと笑みを浮かべた。
レフド叔父さん達は僕の言葉は分からないものの、ティトゥの反応を見て、僕の返事を察したのだろう。彼らの間にホッと安堵の空気が流れた。
いや、だから説明してくれないと引き受ける事も出来ないから。だからティトゥ、早く説明してくれない?
『ええ、分かってますわ。ハレトニェート様は私達に書簡を届けて欲しいとの事ですわ』
「書簡? 手紙を届ければいい訳?」
『おい、アレを』
『はっ!』
レフド叔父さんが指示すると、護衛の騎士が丸めた紙を差し出した。
『これは俺がマムス(ベネセ当主)に宛てた書簡だ。内容はヤツに降伏を勧めた物となっている』
『さっき私も見せて貰いましたわ』
ティトゥも見たの? ていうか、見せてもいいものなの?
『構わん。ザッと言えば、俺の名前で、お前とお前の家族、それに部下達の安全を約束する。そう書いてあるだけだからな』
レフド叔父さんの言葉にティトゥが頷いた。
なる程。僕の役目は停戦の使者という訳か。でもそれって僕でなきゃダメな訳? 別に誰でも――って訳にはいかないか。それにしても、レフド叔父さんの所から使者を立てればいいだけのような気がするけど。
『それが出来ればもうやっている』
レフド叔父さんは苦虫を噛み潰したような表情になった。
『サルート軍のヤツらが何度も使者と偽ってベネセ家の者達を欺いた事で、すっかり疑念に固まっているのだ。今では使者の旗を立てて近付くだけで矢を射かけられるようになってしまった』
あらら。どうやら戦いの序盤に、サルート軍の将軍達はかなりあこぎな手を使っていたようだ。
そのせいで、『どうせまた使者と偽って騙しに来たに違いない』と、信用して貰えなくなったらしい。
『本当は俺自らがおもむきたい所なのだが――いや、分かっている。流石にもう言わんよ』
レフド叔父さんは護衛の騎士達の困り顔を見て慌てて手を振った。
ハレトニェート家の騎士としては、当主が単身敵地に乗り込むなんてムチャを言い出したら、流石に止めるよね。
ていうか、僕もそんな危険な場所にティトゥを連れて行くのはイヤなんだけど。
『それなら大丈夫ですわ。手紙は何かに括り付けて空から落とせばいいんですわ。そうすれば向こうで勝手に拾ってくれますわ』
そんな事でいいの? と思ったら、その方法でレフド叔父さんも納得してくれているそうだ。
手紙さえ相手に届けばどんな形でもいいらしい。
矢に括り付けて飛ばす、いわゆる矢文も考えたらしいが、相手の町が高い城壁に囲まれた城塞都市なので断念したんだそうだ。
なる程、分かった。つまり僕とティトゥはこの手紙を持って、ベネセ家の町まで行って、空から手紙を投げ落とせばいいという訳だね。後は向こうが勝手に拾って読んでくれると。
それでベネセ軍が降伏してくれるかどうかは分からないけど、そこは相手次第。ある意味、相手がどれだけレフド叔父さんを信用してくれるかにかかっているという訳か。
「話は分かったよ。手紙ももう準備しているようだし、どうする? 善は急げって言うし、今から行く?」
『そうですわね。それではハレトニェート様、今から届けに行きますから、お手紙をお預かりしてもよろしいでしょうか?』
『えっ?! 今から行くのか?! ――い、いやハヤテならそれも可能なのか? そうなのか? う、うむ。確かに早いならその方がいい。では頼んだぞ』
レフド叔父さんは驚きに目を丸くしながらティトゥに手紙を手渡した。
護衛の騎士達は『今から?』『ベネセは王都の西だぞ』と、半信半疑の様子だ。
ティトゥはヒラリと僕の操縦席に乗り込むと、伸ばした指先をこめかみにあてて陸軍式の敬礼をした。
『それでは行って来ますわ! 前離れー! ハヤテ』
「了解。エンジン始動」
バババババ・・・
プロペラが回転を始めると、プロペラ風が庭に植えられた新緑の木の葉を揺らす。
レフド叔父さんは大きくなったエンジン音に負けじと叫んだ。
『ナカジマ殿! ハヤテ! 頼んだぞ!』
『りょーかい! ですわ! ハヤテ、行って頂戴!』
僕はエンジンをブースト。タイヤが地面を切ると、大空へと舞い上がったのであった。
といった訳で、ベネセ領の主都――領都? アンバーディブに到着。
町は十重二十重と物凄い数の軍勢によって取り囲まれていた。堀と城壁がなければ、今すぐにでも陥落しそうな感じだ。
「それにしてもスゴイ光景だな。豊臣秀吉の小田原城攻めとか、大阪冬の陣とかを空から見たら、きっとこんな感じに見えるんだろうなあ」
『それって何ですの?』
おっと、思わず漏れた呟きに、ティトゥが食い付いてしまった。
どうやらティトゥ好みの響きだったらしい。
説明してもいいけど、流石に今はそんな時間はないかな。
「という訳でまた今度の機会にね。今はレフド叔父さんから託された手紙を落とす場所を探さないと」
『こう広い町だとどこに落としていいか迷いますわね』
そうだね。以前、パソコンのモニターを買い替えようとした時、最初にネット通販で探したら、あまりにも種類が多すぎて何を買ったらいいか分からなくなってしまった事があった。
あの時は結局、家電量販店でおススメになっている物を買ったのだが、選択肢が多すぎると目移りして決められなくなるという経験ってないだろうか? これって僕だけ?
そんなこんなで、手紙を落とす場所を決めかねたまま、町の上空を通過する事数回目。
そろそろ決めないといけないな。と思っていた所で、僕達はその光景に気がついた。
「ねえ、ティトゥ。あれってひょっとして・・・」
『ええ。明らかに私達を出迎えてますわね』
町の大通りの入り口近く。城門のすぐ前に大きく広がった広場。
その場所は、現在は兵士の待機所として使われている様子だった。
さっき通過した時には、兵士が行軍したり訓練していたりしていたはずだが・・今は真ん中をキレイに空けて列を作って並んでいる。
そしてその中央に一人で立ち、こちらを見上げているのは――
『マムス・ベネセですわ』
そう。王城の聖域で僕達と一緒に叡智の苔に会った、ベネセ軍の若き指揮官。
レフド叔父さんと並び、王朝の”双獅子”と称される歴戦の雄。
今はベネセ家の当主となっているマムス・ベネセ、その人であった。
次回「忘れ形見」