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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第二十一章 カルリア河口争奪戦編
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その19 あのボートを止めろ!

◇◇◇◇◇◇◇◇


 帝国黒竜艦隊が、対ランピーニ聖国戦に向けて考案した”飛魚(トビウオ)”作戦。

 四隻の超大型輸送船から降ろされた、無数のボートは、水しぶきを上げながらカルリア河口に殺到した。

 さながらその光景は、漁船の網に追われる飛魚(トビウオ)の群れのようでもあった。


「な、なんて数だ!」

「く、来るぞ!」


 数や大きさはそれだけで人を圧倒する。

 ミロスラフ王国軍の前線の兵士達は、一時騒然となった。

 指揮官達は内心で舌打ちをした。


(兵士達が浮足立っている。初めの頃こそ帝国艦隊の威容に呑まれていた兵士だったが、この数日の戦いで思っていたよりも戦いになっていた事で次第に慣らされ、知らない間に気が緩み始めていたようだ)


 そして彼らはハッとした。


(もしかして帝国艦隊の狙いはそれか? 最初から激しく攻撃をしかけてしまえば、こちらも窮鼠(きゅうそ)(※追い詰められたネズミ)と化し、部隊に大きな被害を出してしまうかもしれない。だからヤツらは、最初は戦力を小出しにする事で、守備側の油断を誘い、兵士達の気が緩んだ所を狙って全戦力で攻め込んで来たのか?)


 指揮官達のこの推測は、いささか敵の思惑を買い被り過ぎだろう。

 知っての通り、今まで黒竜艦隊の攻撃が積極性を欠いていたのは、ハイネス艦長の、『こんな不本意な戦いで、大事な部隊を消耗させてたまるか』という思いによるものであり、そこには作戦はなかった。

 結果として守備側の意表を突く形になっただけで、別に狙ってやった訳ではなかったのだ。

 指揮官達は逃げ腰になる兵士達を怒鳴り付けた。


「うろたえるな! 敵が船で来ようがボートで来ようが、やる事はこの数日間と何も変わらない! 我々は我々の受け持ちの箇所を死守し、敵兵の上陸を阻止するのだ!」

「弓を構えろ! とにかく数を撃つ事を考えろ! 敵ボートは密集している! 狙いを付けなくても、撃てばどれかには当たるはずだ!」


 確かに指揮官の言う通り、帝国軍のボートは互いにぶつかりそうなほど密集している。

 弓矢による攻撃を避けるためには、ある程度広がっていた方が良さそうに思えるが、何か距離を開けられない理由があるのだろうか?

 じりじりと神経が焼かれるような息詰まる時間。

 しかし、その時は唐突に訪れた。


「――これって。お、おい」

「ああ、どうやら敵は北側(こっち)には来ないようだな」


 そう。帝国艦隊のボートは、彼らのいる北の海岸線には近付く事なく、南の方へと向かっていたのである。

 この瞬間、兵士達の間に張り詰めていた空気が僅かに緩んだ。

 ミロスラフ王国軍はカルリア河口に防衛線を敷いている。

 具体的に言えば、アレークシ川を挟んで川の北と南の二箇所に部隊を分けている。

 一応はヘルザーム伯爵領に隣接する北側の方が、敵の上陸目標になり易いのではないかとの考えで、カミルバルト率いる主力は北側の陣地を守っているが、どうやら敵の狙いは川の南側だったようだ。

 勿論、敵が南側に上陸し、橋頭堡を築いてしまえば防衛側の敗北。北の陣地だけ守れても何の意味もないのだが、そこは命のかかった戦場である。

 一先ず目の前から危険が遠ざかった――戦場が遠のいたという事が分かり、兵士達がついホッとしてしまったのは仕方がない事だろう。誰だって自分の命が一番惜しいのだ。

 そしてそれは彼らを指揮する指揮官達も同じだった。


 だが、彼らは知らなかった。

 アレークシ川を挟んで南側。そちらの前線でも、同じように兵士達が「敵はこっちには来ないようだ」とホッとしていたという事を。

 その事態に気づいたのは、前線から離れて後方にいた者達。

 戦場を俯瞰で眺める事が出来る位置にいた者達。

 ミロスラフ王国軍指揮官、国王カミルバルトと、彼の部下の将軍達であった。


「むっ? 帝国軍はどうするつもりだ? あのまま進めばアレークシ川に入ってしまうが?」

「まさか川を遡るつもりではあるまいな」

「! そうか! 満潮だ!」


 オルドラーチェク家の将軍、”ボハーチェクの鮫”ことガルテンが声を上げた。


「満潮だと? おいガルテン、海の水位が上がる事とあの帝国海軍の動きに何の関係がある?」

「敵の狙いはアレークシ川だったんだ! 水というのは、普段は川から海に向けて流れている。だが、満潮の時には海の水位が上がるため、河口では逆に海から川に水が流れるんだ!」

「なんだと?!」


 カミルバルトが慌てて振り返った視線の先。

 帝国海軍のボートは集団でアレークシ川へと突入しようとしていた。

 ガルテンはなおも叫んだ。


「チクショウめ! 今日に限って喫水(※船の水に浸かっている部分)の浅いボートで来たのも川を遡るためだったんだ! 帆ではなくオールを使っているのも、風向きに左右されずに船を進めるためのもの! 敵は海岸線ではなく、アレークシ川を遡る事で、こちらの防衛線を回り込み、裏を突く狙いだったんだ!」

「マズいぞ! 海岸線に作られた防衛線は海から上陸してくる敵に対してのもので、後方からの攻撃は考慮されてはおらん!」

「そうとも! しかも後方には堀どころか、土塁すら作っておらんのだ!」

「陣地以前に、そもそも、俺の部隊はそのように編成されていない! 今から配置換えを命じて間に合うのか?!」

「冗談じゃない! 後方には我が軍が配置されているんだぞ! 本隊をバチークジンカの守備に残して、輜重部隊だけで編成している我が軍が、あの数の帝国軍を相手に持ちこたえられるはずがないではないか!!」


 帝国海軍の予想外の作戦にうろたえる将軍達。

 ミロスラフ王国軍は、国王カミルバルトが指揮する国王軍を中心とする、各貴族家による連合軍である。

 数だけは揃っているが、練度も装備も指揮系統すらもバラバラで、一つの軍として見た場合、その数程の戦闘力は期待出来ない。

 良く言えば連合軍だが、悪く言えば寄せ集め。

 突然のピンチにその悪い部分が――戦力としてのまとまりのなさが、露呈してしまっていた。




 黒竜艦隊の旗艦。その大型船の艦橋ブリッジ

 指揮官のハイネス艦長は、アレークシ川に殺到して行くボートの群れを見守っていた。

 事ここに至って、ようやく敵もこちらの目的に気付いたのだろう。慌てて川の両岸から矢を射かけているのが見える。


「しかし、もう遅い」


 そう。”飛魚(トビウオ)”部隊は、既に海岸線を突っ切って、次々とアレークシ川に突入している。

 こうなると強固な陣地は返って柔軟な用兵を妨げる。

 海岸に沿う形で広く横長に展開している陣地は、横方向への移動を――配置転換を考慮されていなかった。

 敵の矢はまばらで、飛魚(トビウオ)部隊の船足を止められるものではなかった。

 ミロスラフ王国軍は、今まで帝国軍の攻撃を防いで来た事で、自分達の陣地の力を過信していたのである。

 飛魚(トビウオ)部隊は多少の被害はものともせず、満潮の水の流れに乗って勢いを殺すことなく川を上って行く。

 その光景にハイネス艦長は作戦の成功を確信した。




 ハイネス艦長の見つめる光景を、真逆の立場から見つめる存在。

 ミロスラフ王国国王カミルバルトは、先程からイヤな予感に囚われていた。

 敵ボート部隊の目的は、満潮による川の水の逆流を利用して、堅固な前線を迂回。無防備な陣地の背後を突くことにある。

 一見、筋が通る考えのようだが、彼は自分達がまだ何か見落としているように思えてならなかった。


「とはいえ、いつまでもこうして手をこまねいている訳にはいかんか。ガルテン――はダメだな。こうもうろたえていては、部隊を任せる事は出来ん。アダム! お前に王都騎士団、千を任せる! 敵の上陸地点に先行し、敵の目的を阻止せよ!」

「は、はあ」


 カミルバルトはアダム特務官の微妙な返事に、頭にカッと血が上った。

 アダム特務官は国王の険しい表情を見て、慌てて言い訳をした。


「に、任務は分かっておりますが、敵の上陸地点とはどこなのでしょうか? 先行しようにもそれが分からない事にはどこに向かえばいいのか分からないのですが?」

「そんな事まで俺が知るか! そのくらい自分で考えて――いや待て。敵は本当に上陸してもいいのか?」

「と申しますと?」


 普通に考えれば、敵はこちらの陣地の後方に上陸するのだろう。


「しかし、敵は本当にそれでいいのか? 敵陣を後方から攻める、というのは確かに一見、有効な策のように思える。しかし、それは俺達が自分達の陣地の後方が手薄だと知っているからで、帝国軍はその事実を知らないはずだ。勿論、こちらが完全な陣地を作る時間などなかったのは敵も察しているだろうが、もし、その攻撃を俺達が持ちこたえてしまったらどうする? 陣地の裏に回った敵軍は、敵に囲まれて帰るに帰れなくなってしまうんだぞ」

「・・・あっ」


 そう。こちらは陣地の後ろが弱点だと知っているからこそ、敵のボート部隊の行動にうろたえているのであって、相手はその事実を知らない。

 もし、陣地の後ろにも有力な部隊がいた場合、敵ボート部隊は引くに引けず、完全に敵地で孤立してしまう事になるのではないだろうか。


「自ら兵士を背水の陣に送り込むような事をするか? 仮にやるにしても、それはこのタイミングではないだろう」


 ボートに乗って来たのだから、失敗したらボートに乗って逃げればいい。それが机上の空論であるのは、船の事を知らないカミルバルトでも良く分かる。

 撤退戦というのは、戦いの中でも特に被害を出すものだからである。

 疲労困憊し、数多くの負傷者を抱え、敵による追撃まで受けている。そんな極限状態に水まで絡めば、溺れ死ぬ兵士が数多く出るのは間違いないだろう。下手をすれば、最悪、部隊の消滅まで考えられる。


「でしたら敵はどこに上陸するつもりなんでしょうか? どこに降りても敵地である事には変わりありませんが」


 そう。どこで陸に上がっても、そこがミロスラフ王国軍の支配地域である事には変わりない。

 カルリアにミロスラフ王国軍の主力が駐屯していて、王都バチークジンカに守備隊が残っている限り、どこに上陸しても結局は挟み撃ちに遭うだけなのでは・・・


「! 敵の狙いはそれ(・・)か!」


 その瞬間、カミルバルトは敵指揮官の狙いを確信した。


「いかん! 急いであのボートを止めろ! 敵の目的は我が軍の後方を突く事ではない! ヤツらの狙いはアレークシ川を遡った先! その先にある小ゾルタの王都、バチークジンカを落とす事にあるのだ!」

「「「なっ?!」」」


 カミルバルトのあまりに突拍子もない言葉に、将軍達は思わず絶句するのだった。

次回「輜重部隊の竜軍師」

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[一言] 投稿お疲れ様です。いつも楽しみにしています。続き楽しみに待っています。
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