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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第二十一章 カルリア河口争奪戦編
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その18 ”飛魚”作戦

◇◇◇◇◇◇◇◇


 アレークシ川の河口、カルリアを巡る両軍の戦いは一週間を迎えていた。

 その間、帝国黒竜艦隊は繰り返し上陸を試みていたが、ミロスラフ王国軍の激しい抵抗に遭い、その目的を果たせずにいた。


 黒竜艦隊が退けられている理由はいくつか考えられるが、中でも大きく影響を与えているのは、両軍における心理面の差ではないだろうか。

 一つ目に上げられるのは、兵士達の士気の差。

 黒竜艦隊は、元々、クリオーネ島を治める海軍大国、ランピーニ聖国を仮想敵として編成されたものである。

 大陸最新鋭の船も、日々の厳しい訓練も、聖国海軍と雌雄を決する時ためのものであり、今回のような半島の小国同士の小競り合いに関わるために準備されたものではない。

 そのため、どうしても兵士達の士気は奮わなかった。

 逆にミロスラフ王国軍にとっては、帝国は二年前、自分達の国を脅かした強大な脅威である。

 帝国軍の上陸を許せば、今度こそ国土を侵略されかねないという恐怖。

 そして自分達はその帝国軍を退けた英雄王カミルバルトに指揮されているという誇り。

 それら二つの感情によって、彼らは実力以上の力を発揮していたのである。


 二つ目の理由として考えられるのが、黒竜艦隊の指揮官、ハイネス艦長の抱える迷いである。

 先程の一つ目の理由にも重なるが、黒竜艦隊とは本来、ランピーニ聖国と戦うために作られた部隊である。

 今回は政治的な理由――というよりも、カルヴァーレ将軍の虚栄心――のために、不本意ながら半島での戦いに赴かなければならなくなったが、ハイネス艦長としてはこんな戦略的に意味のない戦いで貴重な船舶や部下の命を失いたくはなかった。

 そんな指揮官の保守的な気持ちが、部隊の攻撃に積極性を失わせていたのである。


 装備や兵士の練度等、戦力的には劣っているが意欲に勝る守り側。戦力的には勝っているものの消極的な攻め手側。

 これら両軍の心理が絶妙に噛み合い、戦いは膠着状態に陥っていた。

 とはいえ、今の均衡が崩れるのは時間の問題かと思われた。

 ミロスラフ王国軍は、黒竜艦隊の攻撃を跳ね除けながらも、着実に工事を進め、このカルリアの地に防衛線を築きつつあった。

 このまま時間が過ぎれば過ぎる程、状況はミロスラフ王国軍に有利になっていく。しかしそれに気付かないハイネス艦長ではなかった。

 ハイネス艦長もただいたずらに時間だけを浪費していた訳ではなかった。

 黒竜艦隊も戦いながらカルリア河口の地形の特徴、大型船がギリギリまで近付く事が出来る距離や、河口に吹く風の向きに強さ。それにミロスラフ王国軍の部隊ごとの戦力の差を見極めていたのである。

 情報は出そろった。後は艦長の決断を待つのみであった。


「これ以上の戦いはいたずらに戦力を消耗させるだけとなる。副長、明日の攻撃は”飛魚(トビウオ)”で行く」

「一気にこの戦いにケリをつけるのですな! 了解しました! 港に戻り次第、準備を整えさせます!」


 副長は踵を打ち鳴らすと、すぐさま部下に指示を出した。

 ハイネス艦長はキビキビと動く副長を見つめながら、「まさかこんな戦いで、聖国戦用に温存していたカードを切らされる事になるとはな」と、小さく呟いたのであった。




 無数の帆柱が水平線の向こうに消えて行く。

 ミロスラフ王国国王カミルバルトは、本陣の天幕で帝国艦隊撤退の知らせを受けると、小さく息を吐き出した。


「逃げたか。まあ予想通りだが」


 帝国艦隊は満潮の時間の前に攻め寄せ、満潮が過ぎ、潮が引き始めてしばらくすると撤退する。

 この数日、敵は毎回、今日のような周期で攻撃と撤退を繰り返していた。

 ちなみにこの法則に気付いたのは、オルドラーチェク家の将軍、”ボハーチェクの鮫”ことガルテンだった。

 流石は港町ボハーチェクの海軍を率いていただけの事はある、という事か。

 もし、彼がいなかったら、カミルバルト達は誰もこの法則性に気付けなかっただろう。


「というよりも、潮の満ち引きというのはそれほど大きな物なのだな。そういう現象があると知識では知っていたが、実際に海を見た事は一度しかなかったから思い付きもしなかったぞ」

「はい。外洋船は陸の周りの岩礁を避けるため、海の底が砂地になっている遠浅の海岸にしか近づけません。だからと言って、引き潮の時にうかつに船を陸地に近づけ過ぎてしまうと、今度は水位が下がった事に気付かずに砂の上の乗り上げてしまう場合があるのです。帝国の外洋船、特にあの巨大な船などは、喫水(※船底から水面までの長さ。船の水に浸かっている部分)も相当な深さである事が想像されます。敵の艦長もその点には神経質にならざるを得ないのではないでしょうか」


 勿論、海岸線に近付き過ぎないようにすれば、引き潮の時間に攻めて来る事も出来るだろう。ただその場合、兵士を乗せた上陸船は、遠浅の海岸を長い距離進まなければならない。

 兵士を満載して船足が遅くなった上陸船は、陸からの飛び道具に弱く、弓兵の良い的である。

 少しでも部隊の消耗を抑えたいハイネス艦長が、そんなリスクのある手段を取るはずがなかった。

 初めて黒竜艦隊を見た時は、敵船の大きさと数に気圧されていた”ボハーチェクの鮫”ガルテンだったが、度重なる帝国艦隊の攻撃を退けた事で、今は落ち着きを取り戻しているように見える。

 いや、逆にあの時の失態を取り戻そうと躍起になっている様子すら伺われた。

 カミルバルトとしては、その点にやや危うさを感じずにはいられなかったが、部隊内で唯一、船の知識を持つ専門家として彼を使わざるを得なかった。


 そして翌日。いつものように潮が満ち始める前に黒竜艦隊は姿を現した。

 連日、ほとんど被害らしい被害も出さずに帝国艦隊を退け続けた事で、ミロスラフ王国兵の士気は高かった。


「帝国艦隊め! また凝りもせずにやって来やがったぞ!」

「無駄な事を! いくら来たって俺達の陛下が負けるものか!」


 戦いを前に血をたぎらせるミロスラフ兵達。

 しかし、今日の黒竜艦隊はこの数日と少しだけ様子が違っていた。


「ん? なんだ? なあ、なんか今日の敵はいつもと感じが違わねえか?」

「ああ、確かに。どこか違和感があるというか・・・」

「船の並びだ! いつもは後ろの方にいるあの馬鹿デカイ船が、今日は艦隊の前にいるんだ!」


 黒竜艦隊の虎の子、超大型外洋船。輸送用に特化したそれら四隻の船が、まるで戦団を引き連れるように先頭に立って進んで来たのである。


「敵の様子がおかしい。誰か陛下の天幕に知らせに走れ」

「はっ!」


 前線の指揮官から知らせを受けたカミルバルトは、即座に将軍達を引き連れ、帝国艦隊が見渡せる位置へと馬を走らせた。


「あれは・・・確か諜報部隊からの報告では、輸送用に特化した船ではないかという話だったか?」

「おい、ガルテン、敵の狙いは何だ? ヤツら輸送用の船を前に出して一体何をするつもりなんだ?」

「そ、そう言われたって・・・」


 輸送用に特化した超大型船など、この戦いが始まるまで、存在するという話すら聞いた事がなかった。

 その船を使った敵の考えなどガルテンに分かるはずもない。

 カミルバルトはガルテンに振り返った。


「思い付く範囲で構わない。もしもお前が帝国艦隊の艦長なら、あの船を使って何を行う?」

「俺なら・・・ダメだ。想像も出来ません」


 項垂れるガルテンに、カミルバルトは思わず舌打ちを堪えた。

 こうしている間も、敵は着々とこちらに近付いている。そして部下達は彼からの指示を待っている。

 そしてついに帝国艦隊に動きがあった。


「見ろ! 敵の船の周り! ボートだ! 小型の舟が何艘も、こちらに向かって来る!」

「なんて数だ! あんなに沢山のボートが今までどこに隠れていたんだ?!」


 ここまで黙ってカミルバルトの後ろに控えていたアダム・イタガキ特務官が、「あっ!」と声を上げた。


「どうしたアダム?!」

「あのボートは敵の超大型船の背後から現れているように見えます。あのボートは超大型船に積まれていたものじゃないでしょうか?」

「何?! あの数をだと?!」


 周りの将軍達がギョッと目を剥いたが、確かに、帆もなく喫水の浅いボートが、自力で艦隊に同行して来たとは思えない。

 ならばアダム特務官の言うように、あの超大型船に積まれていたと考える方が自然だろう。


「なんてバカげた数だ・・・。しかし、帝国艦隊は一体何がやりたいんだ? 確かに数の多さには驚かされたが、ここ数日、輸送船で攻めて来ていたのがボートに代わっただけではないか?」


 確かに将軍の言葉にも一理ある。帆を張って進む輸送船と、オールで水を掻いて進むボートとでは、風力で進むか人力で進むかの違いはあるものの、逆に言えばその程度しか違いはない。

 ボートの方が速度は出るのだろうが、戦闘前に兵士が疲れるだけ戦力としては低下するのではないだろうか?

 その時、ガルテンがポツリと呟いた。


「・・・なんだこの光景、昔どこかで見た事があるような・・・。あっ」

「ん? どうしたガルテン? 何かに気が付いたのか?」

「あ、いや、全然大した事じゃ・・・いや、本当に下らない事だし」


 この状況。今は何でもいいから少しでも情報が欲しい。カミルバルトはガルテンに尋ねた。


「いいから話してみろ。そこから何か敵の狙いの糸口が掴めるかもしれん」


 将軍達に問い詰められていたガルテンは、カミルバルトにも促されて、渋々、重い口を開いた。


「港の漁師が漁をしている時の光景に少し似ているな、と、そう思ったんです」

「漁の光景?」

「あ、はい。飛魚(トビウオ)という群れで泳ぐ魚がいるのですが、漁師がこの飛魚(トビウオ)を捕える時、漁船と漁船の間に網を張って、魚の群れを囲むようにしながら追い込むんです。帝国軍のボートが上げる水しぶきを見てたら、丁度その時の様子を思い出しまして・・・」

「はあっ? 飛魚(トビウオ)を捕える時ってお前・・・」

「魚と帝国艦隊を一緒に出来るか! バカも休み休みに言え!」


 将軍達に怒鳴り付けられ、ガルテンは「クソッ。だから言いたくなかったんだ」と、小さく毒づいた。

 カミルバルトも流石にこれには不機嫌そうに黙り込むだけだった。


 この時ガルテンが思い付きで口にした飛魚(トビウオ)漁という言葉。

 しかし、正にその見た目からこの作戦が”飛魚(トビウオ)”の名を付けられていると知れば、ミロスラフ王国軍の将軍達は、一体どんな顔をしただろうか?

 黒竜艦隊がランピーニ聖国との戦いに備えて編み出したという飛魚(トビウオ)作戦。

 超大型船から降ろされた無数のボートは、激しい水しぶきを上げながらカルリア河口を目指して突き進んで行くのだった。

次回「あのボートを止めろ!」

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