その16 砂漠の掟
爆撃で動かなくなった盗賊団員は三人。
今回は、僕の爆撃史上、過去イチ被害を与えられなかった例になるのではないだろうか?
原因は咄嗟の攻撃で狙いが定まっていなかった事によるものか。
残りの盗賊団は倒れた仲間達を見捨てる事にしたらしく、全員ラクダに乗って四方八方に逃げようとしていた。
『このままだと、盗賊達に逃げられてしまいますわ!』
「確かにそうだね。仕方ない。攻撃を続けよう」
僕の言葉にティトゥはハッと目を見開いた。
ティトゥは僕が戦いを――人殺しを嫌っている事を良く知っている。
そして四式戦闘機の搭載火器の二十ミリ機関砲は、生身の人間を相手にするには完全にオーバースペック。命中させてしまえばほぼ確実に相手の命を奪ってしまう。
彼女は僕が彼らを殺すと宣言した事に驚いたのである。
「状況的に仕方がなかったとはいえ、手を出してしまったのは僕だ。ここでためらって盗賊団を取り逃がしてしまったら、今度は別の場所で被害者が出るかもしれないから」
水運商ギルドのマイラスが手配した増援が到着するのは、まだしばらく先の事になる。
今、この場で、盗賊団達の相手が出来るのは僕しかいない。彼らを待たずに勝手に戦いを始めてしまった以上、その責任は取るべきだろう。
「行くよ、ティトゥ。相手の数が多いから、ちょっと激しく飛ぶ事になると思う。注意してね」
『りょーかい、ですわ!』
僕は機体を捻ると急降下。逃げ惑う盗賊団達へと襲い掛かったのであった。
僕はこちらを見上げて手を振る男達に、軽く翼を振って応えた。
「結局、倒せたのは十人程だったか・・・」
丘の上で見つけた時の盗賊団の人数は約三十人。
最初に250キロ爆弾の爆発に巻き込んだ人数も含めても、倒せたのは十五人程だろうか。大体半数近くを逃がしてしまった計算になる。
「初めから全滅させるのは難しいとは思っていたけど、かなりの人数に逃げられちゃったな」
僕の視線の先では、マイラスが手配した増援が、盗賊団の追撃に移っている。
とはいえ、自分で言うのもなんだが、相手は僕から逃げ切ってしまう程の手練れ揃いだ。今から追っても追い付けるかどうかはかなり怪しいものである。
『ハヤテの戦いは無駄じゃなかったですわ。きっと盗賊団も大きな被害を出したに違いないですわ』
ティトゥは慰めのつもりで言ったのかもしれないが、実は意外とその通りなのかもしれない。
やられた手下とその装備。そして彼らが乗っていたラクダはもう帰って来ないのだ。
それにあの死傷者の中には、彼らのリーダーやそれに類する重要人物だっているかもしれない。
僕は盗賊団を全滅させる事は出来なかったが、彼らに大きな――それこそ、二度と隊商を襲う事が出来なくなるような――被害を与えた可能性はあるのではないだろうか?
「・・・これ以上、ここで手伝えそうな事もないし、ステージの町に戻ろうか。盗賊団の事をマイラスに報告しておかないといけないし」
『そうですわね』
僕達は後の事をマイラスの手配した男達に任せ、オアシスの町へと戻る事にした。
水運商ギルドの隊商が、無事に町に到着したのはその二日後の事だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
深夜。オアシスの町ステージを遠く見下ろす崖の上に、一つの人影があった。
雲間から月が姿を現すと、青白い光がその人影を照らす。
若い男だ。年齢は十六~七。まだ少年の面影を残している。
少年は砂漠の部族が身に纏うマントに身を包み、苦々しい表情で町の明かりを見下ろしている。
その時、少年の背後から青年が現れると、慌てて彼に駆け寄った
「ザーリ! こんな所にいたのか、捜したぞ!」
ザーリと呼ばれた少年は、小さく息を吐いて気持ちを切り替えると、背後の青年に振り返った。
「・・・それでどうだった? 今回は突然現れた化け物のせいで仲間にもラクダにも随分と被害が出ちまった。水運商ギルドのヤツらはいくら金を出すと言っていた?」
「そ、その事なんだが・・・」
青年は言い辛そうに口を開いた。
「もう来るなと言われてしまった」
「何?!」
予想外の返事に、ザーリ少年の額に青筋が立った。
「来るなとはどういう意味だ?! 俺達はヤツらの指示で隊商を襲っていたんだぞ! まさかそれを忘れたとは言わねえだろうな!」
ザーリは青年に詰め寄ると、乱暴にその胸倉を掴んだ。
「そっちがそのつもりなら、ヤツらの本部まで行って今までの話を全てぶちまけてやる! お前達に依頼されたという事も全てだ! そうすりゃお前達はおしまいだ! ちゃんとそう言ってやったんだろうな?!]
「言った! 言ったさ、ザーリ! けど、アイツら『自分達は何も知らないし聞いていない。もう二度とここに来るな』の一点張りでさ!」
今から半年以上前、ザーリに水運商ギルドの職員が接触して来た。
彼が秘密裏にザーリに持ち掛けた依頼。それは水運商ギルドの隊商を襲って欲しいというものだった。
自分達の手で自分達の隊商を襲わせるという謎めいた依頼。しかし、事情が分かってしまえば単純な事だった。
依頼人は前本部長ドッズの派に属していた職員。そして彼が襲うように指示した隊商は、現本部長のジャネタ所有の隊商。つまり、水運商ギルド内の派閥争いだったのである。
派閥争いのためなら、人を雇って仲間を襲わせる。
ザーリは商人達の金にかける異常な執念を見せられた気がした。
「――だが面白え」
ザーリはこの辺りを縄張りとする砂漠の部族の長の息子だ。
彼は以前から、安定した現社会に組み込まれ、半ば隊商化した部族の状況に不満を抱いていた。
土地にしがみついているようなヤツは弱いヤツらだ。牙を失くした草食獣だ。俺達、砂漠の民は肉食獣。牙を失っていない狩人だ。なぜ強い俺達が弱いヤツらの顔色をうかがいながら生きなければならない。こんなルールは理不尽だ。
ザーリはこの怪しげな依頼を受ける事にした。
先程説明した理由もそうだが、男の話す報酬があまりに破格――襲った隊商の積み荷は全て自由にして良いというもの――だったためである。
つまりは欲に目がくらんだのだ。
それにこんな後ろめたい依頼をして来る以上、それをネタに脅しをかければ、今後、水運商ギルドという巨大組織に対して、自分達が優位に立てるに違いない。そんな腹積もりもあった。
ザーリは長である父親に隠れて密かに仲間を集めた。
彼の仲間が若い男だけで占められているのは、かつての砂漠の民の暮らしを想像でしか知らない――つまりは、過去の生活を理想化して憧れている――平和な時代の若者達ばかりで占められているからである。
襲撃は彼らの予想以上に上手くいった。
ザーリ達は手に入れた物資で贅沢三昧の生活を送った。
隊商を襲うだけで、これ程裕福で贅沢な生活が出来る。彼らは有頂天になった。
これこそが砂漠の民の生き方。本当の生き方だ。こんな簡単な事にも気付かない部族の大人達はバカだ。
しかし、ザーリ達が浮かれていられたのも、昨日までの事だった。
いつものように、隊商を襲おうと待ち伏せをしていたその時。不意に空から巨大な化け物が襲い掛かって来たのである。
現在分かっているだけでも、半数近くもの仲間とラクダが化け物にやられた。
散り散りに逃げた仲間の中には、今も行方が知れない者もいる。
誰も見ていない所で化け物にやられたのか、あるいは逃げるのに必死でラクダを潰してしまい、自分の足で集合場所に向かっているのか。
現在、この隠れ家に戻って来たのは十三人。
実に仲間の半数以上が、化け物にやられたか行方不明になった事になる。
ザーリは急遽、ギルド職員と連絡を取る事にした。
再び仲間を集めるにしろ、失ったラクダを補充するにしろ、先立つ物が――資金が必要だったからである。
この辺りで纏まった金を持っているのは、ステージの町のギルド支部しかない。
そもそも、大量の略奪品を買い取ってくれるような相手など、事情を知っているギルド職員くらいしかいなかった。
ザーリは使いの青年をステージのギルド支部へと送った。
しかし、件のギルド職員は、ザーリ達が失敗したと知るや、即座に彼らを切り捨てたのである。
「何も知らない?! 二度と来るな?! ふざけんな! そっちがその気ならいいだろう! 俺達がヤツらの依頼で隊商を襲って来たのを全部ぶちまけてやる! この俺を甘く見た事を後悔しやがれ!」
「そ、それなんだけどよ、ザーリ・・・」
青年は辺りを気にしながら声を潜めた。
「ヤツら、俺に言ったんだ。隊商道を通る隊商は襲わない。これは、オアシスの町の部族と、砂漠の部族の間で代々交わされて来た約束、先祖の名において交わされた神聖な誓いだってな。だからヤツら、自分達の命が惜しいなら余計な事はせずに黙っているべきだと言ったんだよ。なあ、ザーリ。俺だって砂漠の掟くらいは知ってる。先祖の名を汚す者は絶対に許されない。極刑に処されるって。なあ、ヤツらの言っていた事って本当なのか?」
「・・・!」
ザーリは何も言い返せなかった。
長の息子であるザーリは、部族同士で交わされた誓いの事も、それが先祖の名において交わされた誓いである事も、当然、知っていた。
知っていて、なぜそれを破ったのかと言うと、どうせ父親は自分達の事を極刑になど出来やしないだろうと高を括っていたためである。
(くそっ! くそっ! ギルド職員のヤツめ、さては最初から全部知ってやがったな! 知った上で、俺達を使い潰すつもりでいやがったんだ!)
悔しさに歯噛みするザーリだったが、全ては後の祭り。
彼らが誓いを破って隊商道の隊商を襲い、彼らの命と積み荷を奪ったという事実は変わらない。
そう。ギルド職員が隊商の略奪品をザーリ達の自由にさせていたのも、全ては自分達の関与の決定的な証拠を残さないため。
いざという時に、自分達は関係ない、と、言い逃れをするためのものだったのである。
ザーリはギルド職員達の――チェルヌィフ最大のギルドに所属する商人達の、悪辣さと面の皮の厚さを見誤っていた。
そしてザーリは彼らの口車にまんまと乗せられてしまった。父親が自分を処罰する事など出来ないだろうと安易に考え、目先の利益に踊らされてしまった。
こんな事になってしまった原因は、彼が世の中を甘く見ている世間知らずの子供だったから。自分が周りに必要とされている存在であると己惚れていたから。
そして彼は今、その甘い考えのツケを払わされようとしていた。
「おおい、みんな! 行方不明だったハクラが戻って来たぞ!」
「ハクラ、俺達みんなお前の事を心配していたんだぞ! どこもケガがないないようで何よりだ! どうしてすぐに戻って来なかったんだ?!」
嬉しそうな仲間達の声が聞こえて来た。どうやら行方不明だった仲間の誰かが合流したようだ。
しかし、その直後、彼らの声は不穏なものに変わった。
「待て! ハクラ! お前の後ろにいるヤツらは何だ?!」
「部族の戦士達?! くそっ! ハクラ、お前、俺達を裏切ったな!」
「ゴメン・・・ゴメン、みんな。本当にゴメン」
どうやらハクラという青年は、化け物から逃げている途中で部族の者達に捕まり、今までの事を全て洗いざらい白状させられたようである。
すぐに怒声と悲鳴、剣と剣とが打ち合わされる音、そして無数のラクダが走り回るドドドドという低い音が響き渡った。
砂漠の掟を破った罪人達に、その罪をあがなわせるべく、部族から派遣された戦士達が攻め込んだのである。
「ザーリ、ヤバイぞ! あいつら掟を破った俺達を皆殺しにするつもりだ! 一体どうするんだザーリ!」
「ど、どうするって言われたって・・・」
ザーリの頭の中は真っ白になり、何も出来ずに立ち尽くすのだった。
次回「腐った患部」