その15 襲われる商人
僕はエンジンをブースト。最大速度でオアシスの町ステージへと戻って来た。
いつもより慌ただしく着陸した僕に、広場に集まった町の人達は何事かと驚いている。
ティトゥはエンジンが止まるのももどかしく、勢い良く風防を開くと翼の上に降り立った。
『さあ、マイラス! 急いで頂戴!』
『わ、分かりました』
ティトゥに襟首を掴まれるようにして引っ張り出されたギルド支部長マイラスは、転がり落ちそうになりながらどうにか地面に足を付けた。
水運商ギルドの職員と思われる男が、慌ててマイラスに駆け寄る。
『マイラス様、一体何が?!』
『事情は後で話す。馬車の用意は出来ているな?』
水運商ギルドの隊商が、盗賊団と思わしき集団が潜む丘に到着するまでに残された時間は短い。
ここからは時間との戦いである。
マイラスはギルド支部に戻って、増援の手配をする手はずとなっている。
『それでハヤテ。私達はこれからどうするんですの?』
僕達? そうだね。念のため、僕らも彼らに協力した方がいいとは思うけど・・・
『そうは言ってもハヤテ、あなたってラクダの走る速度で飛ぶ事なんて出来るんですの?』
そう、そこなんだよね。
一緒に行動をしようにも、ラクダで移動する彼らと四式戦闘機とでは、移動速度に差があり過ぎる。
かと言って、僕を乗せた荷車を引いていって貰うのもちょっと。行軍速度が落ちて、救出が間に合わなくなってしまっては本末転倒だし。
『なら先に行って、あちらで合流するというのはどうかしら?』
「確かに、それしかないか」
ついでに彼らが到着するまで盗賊団の動きを見張っていてもいいかもね。
『じゃあそれで決まりですわね。ちょっと誰か水運商ギルドの支部までお使いを頼まれてくれませんこと?』
ティトゥは今の話をマイラスに伝えてくれるように頼むと、戦の前の腹ごしらえとばかりに、カーチャが持たせてくれたお弁当を取り出した。
ならせっかくなので僕もご一緒しようかな。と言っても四式戦闘機の場合は航空燃料だけど。
僕は翼の下に増設タンクを懸架すると、さっきの全速飛行ですっかり減ってしまった燃料を本体タンクに補充するのだった。
「そろそろ、いい頃合いなんじゃない?」
『そうですわね』
食後に冷たい飲み物を飲んでいたティトゥは、僕の言葉に腰を上げた。
ちなみにメイド少女カーチャが去年、この町で広めたエコクーラー。ポットインポット・クーラーこと【カーチャ】は、すっかり人々の暮らしに定着しているらしい。
今、ティトゥが飲み干した果実水も、【カーチャ】で冷たく冷やされたものである。
僕達が死んだずっと後。僕やティトゥの名が人々の記憶から忘れ去られた未来になっても、きっと【カーチャ】の名は消える事無くこの異国の地に残り続けて行くのだろう。
「そう考えると、何だかロマンだねえ」
『何を言ってるんですの?』
しみじみと呟く僕を、ティトゥは胡散臭い物でも見るような目で見つめた。
そして僕の想像の中のカーチャが、『勝手に変な想像をしないで下さい!』と怒っているような気がしたけど、そっちは無視しても別にいいかな。
「何でもないよ。じゃあ出発しようか。――おっと、その前に念のため」
『? これは双炎龍覇轟黒弾ですわね。これを使うんですの?』
そうそう、その何とか弾こと250キロ爆弾。
「あくまでも念のため。あの辺は近くに降りられそうな場所が無かったから、必要になったからといって、その場で爆装するのはムリだからね」
僕の機体の仕様上、エンジンを切った状態でなければ謎空間から増槽や爆弾を取り出す事が出来ない。
いやまあ、いざとなれば飛びながらでも出来るのかもしれないけど、ティトゥを乗せた状態で試すのはちょっとね。
『ふぅん。確かに備えをしておいて困る事はない訳ですしね。それじゃ前離れー! ですわ!』
ティトゥが乗り込むと、僕はエンジンを始動。盗賊団(仮)の潜む丘へと飛び立ったのであった。
町を出てすぐの事である。
僕達は進行方向に四~五十騎ほどの騎馬隊――それとも騎駝隊? を見つけた。
進んでいる方向が一致しているという事は、彼らがマイラスが手配した水運商ギルドの援軍なのだろう。
そんな援軍の上空を越えて飛ぶ事しばらく。
やがて前方に目的地となる丘が見えて来た。
しかし、ティトゥは丘の上を見て驚きの声を上げた。
『盗賊団の姿が消えていますわ!』
盗賊団じゃなくて盗賊団(仮)ね。まだ一応。
ティトゥのいう通り。丘の上にさっきまでいた盗賊団(仮)の姿はなかった。
『まさかもう隊商が襲われてしまった後なんじゃ・・・』
「そんなまさか・・・隊商道の方に出てみるよ」
僕は丘の上からコースを外れ、隊商道の上を飛んだ。
「! あ、ホラ見て、ティトゥ! 隊商だよ!」
『本当ですわ。良かった。まだあんな先にいたんですのね』
隊商は予定通り、順調に進んでいるようだ。
ティトゥはホッとすると共に、疑問を口にした。
『隊商が無事なのに、あの盗賊団(仮)が姿を消したという事は、盗賊団(仮)は本当は盗賊団ではなかったという事になるのかしら?』
その可能性も勿論あるが、あれ程怪しい集団もそうそういないんじゃないだろうか?
「なにせティトゥが即座に攻撃するように提案して来た程だからね」
『ハヤテ! 今の言い方は意地悪ですわよ』
それはともかく、彼らがどこに姿を消したのか確認しておいた方がいいだろう。
「もう一度、辺りを良く捜してみようか」
『そうですわね』
僕は翼を翻すと、さっきの丘の上へと戻った。
『あっ! あそこにいましたわ!』
捜してみれば何と言う事もない。盗賊団(仮)は隊商道のすぐ近くへと移動していただけだった。
場所としては、丁度丘を挟んで、隊商の反対側。そして隊商からは死角になって、見え辛い場所。
ここなら隊商の不意を突いて襲撃するのに恰好の場所なのではないだろうか?
だが、その時の僕達は、そんな事を考える余裕すら失くしていた。
『誰かが襲われていますわ!』
そう。僕達の視線の先にいるのはラクダに乗った男。
服装から推測するに、おそらく商人ではないだろうか?
商人は二人の襲撃者達から必死に逃げているが、荷物を満載にしたラクダでは、身軽な襲撃者には敵わない。
すぐに二名は商人のラクダに追いつき、一人がその首に剣を突き立てた。
ドウッともんどりうって倒れるラクダ。商人は地面に投げ出される。
その頭上にもう一人の襲撃者の剣が振り上げられた。
――後で分かった事だが、あの商人はたまたまこの件に巻き込まれただけの被害者だった。
つい先ほど、足の遅い隊商を追い抜いて、この場所に差し掛かった所で、隊商を狙って網を張っていた盗賊団の存在に気付いてしまったのである。
驚いた商人は逃げ出したが、慌てたのは盗賊団も同じだった。
このまま男を逃がしてしまっては、標的の隊商に自分達の存在がバレてしまうかもしれない。
彼らは口封じをするべく商人の後を追ったのであった。
というような事情を、この時の僕達は知る訳もなかった。
しかし、目の前で商人が殺されそうになっている事だけはハッキリと分かった。
この瞬間、僕の中で盗賊団(仮)から(仮)が外れ、明確に盗賊団と認定された。
『ハヤテ!』
「分かってる! このまま突っ込むから安全バンドを締めて!」
僕は機首を下げると急降下。
突然、空から響いて来た爆音に、商人を襲っていた男達が驚いてこちらを見上げる顔が見えた。
(ダメだ。近すぎる)
直接、襲撃者を狙うには、二人の位置が商人に近すぎる。
僕の武装である二十ミリ機関砲は、生身の人間を相手にするには完全なオーバースペック。
もし、僅かでも射線がズレたら――あるいは、パニックに陥った商人が今の場所から動いたら――助けるべき相手まで射撃に巻き込んでしまうだろう。
だったら狙うのはむしろ彼らの後方――
「ティトゥ! あの一番盗賊団の集まっている場所に、爆弾を投下する! その爆発で敵は商人を相手にしているどころじゃなくなるはずだし、その後は――」
しかし、そこでタイムアップ。僕がティトゥに説明出来たのはそこまでだった。高度は500メートルを切っている。
今すぐにでも爆弾を投下しなければ、引き起こしが間に合わずに地面に激突するだろう。
くっ! 間に合え!
ガコッ
重量物が切り離される感覚と同時に、機体が揚力を得てフワリと浮き上がった。
僕は急いで機首を水平まで起こすと、盗賊団達の頭の上ギリギリの所を踏みつけるようにしながら飛び越えた。
その直後――
ドン! ズドーン!
大きな爆発音が二つ、真後ろから響いた。
四式戦闘機の最大の攻撃、250キロ爆弾が爆発したのだ。
僕は急降下によって得たエネルギーを利用して急上昇。
加速が終わり、Gが消えると、ティトゥは首をひねって後方の状況を確認した。
『盗賊団はみんな慌てて逃げ出しているようですわ。さっきの商人は・・・ああ、腰を抜かしているんですのね。あの様子なら問題なさそうですわ』
商人は地面の上でアタフタともがいている。どうやら無事らしい。
爆弾は誰もいない場所に一発。そしてもう一発は盗賊団が潜んでいた場所のやや後方に命中したようだ。
すり鉢状に抉れた地面の近くに倒れているのは三人。
意外と被害が少なかったのは、ちゃんと狙いを付ける時間がなかったのと、商人を巻き込まないように遠くを狙い過ぎたせいだろうか?
盗賊団達は負傷した仲間を見捨てるつもりらしく、全員ラクダに乗って四方八方に逃げようとしていた。
次回「砂漠の掟」