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その16 マリエッタ王女、大空へ

 僕は激しい痛みに耐え兼ね、むやみにエンジンをふかした。

 混合気が不完全燃焼を起こし、生ガスがマフラーの熱でアフターファイヤーを起こす。

 慌てふためくギャラリー達。

 僕はブーストをかけた状態で滑走、力強く駆ける機体のタイヤはやがて地面を切る。


 フワリ。


 一度浮いてしまえば不思議なことに痛みは嘘のように小さくなっていった。

 今も鈍い痛みは続いているが、今までとは違って耐えられない程ではない。

 飛行中は感覚が切り替わるのだろうか?

 後日ゆっくり検証することにしよう。


 気が付けば風防を開けたまま飛んでいた。

 ティトゥの長い髪が風で乱れてスゴイことになっている。

 僕は叱られるのを待つ子供のように、すごすごと風防を閉めた。


 僕の変化にティトゥは気が付いたようだ。


『ハヤテ、もう大丈夫ですの?』


 心配そうに尋ねてきた。

 ぎゅっと目を閉じ、ティトゥに抱きかかえられたまま縮こまっていたマリエッタ第八王女が、その言葉にそっと目を開いた。


『ゴメン。ウン』


 語彙が少ないのが我ながらどうにももどかしい。

 だが、ティトゥはそれだけで僕の伝えたいことを察してくれたようだ。

 パッと太陽のような笑みを浮かべた。

 その魅力的な笑顔に僕の心は奪われそうになった。


 僕が落ち着いたことでティトゥも安心したようだ。

 マリエッタ王女がティトゥの膝の上でもぞもぞと動いた。

 不思議そうにキョロキョロと周りを見渡している。


『ティトゥさん。ひょっとして今、空を飛んでいるんですか?』


 王女は自分が今、空を飛んでいることが信じられないようだ。

 機体は現在上昇中。王女には空しか見えない状態だ。


 ・・・ゴメンね。せっかくの初フライトなのに何だかドタバタしちゃって。

 もっと思い出に残るようにゆっくりと飛んであげたかったんだけど。


『ええ、そうですわ。ハヤテ、マリエッタ様に地上を見せてあげて』


 もう高度は十分に取れている。僕は機首を水平にするとティトゥのリクエストに応えて機体を傾けた。

 眼下に広がる大パノラマにマリエッタ王女の目が見開かれた。


◇◇◇◇◇◇◇


 ハヤテさんの背中でお嬢様とマリエッタ王女殿下がなにやら揉めています。


 まだ出発しないのでしょうか?


 騎士団の方達もざわめいています。


「ねえカーチャ。本当にあのドラゴンはクリオーネ島まで飛べるの? 船で4日はかかるのよ?」


 マリエッタ王女殿下の侍女をされているペンスゲン様が、私に縋り付くように聞いてこられました。

 ・・・不安なのは分かりますが、私に聞かれても困るんですけど。

 ペンスゲン様はマリエッタ王女殿下がお嬢様と一緒に行くと決められてからはずっとこんなご様子です。

 騎士団のアダム様が心配そうにそばについていらっしゃいます。

 お嬢様はハヤテさまに乗ってネライまで飛んだという話ですが、私はミロスラフ王国からクリオーネ島までの距離も知らないのです。

 外国なので凄く遠いんだろうな。と思うだけです。


「分かりません。ですが、ハヤテ様が拒まなかったということは飛べるということなのではないでしょうか?」

「そんないい加減な!」


 ペンスゲン様が憤慨なされますが、だから私に怒られましても困るんですけど。

 私が助けを求めるように周囲に目をやったその時・・・


「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 ハヤテさんが突然叫び出しましました。

 いつものお腹に響くような咆哮ではなく、こちらに話しかけてくるときの男の人の声で叫んでいます。

 さっきまでざわついていた騎士団の人達が驚いて距離を取りました。

 流石に日頃から鍛えている人達は違います。

 私達は驚いて身をすくませてしまうだけでした。

 ハヤテさんの背中でお嬢様とマリエッタ王女殿下が慌てているのが見えました。


 お嬢様、一体何をやったんですか?!


 グオン! ドドドド


 その途端、ハヤテさんはいつもの唸り声を上げました。

 驚いたマリエッタ王女殿下がハヤテさんの上でよろけて落ちそうになりました。

 慌ててお嬢様が王女殿下を掴んで引き上げ、自分の膝の上に乗せます。

 私は思わずハヤテさんに近寄ろうと足を前に出したその時――


 パン!


 ハヤテさんが大きな音を立てて炎を噴き出しました。

 私は驚いて大きな声を上げて逃げ出してしまいました。


 ・・・でもすぐに転んでしまいました。


 どうしましょう。頂いたドレスが汚れています。

 王女殿下になんとお詫びすればよいのでしょうか?

 こっそり周りを窺うと、誰も私を気にするどころではないようです。

 王女殿下の侍女のペンスゲン様もこちらを見ていません。

 私は立ち上がると急いで土を払いました。

 幸い目立つ汚れはないようです。私はあちこちチェックしながらハヤテさんから遠ざかりました。


「おい! 動いたぞ!」


 誰かが叫びました。私が振り返るとハヤテさんが走り出すところでした。

 ハヤテさんは少し走るとやがてフワリと身体を宙に浮かせました。


 一斉に「おおっ」というどよめきが上がります。


 私もハヤテさんが空を飛ぶ所は初めて見ました。

 皆さんと同じように思わず声を上げてしまいました。

 ハヤテさんは首を空へと向けると前足を畳み、空へと高く舞い上がりました。

 青い空に緑の翼が吸い込まれていきます。

 あんなに大きな体があっという間に小さくなりました。

 演習場の広場はすっかり興奮に包まれています。

 そういえばさっきまで広場の端のテントが騒がしかったですが、今は落ち着きを取り戻している様子です。

 きっとみんなハヤテさんの姿に見とれているんでしょう。


 しばらく一直線に空へと向かっていた小さな翼は、やがてこちらに背を向けるとグルリと左に旋回して王都の周りを回りました。

 多分ハヤテさんがお二人に空から王都を見せてあげているのでしょう。

 ハヤテさんは口数も少なく、日頃は身じろぎもしないものぐさな方ですが、実はサービス精神旺盛で陽気な性格な方なのです。

 私がネライ様にムチを打たれた時には、怒ってネライ様をコテンパンにしたとも聞きました。

 そんなまるで人間のようなハヤテさんにお嬢様が惹かれるのも今では分かる気がします。


 最初からお嬢様はそのことに気が付いていたのでしょうか?


 あの方はそういう直感に優れたトコロがあるので、本当にハヤテさんの本質を一目で見抜いたのかもしれません。

 私はふと、お二人と一緒に飛ばれているマリエッタ王女殿下が羨ましくなりました。

 私もいつかハヤテさんの背中で一緒に空を飛んでみたい。

 村娘のメイドには過ぎた望みです。

 でも、空想するのは自由ですよね。

 私は王都の空を回るハヤテさんの姿を見つめながらそんな夢に心を躍らせるのでした。


◇◇◇◇◇◇◇


 マリエッタ王女は興奮して王都の景色を眺めている。


 でも、流石は王族ということだろうか?


 途中から「空から見ることで王城の守りが」とか「道の形が効率的ではないですね。開発時期の違いによるひずみでしょうか?」とか真剣な顔でぶつぶつ言いだした。

 正直少し怖かったです。

 最初は年相応の無邪気な表情を見せていたのに、どうしてこうなったし。


 ティトゥはせっせと手櫛で髪を整えている。

 散々暴れ回ったゆるふわヘアーは今ではすっかりいつも通りだ。

 マリエッタ王女の髪はサラサラのストレートの髪質のせいか、すでにいつもの髪形に戻っている。


 僕は適当なところで旋回をやめ、機首を海岸方向へと向けた。

 マリエッタ王女は後方へと去っていく王都をいつまでも名残惜しそうに見つめている。


 ・・・いや、ずっと王都の上を回っているわけにはいかないからね。


 出発時に僕のせいでひと騒動あったものの、ようやく僕達はマリエッタ王女の母国ランピーニ聖国のある島、クリオーネ島へと出発したのだった。

次回「洋上飛行」

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