その12 護衛依頼
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ティトゥはギルド職員の案内で応接室に通された。
流石に水運商ギルドの本部という事もあって、露骨に探りに来るような人間はいないものの、それでもチラチラとこちらの様子を伺っている気配は感じる。
ジャネタが言うには、彼女が本部長になって以降、大幅な人員の入れ替えが行われたそうである。
(どうりで、みんなハヤテを見て驚いていたはずですわ)
ティトゥは小さくため息をつくと、落ち着かない気持ちで、一人ジャネタがやって来るのを待った。
そうして待つ事しばらく。
マイラスの手紙を読み終えたジャネタが部屋に現れた。
「どうもお待たせしました。それでナカジマ様、本日は一体どういったご用向きでしょうか?」
ティトゥは前置を抜きにして本題に入った。
「王城への口利きをお願いしたいのですわ。帆装派の大手商会である水運商ギルドであれば、王城にも顔が利きますわよね?」
「王城? チェルヌィフ王城でしょうか? そりゃまあ、今の国王代行はサルート家ですし、ウチはサルート家の御用商人ですから、お話を通すのは問題ありませんが」
チェルヌィフという国は、少々変わった政治形態を取っている。
国のトップはチェルヌィフ王家なのだが、それも名目だけ。というよりも、実態はほぼ断絶同然の状態となっている。
そんな状況でなぜ国が滅びもせずに今の形でいられるのかと言うと、力を持つ六つの部族が王家の代理として、持ち回りで国政を取り仕切っているからである。
六つの部族は、その性質から、帆装派と戦車派と呼ばれる二つの派閥に別れており、現在は帆装派を代表するサルート家が国王代行を務めていた。
「わざわざナカジマ様とハヤテ様がこの国までいらした。という事は、余程の話と考えてよろしいのでしょうか?」
ジャネタは探るような目でジッとティトゥを見つめた。
いかにハヤテの飛行能力をもってしても、半島からこのチェルヌィフまでは流石に距離があり過ぎる。
領主のティトゥがわざわざ出向いている点からも、今回の件がかなり重要な話である事は容易に想像がついた。
ティトゥはあっさりと頷いた。
「流石はジャネタさんですわね。この話には世界の運命がかかっているんですわ」
「は? せ、世界の運命ですか?」
思ってもいなかった言葉にジャネタはポカンと口を開けた。
常日頃から大金を動かすような商人は、ある意味では誰よりも現実主義者である必要がある。
ジャネタは間違いなく一流商人である。そんな彼女が、「世界の運命」などと雲を掴むような言葉を聞かされて戸惑ったのも当然と言えた。
「そう。世界の運命ですわ。全ては五百年前に起きた大災害から始まっているんですの」
「ご、五百年前? 大ゾルタ帝国の誕生よりも前の話ですか」
世界の運命。そして五百年前の大災害。
一体この話はどこに向かおうとしているのだろうか?
ジャネタは戸惑うと共に、頭に一発ガツンとくらった気がした。
そうだった。竜 騎 士は普通じゃなかった。
そう。一年前、ジャネタはその事をハヤテとティトゥに散々思い知らされていた。
思い知らされていたはずなのだが、本部長の仕事に忙殺されているうちに、どうやらすっかり(うっかり?)忘れてしまっていたようである。
ティトゥはそんなジャネタの動揺に気付いているのか気付いていないのか。世界の危機についての説明を始めた。
ティトゥの口から語られるこの世界の歴史。
今から五百年前にこの惑星を襲った未曽有の大災害、魔法伝達物質、マナの大量発生と、それに伴う大惨事。
それは水運商ギルドという、国の経済をも左右する大企業のトップであるジャネタですら初めて聞く、衝撃の内容であった。
「そんな事が本当に・・・いや、確かに大ゾルタ帝国より前の旧文明について、ほとんど残されていない事も、大災害によって失われていたとするなら筋は通りますが・・・」
もし、これがティトゥ以外の者から聞かされた話だったら、ジャネタは荒唐無稽なヨタ話として、鼻で笑ってまともに取り合いはしなかっただろう。
それ程、常識外れの話であり、歴史というよりも物語といった方がしっくりくるような内容だったからである。
しかし、彼女はそうしなかった。
それはこの話の出所が――ティトゥにこの知識を与えた存在が――ドラゴン・ハヤテである事に疑いようもなかったからである。
あの底知れぬ知識を持つ、人知を超えた存在が語った話であるならば、それはおそらく本当にあった事なのだろう。
そう考える程、ジャネタはハヤテの事をある意味信用していた。
そもそも、どんなに信じられないような話であっても、それを語っている本人自身が信じられないような存在なのだから、反則としか言いようがない。
土台、人間の小さな物差しで、巨大なドラゴンを推し量ろうと考えるのが間違いなのである。
もし、この話をハヤテが聞けば、『いや、何でそうなる訳? 僕の中身は極普通の日本人だから。ていうか、これは叡智の苔から伝えられた情報であって、僕はそれをそのままティトゥに話しただけだから。人を超えた叡智というなら、僕じゃなくて叡智の苔の方だから』などと言い訳をしたかもしれない。
「それで、カルーラがそれを知らせに来てくれたんですが、彼女は王城に止められるのを恐れて、黙ってコッソリ抜け出して来たんですの。その事もあって、直接ハヤテで王城に出向くのは良くないと考えたのですわ」
いつの間にかティトゥの説明は終わっていた。
ジャネタはハッと我に返ると、慌てて返事の言葉を探した。
(ていうか、こんな理由がなくても、他国の王城に直接出向くとか。普通なら誰も絶対にやらないし、やれない事だってのが、このお二人には分かっていないのかねえ)
ハヤテとティトゥがやっているのは、我々の感覚で言えば、皇居にUFOで乗り付けるようなものである。
出来るからと言ってやっていいような事ではないのである。
「どうかしたんですの?」
「あ、いえ、何も。承りました。サルート家には間違いなく、私の方から使いを出しておきます」
「お願いしますわ」
どうやら上手くいきそうだ。ティトゥは肩の荷が下りたとばかりに、ホッと安堵の表情を浮かべた。
しかしジャネタは懐疑的だった。
(問題は、今の話をサルート家の者達が信じるかどうかだけど・・・正直、望み薄だね。とはいえ、いかにサルート家といえども、昨年、砂漠の奥地に伝説と呼ばれていた都を発見し、港町デンプションを荒らし回った巨大生物を倒した竜 騎 士を無視するような事はしやしないか。それにしても、まさかあのカズダ様がチェルヌィフ王家の秘中の秘だったとはね・・・)
チェルヌィフ国内においても、叡智の苔、並びに、小叡智の存在は、代々秘匿とされている。
巨大商業ギルド、水運商ギルドの本部長のジャネタであっても、その存在は噂話程度でしか聞いた事がなかった。
それも、王家の奉じる神なり先祖なりを祭る役目を担った巫女、といった類の話である。
正直、ジャネタにとっては興味の範疇外の話であった。
そんな事よりも、彼女はしなければならない話があった。
「それでナカジマ様。王城から返事が来るまでには数日かかる訳ですが、その間、ナカジマ様とハヤテ様のお二人はどのように過ごされるご予定なのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「――ハヤテを商売に利用しようと考えているなら、ダメですわよ」
ティトゥは一転、警戒心も露わにジャネタを見つめた。
ジャネタは、いえいえとかぶりを振ると、手紙をテーブルの上に置いた。
「? それは私がマイラスから預かって来た手紙ですわよね」
「はい。この手紙なんですが、実はちょっと気になる事が書かれておりまして――」
マイラスの手紙によると、オアシスの町ステージに物資を運んでいる隊商が、盗賊団に襲われる事故が頻発しているとの事であった。
「それだけならともかく、被害に遭っているのがウチの隊商ばかりというのがちょっと・・・。確かに、あの町に行く隊商の中では、ウチの隊商が一番規模も大きいですし、盗賊としては狙い目なのかもしれませんが。それにしても、このままだと採掘作業に支障を来すようになるかもしれません」
「それは大変ですわね。護衛を増やす訳にはいきませんの?」
「今でも、普通に考えるなら十分な護衛を付けているんですが、相手は余程大きな盗賊団みたいで手に負えません」
ジャネタは「そこで」と身を乗り出した。
「そこで物は相談なんですが、よろしければハヤテ様に極秘で隊商の護衛をして頂けないでしょうか?」
「ハヤテに隊商の護衛ですの?」
ティトゥは驚きに目を丸くした。
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「別にいいよ」
『本当ですの? イヤならイヤと言ってもいいですわよ?』
ティトゥは疑惑の目で僕を見つめた。
いやいや、何で僕がイヤがると思った訳?
「水運商ギルドの隊商が盗賊団に襲われて困っているって言うんだろ? 王城からの返事が返って来るまでどうせ何もする事はないんだし、口利きをして貰ったお礼に護衛をするくらい別にどうって事ないよ」
『あの、ナカジマ様。ハヤテ様は何とおっしゃっているんでしょうか?』
ジャネタお婆ちゃんは、ソワソワしながらティトゥに尋ねた。
ティトゥはちょっとイヤそうな顔で彼女に答えた。
『ハヤテはやってもいいと言ってますわ』
『そうですか! いやあ、どうもありがとうございます!』
途端に満面の笑みを浮かべるジャネタお婆ちゃん。
ていうか、なんでティトゥはそんなに気乗りしない様子な訳?
ちなみに後で聞いたら、『あの人がハヤテに絡むと、塩切手の時の事を思い出して気が重くなるのですわ』と言っていた。(第十一章 王朝内乱編 より)
どうやらジャネタお婆ちゃんの悪質な価格操作は、ティトゥにちょっとしたトラウマを植え付けていたようである。
次回「隊商護衛」