その9 オアシスの町での再会
てなわけで到着。
ここはオアシスの町、ステージ。
カルーラ達小叡智の姉弟の実家、カズダ家が治める砂漠の町である。
僕はとりあえず町の外れの広場に着陸した。
メイド少女カーチャは辺りの景色を見回して懐かしそうに目を細めた。
『ここって一年前にハヤテ様のテントがあった広場ですよね? 懐かしいです』
「ギャウギャウ! ギャウギャウ!(※興奮している)」
『こら、ファルコ! 暴れたらダメですわ!』
そして初めて見る異国情緒溢れるの町並みに興奮するファル子。
そんな風に思い出話をしていると、集まっていた人混みを割って、馬にまたがった男が現れた。
気難しそうな印象のある四十前後の男性。カルーラのお兄さん、カズダ家当主エドリアさんである。
エドリアさんは、突然家に帰って来た歳の離れた妹に驚きの声を上げた。
『やはりミロスラフ王国のドラゴン! なぜまたこの国に?!』
いや、違った。シンプルに僕の姿を見て驚いたみたいだ。
ああ、勿論、カルーラの姿にも驚いていたみたいだったよ。
「ほら、カルーラ。お兄さんに事情を説明してよ」
『・・・面倒』
早く家で休みたいカルーラは、渋々エドリアさんに説明を始めた。
『――という訳。だからまた私とティトゥ達を屋敷に泊めて欲しい』
『よろしくお願いしますわ』
『そ、それは構いませんが、まさかそんな話になっていたとは』
「いや、ちょっと待ったカルーラ。今、聞き捨てならない話が混ざっていた気がするんだけど」
特にミロスラフ王国行きの船に乗る前の話。
王城から黙って抜け出したなんて話、僕、聞かされてなかったんだけど?
そりゃあ確かに、「カルーラ達小叡智の存在はチェルヌィフ王朝的には部外秘のはずなのに、今回はやけに軽いフットワークで聖国にやって来たなあ」とは思っていたんだけど。
それにしても、王城を無断で脱出とか、随分とムチャをしたもんだね。
『時間が無かった。叡智の苔様の御命じだから仕方がない』
『そうそう。世界の危機なんだから仕方がないですわね』
カルーラは、「反省はしているが後悔はしていない」といった顔で答えた。
そしてティトゥ。君がドヤ顔するのは違うから。
「大丈夫? 王城の方では大騒ぎになっているんじゃない? 後で大変な事になったりしない?」
『キルリアが上手く誤魔化してくれているはずだから。それに昨年、一昨年と、連続してネドマの被害が起きた事で、みんなしばらくの間はネドマは現れないと思ってるはずだし』
カルーラ達小叡智の主な仕事は(というか、仕事のほとんどは)、叡智の苔が観測したネドマの情報を一早く王城に伝える事にある。
叡智の苔の正体は、スマホの音声認識アシスタント。ボイス・ライフアシスト・コミュニケータ・バラク。
科学の遅れたこの世界では、僕のうろ覚えの知識ですら割と重宝されているのに、知識の宝庫である彼を使えば、文字通り知識無双する事も可能である。
ところが今の所、チェルヌィフ王城にその様子は見られない。
これは彼らがバラクが膨大な知識を持っている事を知らないのと、バラクが本質的には音声認識アシスタントの域を出ない――誰かに質問されればその事については答えるものの、自分からは能動的に動かない――という点が噛み合った結果ではないだろうか?
そうでなければ、今頃この異世界にも、チェルヌィフ発祥で地球と同レベルの文明が築かれていたはずである。
「もし、そんな社会になっていたら、僕が転生早々ドラゴンに間違われる、なんて展開もなかったんだろうなあ。きっと」
『何か言った?』
しみじみと若干メタっぽいネタを呟いた僕に、カルーラが不思議そうな顔をした。
「ギャウギャウ!(※意味のない叫び)」
『ファルコ様! 飛び出しちゃダメです!』
さっきからずっと興奮していたファル子が、長話に焦れたらしく、メイド少女カーチャの制止を振り切って操縦席から飛び出した。
その瞬間、僕達を遠巻きにしていた野次馬達から大きなどよめきが上がった。
『『『おおおおおっ!』』』
「ギャウ?!(な、何?!)」
『なんだ、あの生き物は?!』
『空を飛んだぞ! 背中に羽根が生えている生き物なんて初めて見たぜ!』
『見た事もない生き物だわ?! あれもドラゴンなのかしら?!』
ファル子は予想外の大声に驚いて、慌ててティトゥの足元に逃げ込んだ。
ティトゥは苦笑するとファル子を抱き上げた。
『怖がるくらいなら、カーチャの言う事を聞いてパパの背中で大人しくしていれば良かったんですわ』
「キュウ・・・(ゴメン、ママ)」
『な、ナカジマ殿! そ、その生き物は一体?!』
『ハヤテの娘のファルコですわ』
『ええっ?! ドラゴンの子供?!』
エドリアさんはギョッと目を見開いた。
そんな兄にカルーラは呆れ顔になった。
『今更驚くの? 最初からハヤブサの姿を見ているのに』
『えっ?! まさかお前が抱いているのもドラゴンの子供なのか?! ずっと気にはなっていたのだが、本当に?!』
どうやらエドリアさんは、抱かれ疲れてグッタリと動かないハヤブサを、少し変わったぬいぐるみか何かだと思っていたようだ。
余程驚いたのだろう。彼の視線は慌ただしくハヤブサとファル子の上を行き来した。
『それにしても、やけに周りに人が多い気がしますわね。前に来た時もこうでしたっけ?』
『それは私も思ってた』
『・・・え? あ、ああ、それなら実際に町に人が増えているんですよ』
エドリアさんの話によると、僕達が砂漠の山の中で見つけた伝説の黄金都市リリエラ。
その正体は、町のすぐ近くの塩湖跡地に眠る莫大な埋蔵量を持つ天然塩で、巨万の富を築いた大都市だったのだが、一年経った今では、その天然塩の発掘作業が本格化しているらしい。
『けど、掘り出した塩は、リリエラの近くを流れる川を使って船で運んでいるんですわよね? それでどうしてこの町に人が増える理由になるんですの?』
『この町は交代の作業員の休憩場所になっているんですよ。リリエラまで片道何日もかかるとはいえ、ここが一番近くのオアシスである事には間違いはないですから』
リリエラの建物は長い年月の間にすっかり砂に埋もれてしまって、高い建物の二階が僅かに地上に覗いているくらいでしかなかった。
作業員達はそんな何も無い場所にテントを作り、そこで発掘作業をしているそうだ。
エドリアさんは何やら思わせぶりな目で背後の町を振り返った。
『作業員達はここからリリエラに向かい、二週間程向こうで作業をして戻って来ます。帰って来た彼らはこの町の水運商ギルドの支部で働いた分の給料を貰うという訳です』
ああ、そういう事。
僕はようやく納得出来た。
娯楽どころか、物資すらもロクにないであろう砂漠の作業場で二週間。しかも男ばかりの環境で働いていた作業員達が、久しぶりの人里に戻って来たら、行くところなんて決まっている。
そう、盛り場である。
その上、彼らの懐には纏まったお金がたんまりと入っている。これで羽目を外さない訳がない。
こうして町にはそんな作業員達の懐に目を付けた商人達――具体的にはお酒、娯楽、それに女性を提供する商人達――が集まり、更にはそれらの店や店員に商品を卸すための商人までやって来て、と、町はちょっとした採掘景気に沸いているという訳だ。
カルーラは微妙な表情で何か言いたそうな顔をした。
まあ、若い女の子としては、久しぶりに帰って来た自分の故郷が、ガテン系作業員と盛り場で賑わっていると聞かされれば、こんな顔にもなるだろうね。
『そうイヤそうな顔をするな。景気も良くなって町の人間も喜んでいるんだ。それに以前の何倍も商隊がやって来るようになった事で、良い品がより安く手に入るようになった。多少、町がうるさくはなったがな』
商人が増えれば増えただけ競争原理が働くようにもなる。
町に物資を運んでいた商隊も、持って来れば持って来ただけ売れるんだから、さぞやウハウハ、書き入れ時だろう。
『――まあ、その分、今までにはなかった問題も起きている訳だが・・・』
『?』
エドリアさんの表情が曇ったその時だった。人混みをかき分けて、一人の男がこちらに進み出た。
何日も砂漠を旅して来たのだろう。まるで頭から砂を被ったように全身真っ白の砂まみれになっている。
年齢は三十歳前後。日に焼けて真っ黒になった顔は、しばらくヒゲをあたっていないらしく、無精ヒゲが生えたい放題になっている。
男はターバンの奥から覗く目を嬉しそうに細め、そこだけ妙に白い歯をむき出しにして笑った。
『ハヤテ様! ナカジマ様まで! 一体、いつチェルヌィフに戻っていらしたんですか?!』
『ええと・・・『マイラスです! マイラスですよナカジマ様!』そうそう、マイラス。あなたまだこっちで作業をしていたんですの?』
そう。それは水運商ギルドのやり手商人、ジャネタお婆ちゃんの部下のマイラスだった。
ティトゥはマイラスに向き直った。
『マイラス、大体一年ぶりくらいですわね。ジャネタさんはお元気にしてますの?』
『ええ、勿論。今はバンディータの町のギルド本部で本部長を務めております。ハヤテ様もお変わりなく』
『ゴキゲンヨウ』
『『『喋った?!』』』
その途端、周囲の野次馬達から驚きの声が上がった。
いや、喋ったも何も僕って最初から喋ってたよね? ――って、そういえばここに到着してからは日本語でしか話してなかったんだっけ。
周りの人達からは、「ドラゴンというのは何だか妙な鳴き声をしているんだな」としか思われていなかったという訳か。なる程納得。
『ファルコ達も挨拶なさい』
「「ギャーウー(ごきげんよう)」」
『えっ?! ナカジマ様、その生き物は一体?!』
『ハヤテの子供達ですわ』
『ええっ?! メスのドラゴンもいたんですか?!』
驚くマイラス。まあ普通そう思うよね。
カルーラがハヤブサを抱きかかえたままハタと手を打った。
『おお、そういえば。ハヤテ様、結婚してたの? 奥さんはどこで見つけたの?』
「いや、君達が思っているようなドラゴンの奥さんはいないから。僕はまだ独身だから。カルーラとキルリアは、僕達が巨大ネドマから手に入れた赤い石を見ているよね? ファル子達はあの石の中から生まれたんだよ」
実は二人が生まれた所は誰も見ていないのだが、あの時の状況から考えて間違いはないだろう。
カルーラは納得したようなそうでないような微妙な顔で首を傾げた。
「そういえばバラクに会ったら、ファル子達の事も聞いてみたかったんだった。それで思い出したけど、ここでマイラスに再会出来たのはラッキーだったかもね。マイラス、僕達ジャネタお婆ちゃんに連絡を取りたいんだけど、手を貸してくれないかな?」
『――とハヤテは言ってますわ。どうかしら、マイラス。・・・って、何なんですのその顔は』
『あ、いえ。ナカジマ様は前からそんな風にハヤテ様と話をしていましたっけ?』
・・・ああ、そういやそうだった。
以前、この町にいた頃は、まだティトゥは僕の喋る日本語が理解出来るようになっていた事を秘密にしていたんだったっけ。
僕がその事実を知ったのは、巨大オウムガイネドマを倒してこの国を去る直前。カルーラ達に報告するために王城のバラクの所に行った時の事だった。そうだそうだ、そうだった・・・
『あ、あの、ハヤテ様? 急に黙り込んでしまってどうしたんですか? あの、ナカジマ様。ハヤテ様は一体どうされたのでしょう?』
『さあ。全く、いつまでもウジウジと気にし過ぎなんですわ』
『? 何かあったの?』
マイラスは突然、僕のテンションがダダ下がりになってしまった事に慌て、ティトゥは呆れ顔になり、カルーラはそんな事なんてすっかり忘れたとばかりに不思議そうな顔になった。
そんな訳で、最後はちょっとだけ僕の古傷が抉られるような出来事はあったものの、僕達は無事、チェルヌィフ王朝へと到着。カルーラのお兄さんのご好意でオアシスの町ステージに逗留する事になったのであった。
次回「砂漠の盗賊団」