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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第二十一章 カルリア河口争奪戦編
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その6 林立する無数の帆柱

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ”ボハーチェクの鮫”ガルテン。

 彼の語る最悪のシナリオは、将軍達の顔を青ざめさせるのに十分だった。


「もしも帝国軍にこの王都を落とされたら、俺達は背後から襲われちまう。つまりは挟み撃ちだが、これはそれだけじゃねえ。見ろ。西にはヘルザーム伯爵軍、東には帝国軍。そして南にはアレークシ川。そう。どこにも逃げ場がねえんだよ。俺達は完全に退路を塞がれ、国に帰る事さえ出来なくなってしまうって訳さ」


 ガルテンが地図上に置いたコインは二枚。

 一枚はヘルザーム伯爵領リーグ砦。そしてもう一枚はここ、王都バチークジンカ。

 二枚のコインに挟まれるのはミロスラフ王国軍。

 そう。彼は自分達がヘルザーム伯爵領に攻め込めば、東西二つの軍に挟まれる事になると言っているのだ。

 将軍達は思わずカミルバルト国王に振り返った。

 カミルバルトはしばらくの間、黙って地図を睨み付けていたが、やがて顔を上げた。


「帝国軍がリーグ砦の防衛戦に加わる可能性は?」

「かなり低いんじゃないでしょうか、陛下。というよりも、もしも俺が帝国軍人ならそんな命令には絶対に反対しますね。大体、船乗り達は血の気が多いので、守りには向かないんですよ。ましてや小ゾルタの指揮官の命令の下で戦わされるなんて冗談じゃない。だったら攻撃部隊として自分達だけで動く方がいい。俺ならそう考えるでしょう」


 ガルテンは命令系統の面からも、帝国軍がヘルザーム伯爵軍と一緒に戦う可能性は低いと考えているようだ。

 実の所カミルバルトも、他国の援軍が防衛戦に加わるのは難しいのではないかと考えていたので、ガルテンの意見は彼の考えとも合致するものだった。


「帝国軍が上陸するという場所だが、――ここは何という地名だ?」

「カルリアです」

「そうか。カルリアに帝国軍が上陸するという根拠は?」

「陸の周囲の海には、水に隠れて見えない岩礁があるんですよ。だから船乗り達は知らない土地の陸地には不用意に近付かない。その点、河口であれば堆積した砂で覆われていて安全だ。ましてや帝国軍はニ十隻以上もの大艦隊。それだけの数の外洋船を安全に陸近づけさせる場所は、もうここしかないかと」

「なる程」


 ガルテンの話は最もなもののように思える。

 しかしそれは、彼の方がこちらよりも船について知識を持っているため、そして彼のハッキリとした言い方がそう感じさせているためなのではないだろうか?

 カミルバルトはそれらを考慮した上で結論を出した。


「我々がヘルザーム伯爵領に軍を動かすと同時に、帝国軍は船で海岸線を南下を開始する。そしてアレークシ川の河口付近に上陸すると共にこのバチークジンカを目指す。その考えには俺も同意見だ。帝国軍は船で兵員を輸送出来るという、自分達の利点を最大限に生かそうと考えるに違いない。その上で、お前ならこれにどう対処する?」

「上陸戦を取る際の最大の弱点は、守り側が圧倒的に有利という点です。大型船は海岸線に付けられないので、兵士は小舟に乗せて送り出すしかない。持ちこたえれば防衛側の勝ちだし、陸地に取り付ければ攻め側が勝つ。つまりは力押しだ。そこには策も何もあったもんじゃない」

「なる程。ならばこちらのやる事は一つだな」


 カミルバルトは将軍達に命じた。


「急ぎカルリアに進出して、この地に防衛線を築く! 砦を作り、いずれ現れる帝国船を迎え撃つのだ!」

「「「はっ!」」」


 こうしてミロスラフ王国軍は急遽、王都を出発する事になった。

 その数は、一部王都に守備隊を残しただけの七千人。目的地はアレーシク川の下流の土地、カルリア。

 この決定が、この地を巡る激しい戦い、カルリア河口争奪戦のきっかけとなるのであった。




 ミロスラフ軍七千がカルリア河口に到着したのは四日後の事。

 指揮官は総大将である国王カミルバルト本人。

 周囲は、総大将は王都に残るべきではないかと進言したが、カミルバルトは頑として聞き入れなかった。

 彼は将としての鋭敏な感覚で、この地の防衛がこの(いくさ)の勝敗を左右する事になると直感していたのである。

 カルリアに到着したミロスラフ王国軍は、すぐさま防衛線の構築に乗り出した。


「例のオルドラーチェク家の指揮官を呼べ。あの者の意見を聞きたい」


 カミルバルトは ボハーチェクの鮫ガルテンに意見を求めるべく、彼を呼び出すように命じた。

 アダム特務官は不安な表情を浮かべた。


「大丈夫でしょうか? いくら我々の中では唯一、彼だけが海での戦いの経験があるとはいえ、あくまでもそれは海賊を相手にしたものです。今回のような大掛かりな艦隊との戦いは、彼にとっても初めてとなるはずですが」

「俺もそうは思うが、全く無いよりはいくらかマシだ」


 アダム特務官の心配は、今回の敵はガルテンの手には余るのではないか、という最もなものだった。

 カミルバルトも当然、その点は危惧していたが、海戦や艦隊相手の戦いにおいては、自分や他の将軍達は全くの無知。素人同然である。

 ガルテンを切り札と呼ぶのはいささか心もとないが、現状、カミルバルトの手元には、彼くらいしか使えそうな手札がなかった。


(こんな時、ハヤテ殿がいてくれたら良かったのに)


 アダム特務官は、ナカジマ領に住むドラゴン・ハヤテの巨大な姿を思い浮かべた。

 あの人類を上回る叡智を持つ超生物であれば、いともたやすく有効な策を示してくれたのではないだろうか?


「――分かりました。ガルテン・オルドラーチェク殿を呼んで参ります」


 だが、今はない物ねだりをしていても仕方がない。

 アダム特務官は気持ちを切り替えると、カミルバルトの前から下がったのであった。

 アダムからの知らせを聞いたガルテンは、内心の興奮を隠しながらカミルバルトの天幕へと向かった。


(いいぜいいぜ。どうやら風は俺に吹いて来たみてえだ)


 ガルテンはすっかり有頂天だった。


(どうよ、アニキ。俺に兵を与えて送り出す時には、随分とイヤそうな顔をしていたが、あのカミルバルト陛下がこの俺を頼りにしているんだぜ? そしてこれだけの大軍が俺の言葉一つで動いていやがる。これぞ男の仕事ってモンだ。是非この光景をボハーチェクにいるアニキに見せてやりたいものだぜ)


 彼の兄、オルドラーチェク家当主ヴィクトルは、悪人顔に似合わず、領民思いの領主であり、優秀なビジネスマンでもある。

 そんな彼にとって、粗暴で身勝手、その上、短慮で視野の狭い弟は大して評価に値しなかった。

 ヴィクトルにとって、弟はつまらない人間。小物過ぎて重要な仕事は任せられない男。その程度の軽い扱いだったのである。

 そしてその兄の気持ちはヴィクトルも薄々察していた。

 ガルテンが海賊を退治するのは、優秀な兄を見返してやりたいという気持ち――自身の承認欲求を満たすための行為だったのかもしれない。


「陛下。俺をお呼びだそうで」

「ああ。今から防衛作業の確認に向かう。同行して、何か気付いた事があったら言ってくれ」

「! 分かりました」


 後で思えば、ガルテンの絶頂期はこの頃だったのかもしれない。

 この時、彼は間違いなく国王を補佐する立場にあった。

 それはさておき、七千人ものマンパワーは絶大で、ミロスラフ王国軍はみるみるうちにカルリアの地に防衛用の陣地を築いていった。

 しかし作業を開始してから三日目。偵察に出ていた兵士が大慌てでカミルバルトの天幕に駆け込んで来た。


「へ、陛下! ふ、船です! 海を埋め尽くす程の無数の船が、こちらに向かっています!」

「船だと?! 帝国の艦隊が現れたのか!」


 それは帝国海軍黒竜艦隊の襲来を告げる知らせだった。




 敵艦隊発見。

 その知らせはミロスラフ王国軍を駆け巡った。

 兵士達は作業を中断すると、慌てて戦闘準備をとるべく走り回った。

 ガルテンは動揺のあまり、誰に責められたわけでもないのに勝手に言い訳を始めた。


「こんなのはおかしい。早すぎる。帝国艦隊の指揮官は一体何を考えているんだ」

「相手の様子を探っていたのはこちらだけではなかったという事だ」


 カミルバルトの言葉通り、ミロスラフ王国軍がヘルザーム伯爵領に諜報部隊を送り込んでいるように、ヘルザーム伯爵側もこちらに諜報部隊を送り込んでいたのである。

 ヘルザーム伯爵側は、諜報部隊からの報告で、ミロスラフ王国軍が大軍をもってカルリア河口に進出。防衛陣地の構築を始めたのを知る事となった。

 彼らは慌てて、黒竜艦隊指揮官、ハイネス艦長にこれを伝えた。


「敵の陣地が完成するまで、手をこまねいて見ている訳にはいかん!」


 ハイネス艦長は、即座に敵防衛陣地に攻撃を仕掛ける事を決意した。

 こうして黒竜艦隊は停泊していたミコラツカの港から抜錨。南下してカルリア河口を目指す事になったのであった。


「それだけ帝国艦隊にとって、このカルリアの地が重要だったという事だ。つまりはガルテン、お前の読み通りだったという訳だ。出来ればもう少し気付かれるのが遅ければ良かったのだが・・・少しでも敵に先んじられたのは大きいと思うしかなかろう」


 帝国艦隊の襲来に取り乱したガルテンだったが、実際、彼の考えは間違っていなかった。

 黒竜艦隊指揮官、ハイネス艦長は、この地を上陸地点の最有力候補と考えていたのである。

 ただ、ガルテンが予想出来なかった点は、大軍による大掛かりな工事が敵を刺激し、侵攻の呼び水となってしまった事にあった。

 カミルバルトは床几(しょうぎ)(※折畳式の腰掛け)を蹴り倒す勢いで立ち上がると、大股で天幕の外に出た。


「俺の馬を用意しろ! 敵船団の様子を見に行く!」

「! へ、陛下! 俺もご一緒します!」


 ここで自分の存在感を示さなければ。ガルテンは慌ててカミルバルトの背中を追ったのであった。




「こ・・・これは」

「まるで海の上に陣地が現れたようだ」


 誰かがゴクリと喉を鳴らした。

 水平線に現れた無数の旗。いや違う。それは海上に林立する船の帆柱(マスト)だった。

 黒竜艦隊の編成は、輸送用に特化した超大型の外洋船が四隻。更には大型の外洋船が五隻(これにはハイネス艦長の乗る旗艦も含まれている)。そして通常サイズの外洋船が十五隻。通常サイズと言っても、それは先程までの船と比べての話であって、一般には大型に分類されるサイズの外洋船である。

 そんな合計二十四隻もの大艦隊の間に挟まれるように、使い古されたいくつかの中型船が浮かんでいる。こちらはヘルザーム伯爵領で集められた船なのだろう。


「これは・・・想像していたよりも、かなり大掛かりな艦隊が現れたな。オルドラーチェク家の指揮官よ。お前だったらあの敵とどう戦う?」


 カミルバルトも周囲の者達と同様、最初は敵の威容に呑まれていたが、指揮官という立場にある以上、いつまでものん気に思考停止している訳にはいかない。

 敵が強大であれば強大である分だけ、一刻も早く事態を把握し、部下に指示を出す必要がある。そうしなければ、味方に多数の犠牲者を出してしまうだろう。

 だが、そう考えられるのは、カミルバルトが生まれながらの権力者。人の上に立つ資質を持っているからである。

 カミルバルトはいつまでもガルテンの返事がないことに、怪訝な表情を浮かべながら振り返った。


「どうした? なぜ黙っている? 策を言ってみろ」

「む・・・ムリだ。あんなのはデタラメだ。あんなのとどうやって戦えばいいんだ」


 ガルテンは震える唇でようやくそれだけ呟いた。

 彼の経験はボハーチェクの港町近辺に現れた海賊と戦った事だけである。

 言ってみればそれは、海と陸との違いはあるものの、衛兵の仕事と大差のないものだった。

 ガルテンはようやく自分が場違いな場所に来てしまった事に気が付いたのである。

 ここは戦場。しかも圧倒的に強力な敵を迎え撃たなければならない、絶望的な最前線なのであった。


(・・・コイツはここまでの男か。どうやらアダムの心配していた通りになってしまったようだな)


 カミルバルトは、戦う前から心を折られているガルテンを見て、彼への評価を下げた。

 いや、元々それ程大きな評価をしていたつもりもなかったが、今回の件で完全に格付けを済ませたと言うべきだろう。


(これは厳しい戦いになりそうだ)


 カミルバルトは、険しい顔つきで帝国艦隊を見つめるのだった。

次回「ドラゴンの姉弟」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新を再開して下さって嬉しいです。続きをずっと心待ちにしていました。 [一言] ガルテンは早々にメッキが剥がれた感じになっていますが、彼も別に完全な無能というわけでもないんだと思います。実…
[良い点] うおん!?まだ特に失点も無いんだから もうちょっと頑張れガルテン!!巻き返せるぞ!! しかし対する黒竜艦隊も「我が国はこんなことをしてる場合なのか…」と いまいち士気が上がらないでしょう…
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