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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第二十一章 カルリア河口争奪戦編
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その5 帝国艦隊

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ミロスラフ王国国王カミルバルトの下に、諜報部隊からもたらされた緊急の知らせ。

 それはヘルザーム伯爵領の港に、ニ十隻以上もの黒い大型船が現れた、というものであった。

 帝国の軍旗を掲げたその船こそ、ハイネス艦長が率いるヘルザーム伯爵軍への援軍だった。

 この日を境にして、小ゾルタをめぐる戦いは、一気に加速するのである。




 小ゾルタのかつての王都、バチークジンカ。

 その王城の一室に、カミルバルト軍の主だった将軍達は集められていた。


「しかし、このように急に軍議が開かれるとは、一体何があったのだ? まさかヘルザーム伯爵が死んだとかいう話ではあるまいな」

「いや、意外とあり得る話ではないか? ヘルザーム伯爵は、我が国の北の砦での戦いに続いて、ピスカロヴァー王国での戦いと、ここの所敗戦が続いている。配下の者達に見限られるのも当然だろう」

「確かに。領主達の中にも伯爵を裏切って我が軍に付く者も出ているくらいだ。主君の首を手土産に、こちらに投降する者が出たとしても何ら不思議ではないというものだ」


 ”オルサークの竜軍師”ことトマスが行ったヘルザーム伯爵陣営の切り崩し。

 ピスカロヴァー王国の王子ダンナが同行していた事もあってか、この策は本人の予想を超えて上手くいき、ヘルザーム伯爵に不満を持っていた一部の領主を寝返らせる事に成功していた。(第十八章 港町ホマレ編 『その33 英雄の器』より)

 どうやらヘルザーム伯爵の状況は、こちらが思っている以上に悪いのかもしれない。

 この時点で将軍達は自分達の優位性を信じ込んでいた。


 その時、部屋のドアが開くと共に、背の高い美丈夫が姿を現した。

 ミロスラフ王国新国王、カミルバルト・ミロスラフである。


 ザッ!


 将軍達が一斉に立ち上がり、直立不動の姿勢を取る。

 カミルバルトは大股で部屋に入ると、長テーブルの一番奥、主賓席に腰を下ろした。


「座ってくれ」


 ザザッ。


 国王の許可を得てイスに座る将軍達。

 将軍の何人かはカミルバルトの顔がいつもより険しい事に気が付き、怪訝な表情を浮かべた。


「今日、お前達に集まって貰ったのは他でもない。ヘルザーム伯爵領で新たな動きがあった。先程、領内に潜入させていた諜報部隊からもたらされた情報によると、敵に援軍が到着したらしい」


 ザワッ・・・


 将軍達は戸惑いの表情で顔を見合わせた。

 王都騎士団の団長――かつてはカミルバルトの副官だった男で、カミルバルトの抜けた今は団長をしている者――が、「陛下」と、発言の許可を求めた。


「それはヘルザーム伯爵領の北に位置している、他の伯爵家から送られた軍なのでしょうか? 彼らがヘルザーム伯爵に協力する可能性は低いと聞かされておりましたが・・・」


 ヘルザーム伯爵領のすぐ北には小さな三つの伯爵家が存在している。

 ピスカロヴァー国王からの情報では、彼らとヘルザーム伯爵の仲はあまり良くない上、彼らの領地の北には、昨年の遠征の後に帝国に併呑された旧ゾルタ貴族達の領地が存在している。

 今はそれら旧ゾルタ貴族からの侵略を警戒して、軍を動かす事は出来ないのではないか? ピスカロヴァー国王はそう予想していた。


「その通りだ。敵の援軍はこの国のものではない。援軍は船でやって来たらしい」

「「「船ですと?!」」」


 将軍達が驚きの声を上げた。

 操船技術が未熟なこの世界では、少し海が荒れただけでも事故が後を絶たない。

 そのため、船での大軍の移動は投機的過ぎる――すなわち、ほぼタブーとされていた。

 ランピーニ聖国があれ程豊かな国でありながら、領土的な野心の強い帝国に攻め込まれず、独立を保っていられる理由が島国だから、と聞けば、この時代、船による軍の移動がどれ程敬遠されていたかが分かるというものだろう。


「それはまた大胆な事を・・・。そんな暴挙を行ったのは、一体どこの国の誰なんですか?」

「船にはミュッリュニエミ帝国の旗が掲げられていたらしい」

「「「帝国が?! そんなバカな!」」」


 将軍達はギョッと目を剥いた。


「あり得ませんぞ! ヘルザーム伯爵は保守派で知られております! 帝国から援軍を受けるなど考えられません! 何かの間違いではありませんか?!」


 ヘルザーム伯爵は大のミロスラフ王国嫌いで知られている。つまりは国内きっての保守派である。そんなヘルザーム伯爵が、一昨年、自分達の国を荒らし回ったミュッリュニエミ帝国と手を結ぶとはとても考えられなかった。


「その事だが、ヘルザーム伯爵家で政権移動があったらしい。今までの当主は粛清されて、彼の孫が新たな当主の座に就いたようだ」


 当主の粛清。つまりは部下によるクーデターである。

 こうなると当主の孫が新たな当主になったというのも胡散臭く聞こえる。いわゆる傀儡政権。飾りの当主である可能性も高いだろう。

 どうやら先程、将軍達がしていた雑談が――ヘルザーム伯爵は配下の者達に見限られたのではないか、という話が――現実のものになってしまったようである。

 ただ一点、彼らの予想と違っていたのは、クーデターを起こした者達はミロスラフ王国軍に降伏するのではなく、ミロスラフ王国軍と戦うために帝国に援軍を求めた、という部分にあった。

 それにしても、まさか帝国がヘルザーム伯爵からの援軍要請に応えるとは。

 そしてよもや、二十隻以上もの船でその援軍を送って来るとは。

 ミロスラフ王国軍は完全に意表を突かれた形となってしまった。


「その援軍ですが、一体どのくらいの規模なのでしょうか?」

「詳しい事はまだ調査中だ。ただし、その艦隊のうちの何隻かは大型の外洋船を更に一回り大きくしたような巨大な船だったそうだ。報告では兵員輸送のために特別に設計された船ではないか、との事だった」

「なんと・・・帝国がまさかそのような船まで持っていたとは」


 一人の将軍がネライ家から参加している将軍に尋ねた。


「確か一昨年、そちらのネライ領に小ゾルタが奇襲をかけて来た時、ヤツらは二千の兵士を船で運んだのではなかったか?」

「そうだ。だが、あれは相当に無理をして、詰め込んでいたらしいぞ。ドラゴンの攻撃によって沈められた船の調査と、捕虜となった兵士達の証言を照らし合わせた結果、元の船の復原力(※傾きを元に戻す力)の限界を超えて兵員を詰め込んでいた事が分かっている。俺も聖国の船乗り達に意見を聞いたが、みんな良くそんなデタラメな事をして途中で沈まなかったものだと呆れておったわい」

「ふぅむ、すると今回の帝国の船に乗っているのは一般の外洋船くらい、百五十人前後と考えておけばいいのか?」

「いや、帝国の船は相当な大きさだという話だ。その倍は見積もるべきなんじゃないか?」


 将軍達は(カミルバルト国王も)知らない事だが、今回の帝国艦隊は、元々、聖国侵攻のために設計、製作された物である。

 小ゾルタが使ったという古い中古船とは、大きさも性能も比べ物にならない。

 特に輸送に特化した四隻の大型船は、船員を除いてそれぞれ千人づつ。合計で四千人もの兵士を運ぶ事が可能となっていた。


 カミルバルトは王都騎士団団長に尋ねた。


「我が軍の兵士の数と、ヘルザーム伯爵軍との戦力予想はどうなっているか?」

「はっ! こちらは国王軍が二千! 領主軍が約四千五百! それにピスカロヴァー王国軍が千五百の合計八千! ただしピスカロヴァー王国軍はこの王都に駐留している兵士だけの数なので、領内の予備兵力を動員すれば更に数を増やす事も可能との事! 対してヘルザーム伯爵軍は、現在の我々の予想では約三千! こちらは傭兵も含まれていますので、それらの集まり具合によっては多少前後するものと思われます!」

「ここまでは我が軍が有利か・・・」


 ミロスラフ王国軍とヘルザーム伯爵軍の戦力比は、三対一に近い。

 兵士の士気に関しては、英雄王自らが軍を率いているミロスラフ側に対し、ここの所負け続けでいい所のないヘルザーム伯爵軍。こちらはどちらが上でどちらが下か、考えるまでもないだろう。

 こうなると実際の戦力差以上にミロスラフ王国軍が圧倒していると見ていいのではないだろうか。

 問題は帝国からの援軍をどれ程の規模と見積もるかだが――


「はんっ! これだけの人数が顔を突き合わせてコレか。全くの的外れの議論もいい所だな」

「何だと?!」


 真剣な面持ちの将軍達を鼻で笑い飛ばしたのは、軍議の場に似つかわしくない、どこか崩れた印象のある男だった。

 一見すると、犯罪組織の若頭か、あるいは海賊船の船長かと思うような悪人顔。

 年齢はカミルバルトと同年代。二十代半ば。船乗りのように真っ黒に日焼けした肌。ガッチリとした体付きに、服の上からでも分かる太い腕。目の下には大きな傷跡が走り、男の顔に獰猛そうな印象を与えていた。


「若造が! 口を慎め!」

「歳しか威張れる所がないようだ。下らないねえ」


 男は挑発するように舌打ちをした。

 カミルバルトは、男の鎧に刻まれた紋章から、彼がオルドラーチェク家の将軍である事を察した。


(オルドラーチェク家の将軍。するとコイツが噂の”ボハーチェクの鮫”か)


 ミロスラフ王国最大の港、ボハーチェクを擁するオルドラーチェク家。その当主ヴィクトルの弟ガルテンは、若くして海賊退治で名をはせているという。

 敵に食らい付いたら離れない勇猛果敢な戦いぶりから、付いたあだ名がボハーチェクの鮫。


(――と思っていたが、案外、見た目の印象から付けられた名なのかもしれんな)


 カミルバルトはそんな事を考えながら、手を上げて二人を制した。


「お前はオルドラーチェク軍の指揮官だな。それ程言うなら意見を聞かせてみせろ」

「はっ! 喜んで! おい、例の地図を持って来い」


 どうやら今のガルテンの不遜な態度は、注意を引くためのアピールだったようだ。

 ガルテンの指示で二枚の地図がテーブルに広げられた。


「ふむ。一枚はこの辺りの地図だな。それは分かる。だがもう一枚は――コイツは海岸線の地図か? これが一体何だと言うのだ?」

「左様。今、議論しているのは帝国からの援軍に、我が軍がどう対処するかという話だ。こんなものは関係あるまい」

「そう焦んなさんなって。俺の地元はボハーチェク。船の事に関してはあんた達よりよっぽど詳しいんだからよ」


 ガルテンは懐から小銭入れを取り出すと、最初の地図。周辺の地図の上にパチンとコインを置いた。


「王都の西、俺達がヘルザーム伯爵領に進軍したとして、敵軍が守りを固めるならここになると考えられている場所だな」


 ガルテンが確認するように将軍達を見ると、彼らは「そうだな」と頷いた。

 ガルテンは頷くと、言葉を続けた。


「つまりはこの場所、リーグ砦は今回の戦いでの重要拠点。だったら帝国の援軍もここの守りに加わるに違いない。というのが今までのアンタ達の話だったが――それは船を知らない陸の軍人達の考えだ。だが、俺は違う」


 ガルテンは今度は海岸線が描かれた地図を指差した。


「見ろ。ここが帝国の船が入ったというミコラツカの港だ。ここを出航して海岸線を南に進むと――ここに到着する」


 ガルテンの指は地図上を動き、川の河口に到達した。


「アレークシ川の河口。俺が帝国軍なら間違いなくこの地で軍を上陸させる。アレーシク川の南はカメニツキー伯爵領だ。ここにはロクな戦力は残っていない上、川沿いには大きな街道が走っている。そして街道を東に真っ直ぐ進めば――」


 ペニソラ山脈から西に。小ゾルタを東から西に流れる大きな川、アレークシ川。

 その流れは北のヘルザーム伯爵領と南のカメニツキー伯爵領の領境にもなっている。

 そして伯爵領の東にあるのは――

 ガルテンは別のコインを摘まみ上げると、パチン! 最初の地図、王都(・・)バチーク(・・・・)ジンカ(・・・)の上に置いた。


「王都バチークジンカだ。もしも王都を落とされたら、俺達は背後から襲われちまう。つまりは挟み撃ちだが、これはそれだけじゃねえ。見ろ。西にはヘルザーム伯爵軍、東には帝国軍。そして南にはアレークシ川。そう。どこにも逃げ場がねえんだよ。俺達は完全に退路を塞がれ、国に帰る事さえ出来なくなってしまうって訳さ」

「「「!」」」


 ガルテンの語る最悪のシナリオに将軍達の顔が青ざめた。

次回「林立する無数の帆柱」

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― 新着の感想 ―
[一言] ハヤテがデウスエクスマキナ的に大暴れして終わる話じゃなく、キチンと戦略を練って人間同士の争いって流れになりそうな雰囲気だな~さてはてどうなるか
[良い点] なんだろう…特にこちら側の話に登場してるわけでもないのにハヤテくんがなんとかしちゃうだろうな…という安心感がありますね. マナの異常地帯を調べようとしたらたまたまそこにいた帝国軍が蹂躙され…
[良い点] むむむっ面白い! ボハーチェクの鮫は名ばかりでは無いという事なんですね
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