その2 そんな日常は守る必要ないですわ
かつてこの惑星を襲った未曾有の大災害。
その原因となった魔法媒介素子、マナの大量発生が再び起きようとしている。
僕達は音声認識アシスタント・VLACこと叡智の苔からの呼びかけに応じて、再び遠い大国、チェルヌィフ王朝へと向かう事にしたのであった。
「とはいえ、その前に一度ナカジマ領に帰って、みんなにも説明しないとね。ホラ、ティトゥ。そろそろミロスラフ王国が見えて来るよ。いつまでそんな風にスネているつもりだい?」
『・・・・・・(怒)』
「ギャウー、ギャウー!(※興奮している)」
聖国から帰国途中の海の上。
今も全身から「私、不機嫌です」オーラを出し続けているティトゥだが、少し前までは怒るわ泣き落としをかけてくるわでホントに大変だった。
メイド少女カーチャは流れ弾を恐れて黙り込むし、カルーラは乗り物酔いでそれどころじゃないし、空気の読めないファル子はいつものように落ち着きなく騒ぐしで、結局、ずっと僕がティトゥの相手をせざるを得なくなって、ある意味地獄だったよ。
とは言え、ティトゥ――
「とは言え、ティトゥ。君もみんなに黙ってチェルヌィフへ行く訳にはいかないって事くらい、本当は分かっているんだよね? 元々、聖国の新年式に参加するために二ヶ月近くも領地を留守にしていたんだから、そのまま更に他の国へ行っていい訳がないよね」
『そのまま更に他の国へ行って何が悪いんですの』
いやダメだろ。
「もういい加減に諦めなよ。ホラ、ホマレの港が見えて来たよ。屋敷ではみんなが君が帰って来るのを待っているよ」
特に代官のオットー。
きっと机の上に山と積まれた未決済の書類と一緒に、首を長くして待っているんじゃないかな?
ティトゥはまだ諦めきれないのか、グチグチと文句をこぼした。
『ねえ、ハヤテ。本当に本当に帰らないとダメなんですの? だって世界の危機なんですわよ。世界が危ないんだから、この際、色々仕方がないんじゃありません?』
「この際色々ってなんだよ。その話ならここに来るまでに何度もしたよね? 僕達が守るべき物は、今の世界であり、この世界のみんなの日常なんだって。世界を守るという理由のために、その当たり前の日常を犠牲にしてたら、本末転倒になっちゃうだろ」
『それが机に縛り付けられて、一日中、書類仕事をする事でもですの? それも犠牲にしちゃダメだと言うんですの?』
「あ~うん。それがティトゥにとっての日常なら、仕方がないんじゃない?」
『そんな日常は守る必要ないですわ!』
キレるティトゥ。いやまあ、気持ちは分からないでもないけど。
とはいえ、仕事が溜まっているのは、ほとんど君の自業自得みたいなものだから。身から出た錆だから。
ていうか、世界のピンチという大変な出来事を、君の仕事をさぼる口実にしないで欲しいんだけど。
とか何とか言っている間にタイムアップ。
前方にティトゥの屋敷が見えて来た。
幸い、今日は庭に雪は積もっていないようだ。
僕を見つけた屋敷のメイドさん達が、慌てて干していたシーツを取り込む姿が見えた。
「ホラホラ、ティトゥ。いつまでもぼやいてないで、着陸するから安全バンドを締めて。それとカーチャにファル子がケガしないように捕まえておくように伝えてくれない? カルーラ。もうすぐ地上に降りるからね。もう少しだけ我慢して」
『――と言ってますわ。・・・はあ。気が重いですわ』
『・・・コクコク(顔を青くしながら無言で頷いている)』
『分かりました。ファル子様、こちらに来てください』
「ギャーウー!(イーヤー!)」
さて、ハヤブサは・・・。そういやずっとカルーラに抱きかかえられていたんだっけ。じゃあ大丈夫か。
僕はカーチャに抱っこされてジタバタと暴れるファル子に大人しくしておくように注意すると、機体を右に振って周回経路に入った。
そのまま屋敷を右手に見ながら高度を下げると、最終旋回に入ると――
ドン!
見事な海軍式三点着地を決めた。
タイヤが地面を捕えると同時に、ティトゥは『あ~あ』とあきらめのため息をついたのであった。
到着してしまっては仕方がない。ティトゥは渋々操縦席から出ると、カルーラが降りるのに手を貸した。
「ギャウー! ギャウー!(あっ、ベアータ! おこし! おこし頂戴!」
「ギャウギャウ!(僕も! 僕も食べたい!)」
ファル子とハヤブサは、出迎えの中にナカジマ家の料理人、ベアータの姿を目ざとく見つけると翼をはためかせて突撃した。
『わわわっ! ファルコ様、ハヤブサ様、どうしたんですか?!』
『ファルコ達はあなたにおこしをねだっているんですわ。一つあげて頂戴。それとカルーラにも何か温かい飲み物を出してあげて頂戴』
『ああ、そうだったんですか。ファルコ様、ハヤブサ様、すぐに取って来ますからついて来てください。ハムサス、あんたはカズダ様(カルーラの家名)を食堂にご案内して差し上げて』
「「ギャウ! ギャウ!(おこし! おこし!」」
『カズダ様、こちらに』
『分かった』
ベアータはファル子とハヤブサを連れて屋敷のお勝手口に。ベアータの弟子のハンサム青年ハムサスは、カルーラを屋敷の玄関へと案内して行った。
こうして姿を消したベアータ達と入れ違う形で、ナカジマ領の代官オットーが庭に姿を現した。
『ご当主様、お帰りなさいませ。今、ハムサスがどなたかお客様を屋敷内に案内していたようですが?』
どうやらオットーはカルーラ達の後ろ姿を見かけたらしい。不思議そうにティトゥに尋ねた。
『カルーラですわ。詳しい話はハヤテのテントの中でしますわ』
『あ、ご当主様、お待ちを。お前達は、ハヤテ様をテントにお入れしておくように』
『はい、オットー様』
ティトゥはオットーの返事を待たずに、サッサと僕のテント中に入って行った。
何だかんだと理由を付けて、一秒でも屋敷に入るのを先送りにしたいのだろう。涙ぐましい努力と言える。
こうして僕は屋敷の使用人達に押されて、ざっとひと月以上ぶりとなる自宅へと戻ったのであった。
ここは僕のテントの中。
オットーはティトゥから事情を聞かされて、何とも言えない微妙な表情を浮かべた。
『何なんですのその反応は? これって世界の危機なんですわよ』
『そう言われても。どうにも実感が出来ないと言いますか・・・。いえ、カズダ様がわざわざ遠いチェルヌィフからいらしている以上、ただ事ではない、というのは頭では理解出来ているつもりなんですが・・・』
どうやらオットーは、あまりに現実離れした内容に、理解はともかく感情が(危機感が?)追いついていないようだ。
彼は首をかしげて唸り声を上げた。
『私もハヤテ様がいらしてから、大抵の事には耐性が付いたつもりでいましたが・・・流石に今回の話はどうにも。この星の生き物が絶滅寸前になるような大災害、と言われましても、私の手には余るというか、想像が出来ないと言いますか』
『だから、大絶滅は五百年前の話で、今回はその時程は大変な事にはならないんですわ』
オットーが思わず漏らしたボヤキに、すかさずティトゥが訂正を入れる。
ていうか、ティトゥ。それってあくまでも僕の勝手な予想だからね。正確な所はチェルヌィフに行ってバラクに――叡智の苔に話を聞いてみるまで分からないから。
『そう! だからこそ今は、一刻も早くチェルヌィフに行かなければいけないんですわ!』
「ああうん、その点は僕もティトゥに賛成かな。五百年前のような事にはならなくても、マナの発生場所次第では大きな被害が予想されるからね。対策を練るためにも、少しでも早く情報を得ておきたいから」
『ホラホラ、ハヤテもこう言っていますわ!』
『分かりました。分かりましたから、少し落ち着いて下さい』
鼻息も荒く詰め寄るティトゥを、オットーは困り顔で押しとどめた。
『お二人のおっしゃる事は良く分かりました。私だって天変地異は怖いですからね。ハヤテ様がチェルヌィフに行く事で、それについて詳しい情報が得られるなり、有効な対策などを知る事が出来るのであるならば、大変に有難いと思います』
『そう! だったら――』
『なので、ご当主様が出発前に「最低限、これだけは」という仕事をしていって下さるのならば、今回だけはお止め致しません』
『えっ?!』
ティトゥは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
『オットー、あなた分かってますの?! 世界の危機なんですわよ?!』
『例え世界が守れてもナカジマ領の運営が破綻してしまっては、我々としては元も子もありませんから。それだけは譲れません』
『だ・か・ら、世界の危機! なんですわ!』
必死に抵抗するティトゥだったが、オットーはガンとして譲らない。
ティトゥは助けを求めて僕に振り返った。
『ハヤテ! あなたからもこの分からず屋に何か言って頂戴!』
「仕事が終わり次第出発できるんだよね? だったら無駄にゴネてる時間に少しでも仕事を片付ければいいと思うよ」
『ほら、ハヤテ様もこう言っておられますよ。ご当主様、執務室へ参りましょう』
『何なんですの、オットー! あなたハヤテの言葉が分からないはずでしょ?! なんで私の翻訳も挟まずに通じ合っているんですの?!』
まあ、僕とオットーも結構付き合いが長いから。
僕の喋る日本語は分からなくても、言葉のニュアンスやそれを聞いたティトゥのリアクションで、大体、何を言ったか分かったんだろう。この辺はメイド少女カーチャも似たような感じの時があるし。
その時、テントを開けて白ヒゲの老人が姿を現した。
ナカジマ家のご意見番、この国の元宰相のユリウスさんである。
『ご当主殿が戻って来たと聞いたが、なんだ、まだこんな所におったのか』
『今から執務室に行くところです』
『そうか。ワシの所の報告書も溜まっておった所だ。夕食までに一通り目を通して貰えれば助かるが』
『そうですか。では私の方の仕事は夕食の後でかまいません。それまでに優先順位を決めておきますので』
『それは助かる』
『ちょっと! 私に無断で勝手に私の予定を決めないで頂戴! 私はまだ仕事をすると決めた訳ではないですわ!』
声を荒げるティトゥに、ユリウスさんは「何を言っているんだ、この娘は?」という顔になった。
『当主が領地の仕事をするのは当然だろうが』
『世界の危機なんですわ!』
『ナカジマ領も現在進行形で危機じゃ。これも当主がいつまでも聖国から帰って来ないからなんじゃが、その自覚はしておらんのかな?』
『すみません、ユリウス様。ティトゥ様には私からも良く言っておきますので』
『この上オットーの小言まで聞かされるんですの?! そんなのあんまりですわ!』
一日中デスクワークをさせられる上に、小言まで付いて来ると知ってギョッと目を剥くティトゥ。
彼女は最後まで必死に抵抗していたが、最後はオットーとユリウスさんに両サイドを固められた状態で僕のテントを後にした。
流石にちょっと可哀そうだったが、ここで下手に同情するような事を言うと、それを理由に本当に仕事から逃亡しかねない。
僕は心を鬼にして彼女の背中を見送ったのであった。
ちなみに頭の中ではドナドナの歌が流れていたのは秘密である。
こうして世界の危機は、ティトゥがどれだけ真面目に仕事に取り組むかにかかる事になったのだった。
頑張れ、ティトゥ。
僕の希望としては、出来れば二~三日くらいで終わらせて欲しいかな。
次回「今度こそ再びチェルヌィフへ」