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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第二十一章 カルリア河口争奪戦編
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プロローグ 黒竜艦隊

随分とお待たせしました。

更新を再開します。

◇◇◇◇◇◇◇◇


 大陸の中央に位置する大国、ミュッリュニエミ帝国。

 ハイネス艦長は、船の甲板から港の沖合を眺めると、ふと呟いた。


「また霧が出て来たか・・・」


 確かに。いつもであれば岬の先に見えているはずの、沖の小島の姿がどこにもない。

 それどころか、船長の視線の先は、まるで煙にでも覆われているかのように曖昧に白く霞んでいた。


 このトルランカの港は帝国の南西。ハヤテやティトゥ達の住むペニソラ半島からは西に位置する、この国有数の大きな港である。

 帝国の北方にあるいくつかの港とは違い、この地は今日のような冬の最中でも決して海が凍るような事はない。

 これは大陸の西、カルシーク海の西を流れる巨大な暖流の影響によるものだが、今朝のような冷え込みの激しい早朝などには、海水との激しい温度差によって濃い霧が発生。特に酷い時には、前に伸ばした自分の手の先すらろくに見えない程の濃霧が立ち込めてしまう事もあった。


 ハイネス艦長の呟きは小さなものだったが、直ぐ後ろを歩いていた副長の耳には届いていたようだ。彼はため息をつくと上司の言葉に答えた。


「これでは昼まで船を動かす事は出来そうにありませんね。部下達は午前の訓練がサボれて喜ぶでしょうが」

「帝国西軍の誇る黒竜艦隊といえども、自然相手には手も足も出んという訳か。止むを得んな」


 ミュッリュニエミ帝国は国の東西に二つの軍を所有している。

 東は隣接するチェルヌィフ王朝に。西は隣接する大小いくつかの国から成る、西方諸国に向けて。それぞれに対して軍を構えているのである。

 その東軍には、名将との誉れ高いウルバン将軍が。西軍には、ウルバン将軍と並んで二虎と称される、カルヴァーレ将軍が指揮官に任命されている。

 この東西二つの軍。あえて優劣を付けるとするならば、雑多な国の集まりである西方諸国に相対する西軍よりも、大陸最大の強国であり、帝国最大の仮想敵国でもあるチェルヌィフ王朝を敵とする東軍の方が、より重要度が高いと言えるだろう。

 しかし、実際はこの二軍は、格の上でも予算の上でも、同等の扱いを受けている。

 それは西軍の所有するこの海軍――通称、”黒竜艦隊”の存在が大きかった。


「聖国の海軍も、冬の濃霧には苦労させられていると聞き及んでいます。あるいは(きた)るべき戦いを左右するのは、この自然になるのかもしれませんね」


 今の副長の言葉からも分かる通り、黒竜艦隊の仮想敵はランピーニ聖国。より具体的に言えば、同国の海軍である。

 ランピーニ聖国は、四方を海に囲まれた島国であり、昔から造船が盛んであった。

 その極めて高い技術は、大陸の国々の追随を許さない。

 大陸の国家はこぞって聖国製の高性能な船を購入していた。

 そしてそれは聖国に対して潜在的に領土野心を持つ、この帝国においても変わらなかった。

 更には、船というのは使用していれば――いや、特に使わずに港に停泊させているだけでも――いずれはガタが来て、船渠(ドック)での補修が必要となる。

 つまり帝国海軍は、仮想敵である聖国に船を造って貰い、仮想敵である聖国に船をメンテナンスして貰わなければ、自軍を維持する事すら出来なかったのである。

 なんとみっともなく、情けない話であろうか。

 しかし、それも少し前までの話。

 この新鋭艦による大艦隊――黒竜艦隊が完成した事により、全ては過去の話となっていた。

 トルランカの港を埋め尽くす、漆黒の巨大な船影。

 この黒い色は、船体に歴青(れきせい)と呼ばれる天然アスファルトを塗っているためである。

 広い湾内に所狭しと林立する帆柱(マスト)は、遠くから見ればまるで葉の落ちた針葉樹林のように見えるだろう。

 これらの船が聖国ではなく、全てがこの帝国で新しく設計され、造られた物だと考えた時、兵士達の心は高い愛国心と高揚感、そして誇らしさを覚えるのであった。


「その事だが、近々我が艦隊に出撃命令が下るかもしれん」

「!」


 艦長の言葉に、副長の体が緊張で強張った。

 しかし、その顔に驚きの表情はなかった。


「聞いておったか」

「・・・噂話程度ですが。王都から帰って来た者達がそのような話をしておりましたので」


 一昨年前、帝国皇帝ヴラスチミルは、五万の大軍をペニソラ半島に送り込んだ。

 総大将は東軍指揮官ウルバン将軍。

 東のチェルヌィフ王朝が”ネドモヴァーの節”で動きが取れないのを見越した上での、見事な作戦であった。

 これら全てを完全な形で行う事が出来たのは、名宰相と名高かかった、故ベズジェク宰相が生前に準備させておいたが故だったのだがそれはともかく。

 ウルバン将軍率いる帝国東軍は、電撃的に小ゾルタを襲撃した。

 内通者のカメニツキー伯爵の協力もあり、王都バチークジンカは一月も経たずに陥落。ここにあえなくゾルタ王家は滅んだ。

 この大勝利の報に帝国中が湧きかえる中、大きな不満と嫉妬の怒りを覚える者がいた。

 西軍の指揮官、カルヴァーレ将軍である。

 彼は皇帝ヴラスチミルに訴えた。


「皇帝陛下! この度の勝利で、兵士達の士気の高さは留まる所を知りません! 更には周辺諸国は陛下のご威光に恐れおののき、かの聖国ですらも顔を青ざめて右往左往している模様! 陛下! 風は完全に我が国に吹いております! 今クリオーネ島に攻め込まずして、一体いつ攻め込むのでしょう?! 是非とも、我らが西軍、並びに海軍にも出撃をお命じ下さい!」


 しかし、カルヴァーレ将軍の懸命の言葉も皇帝ヴラスチミルを動かす事は出来なかった。

 カルヴァーレ将軍の自信の源、黒竜艦隊。しかし、小心者のヴラスチミルは、ここで闇雲に戦いを仕掛けて、大事な虎の子の艦隊を沈められる危険を恐れたのである。

 ライバルの活躍にカルヴァーレ将軍が歯噛みしている間に、事態は真逆の方向に大きく変化した。

 小ゾルタを攻め滅ぼした勢いのまま、ミロスラフ王国へと攻め込んだウルバン将軍率いる帝国軍。その帝国軍五万が、ミロスラフ王国との国境でまさかの大敗北を喫したのである。

 全ての原因は空を飛ぶ巨大な怪物、ミロスラフ王国のドラゴン・ハヤテにあった。

 この報せにカルヴァーレ将軍は自分の耳と、報告者の正気を疑った。


「ドラゴン? バカを言え。いかに相手が得体のしれない怪物とはいえ、たかが一匹のケダモノが帝国軍五万をどうこう出来るはずがないだろう」


 しかし、カルヴァーレ将軍が信じようと信じまいと事実は事実。現実は変わらない。

 しかもこの敗戦の報を受けて、皇帝ヴラスチミルはすぐさま全軍の撤退を命じたのである。

 それは彼が、敗戦に先立つ戦勝発表の式典の最中に受けたハヤテの空襲に、大きなショックを受けていたためでもあった。(第七章 新年戦争編 『その1 帝都襲撃』より)

 ちなみにカルヴァーレ将軍は、病気を理由にその日は式典に不参加だったため――政敵(ウルバン将軍)の戦功を称えるための式典に出るのがイヤだったため――それらの出来事を人づてにしか聞いていなかった。

 南征軍の敗退。

 ライバルの失態にカルヴァーレ将軍は小躍りして喜んだ。

 帰国したウルバン将軍は全ての責任を負わされ、軍を引退させられる事となるが、その裏にはカルヴァーレ将軍による執拗な根回しがあったのは言うまでもない。

 最大のライバルの失墜。更にはカルヴァーレ将軍の養女、ベリオールが新皇后となった事により、カルヴァーレ将軍の権力は揺るぎない物となった。

 こうして帝国は、ウルバン将軍とカルヴァーレ将軍の東西二虎将軍の時代から、皇帝の外戚(がいせき)となったカルヴァーレ将軍が頂点に立つ独裁時代へとシフトしたのであった。

 皇帝ヴラスチミルに取り入る事に成功し、この世の春を謳歌しているカルヴァーレ将軍。

 そんな中、初陣のチャンスを失ってしまった黒竜艦隊とハイネス艦長達海軍将兵は、このトルランカの港で日々訓練を重ねていた。


 副長はハイネス艦長に尋ねた。


「しかし、なぜ今なのですか? 今の我が国に聖国と事を構える力があるとは思えないのですが・・・」


 後の世に帝国南征戦争と呼ばれる事になる、先のペニソラ半島への出兵の失敗。

 その後に続いた大掛かりな結婚式典に、贅の限りを凝らした新離宮の建設。

 故ベズジェク宰相が貯えていた資金がなければ、今頃国庫が空になっていてもおかしくはない。

 とてもではないが、戦争を始める余裕などないはずであった。


「こんな時だからかもしれん。陛下は――いや、カルヴァーレ将軍は、国民の目を外の敵に目を向けさせる事によって、国内の不満を収めるつもりなのではないかな」

「そんなムチャな・・・」


 副長は絶句したが、ハイネス艦長の目は冗談や皮肉を言っているようには見えなかった。


「・・・艦長は本当にそんな事が可能だと思っているんですか? 仮に我々が聖国艦隊に勝利したとしても、それで聖国が降伏する訳じゃないんですよ? それから後、何年も聖国との戦いを続けながら、東のチェルヌィフからの侵攻にも備える。今の我が国にそれだけの力が残っているのでしょうか?」


 現在、チェルヌィフ王朝は大規模な内乱中だが、その趨勢(すうせい)はほぼ決していると考えられている。

 六大部族の一つ、戦車派のバルム家は既に降伏し、残るベネセ家からも離反者が絶えないという話だ。

 遠からずチェルヌィフの内乱は、帆装(はんそう)派諸家の勝利で終わりを告げるだろう。

 そんな時、帝国が聖国と戦争をしていれば、漁夫の利を狙って国境を越えて来る事は目に見えている。

 昨年、帝国はチェルヌィフの内乱に乗じて国境を突破しようと軍を進めた。

 それと同じ事を今度は相手にやられるだけなのでは? 副長が抱く不安は当然の物だった。


 ハイネス艦長は小さくかぶりを振った。


「例えそうだとしても、それを判断するのは我々の仕事ではない。我々は陛下の軍を預かる身。陛下が戦えとご命じになられるなら、それに応えて最善を尽くすのみだ」


 副長は思わず、「それは本当に陛下の命令なんでしょうか?」と口に出しかけた。

 皇帝ヴラスチミルの命令の形を取った第三者の思惑。そう。今や帝国軍のみならず王城すらも牛耳る最高権力者、カルヴァーレ将軍の言葉なのではないか? 彼はそう考えたのである。

 確かに現在の帝国皇帝は――皇帝ヴラスチミルは、とても名君とは言えないだろう。しかし、それでも帝国軍将兵達が忠誠を誓った主君である。

 そんな帝国軍が、皇帝のいち外戚(がいせき)でしかない者の虚栄心のために使い潰されようとしている。

 そんな事が許されていいのだろうか?


(帝国はいつからこんな事になってしまったのだろう。少し前まではチェルヌィフと並ぶ大陸の大国だったはずだったのに。それが今ではどうだ。まるで外見だけを取り繕ったハリボテ同然だ。本当に一体どうしてこんな事になってしまったのだか・・・)


 暗澹たる思いに駆られる副長だったが、こうして悲観的な気持ちになりながらも、彼の心配は自国と聖国との戦争のみ。その戦争に先駆けて、自分達黒竜艦隊が聖国海軍に敗れるとは考えていなかった。

 それだけ彼は部下達の練度に自信を持っていたし、黒竜艦隊の船の性能を信じていたからである。

 それもそのはず。この船の設計と制作を行ったのは、最先端の知識と技術を持つ聖国の造船技術者。

 黒竜艦隊を構成する数十の船舶は、十年程前、大手海賊組織と癒着していた事がバレて、聖国から逃亡して来たとある技術者を、当時の宰相ベズジェクが匿い、膨大な資金と人員を惜しみなく投入して作り上げさせた、この時代の最先端、最新鋭の外洋船なのである。

 もし仮に、聖国海軍の練度が自分達と同じだったとしても、その場合は両軍が使用している兵器の――乗っている船の差で勝敗が決まる事になるだろう。

 ならば最新鋭の船だけで固められた我が艦隊が負ける道理はない。

 その点においては、副長だけではなくハイネス艦長も、いや、帝国軍将校全てが同じ考えであった。




 海面を覆っていた濃い霧は、やがて日が高く上り、気温が上昇すると共に姿を消した。

 しかし、結局この日、黒竜艦隊の船に帆が張られる事はなかった。

 急遽、王城から出撃を命じる指令書が届いたためである。

 しかし、その目的地はハイネス艦長達の想像していたクリオーネ島、ランピーニ聖国ではなかった。


 彼等が目指すはこのトルランカの港より南東のペニソラ半島。

 旧小ゾルタ、ヘルザーム伯爵領。


 ハイネス艦長が受けた命令は、ヘルザーム伯爵軍と協力し、かの地に進軍しているミロスラフ王国軍を殲滅せよ、というものであった。

次回「再びチェルヌィフへ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 最近なろうから離れてカクヨムやハーメルンでたむろしていたので更新に気づいてなかった…不覚…
[一言] うおー新章もう始まってた! 今回は(も?)大事が起きそうなので期待してます!
[一言] やった♪ 更新だッ♪ マジ嬉しい♪
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