エピローグ 予想外の再会
今回で第ニ十章が終了となります。
『それでは我々は先に出発致します。ご当主様の方もお気をつけて』
そう言うと、若いメイドさんは――聖国メイドのモニカさんは――僕を見上げた。
『最も、ハヤテ様で移動する以上、そちらは心配されるような事は何一つないのでしょうが』
モニカさんの言葉にティトゥは豊かな胸を張った。
『ええ。ハヤテがいれば心配なんて何もありませんわ』
いや、何で君がそこまで自信満々なのかな。
今更言うまでもない事だけど、この世界の僕の体は四式戦闘機。
飛行機の事故なんて、いくらだって例があると思うけど?
まあ、この世界の航海技術はまだ未熟だからね。そんな外洋船に乗ってナカジマ領に帰るモニカさん達ナカジマ家の使用人達に比べたら、まだ僕に乗って帰るティトゥの方が安全な気もするかな。
ビブラ伯爵領の一件を終えた三日後。
僕達はようやく今日、おおよそ一月あまりお世話になっていた、ラダ叔母さんのお屋敷を後にして、ナカジマ領へと戻る事になったのであった。
もうこの国での用事は全て終わっただろうに、何で三日も残っていたのかって?
仕方がないだろ? 直近で港町ホマレまで行く船便が、三日後にしかなかったんだよ。
ティトゥ一人なら僕が乗せて帰ってもいいけど、ナカジマ家の使用人達がいるからね。
彼らと彼らが乗って来た馬車を連れて帰るには、船の出航を待つしかなかったのである。
だったら、ティトゥだけでもお前が乗せて先に戻ればいいじゃないか。そう言いたくなる気持ちも良く分かる。全くその通りだと僕も思う。
なので、そのごもっともな意見は何だかんだと理由を付けて、ズルズルと出発を後らせ続けて来た、そこにいるティトゥ本人に言って貰えないものだろうか?
馬車の前にはシュッとした細面の貴族、レブロン伯爵が立っていた。
『気を付けて帰られよ』
『レブロン伯爵様。大変お世話になりました』
ちなみにこの場に彼の奥さんは――ラダ叔母さんはいない。
元々は子供達と一緒にみんなの見送りに来ていたのだが、今は脱走したファル子を捜して貰っている。
あの腕白娘め。いい加減、少しは落ち着いてくれればいいのに。
ちなみにハヤブサはメイド少女カーチャに抱っこされたまま大人しくしている。
そんなカーチャにティトゥは振り返った。
『カーチャもみんなと一緒に、先に船で帰って良いんですわよ?』
『いえ、私にはファルコ様とハヤブサ様のお世話がありますから』
ああ、うん。これってファル子達のお世話は口実で、ティトゥのお目付け役として残るんだよね。
さすがはカーチャ。ティトゥとの付き合いが長いだけの事はある。
帰ったらひと月以上の仕事が待っているのが分かっているからね。
ティトゥが往生際悪く、帰るのを渋る未来が容易に想像出来てしまうってもんだ。
『カーチャ ヨロシクッテヨ』
『お任せ下さい、ハヤテ様』
『・・・二人で何を勝手に分かり合っているんですの?』
ティトゥは不満顔でこちらを見上げたが、そんなもの、わざわざ僕達に聞かなくても自分の胸に聞いてみれば分かると思うよ?
こうしてカーチャ以外のナカジマ家使用人達を乗せた馬車は出発した。
みんなを乗せた船は、その日のうちにレブロンの港町を出航。港町ホマレを目指す事になっている。
ちなみにファル子は本格的にガチ逃げしていたらしく、捕まった時には既に夕方になっていた。
つまり彼女はほぼ一日中、みんなから逃げ回っていた訳だ。
当然、こんな時間から飛行を開始する訳にもいかず、僕達の出発は明日へと延期。ティトゥ達はもう一泊、ラダ叔母さんの屋敷でお世話になる事となった。
全くファル子め・・・。僕は自分の娘の落ち着きの無さに頭を悩ませるのだった。
ところが翌日。ファル子を問い詰めた僕は、実は彼女はティトゥの言いつけで逃げ回っていたという事実を知る事となるのだった。
そう。全ては、帰りを一日でも遅らせたいティトゥによる犯行(?)だったのである。
「ティトゥ、君ねえ。一体何をやってるの・・・」
『ティトゥ様。流石にファルコ様を使ってこんな事をするのはどうかと思います』
『ち、違いますわ! 何が違うかは上手く言えませんけど、とにかく違うんですわ!』
何がとにかく違うだよ。ホントにしょうもない。
全部ファル子に聞いたよ。そんなに自分の屋敷に帰るのがイヤなのかい?
『オットーが書類を抱えて待っていなければ、こんなイヤな思いをせずに済んでいるんですわ!』
「いやいや、どんな理屈だよそれ。それって別に代官のオットーのせいじゃないよね。ていうか、仕事が溜まっている事なんて、前にベアータを迎えに行った時から分かり切っていたじゃないか」
『私も手伝いますから、早く帰りましょう。少しでも早く手を付けた方が、仕事から解放されるのも早くなりますよ』
「ギャウー!(イヤー!)」
あ、最後のはティトゥじゃなくてファル子が言ったのね。念のため。
ティトゥが言語を忘れる程幼児化したとか、そういう訳じゃないから。
とはいえティトゥも、今回ばかりは流石にやり過ぎたと自覚していたのだろう。僕とカーチャの言葉にぐぬぬ・・・と歯を食いしばった。
『・・・わ、分かりましたわ。大人しく屋敷に戻りますわ。けど一つだけ条件があります!』
ティトゥは顔を上げるとビシッと僕を指差した。
『ハヤテ! 仕事を片づけて時間が出来たら、私をどこかに連れて行って頂戴!』
「どこかってどこ? その場所次第なんだけど」
『どこかはどこかですわ! 今までに行った事のない場所のどこかですわ!』
今までに行った事の無い場所って・・・。 僕達って何だかんだで結構、色々な所に行ってると思うんだけど? それこそ半島の南の島から大陸の東の端まで。タクラマカン砂漠の倍以上の広さの砂漠の上だって飛び回ったよね。
『ハヤテ、どうなんですの?!』
『ハヤテ様、オットー様を助けると思ってお願いします』
うぐぅ。オットーの名前を出されると断り辛いな。・・・う~ん、まあいいか。どうせ一度屋敷に戻ったら、それ程遠出する時間も取れなくなるだろうし。一日二日で行って帰って来れる範囲なら、ティトゥのわがままに振り回されたとしてもたかが知れているだろう。
「分かった分かった。それで君が大人しく帰るというならいいよ」
『! 約束ですわよ! 絶対ですわよ!』
ティトゥは僕を見上げて何度も念を押した。
まあ、それくらい大した手間でもないし、これでティトゥのやる気が上がるなら、別に構わないだろう。
勿論、僕だって楽しみだしね。
どこに向かうかは・・・そうだな、帰ってからナカジマ家のご意見番、元宰相のユリウスさん辺りにでも相談してみようか。
チェルヌィフ商人のシーロがいれば、彼に聞いてみるのもいいかもしれない。
「じゃあそろそろ出発しようか」
『うっ! わ、分かりましたわ。カーチャ、私の荷物の仕度を――』
その時だった。ラダ叔母さんの所の騎士団員が、転がるようにこちらに駆け込んで来た。
余程急いで馬を飛ばして来たのか、冬の朝にも関わらず、額に汗を浮かべ、背中からは白い湯気を立てていた。
『――ナカジマ様! ハヤテ殿お待ちを! お二方にお会いしたいというお方が参っております!』
「ティトゥと僕に?」
『ハヤテも一緒にですの?』
ティトゥなら分かるけど、どうやら相手は僕まで名指しで呼んでいるようだ。
思わぬ知らせに僕とティトゥは、互いに戸惑いの表情を見合わせるのであった。
寒空の下で待つ事しばらく。
こんな事ならティトゥ達には一度ラダ叔母さんの屋敷に戻って貰った方が良かったかな? などと心配になった頃に、ようやくその馬車は到着した。
大きくて立派な馬車だ。聖国製でないのは、そのデザインから見て一目瞭然だった。
護衛の騎士達のマントに刺繍された家紋は、現国王代行・帆装派サルート家の紋章。
一年前に大陸の東、商人の国チェルヌィフ王朝で散々目にしたお馴染みの紋章だ。
馬車が停まると、御者が馬車の外に踏み台を置いてドアを開いた。
『ハヤテ様! ナカ――ティトゥ!』
『カルーラ! 本当にあなたなんですの?!』
馬車から飛び出して来たのは、灰色の髪の、ちょっと眠そうな目をした少女。
チェルヌィフ王城の最奥、聖域に存在する叡智の苔。その叡智の苔に仕える人間、小叡智。
彼女は小叡智の姉弟の一人、カルーラ・カズダであった。
『カーチャも久しぶ――』
カルーラはメイド少女カーチャに振り向くと、彼女の腕に抱えられた生き物――今日こそは勝手に逃げ出さないようにしっかりと抱きかかえられた、桜色ドラゴンのファル子に釘付けになった。
『カズダ様、お下がりを。何やら怪しい生きも――』
『えっ? 何この可愛い生き物』
護衛の騎士団員が止める間こそあれ、カルーラはカーチャの前に駆け寄った。
どうやらカルーラは可愛いもの好きだったようだ。――って、カルーラも女の子だし、別に意外でも何でもないか。
『その子はファルコですわ。ファルコとこちらのハヤブサの二人は、ハヤテの子供なんですの』
『ええっ?!』
カルーラはギョッと目を見開くと、何度も僕とリトルドラゴンズの間で交互に視線を行き来させた。
『全然、似てない!』
ですよねー。
苦笑するティトゥとカーチャ。
『ていうか、ハヤテ様に子供がいたんだ』
『あの後で生まれたんですわ』
『あの後? だからハヤテ様の子なのに、こんなに小さくて可愛いのね』
カルーラはソワソワしながらファル子達を見つめた。
『抱っこしてみます? ハヤブサ、カルーラ様の所に行ってあげなさい』
「ギャーウー(ええ~。まあいいよ)」
ハヤブサはカルーラの足元まで歩いて行くと、首を伸ばして彼女を見上げた。
カルーラはハヤブサを抱き上げると、その身体をさわさわと撫で回した。
「キュッ! キュキュッ!(くすぐったい! くすぐったいって!)」
カルーラは最初は軽く撫でる程度だったが、次第にその手つきは熱を帯び、激しくなっていった。
ていうか、ちょっとカルーラ。
『あ、あの、カルーラ様、もう少しお手柔らかにお願いします。ハヤブサ様が嫌がっていますので』
『・・・・・・ハッ! いけない。つい夢中になっていた』
ハアハアと荒い息を吐きながらグッタリするハヤブサを、カルーラは慌てて抱え直した。
ファル子は弟の姿に恐怖を覚えたらしく、怯えてカーチャに抱き着いている。
『そ、それにしても、カルーラ。こんな所であなたに会えるなんて思ってもみませんでしたわ。お国を離れても大丈夫なんですの? あなたと弟のキルリアには大事なお役目があるでしょうに』
『そうだった! ハヤテ様!』
ここでカルーラは僕に向き直った。
そして気を取り直すように一度大きく息を吸うと、次に彼女の口から出たのは流暢な日本語であった。
「飛行機さん。叡智の苔様があなたを呼んでいるわ。大至急、会いに行って頂戴。この大陸の、いえ、この惑星のあらゆる命が危険に晒されているの。止められるのは叡智の苔様とあなたしかいないわ」
それは衝撃のメッセージだった。
この星に生きる全ての生き物の未来に関わる重大な情報。
かつてこの惑星を襲った未曾有の大災害。その再来を告げる警報。
そしてそれは、この異世界に四式戦闘機の体で転生した僕の、最大にして最後の分岐点でもあった。
しかしこの時の僕は、唐突に語られたあまりにスケールの大きな話に、何一つ理解出来ずにただただ戸惑うだけであった。
懐かしのキャラと久しぶりに再会した所で第二十章は終わりとなります。
楽しんで頂けたでしょうか?
今回は「第五章 領地運営編」以来の長編になってしまいました。(とはいえ、三伯それぞれの話をやる以上、こうなる事は最初から分かってはいたのですが・・・)
こうしてどうにか無事に完走出来て、今はホッとしています。
この続きは、他作品の執筆がひと区切りつき次第、開始しますので、それまでは気長にお待ちいただくか、私の他作品を読みながら待っていて頂ければと思います。
最後になりますが、いつもこの小説を読んで頂きありがとうございます。
まだブックマークと評価をされていない方がいましたら、是非よろしくお願いします。
総合評価を上げてもっともっと多くの人に読んでもらいたいので。
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