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その41 三伯同盟

 僕は十日ぶりにビブラ伯爵の屋敷にやって来た。

 今は屋敷の庭でビブラ伯爵とティトゥの話が終わるまで、ぼんやりと待っている所である。

 僕の大きな体に、周囲の騎士団員と使用人達からの『何でお前まで来ちゃったの?』と言いたげな視線が突き刺さる。

 いやね、ティトゥを呼びに来た騎士団員は、彼女のためにわざわざ馬車を用意してくれてたんだよ。でもね、ティトゥが『ハヤテに乗って行くから必要ありませんわ』と断っちゃったんだよ。

 という訳で、僕は若干居心地が悪い思いをしながら、彼女が戻って来るのを待っているのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 屋敷の応接間ではビブラ伯爵クレトスがティトゥを待っていた。


「先日は失礼した。証拠を押さえるためには、急いで動く必要があったのでな」

「事情は伺っておりますわ。何でもビブラ酒に関わる大変なお話だったとか。無事に解決されたようで何よりですわ」

「全くだ。オルバーニ侯爵め、俺をコケにしおって。この借りはいつか必ず返してくれる」

「オルバーニ侯爵?」


 聖国王城を牛耳る三侯。その中でも第二王子カシウスの叔父で、近年大きく力を付けているというオルバーニ侯爵。

 伯爵の口からその名が出た事でティトゥは思わずキョトンとした。


「ん? エルカーノから聞いていなかったのか? ウチの一等樽がウェンツの町の商人に売られ、そこでビブラ酒に良く似た酒が作られていたのだが」

「その話なら聞きましたわ。けどそこでなぜオルバーニ侯爵の名前が出て来るんですの?」

「ああ、そうか。外国人だから知らん訳か。ウェンツの町はオルバーニ侯爵家のお膝元、アラーニャの港町の南に位置しているのだよ。つまりウェンツはオルバーニ侯爵の所領という事だ」

「それって・・・」


 ウェンツの町はオルバーニ侯爵家の所領だったらしい。

 オルバーニ侯爵本人がこの一件に関与しているかは定かではないが、伯爵としては侯爵にだまし討ちをされた気分なのだろう。

 なる程。伯爵がオルバーニ侯爵に憤りを感じている訳である。


「それで、以前、そちらから持ち掛けられていた話だが――」


 ビブラ伯爵は奥の机から二つの手紙を持ってくると、テーブルの上に横に並べた。

 ティトゥには分からないが、それぞれの手紙には、レンドン伯爵家当主とコルベジーク伯爵家当主の家紋が押されていた。


「パトリチェフとハルデンからの――レンドン伯爵とコルベジーク伯爵からの確認も取れた。三伯が協力してエルヴィン殿下をお支えするという話。俺も加えて貰う事にした」


 最初にコルベジーク伯爵家の屋敷を訪れてから、約一ヶ月。

 ハヤテとティトゥは、ここにようやく三伯の力を一つにまとめる事に――三伯同盟の結成に成功したのであった。




 ティトゥは、自分達の長い努力が実を結んだ事を知り、思わず深い感慨に浸っていた。

 ちなみに長いも何も、ハヤテとティトゥが実際に行動を開始してから、大体一ヶ月。

 おそらくこの国の誰に聞いても、たったの(・・・・)一ヶ月で(・・・・)三伯各々が抱えている問題を解決し、同盟を築き上げた彼らの結果は、むしろあり得ない速度だと答えるだろう。


「しかし、お前達は一体何をやったんだ?」


 ビブラ伯爵は若干の呆れ顔で手紙をめくった。


「パトリチェフもハルデンも、まるでお前達を恩人であるかのようにベタ褒めなんだが。いやまあ、俺も今回の件に関しては恩義を感じている訳だが」


 流石に家の恥となるような事までは書かれていないが、二伯の当主の手紙には、竜 騎 士(ドラゴンライダー)を称賛する言葉があちらこちらにちりばめられていた。

 ティトゥとしても、勝手に話していい内容なのか分からないため、曖昧な笑みを浮かべる事しか出来ない。

 ビブラ伯爵はその表情に何かを察した様子で小さなため息をついた。


「それで、借りを作るついでと言っては何だが、一つ頼まれてはくれないだろうか?」


 伯爵は再び机に向かうと、今度は自分の家紋が押された手紙を持って来た。


「これをパトリチェフの所に――レンドン伯爵家に届けて欲しい。俺の方から使者を出してもいいのだが、パトリチェフの手紙を読んだ限り、お前達に届けて貰った方がアイツも話を受け入れてくれそうだからな」

「? それは構いませんが、手紙の内容をお聞きしてもよろしいですか?」


 レンドンの港町くらい、ハヤテで行けばあっという間である。

 同盟に参加してくれたお礼に、手紙を配達するくらいは別にどうという事はない。

 とはいえ、どんな手紙か全く知らないというのも流石に体裁が悪いので、ティトゥとしても内容くらいは確認しておきたかった。


「二伯に協力する見返り、という訳でもないが、弟を――ジェラールを、パトリチェフの所の騎士団に見習いとして引き受けて欲しい。この手紙にはそう書いてある」

「弟君を?」


 ジェラールは、ハヤテとティトゥが最初にこの屋敷を訪れた時、居丈高な態度で散々無礼を働いたあの少年である。

 酒問屋エルカーノの屋敷では、チンピラ男に縋り付かれ、色々と暴露されていたが、あの後に何かあったのだろうか?


「今回の一件を企てた娼館のオーナー。どうやら弟は以前からヤツの所に入り浸っていたらしい。先日着ていた馬鹿げた鎧も、(くだん)のオーナーから贈られた物だったようだ。弟はヤツに頼まれ、ヤツの荷が町を出る際にはそのまま素通りさせていたそうだ。おそらくその時の荷に例の酒が――三銘柄の一等樽が積まれていたのだろうな」

「そんなまさか・・・」


 ティトゥは絶句した。

 まさか領主の弟自らが、今回の事件の片棒を担いでいたとは想像すらしなかったのだ。

 ビブラ伯爵は小さくかぶりを振った。


「アイツは積み荷が何か知らされていなかったらしい。町の出入りの際には、門の衛兵が荷物の中身を調べるため、時間もかかるし、税金だってかかる。その手間と金を惜しんでいるだけだと思っていたようだ。全く、愚かな弟だよ」

「あの・・・そんな事を私に喋ってしまって良かったんですの?」

「家の恥になるという事か? 構わん。どうせこの手紙には書いてあるからな。パトリチェフがお前達に喋れば同じ事だ」


 ビブラ伯爵は手を組むと、深々とイスに腰かけた。


「弟は騎士団の規則を破った。その結果、町は多大な損失を被った。弟は知らなかったとはいえ、そして最悪の事態は避けられたとはいえ、このまま無罪という訳にはいかない。だが、俺はヤツにやり直しの機会を与えたい。真人間に矯正して、この町のために尽くさせる事で、アイツの償いとさせたいのだ。

 そのためには、俺の――当主の弟というだけで周囲が気を使うこの町にいてはダメだ。俺の影響力の及ばない別の場所。三伯ビブラ伯爵の権威が力を持たない他の土地でなければならない。この国にそんな場所は、三侯の領地か、ここ以外の二伯の領地――パトリチェフとハルデンの所以外にはあり得ない。

 今回の件もあるし、三侯は除外だ。

 ならばパトリチェフとハルデンの所だが、パトリチェフのレンドン伯爵家の騎士団は、昔から勇猛な気質で知られている。

弟の性根を叩き直して貰うなら、レンドン伯爵家の騎士団以上に最適な場所はないという訳だ」


 ビブラ伯爵はそう言うと、手紙をティトゥの方へと押しやった。


「ここには、ジェラールを俺の弟と思わずに、新入りの騎士団員として扱うようにと、そして弟がいっぱしの騎士団員になるまで、十年でも二十年でもそちらに預けるから、厳しくしごいてやってくれと書いてある。

 弟にも、もしも約束を破り、途中で逃げ出すような事をすれば、ビブラ伯爵家からその名を抹消し、今回の件で国中に指名手配をすると告げてある」


 ティトゥはビブラ伯爵の、自分の家族すら指名手配するという苛烈な言葉に一瞬、この話を断ろうかと考えた。しかし、確かに伯爵の言葉は厳しいが、彼はちゃんとジェラール少年に更生のチャンスを与えている。

 その事実に、ティトゥは伯爵の弟に対しての期待心を感じ取った。


「分かりました。この手紙、私とハヤテとで確かにお届け致しますわ」

「――そうか。重ねて恩に着る」


 ティトゥが手紙を受け取ると、ビブラ伯爵は頭を下げた。

 その時、伯爵はふと何かに気付いた様子で動きを止めた。


「? 何か?」

「あ、いや。今の自分を客観的に考えてみたのだが、ひょっとしてパトリチェフとハルデンのヤツらも、俺と同じような感じでお前達の世話になったんじゃないだろうな?」


 どうやらビブラ伯爵は、レンドン伯爵とコルベジーク伯爵の手紙から感じた、ハヤテとティトゥ、竜 騎 士(ドラゴンライダー)に対する感謝の気持ちが、今の自分とどこか重なるのではないかと思ったようだ。

 ティトゥは困り顔で笑みを浮かべた。


「それは私の口からはちょっと・・・。三伯で協力する事に決まったんですから、伯爵様ご自身で相手に聞いてみてはいかがでしょうか?」

「それもそうか。近いうちに一度三人で集まって会合をする必要があるだろうな」


 竜 騎 士(ドラゴンライダー)についての話題を振るならその時か。

 とはいえ、まさか俺の領地でやった事より、とんでもない事が起きているはずもないだろうが。

 ビブラ伯爵はまだハヤテとティトゥの事が分かっていなかった。


 竜 騎 士(ドラゴンライダー)は普通じゃない。


 彼が呆れと共にそれを知るのは、まだ少し先の話である。

 こうしてティトゥはビブラ伯爵の手紙を持って、ハヤテに乗ってレンドン伯爵の屋敷へと飛んだ。

 そこでティトゥはレンドン伯爵から下にも置かない歓迎を受け、這う這うの体で逃げ出す事になる。


「お待ちを! 我がレンドン伯爵家に伝わる相伝の鎧、黒龍の鎧(ドラゴンメイル)を見つけて下さった方をこのまま帰す訳にはいきません! 前回はこちらもそれどころではなかったので失礼致しましたが、ここで会ったが天の導き! 大至急、晩餐会の用意を致しますので! 是非とも、是非とも私にお時間を頂きたい!」

「だ・か・ら、私はベアータを迎えに行かなければいけないんですわ!」


 ティトゥはグイグイと詰め寄る新当主パトリチェフに辟易しながら、どうにかハヤテに乗り込んだ。


「ハヤテ! さっさと行って頂戴! 前離れー! ですわ!」

『う~ん、本当に行っちゃってもいいのかなあ。まあでも、エルカーノさんの屋敷に置いて来たベアータを迎えに行かなければならないのはホントの事だし。だったら仕方がないのかなあ』


 ハヤテはブツブツと呟きながらも、エンジンをかけるとテイクオフ。

 レンドン伯爵家の人達に手を振られながら、冬の空へと舞い上がったのであった。 

次回「ビブラ伯爵領のその後」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 宴会から逃げ出すティトゥの姿も堂に入ってきましたね(笑) …まぁ宴会からは逃げられてもナカジマ領に帰ったら書類の山からは逃げられないんだよなぁ…w
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