表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
664/782

その34 舶来品

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ビブラ伯爵家のお膝元、グレイザーの町。

 山に囲まれた盆地に作られた歴史ある町である。・・・と言えば聞こえは良いが、実際は変化を拒む保守的な町という印象が強い。

 そんなグレイザーの町で、今、大変話題になっている物があった。

 それが初めてこの町に登場したのはほんの三日前。

 しかしそれは瞬く間に町中に広まり、今では多くの者達の――主に女性の――心を掴み、虜にしていた。

 それは手のひらに乗る程度のサイズの舶来品(※外国産)のお菓子だった。

 全体的な形は丸っこい楕円形。盛り上がった部分は頭を模しているらしく、小さな黒い目と尖ったくちばしが作られている。

 思わず心が癒されそうになる何ともユーモラスな見た目だ。

 最初は誰もが、「これが本当にお菓子?」と軽い驚きを感じるという。

 しかし、見た目の面白さと愛らしさに興味を引かれた者達は、それを口に入れた時、その味にショックを受ける事となった。


「ウソ! 甘い!」

「美味しい! なにこれ?! こんなお菓子食べた事ない!」


 そう。それこそがナカジマ家の料理長ベアータが作った、『ナカジマ銘菓・ナカジマひよこ』であった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 てなわけで朝。

 僕はいつもより少しだけ早い時間に、ティトゥとベアータ、それにファル子達を乗せて、ビブラ伯爵領へと向かっていた。

 ベアータは流石は朝の早い料理人。あさイチからテンションも高く、昨夜ラダ叔母さんの屋敷で食べた料理の話題に花を咲かせていた。


『アタシが食べたのはご当主様の物とは違って賄いでしたが、それでも料理のスゴさは分かりました! いやあ、流石は伯爵家のお屋敷で出されている料理ですね! 惚れ惚れするような見事な出来栄えでした!』

『そうかしら? 私はベアータの作る料理の方が好きですわよ』


 ティトゥがベアータの料理の方が好みなのは、彼女が子供の頃から毎日食べていた料理を作っていたのが、彼女の実家、マチェイの料理人テオドルだからだと思う。

 彼の師匠はベアータのお婆ちゃん。つまりテオドルとベアータは、同じ料理の師匠を持つ兄妹弟子の関係なのである。


『そう言って貰えるのは光栄ですが、大きな貴族のお屋敷の料理人が作る料理は、やはり色々と洗練されていますよ。あ、勿論、アタシも味では負けてるつもりはありませんが、食材の選び方や飾り付けなんかではどうしても。アタシがそういうのをあまり得意としていないというのもありますが、完成度というのは、最後は積み重ねて来た年月の厚みが物を言いますから』


 なる程。伝統の重みというヤツかな?

 ティトゥはまだ納得しかねる様子だったが、ベアータの方はサッパリしたものだ。

 聖国の伯爵家の料理を体験した事で、良い刺激を受けたのだろう。


『あっ。グレイザーの町が見えて来ましたよ――って、うひゃあ! こりゃあスゴイや!』

『ウソ! 通りが馬車で一杯になっていますわ!』


 二人の見下ろす先。

 僕達が庭を借りている酒問屋エルカーノさんの屋敷の周囲には、ズラリと馬車が並んでいる。

 こんな田舎町のどこにこんなに馬車があったんだろうと、思わず首を傾げてしまいたくなる光景だ。


『これって全部、ナカジマ銘菓を求めて集まった商人なんですわよね? いくらなんでも多すぎじゃありません?』

「馬車が場所を取っているだけで、実は馬車を退けたら意外と人数は少ない――なんて事はなさそうだね。う~ん。噂を聞きつけて、商人じゃない人まで集まっちゃったのかも」

『アハハハ。オットー様が見たら驚くでしょうね。頭を抱えちゃうかも』


 ベアータは出発前、ナカジマ家の代官オットーから、『くれぐれもやり過ぎないように』と念を押されていたそうだ。


「・・・オットーにはいい感じに伝わるように、後でベアータと口裏を合わせておこうか」

『それがいいですわね』

『? ご当主様、ハヤテ様は何と言ったんですか?』


 詳しい相談はまた後で。

 僕は翼を翻すと、エルカーノさんの屋敷に降り立ったのであった。




『『『『オオーッ!』』』』

『うるさいですわ』

「ギャウー(うるさい!)」


 僕が屋敷の庭に着陸すると、大きなどよめきが屋敷の外から上がった。

 すわっ、何事! ――って、タイミング的に見て、僕が降りたのが原因なんだけど。

 エンジンを止めると、若い男の商人が駆け寄って来た。

 レンドンの港町の商人フェブルさんの息子、マゼランだ。


『いつもより早目に来て下さったんですね! 助かりました! 昨夜のうちから外の通りに順番待ちの馬車が並んでいたらしく、今朝から大変だったんです!』

『昨夜?! あの人達、この冬の最中に、夜から並んでいたんですの?!』


 ティトゥとベアータは、『信じられない』と驚きに目を見張った。

 なる程。やけに馬車の数が多いと思ったら、順番待ちの商人達の宿泊所代わりだったのか。

 で、それを見た別の商人達も、『だったら自分も』と馬車を引っ張り出して、競うように並べたと。


『厄介な人達ですわね』

『えっ?! 何でしょうか?!』

『厄介な人達ですわね! と言ったんですわ! 大体、外の人達は、早く来て並んでいた所で、ベアータが来なければナカジマ銘菓は作れないのが分かっていないのかしら?!』

『ちゃんと説明はしているので、理解はしているはずですが! それでも並ばずにはいられなかったのでしょう!』


 ちなみにさっきからやたらと屋敷の外がうるさいので、ティトゥとマゼランは大声で喋っている。

 別に二人が怒っている訳でも、ケンカをしている訳でもないので念のため。


 それにしても、まさかナカジマ銘菓人気がここまで加速しているとはなあ。

 実は、元々僕は、毎日ナカジマ領まで往復してベアータを送り迎えするつもりだったのだ。

 実際、初日と二日目はそうしていたのだが、昨日になってベアータが『ナカジマ領まで戻る時間が惜しいので、こちらに泊って行く』と言い出したのである。

 外の様子を見ると信じられないかもしれないが、一日目は本当にヒマでヒマで、お客もほとんど来なかったのである。

 ネットもなければTVもないこの世界。宣伝も100パーセント人力で行うしかない以上、「最初は仕方がないよね」と覚悟はしていた。していたものの、あまりにも寂しい立ち上がりに、僕は正直「失敗したかな」と思わないでもなかった。

 さしものティトゥも不安になったのか、何度もチラチラと僕を見るし、人を集めて宣伝までしてくれたマゼランには悪い事をしたしで、僕は身の置き所がない気持ちを味わっていた。

 二日目になると、新規のお客に加えてリピーターの人達が現れだした。

 おかげで前日よりは幾分マシになったものの、その人数は控えめで、一日目に残った大量のお菓子に加えて、二日目もかなりのお菓子を余らせてしまった。

 大量の在庫を前に、僕とティトゥは困り果てた。


『どうします、ハヤテ? 冬だから夏場より多少は日持ちがするとはいえ、流石にこのまま余らせ続けるのは勿体ないですわ』

「う~ん、そうだね。一先ず、ここに残ったお菓子がなくなるまで、ベアータには追加の銘菓を作るのを止めておいて貰おうか」


 こうして二日目も不安なままで終わったのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ティトゥから話を聞かされたベアータは、『今、作るのを止めるなんてとんでもない』とかぶりを振った。


『こっちの手伝いの料理人達もようやく料理の段取りを覚えて来た所なんです。次にナカジマひよこ以外を作るのを考えると、ここで止めるのはあり得ません』

『しかし、このままだと沢山ムダにしてしまいますわ』


 心配するティトゥの言葉をベアータはカラカラと笑い飛ばした。


『ムダなんて! この程度、ハヤテ様に運んでもらってナカジマ家の屋敷に持って帰れば、全部使用人達が食べてしまいますよ。どうって事はありません』


 ティトゥは、『言われてみれば確かに』と、その光景を想像した。

 『それに――』とベアータは話を続けた。


『それに、今日、ナカジマひよこを交換に来た人達の様子を見て、何かピンと来ませんでしたか? アタシは今、残っている銘菓が明日全て売り切れたとしても別に驚きませんけどね』

『全て売り切れ、ですの?』


 そう言えば、今日は昨日と違って一度に複数交換して持って帰る客もいた。

 ティトゥは、『ナカジマ銘菓が気に入った人もいるんだな』程度にしか思っていなかったが、どうやらベアータが受けた印象は違っていたようだ。


『まあ、ナカジマ銘菓に関しては、アタシとハヤテ様以上に詳しい者はいませんから。ここはアタシ達に任せて、ご当主様は後ろでドンと構えていて下さい。きっと上手く行きますよ』


 ベアータは昨年夏の王都で開かれたティトゥ主催のパーティーの過熱ぶりを知っている。彼女はドラゴンメニューとナカジマ銘菓の持つ秘めたる力、大いなるポテンシャルを自覚していた。


『むしろアタシとしては、こっちの準備が整う前に客が増えすぎる方が心配なんですが』


 そして三日目。変化は如実に現れた。

 屋敷の外に順番待ちの列が出来るようになったのだ。

 ベアータの予想が的中したのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 そりゃあまあ、人気が出なきゃ出ないで困るんだけどさ。何と言うか、両極端なんだよなあ。

 屋敷の外がザワザワと落ち着かない中、今の所やる事のない僕は、庭で待機しながらボンヤリとそんな事を考えていた。

 三日目は結構お客も増えて、在庫が一掃出来たのは良かったけど、まさかベアータが『明日は朝から仕込みをしたいから、ナカジマ家の屋敷まで戻っている暇はない』とか言い出すとは思わなかったよ。

 まあ、実際、こんな有様になっている以上、ベアータの判断が正しかった訳だけど。


「ギャウー! ギャウー!(パパ! パパ!)」


 元気な声と共に、桜色の子ドラゴン、ファル子がティトゥと共にやって来た。


「あれ? ハヤブサは?」

『あの子なら、暖炉の上でお昼寝をしてますわ』


 ファル子とハヤブサは僕程ではないとはいえ、あまり寒さを感じない。

 とはいうものの、温かい場所は居心地が良いらしく、ハヤブサはそういう場所を見つけては昼寝をするのを楽しみにしていた。

 ファル子はどうなのかって? この元気の塊のようなリトルドラゴンが、自発的に昼寝なんてするはずがないだろ?

 そしてティトゥの後ろには、かくしゃくとしたお爺ちゃん。マゼランが連れて来た酒蔵の職人さんが立っていた。

 彼の他にも後四人。酒問屋のエルカーノさんから紹介を受けた人達に手伝って貰っている。


「今日もよろしくお願いしますね。今日は見るからに大変そうだけど、体に気を付けて無理だけはしないで下さい」

『――と言ってますわ』

『えっ? 今の本当にドラゴンが言った言葉なのか? あ、いや、なのですか? なんと言うか、妙に人間臭いと言うか。あ、いや、なあに、これが俺達の仕事ですんでお気遣いなく。それにしても酒造りしか能がない俺達が、ドラゴン様から仕事の依頼を受ける日が来るなんて思いもしませんでしたよ』


 お爺ちゃんは恐縮しているが、この作戦の成功の鍵は彼らが握っている。

 もういいお歳だし、ムリをしない範囲で頑張って貰いたい。

 その時、ザワリと大きな音が聞こえた。

 屋敷の中からマゼランが現れると、『屋敷の門を開けました! これから客を入れます!』と告げた。


『随分と早かったですわね』

『ベアータ殿が来る前に、こちらで手配している料理人達に下ごしらえを済まさせておきましたから! それよりもすぐに銘菓を運び込みます! ナカジマ様もご準備を!』

『分かりましたわ』


 酒蔵のお爺ちゃんはペコリと頭を下げると待機場所に去って行った。

 さあ、今日は長い一日になりそうだ。気合を入れて行くぞ。

次回「酒好きドラゴン」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] やはりいつの時代、いつの世も甘いものは正義なんですね。特にこの世界、甘味がなかなか庶民の口には入らないようですし。商人達は現代でいうところの転売ヤーなのかな? 今迄数多くの人々を虜にしてきた…
[良い点] ふむ…せっかくだしここのご当地名物のお酒を使った酒饅頭とか開発するのも悪くないかも…?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ