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その33 準備は整った

 という訳で戻って参りました、ナカジマ領。

 約一ヶ月ぶりのナカジマ領は、すっかり雪が降り積もり、どこもかしこも真っ白な雪模様に染まっていた。


『そろそろ降りられるんじゃありません?』


 ティトゥの言葉に下を見下ろすと、ティトゥの屋敷の庭には、さっきまで無かった黒い線が引かれている。

 いや違う。あの場所だけ雪が片付けられ、地面がむき出しになっているために、まるで一本の黒い線のように見えているのだ。

 僕達のために雪をどけ、簡易滑走路を作ってくれた使用人達が、笑顔で手を振っている。

 僕は翼を振って彼らに応えると、九十度旋回。着陸のための(トラフィック)周回コース(パターン)に入るのだった。




 エンジンを止めると、代官のオットーが駆け寄って来た。


『お疲れ様でした。思っていたよりも早く帰って来られましたね』


 彼は安心したようにそう言うと、直後にその表情を曇らせた。忙しいね。


『・・・それで、直ぐに戻らなかった理由は一体何だったんでしょうか? お二人共、まさか向こうでも何かしでかしたりしていませんよね?』


 向こうでも(・・)って何だよ。向こうでも(・・)って。

 まるで僕達がこっちでは、いつも何かしでかしてるみたいじゃないか。

 ティトゥから連絡は行っていない訳? 「こっちの用事がいつまでかかるか分からないから、ちゃんとオットーには手紙で事情を説明しておきなよ」と言っておいたんだけど。


『・・・・・・』

「ちょっとティトゥ。君、まさか・・・」

『て、手紙は送りましたわ』


 重ねて彼女を問い詰めると、『戻るのが遅れる』とは連絡したそうだ。


「たったそれだけ?! そりゃあオットーが心配するのもムリないよ! 君ねえ――」

『違いますわ! 手紙に書けるような内容ではなかったからですわ!』


 いやいや、絶対に面倒くさかっただけだろう。と思ったが、この場合、確かにティトゥの言う事にも一理ある。

 聖国の第一王子のために裏工作をしています、なんて内容を手紙に書いて、もし、途中で誰かに読まれでもしたら大変だ。

 ぐぬぬ・・・。返事に詰まる僕に対し、オットーと集まっていた使用人達は、驚きにギョッと目を見開いた。


『ご当主様、ハヤテ様! あなた方はやっぱり――』

「いや、何がやっぱりなんだよ。ホラホラ、ティトゥが変な事を言うから、みんなが勘違いしてるじゃないか。ちゃんとみんなに説明してよ」

『仕方がないですわね』


 ティトゥはやれやれといった感じで肩をすくめた。

 まるで他人事のような彼女の態度に、僕はちょっとイラッとしたのだった。




 ティトゥの説明に、オットーは感心したように呟いた。


『ははあ、ラディスラヴァ様――レブロン伯爵夫人に頼まれて、あちらの領主とやり取りをしていたのですか』


 あ。オットーもラダ叔母さんの事をラディスラヴァ様って呼ぶんだね。まあ、ラダ叔母さんって元はこの国のお姫様らしいし。

 まあ本人は全然、お姫様なんて可愛らしいキャラじゃないんだけど。

 その時、僕の想像の中のラダ叔母さんが、『ん? ハヤテよ。それはどういう意味だ?』と怖い笑みを浮かべた気がした。


『どうしたんですの? ハヤテ』

「い、いや、何でもない。それより、咄嗟にラダ叔母さんに頼まれた事にしたのは、凄くいい判断だったと思うよ。さすがいつもオットー相手に言い訳をし慣れているだけの事はあるね」

『・・・それって褒めてるつもりなんですの?』


 心外だな。心からの称賛なのに。

 ティトゥの説明に、一先ずみんなも納得したようだ。


『では、その頼み事が終わったので戻って来たのですね?』


 オットーが期待するような目でこちらを見たが、残念。申し訳ないけど、まだ僕達の仕事は終わっていないんだよね。

 今日、僕達が戻って来たのは――


『いいえ。今日、私達が戻って来たのは、ベアータとハムサスに話をするためですわ』

『えっ? ご当主様、アタシとハムサスにですか?』

『あの、私が何か?』


 ナカジマ家の料理長、ベアータとその助手のハムサスが驚きの声を上げた。


「ああうん。ねえティトゥ、ベアータに聞いてくれない? ハムサスってどれくらいナカジマ銘菓を作れるのかな? 別に完璧じゃなくてもいいから、作れるってだけでいいんだけど」

『――と言っていますわ』

『銘菓だけ? ドラゴンメニューじゃなくて? ええと、それなら大抵の物を一人で作れると思いますよ。作れるよね? ハムサス』

『あ、はい。料理長ほど手際よくはいきませんが、作るだけでしたら』


 おおっ。それは朗報。

 ティトゥはベアータに向き直った。


『だったらベアータ。明日からしばらくの間、ハムサスを貸りて行きたいんですが大丈夫ですの?』

『ハムサスを?』

『わ、私をですか?』


 ティトゥの言葉に二人は戸惑いの表情を浮かべた。

 代官のオットーが慌ててティトゥに尋ねた。


『あの、ご当主様。どういう事ですか? それはハムサスを聖国に連れて行くという意味でしょうか?』

『ええ、そうですわ。実はハヤテが考えた素晴らしい作戦があって――』


 いや、ティトゥ。素晴らしいとか、僕が考えたとか、そういうのは言わなくていいから。内容だけを簡潔に説明してくれればいいから。ホラ、ハムサスが『マジで?!』みたいな顔で僕を見上げているじゃないか。

 ティトゥの説明が終わると、ベアータは納得した顔で頷いた。


『それでしたら、アタシが行った方が良さそうですね。ご当主様、ハヤテ様、それでいいでしょうか?』

『いいんですの? それはベアータに来て貰った方が、ハヤテの作戦もより万全になると思いますけど』


 ティトゥは僕に振り返った。


「ええと、僕としては、ナカジマ銘菓さえキチンと作って貰えるなら誰でもいいんだけど。ベアータはそれで構わないの? 屋敷の食事を作らないといけないんじゃない?」

『――と言っていますわ』

『それならハムサスもいるし、大丈夫です!』


 ベアータは小さな胸を張って堂々と答えた。


『ええっ?! わ、私が?! ――あっ。ええと、が、頑張ります』


 そしてハムサスはギョッと目を剥いたが、ベアータにいい笑顔で『出来るよね?』と言われると、力無く頷いた。

 本当に大丈夫? 心なしか顔色が悪くなっている気がするけど。


『本当に大丈夫ですの? ハムサスの顔が引きつってますわよ?』

『なあに、ハムサスなら大丈夫ですよ! 元々、王都の食堂で働いていたから、基本は十分出来ているんで。ドラゴンメニューにさえこだわらなければ、全然問題はありませんよ』

『ひいっ。が、頑張ります』


 何だろう。自信満々の女性のムチャ振りに、頑張って応えようとする男の姿にもの凄く既視感があるんだけど。

 メチャクチャ身につまされるものがあるんだけど。

 僕は哀れな被害者(ハムサス)の姿を見ていられなくなって、そっと目を逸らした。


『分かりましたわ。だったらベアータ、明日からよろしくお願いしますわね』

『かしこまりました! ハムサス、明日からはアンタが私の代理だからね。これからみっちり叩き込むわよ』

『が、頑張ります』


 ごめんねハムサス。僕がこんなアイデアを出したばかりに。

 これも全てはエルヴィン王子のため。王子が王位を継いだ暁には、ハムサスに勲一等を与えてくれるようにお願いしておくよ。


『――と言っていますわ』

「あっ。また考えが口から洩れてたのか。いや、ティトゥ。今のは通訳してくれなくても良かったんだけど」

『良かったね、ハムサス! 聖国国王がアンタを表彰してくれるってさ!』

『は? え? な、何の話ですか?』


 ベアータは余程今の話がツボに入ったのか、ゲラゲラ笑いながらハムサスの背中をバシバシと叩いた。

 ハムサスの方はちゃんと聞いてなかったのか、目を白黒させながらキョドっている。

 そんな屋敷の料理人達の姿に、代官のオットーは、大きなため息をついた。


『はあ・・・。話は分かりました。ご当主様はまだしばらくあちらから戻れないんですね? ならば目を通して頂きたい書類がありますので、少しだけお時間を頂――』

『さあ、聖国に戻りますわよ! ファルコ達も待っていますわ! 急ぎましょう、ハヤテ!』


 ティトゥはヒラリと操縦席に乗り込むと、流れるような動きで風防を閉めた。


『ほら、早く。ハヤテ、ほら』


 分かった分かった。分かったから計器盤を叩かないでくれるかな。


『・・・マエ、ハナレー』


 バババババ・・・


 エンジン音と共に、プロペラが回転。オットー達は慌てて後ろに下がった。

 ティトゥはようやく安心した様子で背もたれに体を預けた。


「ねえ、ティトゥ。分かっているとは思うけど、今日は書類から逃げられても、いずれは帰ってやらないといけないからね? だったら今日のうちに少しだけでも片付けておいた方が身のためだと思うけど?」


 ティトゥは聞こえないふりをして外の景色を見ている。子供か。

 まあいいや。近い将来、苦労するのはティトゥ自身だし。


『ボソッ(このまま戻らずに済む方法はないかしら)』


 いや、ないから。

 大人しく諦めて下さい。

 こうして僕はテイクオフ。雪景色のナカジマ領を後にしたのだった。


 さて、これで準備は整った。

 ベアータが協力してくれる事になったのは、正直、予想外だったけど、これはこれで嬉しい誤算というヤツだ。

 おかげで作戦の成功率が少しくらいは上がったかもしれない。

 全ては明日。

 上手くいってくれるといいんだけど・・・。

次回「舶来品」

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