その30 ラダ叔母さんの気遣い
ビブラ伯爵の屋敷に行った翌日。
僕達はビブラ伯爵の屋敷を訪れていた。
昨日、散々文句を言ったのにまた行ったのかって? いやまあ、そうなんだけどさ。
どうやらティトゥから話を聞かされたラダ叔母さんが、ビブラ伯爵家の対応に憤慨したらしい。
こうして僕はティトゥとラダ叔母さんを乗せて、再びビブラ伯爵の屋敷を訪れる事になったのであった。
いやティトゥ、君、一体叔母さんにどんな説明をしたんだよ。また話を盛ったんじゃないだろうね?
『どんなって、普通に話しただけですわよ?』
ホントかなあ?
残念ながらビブラ伯爵は留守だった。
今日は奥さんと弟を連れて、両親と祖父が住んでいる屋敷に行っているらしい。
両親は別の屋敷に住んでいたんだな。
ちなみに伯爵の奥さんとは、昨日普通に会っている。
可愛らしい感じの大人しい人で、ティトゥと伯爵の話が終わるまで、聖国メイドのモニカさんと一緒に、ファル子達の相手をして貰っていたのである。
ラダ叔母さんは屋敷の家令から当主の不在を聞かされると、眉間に皺を寄せた。
『そうか。屋敷にいないなら仕方がない。ふむ。ならばそちらの騎士団の団長はいるか?』
『? はい、それでしたらおりますが。おい、急いで団長を呼んで来きなさい。レブロン伯爵夫人が御用があるそうだ』
『はっ!』
若手の騎士団員達が慌てて団長を呼びに走った。
ラダ叔母さんは手持ち無沙汰にしながら、チラリと僕に振り返った。
それに気づいたティトゥが、叔母さんには聞こえないように僕にコッソリ尋ねた。
『何だか、今日のラディスラヴァ様は妙にハヤテの事を気にしている様子ですわね。ハヤテ、あなた何かやりましたの?』
なんで僕が何かやったのが前提な訳?
ティトゥの方こそ、僕が見てない所で何かやったんじゃないの?
『私をお呼びでしょうか?!』
騎士団の鎧を着た髭の中年男性が走って来た。
どうやら彼がここの騎士団の団長らしい。
団長は家令に促されてラダ叔母さんの前に直立した。
『お前の所の団員に、ビブラ伯爵の弟がいるそうだな』
『はっ。ジェラール様の事ですね』
ここで団長さんはティトゥの方に向き直った。
『その事ですが、昨日はナカジマ様に失礼な事を申し上げたと聞いております。大変申し訳ございませんでした。ジェラール様もあの後、ご当主様から厳しく叱責を受けておられました。後日改めて謝罪の機会を頂ければ幸いです』
団長さんはそう言うと深々と頭を下げた。
後で知った事だが、ジェラール少年はあの件でお兄さんから、顔に青あざが出来るくらい思いきりぶん殴られたそうだ。
鉄拳制裁とはまるで昔の軍隊みたいだな。あ、騎士団も軍隊だったっけ。
そして叔母さんはジッと僕を見上げた。だからさっきから何なのさ?
『コホン。本当に謝意があるのであれば、我々が到着した時に謝罪に現れるべきではないか? それが呼ばれてから来たのでは、ハヤテも納得出来ないだろう』
『それは申し訳ございませんでした。今朝から外に出ていて今戻った所でしたので。あの、ハヤテ? とは?』
『ドウモ ハヤテデス』
『喋った?!』
団長は僕が返事をするとは思っていなかったらしい。ギョッと目を剥いてこちらを見上げた。
それはそうとラダ叔母さん。僕が納得出来ないだろうってどういう意味?
『どういう意味とは? ハヤテは怒っていたのではないのか?』
「は? 僕が? ひょっとしてジェラール少年の事を怒っているんじゃないかって事? そりゃまあ、不愉快ではあったけど、そこまで怒っている訳じゃ・・・って、あっ! そういう事か! ちょっとティトゥ、君、やっぱり話を盛ったんだね!」
これはアレだ。パートナーを侮辱されて僕が怒っていた、とかそんな感じに言っていたんだな、きっと。
ティトゥが話を盛る所までは予想出来ていたけど、まさか僕を巻き込む方向に膨らませていたとは。
ちょっとティトゥ、君ねえ・・・
『ハ、ハヤテも怒っていたじゃないですの! ここの騎士団員達に取り囲まれた時、全員やってしまおう、とか言ってましたわ!』
ティトゥの言葉に、コッソリこちらの様子を窺っていた騎士団員達が慌てて振り向いた。
いや、それを言ってたのは、君とモニカさんだから。僕はそんな物騒な事は一言も言ってないから。
それより、今からでもちゃんと説明してくれないかな。みんな僕が怒っていると勘違いしているみたいだからさ。
ラダ叔母さんはティトゥから説明を受けると、ホッとため息をついた。
『なんだ。ハヤテが怒っていたのではなかったのか。ハヤテがビブラ伯爵家と戦争をするのなら、どうにかしなければと思ったのだが・・・。私の誤解だったなら何よりだ』
ちょっ、戦争って! 一体どれだけ僕が激怒していると思っていた訳?!
僕はてっきり、ラダ叔母さんがビブラ伯爵に憤慨しているものだとばかり思っていたが、どうやら叔母さん的には僕の方こそ怒っていると勘違いしていたようだ。
『――と言ってますわ』
『いや、私がビブラ伯爵に憤慨していたのは間違いないぞ。ビブラ伯爵家がドラゴンの尾を踏んで領地を焼け野原にされるのは勝手だが、同じ領主派というだけでウチまで巻き込まれてはかなわんからな。レブロン伯爵家はこの件には全くの無関係。ハヤテにやられて死ぬならそっちだけで死ね。そう言ってやるつもりで来たのだが?』
叔母さん、物騒だな! ていうか、何だよ焼け野原って!
ちょ、周りの騎士団員達が目を丸くしてこっちを見てるんだけど。家令のお爺さんなんて、死にそうな顔になってるんだけど。
そりゃまあ、こんな巨大な謎生物が怒り狂って暴れ出したら、とか考えたら、生きた心地がしなくなるのも分かるけど。
僕はそんな乱暴者じゃないから。人に優しい戦闘機? だから。
「あの、あまり誤解が広まるような事を言わないでくれません? 僕はそんな事くらいで暴れたり仕返ししたりはしないから」
『――と言ってますわ』
ラダ叔母さんは腕組みをすると、『ふーむ』と思案顔で僕を見上げた。
何?
『どうやら今回は互いにすれ違いがあったようだ。よし! ならば団長。ハヤテを乗りこなすのに挑んでみるのはどうだろうか? ドラゴンと人間とはいえ同じ男同士。互いに全力を尽くせば、何か通じ合う物が生まれるかもしれん。今回の件はそれで手打ちにするというのではどうだろうか?』
いや、何やらいい感じ風に言っているけど、『だとすると全くの無駄足だったという事か? おっ。そう言えば、一度ハヤテの曲芸飛行を見てみたいと思っていたんだ。これもいい機会か』とか呟いていたのが、僕の四式戦闘機イヤーには丸聞こえだったから
後で聞いた話だが、僕の曲芸飛行については、旦那さんと子供達から色々と聞かされていたらしい。
そういえばラダ叔母さんは、下の子供が熱を出したとかで王城の新年式には参加していなかったんだっけ。
叔母さんは事態が丸く収まったと判明した途端、次は自分の好奇心を満たしたくなったようだ。
ちゃっかりしてるね、全く。
『えっ? あ、はい』
団長さんも、何だか分からないけどそれで許して貰えるならと、この申し出を受け入れた。
こうして急遽、ビブラ伯爵家の屋敷の上空で、僕と騎士団団長の男のプライドをかけた一騎打ちが行われる事になったのであった。
という訳で、僕と騎士団団長の男のプライドをかけた一騎打ちは終了した。
早いって? まあ、実際に早かったし。
『なんだ、一回クルリと回っただけじゃないか』
ラダ叔母さんはガッカリした表情を隠す事もなく僕に文句を言った。
いやだって仕方がないだろ? エンジンをかけて動き出した途端、団長さんがガタガタ震え始めたんだから。
飛び始めてからは、もうずーっと絶叫しっぱなしだったから。
こんなに怖がられたのは、最初の頃のメイド少女カーチャ以来じゃないだろうか?
本当にもう気の毒で気の毒で。
だから一回宙返りをしただけで勘弁してあげたのである。
それでも団長さんは腰が抜けてしまったのか、部下の騎士団員達に支えられながら、這う這うの体で操縦席から降りたのであった。
互いの全力を尽くす、という点では残念な結果に終わったけど、少なくとも団長さんの方は全力を尽くしたはずだし、僕も無駄に操縦席を汚されずに済んだので、お互いに納得出来る決着にはなったと思うよ。
『え~。子供達からはもっとスゴイ事をしていたと聞いているぞ。そうだ! ならば次は私を乗せて宙返りしてくれ!』
いや、あなた完全に目的が変わってるじゃないですか。それって単に自分が乗りたいだけですよね。
いくら男勝りのラダ叔母さんとはいえ、僕は女性相手には戦いませんから。
僕に挑み、撃墜されていった男達の屍(※誰も死んでいません)に誓って、そんな事はしませんから。
大体、王城で僕に挑んだ儀仗隊の隊長がどうなったのか、子供達から聞いていない訳?
女性があまり人前ではしたない姿を晒すもんじゃないと思うよ。
「今回の件はこれで手打ちだったはずだよね? だったらこれで終わりでいいじゃない」
『違うぞハヤテ。勝手に手打ちにするんじゃない。まだ私が満足していないじゃないか』
いやいや、当事者が納得しているんだから、それでいいじゃないですか。あなた何勝手に混ざって来ているんですか。
そもそもラダ叔母さんは、僕とビブラ伯爵家の間を取り持つために来たんですよね? だったら邪魔しないで欲しいんですが。初心貫徹しましょうよ。
こうしてラダ叔母さんの勘違いから始まった一連の騒動は、僕と騎士団団長の男同士の一騎打ちで決着が付いたのだった。
若干一名、まだ納得していない人物がいたが、それはそれ。後でこの騒ぎのそもそもの原因を作った人物に頑張って説得して貰うことにしよう。
『――と言ってますわ』
「いや、何他人事のように言ってる訳。君の事だからね、ティトゥ」
といった所で、僕達がそろそろ帰ろうかと話していると、屋敷の中から使用人が走って来た。
『お待ちを! ナカジマ様にご挨拶をしたいという者が屋敷に訪ねて来ております!』
『私にですの?』
こんな場所にティトゥの知り合いがいるとは思えない。だとすると、姫 竜 騎 士に会いに来た者だろうか?
ティトゥはちょっと面倒くさそうに尋ねた。
『どなたですの?』
『この町に商売で来ている、レンドンの商人との事です。フェブルの息子と言えば分かってもらえると申しております』
フェブルさんの息子だって? レンドンの港町の商人の?
『会いますわ。ここに案内して頂戴』
『庭にですか? あ、いえ、かしこまりました』
使用人は慌てて屋敷に戻って行った。寒空の下、待つ事数分。
やがて一組の男女が僕達の前に通された。
夫婦だろうか? 二人共年齢は二十代半ば。男性の方は、言われてみればフェブルさんに良く似た顔立ちのような気がする。
二人は揃って頭を下げた。
『フェブルの息子マゼランです。こちらは妻のミナス。先日は父の馬車が賊に襲われていた所を助けて頂き、誠にありがとうございました』
次回「アッサンブラージュ」