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その13 王女の決断

◇◇◇◇◇◇◇


「国王陛下がお倒れになられたと?!」


 不穏な事を大声で叫んでしまったマコフスキー家当主・ヤロスラフ・マコフスキー卿は慌てて口を押えた。

 だがここには彼の他には息子と報告を上げた部下しかいない。

 誰かに聞かれる心配は無かった。


「いつもの体調不良だと思われます」


 貴族の中でも一部にしか知られていないことだが、現国王ノルベルサンド・ミロスラフはあまり体が強くなく、今のような季節の変わり目には熱を出して寝込むことが良くあった。

 引きこもってあまり体を動かさないことや、部屋にこもって日に当たらないことも免疫力を下げる原因になっているのかもしれない。

 ともかく、今日の招宴会に国王が訪れることはできなくなったのは間違いない。


「屋敷の親衛隊の者はどうしている」

「混乱しているようです。一部の者を王城へと向かわせている様子です」


 マコフスキー卿の息子ヤロミールは口の端が吊り上がるのを抑えることが出来なかった。

 国王が来ると決まった時にはもう終わったと思ったものだが、運は彼に味方したようだ。

 彼は父親の前に出ると部下の男へと命令した。


「外に出している警備の者達を屋敷に入れろ」

「しかし、親衛隊の方々が・・・」

「彼らには私から説明する」


 そう告げると父親の方を見る。息子の視線に頷くマコフスキー卿。


「お前に任せる。私はメザメ伯爵へと知らせに行こう」

「お任せを」


 ヤロミールは大股で歩き出す。気が急いて仕方がないのだ。

 彼は今にも笑い出しそうな気持ちを抑えることで精一杯だった。


◇◇◇◇◇◇◇


 結局親衛隊は一部の者を連絡係として残し、王城へと帰ることになった。

 国王が来ない以上、彼らが屋敷を警護する理由がないのだ。

 屋敷の中に次々とマコフスキー卿が手配した警備の者が入ってくる。

 もちろん主力となるのは文律派の若手貴族達だ。


 そこまでは良かった。

 だがヤロミールは首を傾げていた。


「どういうことだ? 予定より人数が少ないようだが」


◇◇◇◇◇◇◇


 一人の青年貴族が父親へと詰め寄っていた。


「なぜですか父上! 今日は屋敷の外に出てはいけないとはどういうことですか!」


 青年は文律派の若手貴族だ。

 今日は招宴会の警備・・・という名目の襲撃メンバーに選ばれている。

 もうすでに約束の時間は過ぎている。

 これ以上遅れては計画に加われなくなる。


「何か不満なのか? 今日一日屋敷の外に出ないだけなのだぞ?」


 父親は机についた手を組み替えると息子を鋭く睨んだ。


「それともどうしても出なければならない理由でもあるのか?」


 思わぬ父親の気迫にたじろぐ青年。

 そういえば彼の父が自分にこんな視線を向けてきたことがかつてあっただろうか?


「理由があるなら言ってみろ。無いなら自分の部屋にいろ。もし勝手に抜け出そうとすれば・・・」


 勘当だろうか? 青年は覚悟を決めかねてうろたえる。

 だが父親の言葉はより過激だった。


「罪人として宰相閣下へと引き渡す」

「バ・・・バカなことを! 私になんの罪があると言うのですか?!」


 父親は息子から目を離さずに告げる。


「それはお前が知っているはずだ」


 ――バレている。


 父親は自分が文律派の若手貴族と関わりがあることも、今日の計画も知っているのだ。


 父親の覚悟を思い知り青年はうなだれた。

 そうして重い脚を引きずって自室へと向かうべく部屋から出た。

 部屋のドアを閉める時、部屋の中で父親がつくため息を聞いた気がした。


◇◇◇◇◇◇◇


「やはり私の顔が効く範囲ではここまでですか」


 マチェイ家当主・シモン・マチェイはイスに身を沈めた。

 昨夜から王都中の顔見知りの貴族の屋敷を尋ね回り、ついさっき宿屋に戻ってきたところである。

 シモンはメイドの淹れてくれたお茶で喉を潤した。


 王都の貴族の中では文律派のことはそれなりに知られていたようで、かなりぼかした話でも相手が察してくれたことは幸いであった。

 シモンの言葉を信じた一部の貴族は今日一日息子を屋敷から出さないことを約束してくれた。

 彼らも最近の息子の交友関係や言動に何か感じるところがあったのだろう。


 自分の行動が襲撃計画にどれほど影響を与えたのかは分からない。

 だが、何もせずに見過ごすことはシモンには出来なかった。

 ミロスラフ王国の貴族として。もちろんそれもある。

 しかし、本当の理由は娘を持つ父として、屋敷のメイドが偶然知り合った少女を見捨てることが出来なかったのだ。


◇◇◇◇◇◇◇


「国王陛下が来られなくなった?!」


 アダム班長はマリエッタ王女の話に耳を疑った。

 つい先ほどまでの安堵の空気はそこには無い。

 マリエッタ王女がアダム班長に問いかけた。


「アダム殿、親衛隊は・・・」

「マズイですね。おそらく親衛隊はじきに屋敷を引き上げるでしょう。間違いない」


 最悪の情報である。

 部屋の空気が一気に重くなったのが分かった。

 侍女のビビアナは青ざめている。

 アダム班長も落ち着きなく自慢の髭をしごく。

 マリエッタ王女も可愛い顔をしかめて俯いていた。


 やがてマリエッタ王女はアダム班長が自分を見ている事に気が付いた。


「何か?」

「いえ、そもそも最初にここに来た時に言うはずだったことなんですが・・・」


 アダム班長はマチェイ嬢らと話し合い、マリエッタ王女に今回の件で頼れる人物がいないか尋ねるつもりで来たのだと言う。


「そんな・・・聖国でならまだしも、この国でそんなことを言われても・・・」


 強いてあげるなら親ランピーニ聖国派のマコフスキー卿だ。

 だがアダム班長の話では、マコフスキー卿はネライ卿と結託して自分をさらおうとしているようだし、彼の息子は自分の命を奪う計画を立てているということだ。

 味方どころか今回の件では親子揃って敵側である。


「誰か心当たりはありませんか? もし王女殿下に直接面識が無くても、ひょっとしたら私かマチェイ殿が何とか出来るかもしれません」


 藁にもすがる気持ちでアダム班長が問いかけた。

 ビビアナは祈るようにマリエッタ王女を見つめている。


「そう言われても・・・」


 マリエッタ王女が知っていて彼女の力になってくれそうな人物・・・。

 こんなことになるのなら、メザメ伯爵に気兼ねせずもっと多くの人と交友を深めておけば良かった。


 マリエッタ王女はビビアナの忠告に従わなかったことを後悔した。

 だが、今は後ろを向いている場合ではない。

 毅然とした態度で前を向かねば。

 そう、ティトゥのように。


 私だって彼女と同じ竜 騎 士(ドラゴンライダー)なのだから!


 そう強く想った時、マリエッタ王女にひとつの閃きが舞い降りた。

 その閃きはいくつかの事柄とつながりある形を取った。

 それは彼女にとっても奇想天外な発想。

 少なくとも一ヶ月前なら決して思い付きもしなかった常識外れの方法であった。


「姫様?」


 俯いて深く考えに沈むマリエッタ王女にビビアナが心配そうに声をかけた。


「アダム班長!」

「は・・・はい!」


 突然声をかけられ、アダム班長ははじかれたようにイスから立ち上がった。


「ハヤテさん・・・ティトゥさんのドラゴンは、どれほどの距離をどれだけの時間で飛ぶことができますか?!」


 そう聞かれてもアダム班長も詳しいことは分からなかった。


「さて・・・。しかしマチェイ嬢の話ではマチェイからネライまではひとっ飛びだったと聞いております。マチェイからネライまでは馬で駆ければ二日といったところでしょうか?」


 馬で二日もの距離をひとっ飛びと答えられ、ビビアナが驚いて目を丸くした。


 馬が時速20kmで走るとする。日が昇ってから沈むまで走ると考えても一日の到達距離は約200km。それが二日間で約400km。

 馬での移動は通常は街道を利用するため、実は直線距離だとマチェイとネライの間は300kmもない。

 四式戦闘機・疾風の巡航速度は時速380km、一時間とかからずに到着できる計算になる。

 確かにこれならひとっ飛びと言えるだろう。

 ちなみに最高速度だと時速600kmを超えるので当然さらに早く着く。


 マリエッタ王女はアダム班長の言葉に再び考え込んだ。


「一度に飛べる距離に限界はあるのでしょうか?」

「それは・・・分かりません。本人に聞いてみませんと」


 マリエッタ王女は立ち上がった。

 見る者をハッとさせる見事な立ち振る舞いだ。

 無意識にアダム班長の背筋が伸びた。

 ビビアナも今までのうろたえようが嘘のように居住まいを正した。

 今のマリエッタ王女は王族に相応しい威厳を纏っていた。


 王女はアダム班長にはっきりと告げた。


「私をこの屋敷から連れ出し、ハヤテさんのところまで連れて行って下さい」

次回「クリオーネ島飛行計画」

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