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その28 昔ながらのやり方

すみません。タイトルを変更しました。

 ここは三伯、ビブラ伯爵家の屋敷。

 正に一触即発、といった状況の中、現れたのはジェラール少年の兄。ビブラ伯爵家当主クレトスであった。

 クレトスはジロリと僕を睨み付けた。


『それはそうと、なぜ、王城で見たミロスラフ王国のドラゴンがここにいるのだ? まだ国に帰っていなかったのか?』


 ちなみに、この時の僕は睨まれたと思っていたが、実際は彼としては特に睨んだつもりはなかったようだ。

 目付きが悪い青年なのである。


『ハヤテ』

「了解」


 僕がエンジンを止めると、屋敷の庭は静けさを取り戻した。


『ビブラ伯爵にお話があって参りました。――というか、先程からそう言っているのに、全く聞いて貰えませんの。コルベジーク伯爵から連絡が行っているという話なんですが』

『トマーツ殿から? あ、いや、今の当主はハルデンか。いいや、俺は何も聞いていないが?』


 クレトスは本気で知らない様子だ。怪訝な表情で眉間に皺を寄せている。


『そもそも俺は新年のあいさつ回りで、二週間程屋敷に戻っていなかったからな。ひょっとしたらその間に連絡の行き違いがあったのかもしれん。おい、誰か家令のヤツをここに呼んで来い。急げ』

『はっ!』


 クレトスのすぐ後ろにいた騎士団員が、素早く回れ右をすると走り去った。

 なる程。モニカさんがジェラール少年を小者呼ばわりする訳だ。

 クレトスがやって来てから、場の空気がピシリと引き締まったように感じる。

 ちなみにジェラール少年は先程までの威勢の良さはどこへやら。今は借りて来た猫のようにすっかり大人しくなっていた。

 やがて身なりの良い白髪のお爺さんがやって来た。どうやら彼がこの屋敷の家令らしい。

 家令のお爺さんは、コルベジーク伯爵から使者が来た事。そしてその話をすぐにクレトスに伝えるよう、連絡を送った事を伝えた。


『何だと? 俺は何も聞いていないぞ』

『それは・・・ご当主様がお忙しくされている様子を見て、連絡の者が気を利かせたのかもしれません』


 後で分かった事だが、連絡の者は、クレトスが面倒なあいさつ回りでストレスを溜め込んでいるのを見て、彼の機嫌を損ねるのを恐れて、報告する事が出来なかったそうだ。

 なんだそれ? と思わないでもないけど、ある意味それも仕方がないのかもしれない。

 ティトゥ達と一緒にいるとつい忘れそうになるけど、この世界は未だに人の命が軽いガチガチの封建社会。

 迂闊に主人の機嫌を損ねれば、最悪、命の危険すらあるのだろう。

 地球でも確か韓非子だっけ? その辺りの心得を書き残していた人がいたはずだ。

 ちゃんと読んだ訳じゃないが、確か「君主に対しては細心の注意を払って接する事。さもないと命がいくつあっても足りないぞ」という内容だったんじゃなかったかな?

 まあ、だからと言って、自分の所で連絡を握りつぶしてしまうのはどうかと思うけど。


『チッ・・・』


 クレトスは不愉快そうに大きな舌打ちをこぼした。

 たったそれだけの事で、僕達以外のこの場の全員が顔色を変え、背筋をピンと伸ばした。

 何だかこっちまで緊張しそうだ。

 クレトスはティトゥを見上げた。


『どうやらこちらの手違いがあったようだ。謝罪する。俺に話があるという事だが、良ければ今から聞こう。誰か――あ~、そちらのご婦人を客室に案内してくれ』


 クレトスは咄嗟にナカジマ家という名前が出なかったのか、婦人という言葉で誤魔化した。

 僕はティトゥに尋ねた。


「どうする、ティトゥ? 行くの?」

『・・・こうなったら話を聞いてもらうしかありませんわね。元々そのために来た訳ですし』

「そりゃそうか」

『ん? 今のはドラゴンの声か? そういえばドラゴンは言葉を話すんだったな。一体何と言ったんだ?』


 何故か僕の言葉に食い付いたクレトスに、ティトゥは適当に答えながら操縦席からヒラリと降りたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ティトゥは屋敷の応接間に案内された。ビブラ伯爵家の屋敷は良く言えば古くて格式が高い、悪く言えば古くて垢ぬけない作りをしていた。

 洗練された建物の多い聖国にあって、野暮ったい内装は珍しい。

 彼女が知っている中で、一番印象が近いのは、トマスとアネタの実家。隣国のオルサーク男爵家の屋敷だろうか?


「座ってくれ。おい、暖炉の火が足りんぞ。もっと燃やさんか。それにそこの置物は何だ。そんなものを客間に置くんじゃない。片付けろ。このテーブルクロスを選んだのは誰だ? もっと部屋に合う物は無かったのか?」


 クレトスは使用人にテキパキと指示を出していく。

 どうやらかなり神経質な性格のようだ。

 彼は一通り指示を終えると、ようやく納得出来たのか、ティトゥの前に座った。

 と思ったら、直ぐに腰を浮かせた。


「そうだ。妻を紹介しなければ。おい、誰かハーネスタを――」

「それは後でいいですわ」


 ティトゥは慌ててクレトスの言葉を遮った。

 このままだと、いつになったら話を始められるか分からない。ティトゥは内心、彼の言葉に応じた事を後悔し始めていた。


「そうか? ふむ。ならば先ずは俺の名を名乗ろう。俺はこの地を治めるビブラ伯爵家の九代――」

「当主のクレトス様ですわよね。それも知ってますわ。それより私の話を進めてもよろしいかしら?」

「そ、そうか。分かった」


 クレトスはティトゥの勢いに若干気圧されながら頷いた。

 ティトゥは「コホン」と小さく咳をすると、話を始めた。


「クレトス様はハルデン様――コルベジーク伯爵からの連絡を受け取っておいででないようですので、最初からお話しますわね。

 昨今、聖国王城において、三侯オルバーニ侯爵の影響力が大きくなっているとお聞きしております。オルバーニ侯はカシウス殿下の叔父に当たるお方。オルバーニ侯の影響力が大きくなるという事は、カシウス殿下の影響力もまた大きくなられているという事になります。

 実際に私が王城で見た限りでも――」


 流石にこの話をするのも三度目とあって、ティトゥの説明も慣れたものである。(実際には、一番最初にラダ叔母さんことレブロン伯爵夫人にも同じ話をしているため、これで四度目となるのだが)

 ティトゥの話はクレトスにとって、意外な内容だった。

 なぜ外国の貴族家当主が、聖国の王家の事情に口を突っ込むのか?

 ちなみにティトゥとハヤテを良く知る者ならば、「それが竜 騎 士(ドラゴンライダー)という物だから」と諦めただろう。

 それよりも彼は、ティトゥの前置きもなければ、駆け引きもない、事実のみを語る説明に、戸惑いと驚きを覚えていた。


(なんと一直線な。だが、こういうのも悪くはない)


 このひと月近く、毎日のように地元の名士達と格式ばった会話を続けて来たクレトスにとって、ティトゥのしきたりや段取り、前置きすらも無視し、ズバリと本筋に切り込んで来るやり方は、極めて新鮮に映っていた。


(ふむ。効率的だし心地よい。そうだ。本来、報告というのは、相手に伝わればそれで良いのだ。格式張った形式などムダなだけに過ぎん)


 ティトゥの話を聞いていると、クレトスはいかに自分が名士達との迂遠なやり取りに毒されていたか。昔ながらの冗長なやり方に首までドップリと浸かっていたか、思い知らされる思いがした。

 彼はまだ二十代半ばの若者。

 そう。彼は竜 騎 士(ドラゴンライダー)のスピード感に刺激を受け、魅了されていたのだ。

 クレトスは、聖王都から帰ってこちら。澱のように凝り固まっていた不満が、ゆっくりと溶け落ちていくような心地よい感覚に浸っていた。


 ティトゥの方は、クレトスが予想外に好感触な事に驚きを感じていた。

 彼女がこの屋敷に来て最初に会ったのが例のジェラール少年だった。そしてクレトスは彼の兄という事もあって、ティトゥは最初からあまり期待をせずにこの対談に臨んでいた。

 しかし、いざ実際に彼と話をしてみると、その反応は非常に良好な物だった。


(これって、ハヤテが良く言う『ワンチャンある』というヤツなんじゃないかしら?)


 ティトゥはハヤテが聞けば、『またティトゥが僕の変な言葉ばかり覚えて・・・』と呆れそうな事を考えていた。

 そう言えば、ビブラ伯爵家を知っている聖国メイドのモニカも、ジェラール少年に対しては辛辣だったが、クレトスに関しては悪い事は何一つ言わなかった。

 むしろジェラール少年を見たティトゥが、『まさかあの人がビブラ伯爵じゃありませんわよね?』と尋ねた時、『全く違います』と強く否定していた程だ。

 おそらくモニカはクレトスの事を良く知っていて、彼をひとかどの人物と認めていたのではないだろうか?


(だとすれば、これは本当にワンチャンありそうですわね)


 ティトゥの気持ちが乗ると同時に、自然と説明の声にも力が入った。


 ここまでの所、三伯は丁度、当主の代替わりをするタイミングに当たっていて、その際にそれぞれ大きな問題を抱えていた。

 コルベジーク伯爵家は、先代と先々代の間に生じた不仲。

 レンドン伯爵家は、相伝の鎧を失った事による継承問題。

 しかし、このビブラ伯爵家ではクレトスが当主の座に就いてから既に四年。

 領地は安定し、特に大きな問題は起こっていない様子であった。


(でしたら、話さえ分かって貰えれば、意外とすんなりエルヴィン殿下への協力を約束してくれるかもしれませんわね)


 ティトゥが思わずそう期待してしまったのも無理はなかった。




「――という訳で、パトリチェフ様が新しくレンドン伯爵になる事が決まり、レンドン伯爵家もエルヴィン殿下に協力して頂ける事を約束して貰えたのですわ。先代となったミルドラド様は、パトリチェフ様のお披露目が終わり次第、奥様と一緒に王都へ向かうとおっしゃっていましたわ」


 こうしてティトゥの長い説明が終わった。

 王城でのエルヴィン王子の窮状を訴える事から始まり、王子を助けるためには三伯の力を合わせる必要があるという事。

 ラダ叔母さんこと、レブロン伯爵夫人に紹介をして貰い、最初にコルベジーク伯爵に。次にレンドン伯爵の所に向かい、協力の約束を取り付けた事。

 そして――


「そしてビブラ伯爵にも、エルヴィン殿下のお力になって頂きたいのですわ!」


 ティトゥは期待を込めて正面からクレトスを見つめた。

 彼女は今の説明に強い手ごたえを感じていた。

 クレトスは組んでいた手を離すと背筋を伸ばした。


「話は良く分かった」


 クレトスは明らかにティトゥの話に心を動かされた様子だった。


「ハルデン――コルベジーク伯爵がこちらによこしたという連絡は後で確認しておこう。それにパトリチェフがレンドン伯爵家の当主を継いだという話も、すぐにでもあちらに使者を送って確認させよう。ああ、レンドン伯爵、いや、今や先代当主になったミルドラド殿が聖王都に向かうという話についても同様だ」


 クレトスは満足そうに頷いた。


「その上で返事を考えさせて頂く」


 ティトゥの口が「は?」と半開きになった。


 確かにクレトスはティトゥのスピード感に感銘を受けた。

 そしてこれこそが、ずっと自分が感じていた苛立ちと不満の原因、今の自分達に欠けていた物だという事にも気が付いた。

 しかし、悲しいかな。

 クレトスは当主になって四年の年月のうちに、本人も知らないうちにすっかり土地のやり方に――迂遠な昔ながらのやり方に、影響を受けてしまっていたのであった。

次回「ゆっくりと流れる時間」

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― 新着の感想 ―
[一言] なんだかこの国の事どうでもよくなってきたな
[良い点] さすがに慣れたのか立て板に水のようにスラスラ説明するティトゥに笑いました これなら本人がやる気を出せば貴族のマナーもすぐに覚えられるのでは… [気になる点] >しかし、悲しいかな。 >クレ…
[良い点] ティトゥが四回目とはいえあんなに状況説明を各家の名前も入れてスラスラ言っててなんか感動した。 成長してるんだなあ。 あまり代わり映えしないハヤテやばない? そんなことないか?
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