その27 バカ貴族
三伯の最後の一人、ビブラ伯爵と話し合いをするために、僕達は彼の屋敷にやって来た。
いつものように先方の屋敷の庭に降り立った僕だったが、屋敷を護衛していた騎士団員達に取り囲まれてしまったのであった。
『どけどけ! ウチの屋敷を襲った怪物ってのはそいつか!』
騎士団員達をかき分けて現れたのは、ええと、舞台役者?
何と言うか、色々と派手な少年だ。年齢は二十歳前後。特徴的な髪型は、音楽室に飾られているバッハやモーツアルトの肖像画みたいにクルクルとカールしている。
目が痛くなりそうな程真っ白な鎧は、良く見れば基本は周りの騎士団員と同じデザインのようだが、ワックスでも塗られているのかやたらとギラギラしている。ゴテゴテとした飾り付けも相まって、思わず『無課金装備』と『課金装備』という単語が浮かぶような代物だった。
良く言えば個性的。悪く言えば痛々しい? なんと言うか、ティトゥの中二とは別テイストの中二っぽさを感じさせる、ある意味極まった感のある少年だった。
『誰かしら? モニカさん知ってます? まさかあの人がビブラ伯爵じゃありませんわよね?』
『全く違います。ビブラ伯爵はあのような恥ずかしい恰好をした小者ではありません』
おおう。中々に辛辣なお言葉。
聖国メイドのモニカさんは、地面にひっくり返ったセミを見るような目で少年を見つめた。
セミ爆弾って地味に心臓に悪いよね。
僕がプチ現実逃避している間に、派手少年は大きな槍を振りかざして叫んだ。
『化け物め、そこへなおれ! この俺様が退治してくれるわ! おい、お前達、何をボンヤリしている! さっさとやってしまわんか!』
いや、自分で退治するんじゃなかったのかい。
それとも部下の立てた功績は自分の功績とか?
こんなアレな少年でも、周囲の騎士団員達よりも立場が上らしい。
騎士団員達は槍を構え直すと、僕との距離を詰めた。
『ナカジマ様、マズいですね。このままでは――』
『ええ。この人達がみんなハヤテにやられてしまいますわ』
いや、待って。心配する所はそこじゃないから。なんで二人の間では、僕が反撃して彼らがやられる事が共通認識になってる訳?
そりゃまあ、君らに危険が及びそうになったら、騎士団員達を蹴散らしてでも空に逃げるつもりではいたけどさ。
ガラッ!
ティトゥが風防をスライドさせた。
騎士団員達が驚いて『ヒッ!』と息を呑む。
派手少年は槍を構えて今にも駆け出して来そうだ。
ティトゥは彼らを刺激しないようにゆっくりと立ち上がった。
『なにっ?! 女・・・だと?!』
少年の目が驚愕に見開かれる。
ティトゥは騎士団員達を睥睨すると、彼らに告げた。
『私はナカジマ家当主、ティトゥ・ナカジマですわ! 今日はビブラ伯爵にお話したい事があってやって参りました! 伯爵様に取り次ぎをお願い致しますわ!』
騎士団員達は呆けたようにポカンと口を開けている。
ティトゥが重ねて『お願い致しますわ!』と伝えると、彼らはようやく我に返った様子で慌てて少年に振り返った。
『ジェラール様。一体どうすれば?』
『――ハッ! え、ええい、黙れ!』
ティトゥに見とれていた派手派手少年ことジェラール少年は、騎士団員達に槍を突き付けた。
危なっ!
いかに相手が彼の部下とはいえ、ジェラール少年の乱暴な振る舞いにティトゥの眉間に皺が寄った。
『女! 兄上に何の用だ!』
『それは伯爵様に直接お話しますわ』
ジェラール少年は『はんっ!』と鼻で笑った。
『礼儀も何も知らん女だ! ナカジマ家などという名前は聞いた事もないし、そんなヤツが来るという話も聞いていないわ! そもそも兄上はお前のような得体の知れない者に関わっているヒマなどないのだ! なにせ兄上は三伯ビブラ伯爵家の当主なのだからな!』
何なの、コイツ。
それはそうと、随分と偉そうだと思ったら、当主の弟だったんだな。
モニカさんは、『聖国のバカ貴族がすみません』と言いたげな顔で僕を見つめた。
『やってしまっても構いませんよ?』
いや、やりませんよ。
『ヤリマセン』
『なっ! 何だ、今の声は?! そこに誰が乗っている?!』
『今のはハヤテの声ですわ。誰が乗るも何も、ハヤテはずっとあなたの目の前にいるじゃないですの』
『何? それはどういう意味だ?』
『ドウモ ハヤテデス』
『『『『喋った?!』』』』
僕の声に派手派手少年と騎士団員達は、腰を抜かさんばかりに驚いたのであった。
話しかけてしまった事で、派手派手少年ことジェラール少年の矛先は、今度は僕に向いたようだ。
『い、今のは本当にこの化け物が喋ったのか?!』
『サヨウデゴザイマス』
『なぜ婦人言葉?! ・・・ふ、ふむ。喋る化け物など面妖な。しかも人を乗せて空を飛ぶとはな・・・』
ジェラール少年は妙な目付きで僕とティトゥを交互に眺めた。
何だろう。何だかイヤな予感がするんだけど。
『良し、決めたぞ。女、この化け物を俺様に売れ。このような珍しい生き物はお前には勿体ない』
『はあっ?!』
ティトゥのこめかみに青筋が立った。
『バカな事を言わないで頂戴! 私とハヤテは契約を結んだパートナーなんですのよ!』
『契約? そんなもの俺様が知るか。そちらで何とかすればいいだろう。ふむ、そうだ。化け物と離れるのがイヤなら、お前をウチで雇ってやってもいいぞ。うん、それがいい。俺様の専属にしてやろう』
ジェラール少年はそう言うと、好色な目で嘗め回すようにティトゥを見つめた。
コイツめ・・・
僕は久しぶりにカッと頭が熱くなるのを感じた。
『・・・ビブラ伯爵の弟がコレでは話になりませんわね。もういいですわ。帰りましょう、ハヤテ』
ティトゥは怒りの感情をグッと飲み込むと、静かにイスに座った。
そうだね。元々、どうしても協力が必要という訳でもなかった以上、こんな事を言われてまで我慢する理由もない。
ビブラ伯爵に会って話が出来なかったのは残念だけど、こんな弟がいる時点で本人の程度もお察しだろう。
桜色の子ドラゴン、ファル子が、不機嫌そうなティトゥの顔を心配そうに覗き込んだ。
「ギャーウー?(帰るの?)」
『ええ。戻って今日はラディスラヴァ様のお子さん達と遊んでもらいましょう』
『な、なんだその生き物は?! おい、そこから降りて来てそいつを良く見せろ!』
ジェラール少年が何やら叫んでいるけど、ティトゥは無視。
僕にエンジンをかけるように言った。
『前、離れー! ですわ! ハヤテが飛びますわよ!』
ババン! ババババ・・・
エンジン音と共にプロペラが勢い良く回転し始めると、騎士団員達は慌てて僕の前を開けた。
僕はゆっくりと動力移動。滑走のための距離を取った。
『! 逃げる気か! 許さんぞ!』
『ジェ、ジェラール様! お待ちを!』
騎士団員達が止める間こそあれ。
激昂したジェラール少年は、彼らの制止の声を振り切ると、僕の前に飛び出した。
『邪魔ですわ! ハヤテの前からどいて頂戴!』
『いいからそこから降りて来い! 俺様に逆らったヤツがどうなるか思い知らせてやる!』
そう言われて素直に従う人間がどれだけいるのやら。
いや、彼の周りには逆らう人間は誰もいないのかもしれない。
甘やかされて育った典型的なダメ貴族だな。
騎士団員達が慌ててジェラール少年に駆け寄ると、体を張って主人を守る形で隊列を組んだ。
『この分からず屋! 構いませんわ! ハヤテ、行って頂戴!』
いやいや、そういう訳にはいかないから。
どうやらティトゥも相当に頭に血が上っているようだ。
まあ、気持ちは分かるけど。
気持ちは分かるけど、決死の覚悟で主人を守ろうとしている騎士団員達に罪はない。というより、彼らもジェラール少年のわがままに振り回されている被害者だ。
もしも目の前に立っているのがジェラール少年だけだったら、強引に飛ぶのもアリかな? とは思わないでもないけど。
『女! 早くその化け物から降りて来い!』
『あなたの方こそ、早くハヤテの前からどいて頂戴!』
『これは一体何の騒ぎだ!』
一触即発のその時だった。
男の怒鳴り声が辺りに響いた。
現れたのは騎士団員を率いた貴族の青年。年齢は二十代半ば。やり手の営業マンのような、出来るオーラをビシビシ放っている、ぶっちゃけ僕が苦手としているタイプだ。
青年は胡乱な目でジェラール少年を見つめた。
『ジェラール。またそんなふざけた恰好をしているんだな。なぜ他の者達と同じ物を使わない』
『あ、兄上・・・これは、その・・・』
青年は軽く周囲を見回すと、再び少年に向き直った。
『それで? ここで何があった。説明しろ』
『俺、わ、私はただ・・・この化け物が急に現れて・・・生意気な女に言う事を聞かせようとして・・・』
ジェラール少年はしどろもどろになりながら言い訳を始めた。
彼が青年の事を兄と呼んでいるという事は、この青年がビブラ伯爵なんだろうか?
ティトゥが背後のモニカさんを振り返ると、彼女は小さく頷いた。
『あの方がビブラ伯爵家の当主、クレトス様です』
次回「昔ながらのやり方」