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その26 耐え難い因習

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは聖国の南東、ビブラ伯爵領。

 周囲を山に囲まれた盆地に作られたグレイザーの町。

 聖国といえば色鮮やかで流麗なデザインの建物が印象的だが、この町の家々は全体的にどこか地味で野暮ったい物を感じる。

 そんなグレイザーの町から外れる事少々。

 山の裾野に作られた広大な果樹園。そこの農場主、ないしはここの地主の物と思われる大きな家から、馬に乗った騎士達に囲まれた豪華な大型馬車が出て来た。

 馬車の作りと大きさ、護衛の騎士達の高い練度から、一目見ただけでひとかどの貴族である事が分かる。

 それもそのはず。その馬車に乗っている人物こそ、三伯の一人。この地を治めるビブラ伯爵であった。


 馬車の中には一組の男女が座っていた。

 若いカップルだ。男の方は二十代半ば。隙なくキッチリと固められた髪に切れ長な目。知的な印象でありながらどこか神経質そうな青年だ。

 女性の方は青年よりやや年下か。大人しそうな女性だ。整ってはいるもののやや地味な顔立ち。聖国人に多い亜麻色の髪、所作の端々に育ちの良さを感じさせる。

 この二人こそビブラ伯爵夫妻。

 当主の名はクレトス。今から四年前に伯爵家を継いだばかりの若き当主である。

 若当主クレトスは、イスの背もたれに背中を預けると大きなため息をついた。


「これでやっと新年の挨拶回りが片付いたか・・・。毎年の事とはいえ、馬鹿馬鹿しい限りだ」


 新年の始まりと共に王城で開かれた王家主催の新年式。

 二人はその式典が終わると直ぐに領地へととんぼ返りをした。

 それというのも、屋敷には傘下の貴族家の当主達に、町の豪商等が、当主であるクレトスに新年の挨拶をしようと詰めかけているのを知っていたからである。

 先代当主が――クレトスの父親が、彼らの相手をしてくれてはいるが、来客達は当主に会うまで絶対に帰ろうとしないだろう。

 クレトスは出来るだけ早急に屋敷に戻って、彼らの相手をしなければならなかった。

 しかも、ただ単に会って話をすればいいというものではない。

 場合によっては、今回のように返礼に出向き、相手の接待を受ける必要もある。

 当主をもてなしたという事実が彼らのステータスを上げるためだ。

 こうした一連のやり取りを終え、ようやく最後の一人を片付けたのがついさっきの事。

 既に年が明けてからひと月近く経とうとしていた。


「全く、不合理かつ非生産的、金と時間だけかかる耐え難い因習だ。

 だからと言って、放っておいては仕事にならん。連中はメンツだ何だで、俺に会うまでは意地でも帰らないだろうからな。

 それで仕事に支障が出てもお構いなしだ。お前達が構わなくても俺が構う。そもそも、最終的に困るのは領主である俺だ。だから無視する事も出来ん。悪循環だ」


 クレトスは中々の毒舌家のようだ。とめどなく彼らへの不満があふれ出て来る。

 夫人もすっかり夫の愚痴には慣れたものなのか、気づかわしげな表情を浮かべるだけで黙って聞き役に徹していた。


 ここビブラ伯爵領は、山脈によって、他領地と遮られた僻地である。

 同じランピーニ島でも、豊かなのはなだらかな平野が広がる北部で、ここは盆地のため農地も限られる上、夏場は湿気が多く暑さも厳しい。

 鉱山があるため、食料は他の土地から買えば済むのが救いである。

 幸い地下水も豊富なので水に困る事はない。また山の斜面を利用した果樹園から作られる上質な果実酒は、この土地の経済を大いに潤していた。


「まあ、それはそれで問題なのだが。

 鉱山には鉱山主が、果樹園には地主が、酒造には造り酒屋が、それぞれ名士として幅を利かせている。そして俺の仕事の大半を占めるのは、そいつらの相手をする時間と来ている。いいからお前達は黙って自分の仕事をしていろ、と言ってやれればどれだけ気が楽になるか」


 クレトスは、まだ当主になって僅か数年しか経っていないにもかかわらず、既に田舎特有の人付き合いにほとほと嫌気がさしていた。


「仕事の忙しさに文句を言うつもりはないのだ。父上から当主の座を継ぐ前から覚悟はしていたからな。だが、仕事の大半を占めるのが下らん人付き合いというのがどうにも我慢できない。そもそも俺にはその手の付き合いは向いていないのだ」


 クレトスはふと、自分の腹違いの四歳年下の弟の顔を思い浮かべた。

 あの単純(バカ)で粗野な弟であれば、自分のような疑問を覚える事もなく、嬉々として土地の名士の接待を受けるのではないだろうか。

 あるいはビブラ伯爵家では自分だけが異端で、父親似のあの弟の方が自分よりも当主に向いているのかもしれない。


「・・・ふん、馬鹿馬鹿しい。だから何だと言うのだ。アイツに当主を任せるにしても、帳簿の一つもまともに読む事が出来るようにならなければ話にもならん」


 クレトスは小さくかぶりを振った。

 しかし、一度頭に浮かんだ光景は――弟を当主の座に就かせて、面倒な人付き合いはそちらに任せ、自分は補佐として屋敷の執務室で帳簿に専念しているという光景は――中々頭の中から消えなかった。


「・・・まあ、そういう訳にもいかないのだが」


 クレトスは、当主になるためには最低限の資質、そして覚悟が必要だと考えていた。

 あの考えなしの弟には、そのどちらも足りていないとしか思えない。

 騎士団に入れたのも、そんな彼に人の上に立つ者としての自覚を促すためだったのだが、本人は自覚が芽生えるどころか何一つ学んでいない様子だった。

 クレトスはビブラ伯爵家の長男。いくら仕事が合わないとはいえ、「自分には向いてないから」という理由で当主の座を投げ出すようなマネは出来ない。

 三伯の当主の座とはそんなに軽いものではないのだ。

 そもそも、生真面目な彼に、自分の責任を放棄して逃げ出す道など選べるはずもなかった。


「我ながら損な性格だ」


 クレトスは苦笑した。

 その時だった。今まで神妙な顔で黙って夫の愚痴を聞いていた夫人が、落ち着きなく窓の外に目を向けた。


「旦那様。さっきから護衛の騎士達の様子が少しおかしくありませんか?」

「――護衛の様子が? おい!」


 クレトスは小窓を叩いて御者を呼んだ。


「外で何かあったのか? 護衛の騎士達の様子がおかしいようだが」

「はい。先程から町の空の上を見慣れない物が飛んでいまして、騎士様達はそれを警戒しております」

「何だと?! 馬車を停めろ」


 クレトスの指示で馬車が停まる。車内が静かになった途端、遠くでヴーン、ヴーンと羽音のような音が鳴り響いているのが聞こえた。

 聞きなれない、しかし、確かに聞き覚えがある独特なこの異音。

 夫人はハッと夫に振り返った。


「旦那様、これは王城で聞いた――」

「ああ、間違いない」


 クレトスはドアを開けると馬車の外に出た。

 まだ町には入っていなかったらしい。郊外の道は狭く荒れていて、周囲は木が立ち並んでいて見通しは悪い。

 馬に跨った護衛の騎士が、慌てて主人の下へとやって来た。


「クレトス様。先程から町の上空を、何かがグルグルと回っております。見た事も無い物体です」


 騎士の指差す方を見れば、確かに。

 まるで翼を広げた猛禽類のような異様な姿をした物体が、グレイザーの町の上空を大きく旋回していた。

 この辺りでは一度も見た事の無い謎の物体。だが、クレトスは――そして彼の妻も、その物体の正体を知っていた。

 一度見たら決して忘れられない異様な姿。陽光を反射する金属質な表皮。直線的な巨大な翼。

 あれは――


「あれはドラゴンだ。確か、名はハヤテだったか」

「ドラゴン?! あれが噂のドラゴンなんですか?!」


 クレトスはどんな噂か少しだけ気になって、男の方へと振り返った。

 しかし、彼が話を聞く前に、ハヤテは翼を翻すと急下降。

 町の屋根の向こうに姿を消したのだった。


「ドラゴンは町に降りたのでしょうか?」

「どうやらそのようだな。――おい! 急いで屋敷に戻るぞ!」


 クレトスはいつの間にか自分の後ろで空を見上げていた妻に、馬車に戻るように促すと、自分も続いて乗り込んだ。

 御者が慌てて馬に鞭を入れると、馬車は狭い山道をゴトゴトと揺れながらグレイザーの町を目指したのであった。




 その頃、ビブラ伯爵の屋敷の庭では、突然、空から降りて来た巨大な来客に臨戦態勢が敷かれていた。

 武器を構えた騎士団員達に十重二十重に囲まれているのは、淡い緑の機体色に塗られたレシプロ戦闘機。翼には大きな赤い日の丸。

 お馴染み、四式戦闘機・疾風(はやて)である。

 その背の操縦席では、レッドピンクのゆるふわヘアーの美少女。ナカジマ家当主のティトゥが、戸惑いの表情を浮かべていた。


「どういう事ですの? ビブラ伯爵家にはトマーツ様から連絡が行っているはずじゃなかったんですの?」


 竜 騎 士(ドラゴンライダー)と言えば、ご存じアポなし突撃の常習犯だが、今回に限っては、ビブラ伯爵家と同じ三伯のコルベジーク伯爵家から、前もって訪問の連絡が行っていたはずである。

 ならば、歓迎されるとまではいかなくとも、これ程までに警戒されるいわれもないはずなのだが・・・


「実際、昨日訪れたレンドン伯爵家の屋敷でも、かなり驚かれはしたものの・・・あら? やっぱり警戒はされてましたわね」


 自分の言葉に自分で突っ込みを入れるティトゥ。

 彼女の言葉に、胴体内補助席に座った若いメイド――聖国王城のメイド、モニカが苦笑した。


「まあ、ハヤテ様を初めて見た者が驚くのは仕方がないかもしれませんね」


 ティトゥはそれでも釈然としない様子だ。


「それにしたって、警戒し過ぎなんじゃありません? 先に連絡が行っているのだか――」

「どけどけ! ウチの屋敷を襲った怪物ってのはそいつか!」


 彼女の文句は、妙に甲高い叫び声によって遮られた。

 ハヤテを取り囲んだ騎士団員達を乱暴に押しのけて現れたのは若い騎士。

 カールした巻き毛に、女のように顔に白粉を塗り、唇には紅をさしている。

 そして悪趣味な程ゴテゴテと飾り付けられた純白の鎧を着た、ニ十歳前後の青年だった。

次回「バカ貴族」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 接待とか苦手とか意外とティトウとウマがあうかもしれんw
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