その25 三伯の三 ビブラ伯爵家
ビブラ伯爵領は、地理的にはクリオーネ島の最も西南の端に位置しているという。
最も聖王都から離れた場所という事もあって、一番最後にランピーニ王家に従った土地でもあるそうだ。
王都から向かうには山脈を越えるか、海岸に沿ってグルリと遠回りする必要があるため、昔は中央での政争に敗れた貴族の落ちのび先としても有名だったらしい。
そのため、三侯関係の血筋も残っているという。
領内最大の町はグレイザー。山に囲まれた土地に作られた雅な町なんだそうだ。
「ふうん。日本で言えば、京都の町みたいな感じなのかな?」
あるいは小京都。戦国大名、朝倉義景の本拠地だった一乗谷とか。
そう考えると、元日本人としては、一気に親近感が沸いた気がする。
ちなみに京都というのは、古くから『攻めやすい守りにくい』都市として有名だが、それは京の町の作りが碁盤の目のようになっている事――敵の進軍を妨げるような作りになっていない事――と、あまりに都市に人口が集中していたため、食料の供給を外部に頼っていた問題――つまりは兵糧の問題――を抱えていたからと言われている。
本来は地形的には山がある方が、むしろ守りには適しているのだ。
ちなみに僕がいるのは毎度お馴染みのレブロン砦。
今日の目的地であるビブラ伯爵領について、聖国メイドモニカさんからレクチャーをしてもらっている最中であった。
ええと、後、聞いておきたい事は・・・と。
『ビブラ サンハク』
『ビブラ伯爵家と三伯の関係でしょうか? ビブラ伯爵家は三伯の中では二番目に力があると言えるでしょう。一番目は昨日訪れたレンドン伯爵家。次にビブラと続いて、やや劣る形で三番目にコルベジーク伯爵家、といった感じでしょうか』
ふむふむ。聖国の中でもトップクラスの港町を持つレンドン伯爵家が、他家よりも抜きんでているのはまあ分かる。
そしてそのレンドンのお隣さんで、レンドン伯爵領と王都を結ぶ要所に位置しているコルベジーク伯爵家が、経済的な恩恵を大きく受けているというのもまあ分かる。
しかし、ビブラ伯爵家は、そのコルベジーク伯爵家よりも力が上らしい。
それは一体、いかなる理由で?
『ビブラ伯爵領は我が国有数の鉱山を抱えていますから』
ああ、なる程納得。
『それだけではなく、ビブラ地方は有名な聖国酒の生産地でもあります。あの土地で作られた高級酒は、国内のみならず、海路を使って大陸にも広く輸出されているのです』
ビブラ伯爵領は、鉱山だけでなく、お酒の名産地でもあったらしい。
山の美味しい湧水がお酒造りに最適なのかもしれない。酒飲みの知り合いも、良い酒は良い水から生まれる、とか言ってたからね。
まあ、前世の僕はあまりお酒を飲まない方だったから、日本三大酒どころ(※広島県の西条、京都府の伏見、兵庫県の灘)とか、これはどこそこの銘酒、とか言われても今一つピンと来なかったんだけど。
「ギャウー! ギャウー!(パパ! パパ!)」
元気な声と共に、桜色リトルドラゴン・ファル子が飛んで来た。
『ハヤテ。そろそろ出発致しますわよ』
そして僕のパートナー、レッドピンクのゆるふわヘアーの美少女、ティトゥが現れた。
彼女の後ろには、緑色のリトルドラゴン・ハヤブサを抱いたメイド少女カーチャが続く。
今日はこれで全員。ラダ叔母さんはいないようだ。
「ラダ叔母さんは? 昨日はレンドン伯爵家に行けなかったから、今日は一緒に行くものと思っていたんだけど」
『ラディスラヴァ様でしたら、三伯のレンドン伯爵家とコルベジーク伯爵家が味方に付いたなら、ビブラ伯爵家は別に構わないだろう、とおっしゃっていましたわ』
どうやらラダ叔母さんは、三伯の中の二つがエルヴィン王子に協力する事を約束してくれた時点で、残りの一つ、ビブラ伯爵家は無理に取り込む必要はない、と判断したらしい。
ティトゥの言葉に聖国メイドのモニカさんは、『ああ、なる程』と頷いた。
『あの方ならば、そう言われるのも仕方がないかもしれませんね』
『モニカさんは何か知っているんですの?』
『はい。ビブラ伯爵領は聖国の中でもかなり特殊でして――』
モニカさんは、先程僕にしてくれた説明をティトゥにもした。
『聖王都からビブラ伯爵領に向かうには、山を越えなければなりません。また、大陸からも一番遠い場所になります。つまりあの土地は、最も中央から離れた場所にあるという事です』
要は田舎と言いたい訳ですな。
『そのためか領民にも偏見が強く、また、中央から流れた者達の血が入った貴族も多いため、ホントに無駄に――コホン、貴族としての気位の高い者達が多いのです。
そのせいもあって、レブロン伯爵がミロスラフ王家から夫人を娶る際には、かなり強固に反対されたそうです』
『あ~、それはなんとも・・・ですわね』
なる程。これはアレだ。
半島の小国から嫁を迎え入れるなど言語道断! 同じランピーニの伯爵家として許しがたい! 恥を知れ!
みたいな感じだったんだろうね。きっと。
その手の声の大きい人達って、プライドだけは妙に高かったりするし。
で、ラダ叔母さんは、そんなネガティブキャンペーンのせいですっかりビブラ伯爵家が嫌いになってしまったと。
『最近、ビブラ伯爵家も代替わりして、当時の当主は既に引退しています。それにレブロンの港町に巣食っていた海賊達を、夫人が長い年月をかけて駆逐した事で、声高に反対していた者達も自分達の不明を十分に思い知ったと思われます。とはいえ、一度生じたわだかまりはなかなか解消されるものではないでしょうから』
あのラダ叔母さんが根に持つくらいだから、ビブラ伯爵家の貴族達は、当時、相当に酷い嫌がらせをしたに違いない。
今は息子に代替わりしているから大丈夫、とは言っても、ラダ叔母さん的には「そんな事を言っても、どうせアイツの息子だろ?」といった感じで、どうにも気が乗らないのだろう。
「う~ん、どうするティトゥ? だったらビブラ伯爵家に行くのは止めておくかい?」
ラダ叔母さんの本命は、昨日僕達が訪れたレンドン伯爵だったのは間違いない。
三伯の中で一番、力と経済力を持っているし、エルヴィン王子の叔父さんなんだから当然だ。
まあ、その本命の説得がたった一日で終わって、三伯の三番目のコルベジーク伯爵の方に何日もかかっちゃったのは、ご愛敬と言うしかない。
僕達にとっても想定外だったのだ。
そんな訳だから、僕達の役目もこれで終わり。エルヴィン王子の件は、レンドン伯爵を中心としたコルベジーク伯爵とラダ叔母さんにお任せする。という選択肢も決してナシではないと思うのだが・・・
『――いえ、行きましょう』
ティトゥはキッパリと言い切った。
まあ、君なら多分、そう言うと思っていたよ。
『エルヴィン殿下のお味方は、多ければ多い程いいですわ。殿下には一刻も早く、面倒臭い三侯や、ハヤテを軽く見ているカシウス殿下が幅を利かせている聖国王城をひっくり返して貰わなければいけませんから』
そう。君も大概、カシウス第二王子派閥に恨みを抱いているのを知ってるからね。
エルヴィン王子に同情しているからだと思ったって? いやまあ、そういう気持ちが全くない訳でもないと思うけどさ。
といった訳で僕達はビブラ伯爵領へと向かう事が決まった。
メンバーは昨日と全く同じ。操縦席にティトゥ。胴体内補助席にモニカさん。それとファル子とハヤブサのリトルドラゴンズだ。
メイド少女カーチャが怪訝な表情で僕を見上げた。
『・・・あの、どうしたんですかハヤテ様。私に何か言いたい事でもあるんでしょうか?』
ああ、うん。何だかここの所、カーチャの出番が減っている気がして。
思えば聖国王城の新年式の時も、先に船で聖国入りしていたし。
チェルヌィフ王朝で一緒に行動してたのが遠い昔の事のように思えるよ。
『ドンマイ』
『? はあ。どんまいですか? 分かりました』
違う、違うよカーチャ。そうじゃないって。
もっとやる気を出して行こうよ。
かつてのプロテニスプレイヤー、松岡修造の名言にもあるだろ? 「おまえの終わり方は、なんとなくフィニッシュだ!」って。
今のカーチャの返事は、正に修造の言葉通り、なんとなくフィニッシュだったよ。
そういう所だぞ、カーチャ。熱くなれよ、カーチャ。
頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ!
『ほらほらハヤテ、何をやっているんですの? 出発ですわよ。前、離れー! ですわ!』
「「ギャーウー(離れー!)」」
え~っ、折角、いい感じに盛り上がって来た所だったのに。
僕はティトゥにせかされて、渋々エンジンを始動。
タイヤが地面を切るとテイクオフ。僕は砦の騎士団員達に手を振られながら大きく旋回すると、この国の南西、ビブラ伯爵領を目指すのだった。
次回「耐え難い因習」